シュトーさんって、今死んだら伝説になれるとかって 思ったりしたことあります?
今死んだら伝説になれるか? いや、ならないでしょ。僕は。
誰それって話だよね。 今日はでもそういう悪ノリから入るんですか?
そうですね。でもね、これ僕の悪ノリだけじゃなくて、 今日紹介する本が生まれたきっかけになった質問なんですよ。
本の著者の遠畑海斗さんが大崎世界一巻さんに聞いた質問です。
今進会でたまたま虎に座って酔った勢いで聞いたという、 本で読んでも随分踏み込むなと思ったんですけど、
ロックミュージシャンには、若くして死んで伝説になる みたいな神話が確かにありますからね。
大崎さんの答えが、なんと今死ぬのはもったいない っていう回答だったんですよね。
若くして死ねば可能性の方が伝説になる。 でも自分の手の内は世間に知られているから、
ここから少しでも長く続けたいっていうね。 死んで伝説になるより、手の内が知られたまま続ける方を選んだっていうね。
非常に面白いよね。
遠畑さんの記憶の中では、大崎さんはこう言ったそうなんですね。
今からがいいんです。持ち札を全部見せた状態でゲームをしていくんです。
持ち札を全部見せた。その後からがいいっていう。
なんかね、分かれるか分からないような気がしますよね。
でも本人がそれをいいって言い切れるのはすごく強いし素敵ですよね。
そうですね。
改めましてこんにちは。ビビルジェム、本日プレゼンターを務めます、内藤純です。
ナビゲーターの首都純也です。
この番組は話題の新刊ノンフィクションをじっくり深掘りしていくポッドキャスト番組です。
今日も日本橋浜町のブックカフェ、浜ハウスからお届けしております。
今日の一冊はですね、遠畑海人さんのミドルエイジビギニズ、門川から出た新刊です。
4人へのインタビューから、中年とは何かっていうのを考えた本なんですね。
いやーこれ本当に面白い本ですね。
読んでいるうちに自分ならどうだろうってやっぱり考えずにいられない本で。
今日は結構僕もおしゃべりますよ。
なるほど。
問題室ですからね。
大歓迎ですね。
さっきの伝説の話に戻るんですけど、僕はあのやり取り、意外に深いことが語られてるなと思ってて。
伝説になるって要するに物語が綺麗に終わるっていうことじゃないですか。
成功の頂点で人生が止まれば物語としては綺麗に閉じられるっていうね。
そうですね。
でも現実の人生は頂点の後も延々と。
プロ野球選手とかもそうですけど、現在スタートがすごい長いので。
大崎さんはその続きの方を選んだわけですよね。
はい、そうなんですね。
この答えに打ち抜かれた遠畑さんは帰りのタクシーの中で、これは本にした方がいいなって直感したそうなんですね。
だからこの本は物語が終わった後どう生きるかっていう問いから始まってるんですね。
その問い正直答えますね。
僕もこう読みながら何度か手が止まったし、線を張ったりしました。
僕も実はこの本ね、書店で見かけて2回スルーしてるんですよ。
表紙見ただけでおおよその内容って検討つくじゃないですか。
どうせ俺のこと書かれてるんだろうみたいな。
そんな気がしてね。直視するのが怖いみたいな。
もうあれですね、我々世代の健康診断の結果と一緒でしばらく開けられないみたいな。
でもやっぱり気になって3回目で手に取って読んでみたら思ってたよりずっと風通しのいい本になったんですよね。
なのでまずはこの本のきっかけを作った方の話から始めたいなと思います。
アーティストの尾崎世界観さんです。
尾崎さんのショーですけどタイトルからしてすごいんですよね。
閉店セールは続くっていう。
そうなんですね。尾崎さん自身が今の自分たちのバンドを閉店セールに例えると。
手の内は世間にばれてる。新商品もない。それでも店を開け続けてる状態だと言ってるんですね。
自分で言うほうがすごいですね。でも悲壮感はないんですよね、読んでてね。
そうですね。だからそこを判断するためにこの人の20年を遡ってみたいんですね。
駆け出しの頃がまず強烈で。19歳でお客さんほぼゼロで。
ライブハウスのチケット乗るまで1回のライブハウスで48,000円の自腹払うと。
お客が入らなかったらもう全部自分持ちだから。面目どんどんやめていくわけですよ。
そうなんですね。その時期に尾崎さんはエロを切実なものとして歌い始めるんですね。
それまでなんかふざけて歌うようなものだったエロっていうのを笑えないものとして扱ったと。
そしたら初めてお客さんの反応があって少しずつお客さんもついていくんですよね。
この本ではこれが商品だとお客さんに教えてもらったというふうに語ってますよね。
ここ面白いなと思って。自分の商品が何かを自分では決められなかったってことですもんね。
そこなんですよね。だから手札って自分で選んで弾くものじゃなくて気づいたら配られてるっていうものなんですね。
2012年にメジャーデビューしてバンドは上昇キルに乗っていくと。
フェスでは入場規制がかかるほどになって本人たちもドームツアーを本気で目指すわけですけど。
もう完全に上り坂の物語になるんですよね。
そうなんですね。ところが大きなステージに移ると客席がスカスカになると。
小さな会場が満員だったからもっと人気あるんじゃないかって思い込んでいたんだけど、
実際は店員をほんの少し上回っていただけなのかもしれないみたいな。
尾崎さんはそんな想像して結構落ち込んだっていうふうに言ってるんですね。
ゲームで言えば体力ゲージを満タンに残して進んだつもりが、
実はあと一撃で死ぬくらいの貧血でギリギリボスまでたどり着いたみたいな感じですよね。
しかも同じ時期にレコード会社の遺跡を巡るトラブルが炎上なんかもしたりして、
お客さんも減っていっちゃったし、ついにメンタル的な理由でライブで歌えなくなっちゃうんですよね。
登坂の物語だったのが外からも内側からも止められたわけですもんね。
お客さんも減って歌えなくもなって。
それで尾崎さんは音楽から小説に避難するんですね。
2016年のゆうすけ、後にアクトガイショコンになる面影。
音楽の方は派手な一発逆転ではないんですよね。地道にライブを重ねて。
コロナ禍では10周年の幕張メッセと大阪城ホルが中心になったりして、
これ本当に大変だったろうなと思うんですけど、チケットを3枚分の払い戻し手継いを事務所に。
これ相当な手継いになると思うんですよ。負担して。
尾崎さんはそれしまうんじゃないかって思うほど状況になるんですよね。
そこを抜けて約10年かけて失速する前と同じ場所まで戻ってくるんですね。
10年かけて同じ場所っていうの。
でも数字だけ見たら一応成長ゼロみたいな。
そうなんですよね。
でもここで尾崎さんが語る言葉が、僕この本の前半のハイライトだと思っていて、
1回目は登ってすらいなくて、リフトで上げてもらった感じですね。
そしてそれを自分でもう一回登り直した。
ありとある努力して辿り着いた今の場所を、尾崎さんは良い景色って言うんですよね。
同じ山で同じ標高なのにね。
変わったのは場所ではなくて世間との関係なんですよね。
そうですね。
1回目は何を求められているか分からないまま引っ張り上げられていたのが、
2回目は自分の持っているものと世間が見ている自分のイメージのピントがあったんですよね。
そうですね。だから世間にこっちの手の内はバレているし、
こっちも世間の求めているものを分かっているっていう、
いわゆるお互い様の状態で来られたって言ってますね。
それはでも仕事でも思い当たりますよね。
そうですね。
1周目は世間に評価される側だったのが、
2周目は周りもこっちのこと分かっているから、
同じことやってても関係が全然違うっていうね。
そうですね。
そして今も閉店制度を名乗りながら、より良いものを作り続けているということで、
東和田さんは新曲の天の声っていうのを、
今まで一番良いと思ったみたいなことを尾崎さんに伝えて、
尾崎さん自身も今日の曲は自分の中ですごく大事だみたいに答えるということで、
要は停滞って止まっていることじゃないんですよね。
場所は変わらなくてもそこに立っている意味が変わるっていうね。
そういうことだと思うんですね。
いい話なんですけど、この20年間って一言で言い晴らしづらいですよね。
成功端でもないし、座説からの復活劇とも違う。
むしろ無事回復とかじゃないですよね。
そうなんですよね。
だから要はこの言い表しづらさ、これが今日の本題だと思うんですよ。
この話っていうのを、いわゆる物語論の構造からちょっと読み解いていきたいなと思うんですよ。
物語論。
それは面白そうですね。
神話学者のジョセフ・キャンベルは世界各地の神話を比較して、
英雄の冒険に共通する方っていうのを分離、イニシエーション、機関の3部として整理しました。
ご存知ですよね。
ざっくり言えば主人公が日常から出発して、
試練を越えて、何かを獲得して社会を帰還すると。
ここで注目したいのは、帰還が旅の終点になっているということなんですね。
これを4人の人生を読むための補助線にしていきたいなと思います。
そうか。まさかジョセフ・キャンベルを持ってくるとは。
モモ太郎とか、スター・ウォーズとか、その流れありますもん。
まあ何でもそうですけどね。
少年マガナでまさにそれで修行して、強敵倒して、必殺の仲間手に入れてみたいなね。
ふるさとに帰るみたいなね。
大事なのはここで、物語は帰還したところで終わるんですよ。
優勝した後の主人公の40代なんて誰も描かないじゃないですか。
確かにね。連載も優勝したところで最終回っていうパターンが多いですもんね。
これ、東発さん自身も前書きで書いてますよね。
物語っていうのは基本主人公が成長して、新しい何かに変身することで成り立っている。
だから中年の物語は自己啓発本にも成長物語にも、冒険体にもならないっていうね。
そうなんですね。だから中年っていうのはこれまでの物語の型ではどう解釈すればいいのかわかんないっていうね。
そうですね。しかも解釈しづらい時間がどんどん今長くなってるじゃないですか。
そうですね。いわゆる人生100年時代って言葉がすっかり定着しましたよね。
元を辿るとライフシフトっていうベストセラーで、あの本によって広められた言葉って言ってもいいんですけども。
教育を受けて働いて引退するっていうこの3ステージの人生設計が寿命を延びたことで成り立たなくなったっていう一冊でしたね。
引退の後の20年、20年じゃないか30年くらいありますしね。
そうなんですよね。だから就業期間も伸びて社会の変化も早くなったと。
そうすると期間後が余生では済まなくなるっていうね。
早い早い。
若い頃に完成させたいわゆる成功モデルと現在の自分役割社会がどっかでこうかみ合わなくなる。
それでもまだ人生は何十年残ってるっていうね。
ちょっと恐ろしくなるな。人生の長さは変わったのに物語の型は期間で終わったまんまっていうことですよね。
そう。だから物語論が人生100年時代に追いついてないってことだと思うんですよ。
そうか。キャンベルが追いついてないんだ。
物語なら終幕になるはずの地点から芸術の人生がまだ20年30年続いてるから。
本の冒頭にもユングの言葉が掲げられてましたよね。
そうですね。私たちは深い準備をすることなく人生の午後に踏み出すのです。
深いな。
ユングは40歳前後を人生の正午って呼んでるんですね。
太陽が昇り切ってそこから午後に入っていくと。
ユングの時代でさえそうだったという中でいくと、ましてや現代はその午後がかつてなく長い。
長くなった人生っていうのは物語を簡単に終わらせてくれない。
でも一つの物語だけで一気に長すぎる。
両側から挟まれてますもんね。終われないし続けられないっていうね。
少年漫画の主人公で言えば必殺技もある。勝った経験もある。だけど次のページにも進めないっていうね。
そうですね。
つまりこの本は英雄の旅が終わった後の長い人生をどう物語にするか考えた本っていうことなんですよね。
ただその先を描こうとした試みはこれまでにもあったんですよね。
新学でも研究されてきた物語は3つあるって書かれてましたね。
そうなんですね。転職とか起業とか学び直しでもう一度挑戦する。
青年に戻る物語。
あとは子供でも部下でも作品でもいいから次の世代を育てる親になる物語。
最後に人生の前半で捨ててきた自分と向き合う影を生きる物語。
再挑戦する。次へ渡す。捨ててきた自分を取り戻す。
ただ読み進みながら思ったんですけど3つとも形は違っても全部主人公が別の何かに変身する物語ですよね。
まさにその通りで長くなった期間後をもう一度変わることで乗り切ろうとしてるんですね。
変化や成熟を答えにする3つは安定した社会となら相性がいいと思うんですけど、
ただ戸畑さんはこの3つを豊かで安定した社会を前提にした、実は古い地図だって言うんですよね。
本人も社会も成長し続けるとは限らないということは、変身しない人には用意された物語がないってことになってるんですよね。
何者にもならないまま続いていく時間には名前がついてなかったってことなんですよ。
人生が長くなった問題に答えようとはした、でも停滞にはまだ名前がついてないってことですね。
だから社会の変化に合わせて物語もアップデートする必要があると。そこで本書が4つ目を書き足すんですね。
今あるものをやりくりしてソフトランディングで生き延びるっていう、形態する物語。
新しい何かに変身しなくても手持ちのカードで続きを生きていくっていう。
さっき大崎さんの後半戦の方ですけど、まさにこれですよね。
大崎さんはあの10年にやっと名前がついた感じがします。
英雄の旅は期間から先を描かなかった。心理学の3つは変わらずに続けていく人生を描かなかった。
その両方の空白をこの本が埋めにきたっていうことですね。
ここまでを踏まえて、僕の方で英雄の旅を現代の人生に合わせて5つのラベルに整理し直してみたんですね。
1つ目が主人公になる。2つ目が物語を成立する。3つ目が物語が止まる。4つ目が語り直す。
最後に続きを生きるっていうね。
なるほど。ちょっとキャンベルアップデートですね。英雄の旅の現代版っていうことですね。
ただし、期間で終わらずに止まる、語り直す、続きを生きるまで含めるっていう、そういう試みですよね。
試しにさっきの大崎さんの20年を乗せてみると、お客さんに教えられて主人公になるっていう。
デビューして上昇の物語が成立する。ここまで英雄の旅って同じじゃないですか。
問題はこの先で大舞台で人気の限界を意識して、炎上や不調で物語が止まる。
10年の上り直しで世間との関係を語り直す。そして閉店セールっていう続きを生きるっていうね。
きれいに乗りますね。後半の3つが期間の先を描く部分ですよね。
だから残りの3人の方もこの後半3つだけで見比べていきたいなと思うんですね。
どこでどう止まって、どう語り直して、どんな続きを生きているかと。
同じ物差しを当ててみようってことですね。
そうですね。そこが面白いところで、全員止まり方も語り直し方も違うんですね。
まず作家の角田光雄さん。
描くことと考えること、あと自分っていうのがほとんど一体になったような作家人生を長く生きてきた方ですね。
その物語を止めたのが、現時物語を現代語訳にするっていうお仕事だったんですね。
そうなんですよね。約5年間自分の小説を書かずに翻訳作業に潜るんですよね。
そうですね。
この本はこれを流宮城に例えています。出てきたら老いが来ていて、以前のようにうまく書き進められないし、文学の中心にもう自分はいないっていう感覚なんかもあったっていうのが語られてますよね。
5年潜って出てきたら、自分も文学の場所も変わっていた。
流宮城って溜まってば開けた瞬間に時間の経過全部来て、浦島太郎一気に老いるじゃないですか。
でも角田さんの場合は老いは5年かけて静かに進んでたんだけど、それを実感したのは流宮城から戻ってきた瞬間だったと。
でもそこからの語り直しが独特ですね。
独特ですよね。
こういうことあったんだって初めて知りましたけど、この仕事を、角田さんほどの超一流の作家ですよ。
この仕事一本では食べていけないって本気で思って、パソコン教室に通ってエクセル習うんですよね。
角田光雄が?っていう感じですよね。
本書ではね、小説家っていう身分証明書を剥奪されてエクセルを覚えなさいっていう、そういう心もとなさっていうふうに語られてますね。
それで従来の小説ではないことをやるエンタメブっていうのをね、自分の心の中に作って。
なんかこの本では、はっきりとは語られないんだけど、誰にも話してない夢まで実はあるっていうね。
夢が消えた時に告白しなきゃいけないからまだ言えないっていうんですけど、中心から降りてるのに夢は増え続けてるって感じなんですよね。
だから自分を中心から外しても青年性まで手放したわけじゃないってことなんですよね。
恋を受け入れることと夢を持ち続けることが同時に起きてて、この二重性側なんかね、後で聞いてきそうだね。
あと二人目が哲学者の和志田清和さん、76歳。首相さん和志田さんのところはどう読みました?
いや意外だったのは、和志田さんにもちゃんと40代のクライシスがあったんだっていうね。
でも健康やキャリアが破綻したわけじゃなくて、学会で孤立する中で、孤立しても臨床哲学っていうね、他の人がやってないジャンルやるんだっていう覚悟を決めた時期なんですよね。
ご本人も僕もクライシスだったんですよ、40代って振り返ってますよね。
だから、壊れて止まったっていうよりも、孤立の中で進む方向を決め直したっていうね。
ここは比較の軸としてすごく重要だと思っていて、尾崎さんって外から止められて、なんか語り直しに入ったじゃないですか。
でも和志田さんって止まる前に自分から方向を決めてっていうね。同じクライシスでも入り方ずいぶん違うなと思うんですね。
そうなんですよね。ただ面白いのが、そもそも哲学に進んだ理由が、死亡者が少なくて行ったら喜んでもらえるかっていうね。
そんなにいい加減にって思ったけど。
逆感してますね。
和志田さん、この人生観を網だくじって呼ぶのが面白いなと思って。
一直線に下に行くんじゃなくてね、人や事件と出会って横にずれながら、想像もできない場所に進んでいくっていうね。
だから、英雄の旅とは正反対の形ですよね。
主人公は目的地決めてなくて、出発して試練を越えて獲得して帰還するみたいな直線を、そもそも歩いてないじゃないですか。
そうですね。一人の主人公が自分の意思で人生をやりきる。その英雄の形が和志田さんの話を聞くと、格ある進み方の一つに見えてくるっていうか。
大学の学長のような管理職も、獲得して所有するものとしては語られてないですもんね。
そうですね。地域社会はラグビーチームに例えてるんですよね。
誰かがやらなきゃいけないボールが回ってきたら、受け取って、最短距離で走り抜けて、次の人ができるだけ受け取りやすいようなボールを渡していくという。
学長も最短距離だからね。やめるっていう。持ち続けるんじゃなくて、次の人へ渡すというね。
目標を決めて何かを所有する主人公でなくて、たまたま回ってきた役割を引き受けて物語を次へ繋ぐ人っていう感じですね。
そして3人目。元厚労省官僚の専省康博さん。ブラック霞が関っていう本が書いてありましたね。
この人の物語は、みんなのことを考えている時間を過ごしたくてっていう、いわゆる公共心みたいな抜群のプレイヤー能力で成立してたんですね。
ブラックだったけど楽しかったって本人が言ってるぐらいなんですよね。
公共心と抜群のプレイヤー能力って、これだけ聞くと無双してそうに見えますけどね。
管理職になった年に達成するんですよね。
管理職になっても若い頃の自分で突破するっていう成功モデルを使い続けた結果、眠れなくなって約10キロも痩せちゃったっていうね。
その状態を象徴する場面が強烈で、コンビニでパンが買えなくなるんですよね。
どのパンにするか決められなくなるっていうね。
美味しそうだけどカロリーがあって考えて、結局何も買えずに帰ってくるっていうね。
だからお医者さんにね、脳も臓器だからって悪くなると機能しなくなるよって言われて、そこで初めて病気を受け入れるんですよね。
ここで壊れたのは体調だけじゃないですよね。
若い頃から使ってきた自分で突破するっていう成功モデルそのものが壊れたっていう。
得意だった勝ち方っていうのをもう使えなくなってるっていう。
そうなんですね。しかも千秋さんの場合、壊れたのは本人だけじゃなくて、いわゆる組織の側も変わってたんですよね。
千秋さん自身が言ってるんですけど、日本政府はもう税金を集められないと。
役者の仕事は縮小していく社会をソフトランニングさせていく仕事だと。
つまり負担を分配する仕事になったっていうことで、プラスを配るのはそんなに難しくないんだけど、難しいのはマイナスを配ることなんだって言ってるんですよね。
個人が燃え尽きた話かと思ったら組織のミッションごと変わってたっていうことですよね。
自分がまだ青年でも載ってる組織の方が先に称号過ぎてるみたいなこともあるわけですね。
そうですね。だから結構これ多いんじゃないかなと思ってて、この本の話って日本全体の話に広がると思うんですよね。
自分は20代とか30代であったとしても、載ってる会社とか制度とか、はたまた国とかが称号過ぎだったら、右肩上がりの時代に作られた勝ち方って使えないわけじゃないですか。
成長の物語が終わった後どう生きるかっていう、この問いを日本全体が無視できないんだろうと思うんですね。
それだったらもう中年だけの話じゃないですよね。
そうですね。
若くても成長後の社会を生きてるわけで、自分に努力を求める前に載っている会社や制度がどの時間帯にいるのか見ないといけないっていうことになると。
でもその状況で千秋さんは何を語り直したんですかね。
退職して独立したっていうことそのものよりも中身が大事で、独立後の千秋さんが語るのは自分で突破するってだけじゃなくて、
人と話して心に火がつく瞬間を作ることって。
火がつくと自分一人ではできないところまで人が広げてくるんだって語ってますね。
自分が突破する英雄から人に火をつける、いわばマネージャーっていうことですよね。
自分が勝つ物語から次の人を動かす物語が変わっていったんですね。
はい。これでですね、4人が同じ座標に並びました。
物語が止まる、語り直す、続きを生きる。3つとも全員違うと。並べて初めてこれが見えるんですね。
同じ中年でも同じ止まり方してる人はいないですね。
そうですね。
4人を見終えたところでちょっと寄り道させてください。
ここからがこの本の到達点です。
本書の最終章で、遠畑さんは4人の主戦率を構成にするんですね。
尾崎さんが停滞する物語、角田さんは影を生きる物語、和志澤さんは親になる物語、先生さんが青年に戻る物語。
先生さんはマネージャーへの脱皮も語ってたんですけど、主戦率は親になるじゃなくて、青年に戻るってことなんですね。
そうなんですね。行動には親になる物語も混じっている。
でも独立の出発点は、官僚を志した頃の公共支援に戻ること。
だから主戦率は青年に戻る。
この時点で、すでに1人の中に複数の物語が混ざっているんですよ。
そして尾崎さんは、ここから分類の土台を崩していくんですよね。
よく見ると、4人全員の人生の深いところに同じ物語が渦巻いている。
本書の言葉で言うと、青年に戻る物語が大蛇のような推流になって、彼ら全員を貫いている。
大蛇です。
4人の主戦率は違って見えていても、もっと深いところではもう一度という同じ欲望が動き続けているんじゃないか。
言われてみると、思い当たる場面があちこちあるんですよね。
閉店セール語る尾崎さん、このままじゃまずいと。何かもう一回動かさなきゃいけないとも言っているし、
エクセルを習っていた角田さんは、誰にも話せない夢がある。
76歳の尾崎さんは、30年仕込んだ所有論という、すごい大部の本をお出しになっています。
そうですね。
戸畑さんも、あみだくじと言いながら頑固な一本線を貫いてきた尾崎さんというのを見抜いているんですよね。
中年的世界観を語りながら、その裏では全員青年的野心がメラメラとしているんじゃないかと。
じゃあ結局、青年に戻る物語が正解なんですかね。
でも、それだと転職だ、起業だ、学び直しだというよくある話に戻っちゃいますね。
そこが違うんですね。
戸畑さんの見立てというのはこうなんですね。
現代は社会が露天し続けるから、中年になっても社会との折り合い方を創作し続ける必要があると。
だから、青年に戻る物語は魂の底にはいすわり続けている。
でも、もはや青年でもないのに青年の物語を抱えている、この矛盾をどうするかということなんですね。
捨てられないし、かといってそのままでは使えないという。
厄介ですね。
そうなんですね。
代謝っていうやつは。
だから、本書でいうところの閉店セールとか竜宮城とか阿弥陀寺が呼び出されて、
いわゆるその停滞と影と継承の物語っていうのが人生にブレンドされていくと。
4つの物語から成果を1つ選ぶんじゃなくて、どれも人生を作る材料で、配合の問題ってことですか。
だから、中年の問いは青年に戻るか、老いを受け入れて諦めるかってこの2択じゃないんですね。
魂の底に残る青年性に停滞と影と継承をどうブレンドするのかっていうね。
本書の言葉で言うと、青年と中年は攻めき合い続けて、そのブレンドのあり方にそれぞれの人生の独自性が現れると。
実際、尾崎さんは野心を停滞に注いで、角田さんは夢を影の中に残して、
和志田さんは青年性をボールと一緒に走らせて、千翔さんは青年性が枯渇した組織にいたからこそ、もう1回青年に戻る物語を濃くブレンドしたみたいな。
そうなんですね。全員の底に同じ台座がいて、配合だけが違うということは、これは4人だけの話じゃないですよね。
僕らの中にも程度の差はあれ、同じ台座がいると。
だから青年性は捨てるものじゃなくて、ただし青年性だけでは長い人生の午後は生きられないっていうことですよね。
そうですね。長くなった人生は青年の物語を終わらせてくれない、でも青年の物語だけで生きるには長すぎると。
この矛盾の配合にその人独自の物語が生まれてくると。
さっき終われないし続けられないって言ってた挟まれ方が、答えの形でも見てきましたね。
そうですね。
中年ジャンプの3つのことも結局これを言ってたわけですよね。ケアで右手渡して、やり口で混ぜ直して、引き分けで勝敗からオフみたいな。
そうなんですよ。だから友情・努力・勝利の続きはこの3つのブレンドの中にあるっていうね。
やっぱり中年ジャンプは相反できますね。
できますね。
これでもどこにとっても一言じゃないですね。
今日の本と並べて読みたい本が2冊あります。
1冊目は先ほども名前で出てきたライフシフトです。
この本は本当に日本に人生100年時代っていう見取り図を広めた本ですよね。
人生の業が思っていたよりずっと長いことに多くの人が気づくきっかけになりました。
青年に戻れっていう本というよりはまず人生の長さを測り直した本っていう感じですかね。
そうですね。ライフシフトが長くなった人生の設計図を描いて、
今日の本はその長い午後をどんな物語で生きるかを考えるということで、
並べて読むと時間の問題と物語の問題っていうのが繋がってくるんですよね。
人生が長くなったっていう、その時間をどう生きるかっていうのはこの2冊で問いが繋がりますよね。
2冊目は何ですか?
2冊目は仲間うちの本なんですけども、なるけまことさんの決断、会社を辞めるか辞めないかという本ですね。
これか。面白いですよこれ。
仕事を辞めるか残るかっていう答えを一つに決めるんじゃなくて、
それぞれが自分の事情と物語に合わせて決断していくっていう本。
これ偶然ですけど面白いのは、今日のトワさんの本と同じ4人へのインタビューもですよね。
しかも4人ともメディア関係の企業でね。僕らも個人的によく知ってたりするから、生々しいですよね。
業界全体が大きく変わる中で、それぞれが別の決断をしていってるんですよね。
同じ業界から始まっても、転職する人、独立する人、別の道に進む人、辞めないっていうね。答えは4つに分かれるんですよね。
そうですね。だからここで見えてくるのは、成熟して縮小していくような業界で、どこに見置くかっていう実務に関してなんですよね。
辞めることだけを前進っていうふうに捉えずに、残ることも一つの決断っていうふうに並べて見てるっていうね。
個人の年齢とは別に、働いてる業界の局面が先に変わることもありますから、
さっきの日本全体の話がキャリアの足元まで降りてくる感じですよね。
そうですね。物語をどう語り直すかっていう話に対して、決断っていうのは足場が変わっていく業界で、どんな行動を移すかっていう本だと思うんですね。
なるほど。3冊で役割わかりますね。ライフシフトが人生の長さを測るでしょ?
ミドルエイジン・ビギンズがその長い業をどんな物語で生きるかを考えると。
なるけさんの決断は、その物語を仕事の場でどう動かすかを見るという。長さ、物語、行動の算段みたいな感じですね。
そうですね。