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Traveling Beyond Covers
案内役のソフィーです。
本が言葉以上の世界になり、ページをめくるたび、旅はさらに深まっていきます。
おはようございます。時刻は5時58分を回りました。ソフィーです。
今朝も言葉の向こう側へお供します。
芸術家は特別な人ではありません。
芸術家とはありふれたものを特別なものにできる普通の人です。
日系アメリカ人の彫刻家ルース・アサワの言葉です。
細い針金を一つまた一つと編んでいく。
そこから生まれるのは玉のような形や雫のような形、形の中にはさらに別の形が浮かんでいます。
作品を囲う硬い表面はありません。
向こう側の景色も差し込む光も、針金が床や壁に落とす影も作品の一部になります。
ルース・アサワがこの技法と出会ったのは1947年のことでした。
その数年前、16歳だったアサワと家族は日系人であるという理由でアメリカ政府によって強制収容されました。
戦争が終わった後、彼女はノースカロライナ州にあるブラックマウンテンカレッジで学びます。
そして大学からメキシコへ旅した時、トルーカという町で一人の職人と出会いました。
職人が作っていたのは美術館に飾るための彫刻ではありません。
卵を入れて運ぶためのかごでした。
一本の針金を輪にして同じ動きを繰り返しながら編んでいく。材料はごくありふれた針金。
技法は暮らしの中で使われてきたかご作りの技法です。
アサワはそれを持ち帰り何度も試しました。
かごとして閉じる代わりに形を長く伸ばす。
一つの膨らみの中から次の膨らみを生み出す。
外側だった面をいつの間にか内側へとつなげていく。
針金は物を入れる道具から空間に線を描く彫刻へと変わっていきました。
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1949年、アサワはサンフランシスコで暮らし始めます。
結婚し6人の子供を育てながら作品を作り続けました。
彼女にとって生活する場所と作品を作る場所はきれいに分かれてはいませんでした。
家の居間には製作途中の針金が置かれ、図上には完成した彫刻が吊るされていました。
その下で子供たちは本を読み、遊び、時には母親の手元を眺めていました。
子供に呼ばれれば一旦針金を置く。物事が済めば同じ場所からまた始める。
隔てられたアトリエではなく人が行き来する家の中で作品は少しずつ形になりました。
アサワは針金だけでなく半分に切ったジャガイモやリンゴ、折り紙、パン生地、庭の草花も製作に使いました。
どれも暮らしのそばにあるものです。
特別な材料を探すよりも目の前にあるものをよく見る。手に取ったり折ったり結んだり繰り返したりする。
ありふれたものの中にまだ誰も見ていない形を見つけていく。
芸術家とはありふれたものを特別なものにできる普通の人。
特別なものはありふれた素材を見つめる眼差しとそこへ何度も触れる手の中から少しずつ形になっていくのかもしれません。