00:07
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
どうも、1P 川崎です。
どうも、2P 長谷川です。
Bright Bit Brothers 第1回。
はい。
ブログの方では、ステージ1っていう風にね、ついてると思うんですけど。
なってましたね。
はい。
一面って言わないんだなって思って。
そうですね。タイトル英語なんで、ステージの方がいいかなと思って。
そういうこと。
いや、僕は未だにゲーム遊んでる人と、昔遊んでた僕との差かなって思って。
あー、なるほどね。
時代が止まってるんですか、長谷川さん。
はい。
最近確かに、一面とかあんま言わないですよね。
あ、そうっすか。
ステージって言う方が多いかな、確かに。
というわけで、1回目ね、なんですが。
はい。
前回、宣伝用としてね。
あ、そう。宣伝6回か。
6回ね、公開しましたけど。
はい。
公開したタイミングがね、タイミングだっただけに。
一応、エイプリルフールとして引っ掛けもしてたんですが、何人か引っかかってくれたみたいで、ちょっと嬉しかったなと。
大丈夫かっていう感じで聞いてましたね。
ただ中身聞いたらね、普通にやってますから。
あれがネタだとしたら、すごく分かりにくいボケだなと思いますけど。
4月1日はいいですよね、覚えやすくて。
そうですね、確かに新学期というかね、新番組としては4月1日からっていうとすごくキリがいいなと思いますんで。
ただ実際はこの1回目、第1回が初めてですから。
じゃあその記念すべき1回目に何を話そうかなと。
はい。
ということで、今回のステージ1のテーマはファミリーコンピューター。
ファミリーコンピューター。
そうです、伸ばさないです。ファミリーコンピューター。
これ正式名称ですから。
さすがに知らない人いないですよね。
知名度はすごいですよね。昔のゲームですけど、ほとんどの人が知ってると思いますけどね。
というわけで今回はファミリーコンピューターの話をしていきたいと思いますんで、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
何から話すんですか?
そうですね、やっぱり初めてファミリーコンピューターを遊んだ時の感想を話すか、
それとも最初にファミリーコンピューターの説明を簡単にしておきますか、もう皆さん知ってるとは思いますけど。
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せっかく長谷川さんがいろいろ調べてきてくれてるようなので。
そうなんですよ。記憶がね、おぼろげすぎて。
いやいや、わかりますよ。
ちょっとね、いろいろ調べて、知識無双じゃないですけど、話せることと思って調べたら、なんか面白くなっちゃって。
わかります。私もちょっと今回調べたんですけど、キリないですね、調べだすの。
そう、キリがないんですよ。なんですけど、ちょっと調べてきたことを言おうかなと思うんですけど、
発売されたのが1983年の7月15日らしいんですけれども、
夏ですね。
そうそうそう。この年は他にもハード出ててですね、当時ハードって言ったのかな、3月にバンダイからアルカディアっていうのが出てて、
あったなアルカディア。
そう、知ってます?
あった。CM見た。
で、5月にあたりから、あたり2800、これはちょっと読み方違うかもしれないですけど、出てるみたいなんですよね。
あたりまで出てたような気はする。
で、7月15日にファミリーコンピューターとセガのSG1000が出てるみたいなんですよ。
出た。そうだったんですね、同じ年だったんですね、SG1000。
でね、4日後の19日にカセットビジョンのジュニアっていうのがエポック社から出てるみたいで。
負け戦やったな、さすが。
失礼。いきなり失礼ですね。
いやいや、カセットビジョンってファミコンより先に出てたんですよ。
うん、知ってますよ。
家庭用ゲーム機としてカセットを差し替えて遊ぶっていう意味では、ファミコンよりも先なんですよ。
ただ、ファミコンとの性能差があまりにもありすぎて。
僕の記憶でもドットのサイズ違うなって。
もうこれね、当時の衝撃どれくらいかっていうと。
プレステ換算してくださいよ。
プレステ?
プレステ。
プレステってどういうこと?プレステ1?
10じゃん。
なるほど。
プレステ1からプレステ2くらいのインパクトは当然ありましたけど、もっとあったかな?
あったような気が。
あのね、個人的にはね、VHSから4Kくらいの感じじゃないですかね。
それどうなんすか?みんなわかるのかな?
ビデオテープからDVDよりもインパクトあった気がしますね。
そんなに?
カセットビジョンのドットって8ドットくらいでしょ?キャラ。
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塊ですよね。
8ドットじゃなくて4ドットくらいだったかな?そう、箱なんですよ本当に。
うん、箱。だから動物番長みたいな感じですよね。
わかるかな?そうそうそう。
だからそれがファミコンになった途端、完全に人だと顔までわかるクオリティーになってるわけですよね。
そうそう。だからって負け戦ってあれですけど。
結局ファミコンって、ドンキーコングとドンキーコングJr.とポパイが同時に出たらしいですよね。
そうですね。
カセットビジョンがファミコン前のハードとしては売れてたハードで、45万台だったらしいんですよ。
結構売れてますね。
でね、その45万台をファミコンは半年で到達するらしいですね。
さすがやな。
最終的には1935万台出てて、これ国内で出た台数。
そうなんですか。
でもこれ販売台数、歴代5位らしいですよ。
歴代5位?
歴代5位。
確かね、上にゲームボーイとか携帯機がいるんですよね。
そうか、ゲームボーイは確か1億台とか言ってたもんな。
全世界で見ると6291万台らしいです。
ゲームは全1053タイトル出たっていうことで。
当時、さすがに自分のお金で買ってないですよね。
たぶんね、お年玉とか誕生日でとかだと思いますね。
僕は買ってもらったんですけど、だから価格を気にしたことなかったんですけど、14800円だったみたいですね。
そうですね、覚えてます覚えてます。
だから今から考えると安い?
でも当時で言うとね、高かったと思います、かなり。
おもちゃとして考えるとすごく高価なものだったんです。
確かに。
ゲームウォッチとかっていくらぐらいだったんだろう?
ゲームウォッチは確か1万円しないぐらいです。
6000円、7000円ぐらいちゃうかったかな。
そうなんだ。
なのでやっぱり当時のゲーム機、おもちゃとして考えたときの値段は大人からするとかなり高く感じたと思いますよ。
そうですよね、だってこれだけ買ったんじゃ遊べないんだから。
そうですね、カセットと合わせると2万円ですからね、だいたい。
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じゃあもう悪くしたらゲームウォッチ3つじゃんっていう。
そうですね。
もうちょっと調べたんですけど、翌年に165万台売れる。
ハドソンがロードランナーとナッツ&ミルクで参入してきて、
ナムコがギャラクシアで参入してきて、
この年にサードパーティーっていうものができるんでしょうね。
なるほどね、任天堂以外のメーカーがゲームを作る。
当時は何て呼んでたのかちょっと知らないんですけど。
何て言ってたかな、確かに違う言い方してた気がしますね。
で、その翌年の85年で374万台出るんですよ。
これ何でだと思います?
えー、翌年?
うん、1985年。
85年、なんかソフト、あれじゃない?スーパーマリオじゃない?
そう、スーパーマリオ出たんで。
やっぱりな。
スーパーマリオ681万本出てるらしいんですよね。
これでもね、確かに全世界売り上げが、スーパーマリオって一時世界一売れたゲームだったんですよね。
あー、そうなんですか。
そうです、4,024万本売ってるんですよ、世界で。
で、これしばらく世界一売れたソフトをずっとトップだったんです。
えー、何か超えたんですか、じゃあ。
はい、実は2000年代後半になって、次々超えられて、今スーパーマリオ5位ぐらいかな。
あ、そうなんだ。
そうなんです。
これね、ついでに言っときますけど、スーパーマリオまず最初に抜いたのがウィースポーツです。
えー。
ウィースポーツ全世界で8,287万本売れてるんですよ。
あー。
スーパーマリオの倍ですよ。
すげー。
すごいでしょ。で、これちょっとカラクリがあってね、海外のウィーにはウィースポーツが同婚されてたんですね。
あー、なるほどね。
ただ、それを抜いたとしても4,000万本以上は売れてるんで、もう実質スーパーマリオは抜いてたと。
で、現時点でウィースポーツが4位なんですよ、世界で。
まだ上に3つある。
えー。
で、これが上からいくと、1位がテトリス。
2位がマインクラフト。
3位がグランドセフトオート5。
あー、5なんですね。
5です。5はもうめちゃくちゃ売れてるんですよ。
5って最初に出たのが2006年で、その後プレステ3から4にハードまたいでまだ出てて、まだオンラインイベントやってるんですよ。
はー、すごい。
グランドセフトオートってアメリカ史上エンタメ界で一番売れてるものらしいです。
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スターウォーズの興業収入より売れてるって。
マジで?
なんかもう想像つかないですけどね。
ちょっと、あんなバイオレンスなものが。
で、それがソフト数で言うと8000万本なんですけど、テトリス、マインクラフトはその倍なんですよ、さらに。
あー、マインクラフト。
1億8000万本くらい売れてるんですよ。
えー、いや、テトリスはまあわかるじゃないですか。
なんかどこにでも出てこれるから。
それ言うとマインクラフトもそうなんですよ。全ハードで出てるんで。
そうか。
いや、もう化け物ソフトですよ、本当に。
だから私の中ではもう学生時代っていうか社会人になってからもスーパーマリオが一番売れたソフトっていうのがずっとあったんですよ。
僕さっきもそう思ってましたよ。
でしょ?もう塗り替えられてるんですよ。
ねえ、すごい。それでもスーパーマリオっていうのはファミコンにとっては。
そうですね。
もう間違いなく、もうそこでゲームの歴史が変わるぐらいのタイトルでしたからね。
これ多分ファミコンブーム、火付役はやっぱりこのスーパーマリオだったんじゃないかなと思いますけど。
そうでしょうね。
だってもうみんなやってましたよね。
やってた。
子供も大人もみんなやってた。
長谷川さんも当時やってたでしょ。
やりましたよ。画面の奥にずっと、奥って今で言えば横ですよ。当時は世界の奥って思ったんですけど僕は。
右側ね。
そうそう、右にずっと行けるって思って。
ああ、そうかそうか。
当時って一画面で完結してるゲームってね、結構あったじゃないですか。
そうですね。もしくは縦かな。なんかアイスクライマーとか。
ああ、確かに高さはあった。
なんて言うんだろう。この速度でこんなにどんどん右に行けてこのゲーム大丈夫なんて思いました。
いやでもわかりますね。すごく広大な世界を感じましたよね。
うん、感じましたよ。
で、クリアするたびに世界が変わるじゃないですか。
1面目が地上で2面目が近いって。
で、もう挙句の果てにね、水の中行ったりするって。
もうあれ、今考えたらすごいですよね、本当にあのバリエーション。
すごい。なんか結構雲の上まで行ったりとか。
そうそうそうそう。
しかもそのファミコンのスペックとか当時のロム容量を考えるとあれ本当にすごいことやってるみたいで。
当時他のメーカーの人はスーパーマリオ見て相当びっくりしてたはずですよ。
でしょうね。
こんなことできるのかって。
だからそこはすごくいろいろ工夫してね、容量削ったりとかしてるというのはいろんなところでも記事になったりしてますんでね。
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呼んでもらったらわかりますけど。
本当にそういう意味でもスーパーマリオっていうのはその革新的なゲームだったんですよね、やっぱ。
当然その技術とかだけではなくゲーム自体がめちゃくちゃ面白いっていうのがあっての話なんですけど。
ちなみにクリアできました?
しましたね。
すげえ。俺したかな?
ワープ使ってですけどね。
さすがに通しでできたかな、通しで行ったことあったかな。
無理やった気がするな、どっかで詰まってた気がする。
ワープすると3エリアぐらいで行けるのかな、確か。
そうそう、結構飛ばしますよね。
1、4、8ぐらいで行ってたかな、なんか。
そういう意味では裏技とかのひつけ役もスーパーマリオなんですよね。
いろんな裏技あったでしょ、ブロック挟まって、ちょっと画面の端に寄せてね、キャラクターを挟むことで上にどんどん登っていくとか。
あったあった。
だから開発者が意図してるものではなくて、本当にバグみたいな技もたくさんあったのがこのスーパーマリオだったんですよ。
それが神がかり的にちゃんとゲームの中で面白く動かすことができるバグがたくさんあって。
まあいろいろありますよね、隠しで花火がいっぱい出て点数入るとかね。
あった気がする。
あります。タイマーの末尾をね、1、3、5の奇数の時に旗につかまると、1なら1発、3なら3発、5なら5発花火が上がって点がちょっともらえるっていう。
あったんです。
それさすがに仕込みなんですかね。
当然、これは仕込み。だからこういう仕込みもすごくセンスあるじゃないですか。
そうですね。
こういうことしたら楽しいんじゃないとか、ただ単にね、旗つかまるだけじゃなくて、そういうことが分かれば今度狙うようになるじゃないですか。
そうですね。
だからこの辺のね、本当に作りが素晴らしいというか、なんかこう楽しませようというものが詰まってるんで、これだけ売れても当然かなというタイトルですよ、やっぱりスーパーマリオは。
だからこの番組のね、名前もそこからちょっと。
そうそうそうそう。
ね、まあ分かるとは思いますけどね、すごい。
最初ね、ちょっと違ったんですよね。
そうそうそうそう。最初は違ったんですけど。
やっぱこう、マリオをリスペクトとしてね、ブラザーズという。
はい。
あとあれ覚えてます?裏技で言うと、マイナスステージとかやったことあります?
マイナス?
知りません?
知らない。
知りませんか。これ当時、マリオに隠し面があるって言って、マイナス1面とかマイナス0面っていうのが出てくるっていうのがあったんですよ。
で、これね、結果から言うと実はバグなんですね。
バグ技なんですよ。で、そのバグの出し方っていうのが、カセットを斜め挿しするっていう。
18:02
それはバグですね。
はい。でも何がすごいって、これ本当に遊べるんですよ、バグやけど。
そうなんですか。
動かせるんです。
へえ。
で、他の方法で言うと、テニスのソフトを挿して電源入れたまま抜いて、マリオを挿すとマイナスステージが遊べるっていう。
あった、それは。
覚えてます?
マイナスステージって呼んでたのか。
マイナス面って言ってました。で、なんでかって言うと出るんですよ。ステージなんとかっていうところにマイナスって出るんです。
で、変な数字が出て、バグってて。これがね、当時衝撃的で。
うん。
で、これ今のアーカイブのスーパーマリオとかでは絶対再現できないんですよね。
確かに。
アナログなバグなんですね。
アナログにさせないですからね。
で、なんか調べたらこれどうもスーパーマリオブラザーズ2では、この裏技っぽいステージが用意されてるらしくて。
ちゃんと。
そうそうそうそう。これが話題になって受けたから、2には正式になんか裏技で入ってるんですって。
私見たことないですけど。さすがやなと思って。
で、当時のその状況を考えるとね、これってネットとかがない時代なんで、口コミで広まってるんですよ。
そう。そうですよね。そこがね、不思議。
ゲームに限らず、評判ってどうやって広がってたんだろうって今から考えると思いますよね。
もう完全に口コミなんですよね。
一応雑誌で裏技とかは広まって、でそれを学校で友達同士でね、見たかあれっつって。
こんなんあるぞって言って広まるっていうパターンがもう。
だからもう学校なんですよ。子供たちのコミュニティとしては。
まあそれでもその広がり方とかを考えると驚異的ですよね。ネットがない時代に。
おそらく全国でこのスーパー無料でみんな裏技を探してた時代だったんじゃないかなと思って。
でもなんか裏技ってコロコロかなんかがつけたんでしたっけ。言い出したんでしたっけ。確か。
そうやったんかな。ファミ通じゃないですか。
いやコロコロだって聞いたことがあるんですけどね。
確かにね雑誌だったと思いますよ。
まあ雑誌はもう情報源としてすごい大事でしたよね。
だからゲーム雑誌をみんな見てこんなゲーム出るぞとかね面白そうとかって感じでやってたと思いますから。
情報源がない以上は雑誌で見るか友達に遊ばせてもらうかあとはおもちゃ屋さんに行って店頭デモとか実際ね動いてるやつ見るとかしかなかったですからね。
正直少ないお小遣いでくじ引くようなもんでしたからなかなかね当たりを引くのは難しいですよね見た目だけでは。
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僕はだいぶハズレを引きましたよ。
じゃあその話は後半でやりましょうかね。前半はファミコンのスペックとかそういう話しましたけど後半では僕たち個人の思い出とか話していきましょうかね。
ここからはゲームの話をしていこうかなと思うんですけど長谷川さんファミコンで初めて遊んだゲームって覚えてます?
初めて遊んだのは覚えてないな。
買ったとかじゃなくて遊んだゲーム?
そうそう遊んだがね思い出せないんですよね。やっぱね本体と一緒に買ってもらったドンキーコング3だと思うんですよ。
どうでした初めて遊んで。
いやあんま面白くないなと思って。
ちなみにドンキーコング3ってあれですよね。
なんか名前が出ないゴリラって言いそうになった。ドンキーコングが。
タイトルについてるやん。
ぶら下がってて。
そうですね。
で蜂の巣がそこにくっついてるんですよ。
でそれを最初に引っ叩いて蜂がワーンって出てきて自分がねあれマリオじゃないんですよねあれ違う名前がついてて。
ああそうか。
植物園の管理人かなんかなんですけど。
で下から殺虫剤で蜂を撃退しつつたぶんけむしとかも出てくるからそれも撃退してコングのお尻に殺虫剤かけてくと上に逃げていくから完全に上まで消したらステージクリアみたいな。
そうですねそんなゲームでしたね。
植物園にあれいたらまずいだろうって思うんですけど。
確かにあのゲームは私も当然遊んだことありますけどどうなんですかね。
ステージ変わり映えしないですよね。
そうそこ。
そこですよね。
そうなんですよね。
さっき言ったスーパーマリオとの大きな違いがそこですねやっぱ。
ステージ変化が乏しい。
この辺は初期のゲームはねシューティングとかでもインベーダーとかでもそうですけど敵の動きが速くなったりとかはするけども基本的なステージ構成は一緒ですからねずっと。
しょうがないじゃあそうなんですけどね。
そうか。
じゃあそれはあの勝った時はそれですけどその前にファミコンの存在は知ってたんですよね当然。
知ってたのかな。
たぶん友達に何か遊ばせてもらったりとか見せてもらって欲しくて勝ったみたいな感じなんですか。
友達がいたかな。
どういうこといるでしょそりゃ。
いるでしょ。
だって友達の家でゲームしたりしてたでしょ。
24:03
そうだなそうですね。
でしょ。
友達の兄ちゃんがゲーム詳しかったから。
なるほどそういう人一人いるとねいい環境ですよ。
ゲームセンターとかもその人に連れてってもらってた気がします。
いいじゃないですか。
ですね。
たぶんその人に見せてもらったことはあるはず。
私もね当然友達の家で遊んでたんですけどたぶん私もね勝ったのは発売日よりだいぶ後だと思いますね。
出始めの頃は友達の家で言ったら近所にいるお金持ちの子がいてもうその子がファミコンとデータカセット全部買ってたから。
いるそういう人いる。
いるでしょ。
でその子の家に学校終わったらもうみんなで集まってずっと遊んでましたね。
しかもねそういう子に限ってねその子自身ゲームあんま興味ないんですよ。
わかる。
わかるでしょ。
あんま執着がないんですよね。
そうなんですよ。
でつまんないからあげるとか言ってくれたりしますよね。
そうそうそう。
あれはたぶん親がほらこれ今のゲームやぞって買ってくれてるんだろうけど子供はいまいち別にそんな欲しくないみたいな感じ。
今思えばねあったなと思って。
僕ルナーボールっていう。
ありましたね。
ビリヤードのゲームね。
はいもらいました。
大好き大好き。
いやあれ面白いゲームですよあれ。
そうそうだから僕もどっちかっていうとねもう自分で買ったよりは友達のとこで遊ばしてもらってるゲームの方が圧倒的に多いと思うんですよね。
で私自分で最初に遊んだゲームってたぶんロンチタイトル遊んでる気がするな。
あ、じゃあドンキーコング。
うんたぶんドンキーコング。
でドンキーコングは実はね僕ゲーセンでも遊んでたんですよ。
はいはい。
であのファミコン出る前に駄菓子屋の縦置きゲームというか立ちゲーね立ってやる筐体で見てて。
でもその時点ではすっげえもう面白いゲームなわけですよ。
ドンキーコングって。
めっちゃかっこいいと思ってましたね。
そうそうそうで音もねすごい気持ちいい音するんですよあのゲーム。
めちゃくちゃいい音するんですけど。
でファミコン出た時に見たらもうまんまゲームセンターのがまんま動いてると思って。
でファミコンやる前にあのゲームウォッチのドンキーコング私持ってたんですよ。
あーオレンジ。
そうそうあの折り畳み式の2画面。
であれをもうめちゃくちゃ遊んでて。
ジュニアはやってたんですか。
ジュニアもたぶんやってたなゲームウォッチは結構買ってもらってたんで。
あのおばあちゃんが買ってくれてたんちゃうかな。
あの初孫やからっていうんで僕はかなり甘やかされて育ってたんで。
でドンキーコングはそのゲームウォッチで遊んでたんですがやっぱりゲームセンターとは違うわけですよ全然ね。
あのLSIゲームとね。
液晶画面のそのマリオとゲームセンターのマリオも全く違うんですよ。
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だからファミコン出た時にドンキーコング見たらこれはすげーなと思いましたねやっぱ。
これが家で遊べるのかと。
厳密に言うとアーケードとファミコンでは違うものなんでしょうけど子供的には全く同じに見えましたけどね当時。
再現度っていう意味では。
それぐらいそのファミコンのインパクトってすごくて。
前半で言ったみたいにカセットビジョンも遊んでたんですが。
あそこからファミコンに移行した時のそのビジュアルショックはやっぱりすごいものがありましたよ。
ビジュアルショック。
すごかったやっぱ。
当然音もすごかったですし。
あとはコントローラーかな。
コントローラーもね、ファミコンが出るまでのコントローラーって結構スティックがついてるものが多かったんですよ。
なんかね、なんか覚えあるんですよ。
あるでしょ。
なんかなんていうの、ダイヤルみたいなのとかもなかった。
そうそうそうそう。
ダイヤルとかコントローラーのとこにスティックがピッて立ってて、それを倒すことで上下左右動かすっていうものが結構多かったんです。
それがファミコンでは画期的な十字キーってやつね。
任天堂のもう特許ですけど。
あれとボタン二つがついてて、それでいろんなゲームが遊べるっていうあのデバイスというか。
あれは本当に発明だったなって。
そのきっかけはさっき言ったゲームウォッチのドンキーコングらしいんですけどね。
あれが十字キーなんですよ。
そっかそっか。
あっちがさっきみたいで、あれがファミコンに応用されてるらしいです。
なんかゲームウォッチでできた資金をほとんどぶっこんで作ったって言いますもんね、ファミコンって。
なんか聞いたことありますね、それ。
もう絶対家庭にゲームセンターのゲームを持っていけば、ちゃんと再現してやれば絶対流行るっていうことで。
すごい志が高い。
結局ね、ゲームシーンはガラッと変わるわけだから。
いや本当に実現しましたね。
ね。
じゃあついでにその時にね、ファミコンが出た1983年当時、アーケードゲームはどんなゲームがあったかっていうのもちょっと調べてみたんですけど。
さっき長谷川さんが初めて遊んだと言ってたドンキーコング3も83年に出てます。
そうなんですよね。
はい。
あっちちょっと面白そうですよね。
縦長くて。
確かにね、そうそう。アーケードゲームって当時は縦長が主流だったんですよね。
縦長かったんです。
家庭用テレビは4対3で横長だったっていうので、ファミコンに移植するときには多少やっぱ差が出るっていうのはあったんですけど。
でね、その他で言うとね、エレベーターアクション、リブルラブル、マッピー、マリオブラザーズ、スーパーじゃない方ね。
30:04
はいはいはい。
これも83年です。
へー。
で、ここからですよ。ハイパーオリンピック。
え、83年ですか?
83年です。
うーん。
もう覚えてます。私この時にゲーセンでもハイパーオリンピックでバシバシボタン叩いてましたね。
いや、僕ゲーセンのハイパーオリンピックはやったことないです。
あ、そうですか。
はい。
ゲーセンすごかったですよ、この時。
へー。
あの本当にハイパーオリンピックの協会だけはあの劣化がひどいんですよ、他のよね。
でしょうね。
あの擦ったりね定規で叩いたりするのが流行ったんで。
もうハゲハゲになってました、メッキがね。
ボタンもすぐ壊れるし。
でもね、それぐらい面白かったんですよ。
うーん。
そしてもうこれは絶対外せない。83年、1月に発売されたゼビウス。
あー。
これね、83年ってね、やっぱこうアーケードコンシューマーともに業界的にすごく大事な年だったんだなって思いますね、改めて。
これゼビウスってアーケードゲームでいうところの革命の一つですから。
そうですね。
これがファミコンと同じ年に出てるっていうのは感慨深いですね、なんか。
これもゲーセンで見た時に衝撃的やったもんな。これは絵なのかって思いました、最初見た時。
あーそうなんだ。
そうそう。
僕やっぱ音の印象がすごかったですね。
あー音もすごかったな。聞いたことない音でしたもんね、今まで。
今までのゲームではない音が鳴ってましたもんね、あの時。
なんかすごい、あのゼビウスの世界観は音から感じましたね。
わかる。
グラフィックもすごかったけど音も含めて、一つの世界としては衝撃的なゲームでしたよ、本当に。
まあこの辺があって、アーケードゲーム、ゲーセン以外でも駄菓子屋さんとかデパートの屋上とかにもゲームコーナーがあって、そこで遊んだり見たりしてたんで、すごく懐かしいですよ、調べててね。
この辺、今挙げたゲームほとんどね、後でファミコンに移植されるということでね。
そうですよね。
この辺がやっぱりファミコンのスペックの高さを表してるなと。
だからどっちで遊んだかなとか結構ごっちゃになるんですよね、ファミコンだったかアーケードだったか。
長谷川さん当時はファミコン出た頃ってゲームセンターとかは行ってなかったですか?
行ってないんですよね、ゼロ回でちょっと行ったんですけど、ファミコンが出るちょっと前に引っ越してきてるんですよ。
栃木にいたときは、住んでるところは山のふもとだったんですけど、通ってた小学校が親が勤めてるところの近くだったので町のど真ん中だったんです。
33:10
で、さっき言ってたゲームを教えてくれたお兄ちゃんがいた家に小学校終わると、親が帰ってくるまでどういう約束してたのか知らんけど、その家で待ってることが多かったんです。
あるある、そういうのありますよ、あったあった。
あって、そこがワイシャツ屋さんなんですけど、オーダーメイドとかの、ほんと町のど真ん中にあるから商店街がすぐ脇にあって、ゲームセンターとかあるんですよ。
そこで見てたことはあるんですよ。だからドンキーコングの筐体とか覚えてるんですけど、たぶん遊ばせてはもらえなかったと思う。
やっぱり見る方が多いですよね、やっぱり。
クレーンゲームとも、もう今みたいなんじゃなくて。
あれでしょ、三つの爪のやつでしょ。
そう、鎖を引っ張るような。
そうそうそうそう、あったあった。
なんかオウムの絵が描いてあったような覚えがある。
あったあった。
時間が来るとすごいビービーってすごい音がするラムネを取るマシーンだけはやらせてもらえたんですけど。
あれ10円ぐらいでしたっけ。
かな。
ありましたね。
デパートの屋上のゲームコーナーですね、たぶんね。
いいですね、私もよく行きました。
で、私も見てるだけで楽しかったんで、ほとんど遊んでなかったと思いますね。
実際お金もなかったし。
見てるだけでも面白かったですよね。
面白かった。
で、当時はギャラリーが上手い人の周りに集まるから、やっぱりその場所場所で必ずいる上手い人っていうのがいるんですよ。
いたな、グラディウスずっと2週も3週もしてる人とかおったもんな。
だから移植されてすげえっていうのは正直ないんですよ。
なるほど。
ただ川崎さんじゃないけど、そういうの分かる友達とかが、戦いの番下は元はもっとすげえんだよみたいなのとか、グラディウスはこんなもんじゃねえみたいなことを言ってるのは聞いてました。
分かる。
そうそう、ファミコンのグラディウスってすごくよくできてるんですけど、アーケードがやっぱきれいなんですよね。
あの辺ぐらいからファミコンの移植が難しいゲームがアーケードにも出てきだしてて、初期の頃のゲームはほとんど完全移植されてたようなイメージでしたけど、大人から見たら多分違うかったかもしれないですけどね。
ファミコンってすごく息が長いじゃないですか。
長いですね。どれくらい稼働してたのかな、結局。
結局、最後のカセットが出た年っていうのが1994年。6月24日に高橋名人の冒険島の4。これが最後らしいんですよ。
36:10
ってことは11年。
そう。
すごいなあ。
結構これが最後だっていうのは、ちょっと調べると出てきて、有名なことらしいんですよね。
じゃあその1個前なんだろうと思って調べたら、Jリーグウィーニングゴールっていうのがビクターから出てて。
Jリーグか。
でね、1994年って11月にセガサターンが出て、12月にプレステが出るんですよ。
あ、そんな時期。あ、そうか。
すごくないですか。
ファミコンすげえな。
でしょ。ついでになんか面白くなって調べたら、シティハンターが最終回を迎えた年なんですけど。漫画ね。
いやーでもほとんど忘れてはいたけど、ずっとリリースされてたんですね。
そう、そうっすよ。だって1983年の7月って、キャッツアイのアニメが始まった月らしいんですよ。
だってプレステとか言ってるならもうすでに数ファミ通ってるわけでしょ。
そう通ってるんですよ。
すげえな。
ディスクってもうちょっと長生きしたのかなと思って調べたら、ディスクは92年の12月22日に最後が出てるんですって。
だからディスクの方が2年ぐらい前に終わっちゃってるんですよね。
まあ確かにちょっとね、なんか時期が弱いとかで。
いや単にあれですよ、ディスクの意味がなくなってしまったんですよ。
まあそうですよね。
ディスクのメリットって当時で言うと大容量の1メガと、あとセーブできるっていうね。
これが大きかったんです。
あとはまあ書き換えか。
そうそうそう。でも後半のファミコンはね、当然もう容量が4メガだ8メガだってなってきて、バッテリーバックアップついてカセットにセーブができるっていうね。
確かにできた。
そうなったらもうディスクはやっぱ用済みですよね。
上位ハードではなかったんだよね、あれは。
いやでもディスクは名作もたくさんありますからいいハードでしたよ。
ディスクのじゃあ最後何なんだろうと思って調べたらですね、ジャンケンディスク城っていう。
何あれそれ。もうあのハード末期のタイトルって絶対知らんなあもう。
でねこれあの書き換え専用だったらしくて。
より、それすごいな。知名度ないですよそんなこと。
でトクマっていうとこであれなんですけど、ファミマが企画門だったらしいんですよ。
あーなるほど。
でそのシリーズってのがいくつかあって、その最後らしくて、だからシステムは一般公募で選んだもので、主人公があのディスクのマスコットキャラって言ったじゃないですか。
39:08
言いましたね。
ディスクンっていうの。
ディスクンねディスクン。
あれが主役らしいですよ。
あーそっか。
へー面白いですね。
そうそう。途中でいろんなハードが出てるんですよね。
めちゃくちゃ息長かってんなあ。
確かにねあのファミコン後期に出てプレミア付いてたメタルスレーダーグローリーとかもあれだいぶ後ですからね。
はいじゃあエンディングなんですけど。
はい。
今回ねもうちょっと話そうかなと思ったんですが、結構ハード回りの話で終わってしまいましたね。
そうですね。
もうちょっとソフトの話したかったって長谷川さん言ってましたけど。
まあこの辺は後々ね、いつでもする機会はあると思いますので、また折りにつけて。
いろんな切り取り方できますよね。
そうですよね。あのー多分何の話してても繋がる気はしますけどね。
じゃあナムコの話岡とか。
ディスクシステムだけでも話せるかもしれないし。
いけるな。いけますね。
周辺機器とかね。
周辺機器もね実はちょっと調べてたんですけど今回。話す間がなかったというかね。
あのファミコンって周辺機器もすごく多いハードなんで。
いやいややっぱ憧れとかあったでしょ。
ありますよ。
あれ欲しかったなあみたいなね。
あのバズーカ欲しかったですバズーカ。
僕ジョイボール。
ジョイボールは私買いました。
いいなあ。
ジョイボール持ってました。
なんかね見た目が最高にかっこいい。
最高ですよ。
人間工学に基づいて作られた。
そうなんですよ。
そうですよ。
昭和はそういうことすぐ言うんだよなあ。
最小の手首の動きだけで動かせるんですよ。
まだうちにちゃんとあって動きますからねあれ。
まじっすか。
動きます。レトロフリークで動かせるんですよ。
いやあ僕小学校のときずっと
行きつけのおもちゃのガラスケースの中で見てましたよ。
見てた。
あれですね黒人の子供がトランペットを見るように見てたんですね。
そう。でも誰もプレゼントしてくれなかったです。
まあね大人にはあの価値はわからないでしょうね。
いやだからそういう話もねもうちょっとしたかったんですが
まあ今回も時間が来てしまったので
はい。
またいつかねやりましょう。
はい。
で2回目のテーマはまだ何も決まってないんですが
また考えて話したいことがあれば話していきたいかなと思います。
あの番組をね始めるにあたってね
いろいろ調べてみてというかまあ思い出してみて
思い出せないんですけど
どういうこと?
思い出してみて思い出せない?
42:01
あのそもそもの経験が少ないんだなこれはと思ったんですよ。
あ、長谷川さん自身ですか?
そうそうそうそう。
なんでどうしたもんかなと思ったんですけど
いいふうにとって今からやればいいじゃんと思ったんですよ。
確かに。
でしょ?
そういう人もなかなかいないじゃないですか。
ひどい話ですよ。
だってレトロゲームの番組やりたいって言っといて
やり始めたらよく知らないって言い出すんですよ。
これはもういいようにしていくしかないなと思って。
なるほど。
でね、うちに3DSあったなと思って。
バーチャルコンソール結構出てるんですよ。
EUと3DSは豊富って聞いたので
最初ね、ちまよって2DSLLを買おうかなと思ったんですけど。
それ用に?
よく考えたらあるわと思って。
あるならね、それでいいと思いますけど。
そうそうそう、でさっきね、すごい久しぶりに起動して。
動きました?ちゃんと。
動きました。
よかったです。
充電器を探すのが一番苦労しました。
やっぱりね。
どんな形だっけって思って。
いっぱいありますからね。
いっぱいあるんですよ。
一応ほぼ取っといてあるんですけど。
で充電して、つないでバーチャルコンソールを買ったんですけど
リンクの冒険を買ってみました。
やったことないんですか?当時。
あるんですよ。あるんだけど背景が黒だったなぐらいしか覚えてないです。
あとロッドの墓があったなぐらいしか覚えてないです。
あんまり印象残ってないですか?
急に横スクロールアクションになったじゃないですか。
だからインパクトはあったんだけど、ゲームの内容はあんまり覚えてなくて。
でね、実はね、ゼルダもクリアしてないんですよ、僕ちゃんと。
あ、そうなんですか。最初のゼルダ?
だからね、ゼルダから始めてもいいかなと思ったんだけど
もうちょっとね、興味のある方から行こうかなと思って
リンクを買ってみたんで、次までにどこまで行ってるかなっていうね。
それ、もうどっかでリンクの冒険の話するフラグじゃないですか。
だし、ちょっとね、今こんくらいですとか。
進捗状況ね。
いいですね。
私はリンクの冒険は結構覚えてますよ。やっぱりインパクトあったから。
じゃあどっかでちょっとお話ししましょう。
数十年越しのリアクションですよ。
すごいな。
このゲーム面白いですね。
完全に思い出じゃないじゃないですか。
思い出じゃない。
上書きされてるじゃないですか。
現在進行形ですから、書き換えですか。
上手いこと言わんでいいんですか。
ディスクだけにね。
45:00
なるほどね。分かりました。
じゃあ長谷川さんの方で、告知というか、呼んでくれるそうなので。
番組のね、ことなんですけど。
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待ってます。憧れますね、そういうのにね。
最後の文を読むっていうのをやってみたかったんですけど。
そうなんですか。やりましょう、やりましょう。これから毎回長谷川さんに読んでもらおう。
本当ですか。収録に出してもいいですよ。
どういうこと。一回撮っておいてそれを流すってことですね。
途中でもしんどくなってきたらそうしましょうか。
わかりました。
しばらくは生で読んでみてください。
というわけで今回第一回ステージ1終了ということで、また次ステージ2でお会いしましょう。ありがとうございました。
ありがとうございました。