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【Tale-JP】 夜8時半に風呂に入るな
チョコエッグ 2021年5月14日 金曜日
20時25分00秒 俺の家では子供の頃から変な決まり事がある。
夜8時半に風呂に入るな、というものだ。 なぜなのか?
親父や母ちゃんに理由を聞いたこともあるけど、黙りこくって教えてくれない? 両親だけじゃない。俺の親戚の人間はみんな、夜8時半に風呂に入らない。
親戚が嫁や旦那さんを見つけて家族に紹介すると、一番初めに風呂に入る時間の話をするくらいだ。
ただ、意外と条件は緩い。 8時半ちょうど自分の家の風呂場に入っていなければいいんだ。
極端な話をすれば、8時29分59秒まで風呂に入ってていいし、 8時30分1秒に入っててもいい。
ただ、8時半ちょうどに風呂に入っていなければいいんだ。 あ、ちなみに銭湯は何時でも入っていいらしい。
この許さもあって次第に気にならなくなる。 守るのは簡単だからな。
夜ご飯を食べる時間が習慣化するみたいなもんだ。 どんな家でもその家独自のルールがある。
ただそれだけだと思っていた。 万が一忘れて破ってしまっても何もないんだろうなと思っていた。
最初に種明かししてしまうけど、俺が知っている限り 2回だけ決まり事を破ったことがある。
1回目は単純に油断だった。 家を出て上京してアパートで一人暮らしを始めたばかりの頃だった。
その日の俺はどうしても見たい特番があった。 仕事が遅くなって8時に帰ってきた俺は早めに風呂に入っておきたかった。
決まり事のことは頭にあったがささっと浴びればいいと思った。 そこからのことは鮮明にこと細かに覚えている。
荷物を放り投げスーツを急いで脱ぐ。 バスタオルを探すが雨続きのせいで生乾きしかない。
タンスを探せば奥の方に乾いたタオルがあるはずだが時間が惜しかった。 湿ったタオルをハンガーから外し風呂場の近くに置く。
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そこで電話がかかってきた。 会社の先輩からだ。
上下関係に厳しい職場だったから出ないわけにはいかなかった。 明日の集合場所の変更の連絡だった。
クソが早く終われと思いながら合図地を打っていた。 電話が終わり携帯を見れば時刻は8時20分。
いけると思って風呂場に入る。 シャワーが温まるのを待たずに冷たい水で体を濡らし洗顔料を泡立て、ガシガシ顔を洗い、
出しっぱなしにしていたシャワーで手を洗って速攻シャンプーで髪を洗う。 次に体を洗い一気に洗い流す。
最後にリンス、と思って容器を持った瞬間気づく。 そうだ、切らしていた。
替えがあるはず、と風呂場を出て詰め替えを探し風呂場に戻った。 それが命取りだった。
8時半。 風呂場の椅子に腰掛けた時、ドアの入り口の前、
すりガラスの向こうに影が見えた。 誰かいる。
さっき説明した通り一人暮らしだったから家族の誰でもない。 影はドン、ドン、
と扉を叩いた。 ただその時の俺は8時半だ、風呂から出なければ、という思いが強くて考える暇もなく、
影がいるのもお構いなしに反射的にドアを開けて風呂場を出た。 風呂場の中を見る。
次の瞬間、何もないところから風呂場の天井近くに、 桶に入れたくらいの水の塊が出現してビシャーッと落ちた。
すぐ風呂場を出ていなければあれに当たっていたかもしれない。 そして影は?と思ってうろうろしたけど何もいなかった。
同時に異変に気づく。 髪や体がすっかり乾いている。
それだけじゃない、部屋の中がやけに片付いている。 脱ぎ散らかしたスーツはハンガーにかけられ、
乾いていなかった服やタオルは乾いた状態で折り畳まれていた。 散らかっていた部屋も片付けられ布団が敷かれている。
料理すらあった。 怖すぎて情けない声で絶叫してしまったことを覚えている。
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その後、俺は両親に電話して起こった出来事をそのまま話した。 そうしたらこう聞かれた。
濡れたのか? 濡れてないと答えると今まで感じたことないくらい興味なさそうな空返事の後、
電話を切られた。 改めて背筋が凍った。
やはりあれに当たってはダメなんだ。 ただすごくすっきりもした。俺の家はあれがあるから8時半に風呂に入らないんだ。
変な風習とかじゃなくてよかった。しっかり理由があったんだ。 しかも他の家にはない神秘的な理由だ。
喉の引っかかりがうまく飲み込めたみたいな感覚があった。 気づいたら俺は風呂に向かって一礼していた。
後で風呂場には耐水性の時計を設置した。 全ては8時半に風呂場にいた俺が悪い。
それは間違いない。俺がバカだったんだ。 もう油断はしないと誓った。
2回目は実は俺自身が決まり事を破ったわけじゃない。 俺の彼女だ。
仕事もうまくいってきてプライベートも余裕が出てきた頃だった。 今思えばあの風呂場での体験を境に仕事も遊びもうまくいっているような気がする。
とにかくあの頃は楽しかった。 そうしているうちに彼女ができて同棲するようになった。
俺にはもったいないくらいに可愛くて明るくて一緒にいて楽しかった。 ただ一つ
問題があるとすれば風呂に入る時間を気にしないところだった。 俺がたまに遅くなると8時半近くに風呂に入っていることが多かった。
緊急で仕方なく体を洗っているところに押し入って風呂場から無理やり出したこともある。 何度言っても聞いてくれなかった。
意味がわからないと怒鳴られた。 俺が必死に重要性と神秘性を説明してもヒステリック具合が増していくだけだった。
でも本当にわかってほしかったし好きだったから 彼女はどう思っていたかは知らないが自分は別れたくなかった。
そしてついにその日は来てしまった。 その日俺は飲みの付き合いで帰宅が11時くらいに遅くなってしまった。
家に帰ると風呂場以外の部屋の電気が消えていて 風呂場からは彼女の声が聞こえてきていた。
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風呂場に入ると彼女が風呂場で両手両足をまるでダダッコのようにバタバタしながら赤ちゃんのように泣いていた。
幼児対抗しているようだった。 不思議だけどなぜか確信できた。
彼女は8時半に風呂に入った。そして濡れた。 一礼した後彼女を抱きかかえて風呂場から出した。
彼女は泣き続けていた。 俺は再び実家に電話した。
濡れたのか? 濡れた。
すぐそっちに行く。 親父たちが来る間俺は彼女に服を着せようと思ったが
彼女の体は拭いても拭いても水気が取れなかった。 常に濡れていてうまくいかなかった。
だから仕方なくまだ温かい手料理を食べて待つことにした。 彼女は泣き続けていた。
親父と母ちゃんは深夜にも関わらず車を飛ばしたみたいで 電話してから約4時間後には俺のアパートに到着した。
親父は言った。 次の8時半まで待つんだ。
その間俺と親父と母ちゃんは何も言わず 正座して待ち続けた。
彼女は泣き続けていた。 だんだん脳内の感覚が麻痺してくるのを感じた。
結局俺らは何をしているんだろうか。 風呂場に現れるあれは何なのだろうか。
なぜ俺の家はこうなんだろうか。 明らかにおかしくて異常なことはさすがにわかるが
あまりにも現実感がなくて気が狂いそうだった。 彼女は泣き続けていた。
ただ前回と違い恐怖はなかった。 俺自身が8時半に風呂に入ったわけでもないし
現にこうして彼女は無事なのだから。 こうなったのは俺の言葉を信じなかった
彼女の責任だ。それは間違いない。 彼女は泣き続けていた。
無断欠勤したせいで会社から電話が来ていたが全部無視した。 何度も何度もうるさかった。
マジでクソだった。 ずーっとうるさかった。
他にも彼女の泣き声を心配して アパートの隣人が警察を呼んだりしたが
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母ちゃんがうまくやってくれた。 そしてついに8時25分
俺たち家族は彼女を風呂場に移動した。 そして3人揃って額を床にこすりつけながら8時半を待った。
そんな時俺はどうでもいい話を思い出していた。 そういえば俺の家族は姫爺ちゃんも
ばあちゃんも母ちゃんの弟も みんな風呂場で亡くなっているなぁ。
単なる偶然のはずなのになぜか思い出していた。 8時半
ドアの向こうでビシャーという音がする。 泣き声が止まった。
ドアを開けるといつもの元気な彼女がシャワーを浴びていて 家族勢揃いの俺たちを見て悲鳴を上げた。
それ以来彼女は俺が何も言わなくても 8時半に風呂に入ることはなくなった。
色々と確かめてみたがあの日のことは覚えていないようだった。 しかも最近妊娠していたことがわかった。
俺も彼女も今は幸せの絶頂にある。 明日は式場を見に行くんだ。
ただ代わりに飲み込めたはずの引っかかりが戻ってきたような感覚がある。 何なんだろう。
とりあえずこの話を俺の家族以外の誰かに伝えたくなったんだ。 終わり。
ちょっと風呂に入ってくるわ。