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STAGE57「ハドソン」
2021-07-25 59:05

STAGE57「ハドソン」

今回のテーマは「ハドソン」 「桃太郎電鉄」「ボンバーマン」など誰もが知っている有名タイトルから 周辺機器、ゲーム機本体、更には独自の機器まで ソフトハード問わず幅広く開発販売していた国内メーカー。 現在、会社としては消滅してしまったのですが 親しみやすい身近なイメージのメーカーでありながら ゲーム業界へ与えた影響は計り知れず仮にハドソンがなければ コンシューマーゲームの発展は10年は遅れていたかもしれない といっても過言ではない偉大なメーカーでした。 皆さんの「ハドソン」の思い出は何ですか? STAGE57「ハドソン」 B3_stage057.mp3 24.8MB) ArtWork

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00:07
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
どうも、ワンピー川崎です。
どうも、ツーピー長谷川です。
この番組は、かつてゲーム少年だったワンピー川崎とツーピー長谷川の二人が、
ゲームにまつわる様々な話題で古きを尋ねて、新しきを知る番組です。
ということで、ブライトビットブラザーズ、STAGE57です。
はい、57。
今回は、ハドソンです。
はい。
こちらもね、ゲームを遊んでれば知らない人はいないでしょうと。
そうですよね。
最近はね、ちょっと聞くこと少なくなったと思うんですが、それは理由がありましてね。
この後、その辺も話していこうかなと思うんですけども。
我々ファミコン世代からすると、一大メーカーですな。
そうですね。
知ってるメーカーあげてくれと言われたら、最初の方に来るであろうメーカーですね。
このメーカーで好きなタイトルって言われたら、何本か絶対出せるだろうというぐらい、
たくさんのゲームタイトルも作っているメーカーです。
ところがね、これ歴史がその分というか、めちゃくちゃ長いメーカーになってまして。
なので今回もね、結構長くなりそうなので、早速本編にいこうかなと思うんですよ。
では今回はハドソンの話をしていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
株式会社ハドソンは、北海道発祥とするゲームソフト会社であり、販売会社であると。
この北海道発祥っていうのもね、結構有名でね。
そうですね。
当時やっぱりこういう大きいメーカーというとね、東京とかね、そういうイメージがあったんですが、
北海道の会社なんだっていう、しかもそれがなんとなくユーザーも知ってたっていうのがね、不思議なんですけど。
事業拠点自体は大阪、名古屋、福岡とかにもあったんですけども、本社は札幌にあったということで、
創業されたのが1973年5月18日。代表者というかね、工藤裕二さんとその弟の工藤博さんという5兄弟で、
札幌に通信機器と美術写真の販売を目的とした有限会社ハドソンとして創業されたと。
で、アマチュア無線ショップとしてハドソンというお店を開店してたそうなんですね。
1970年代創業して、その70年代はパソコンのソフトウェア政策で徐々に仕事が軌道に乗り出してですね。
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その時にお兄さんの裕二さんがアメリカでパソコンブームが起こっているというのを雑誌で見てですね、
すぐアメリカに行きまして、当時はやっぱりちょっと高額だったパソコンを買って帰ってきてですね。
無線機の販売だけじゃこれからはダメだと。新しい商売をしなければということでパソコン事業にも乗り出すと。
1978年に日本で初めてパソコン用パッケージゲームソフトの開発販売業も行うようになる。
当時ハドソンに限らず電子機器を扱っているという理由で、他のアマチュア無線ショップもパソコン販売会社に蔵替えしてたそうです。
確かにね、昔ってアマチュア無線というのがね、ちょっとブームになってまして。
ソフトウェアに関してはね、もともとやっぱりパソコン本体を売るのがメインだったんですけども、
ソフトウェアも売っていこうということでやってたんですけども、もともとはパソコン買ったお客さんが自分でプログラムなんか作れないので、
おまけとして作って売ってたと。結局ほらソフトないとただの箱ですからパソコンって。
しかもそのソフト作るにしても、ハドソン自体に開発用の機材があることはあったんですが、少なかったということで、
お客さんに販売するコンピューターを納品の前日にこっそり開けて、プログラム打ち込んで、当日朝に再度梱包して納品するということをやってたらしいです。
開発パソコン自体を商品のパソコンでまからでたという。初期の頃はね、そういうこともやってたと。
ソフトの店頭販売っていうのもやってたんですが、ローカル都市でチェーン店とかもなく、1店舗だけでやってた上に宣伝もしてなかったので、
本当に知る人ぞ知るマニアックなお店という状況だったらしいですよね、当時は。
ちょっとファルコムの時にもこの話をしましたね。
ファルコムとやっぱ近いんですね、かなり。
そうですね、似てますね。
この時代の流れとしては。
その後お店は徐々に地元の大学生などのパソコンマニア、札幌市内のパソコンマニアが集まる場所になってきてですね。
その来てたお客さんの中には、後にハドソンに入社してボンバーマンを作る人になったりとか。
一部の学生はアルバイトとして入社して、自分でソフトを作ってそれを店頭で売るという感じですね。
なんかその本当にこう同人イベントというか。
そうですね。
なんでしょうね。
楽しそうだなぁ。
楽しそうでしょ、そうそうそう。
私たちからするとすごく楽しそうなことやってる。
ただ楽しい反面経営状態としてはいつ潰れてもおかしくない状態だったと。
もうからないですよね。
そうですね。
めちゃくちゃ楽しいと思うんですが。
ユーザーが少ないですからね。
ところがここで天気が訪れますね。
1979年ハドソンが扱ってたパソコンの販売元シャープ。これは今でもありますけどね。
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シャープがちょっとハドソンさんとパソコン雑誌で月刊マイコンっていうのがあるんやけど、そこでオリジナルソフトウェアの通販したらどうというのをシャープさんが勧めてくれたと。
で、じゃあやってみるかということで雑誌にプログラムの通販広告を載せた。
ところこの後ですね郵便局員が毎日のように現金書き止めの詰まった白い袋を担いできて莫大な利益を得ることができた。
当時ハドソン社内では郵便局員をサンタクロースと呼んでたそうです。
サンタクロースは現金持ってこないですけどね。
だからそれぐらいオリジナルソフトウェアの通販っていうのが大当たりだったと。
だから一部のやっぱこのパソコン雑誌があるってことはパソコンを持ってる人もいたと。
これ当時ねパソコンって言わなくてマイコンって言ってたんですけど。
だから個人的にコンピューターを持ってる人たちがやっぱりソフト開発するまでのスキルはなかったから。
あったかもしれないですけどそのよりね自分以外のプログラムを使ってみたいということで需要があってマッチしたんでしょうねこれ。
これですごく収益につながったと。
で1980年の頭、パソコンソフト開発で高い技術力を発揮してオリジナル作品とかをたくさん作っていってね。
一躍二本を代表するパソコンソフトメーカーの大手になったわけですここで。
ただですねこの時代実はパソコンのメインハードというのはですねNECのPC8000シリーズというのが一番メジャーなPCだったんですよ。
ところがこのハドソンさんが関わってたのがですねシャープなんですね。
シャープのMZシリーズとかX1シリーズっていうソフトを作ってたのでメジャーではなかったんですよ。
なので当時ハドソンのその名前自体はパソコンのライトユーザーには浸透してなかった。
これねコアユーザーはみんな知ってたんです。
この辺がねいつの時代にもそのライトとコアのやっぱり人たちがこう集うハードというのは違うんだなというね。
確かに私もこの時代のパソコンといえばNECのPC8000シリーズなんですよやっぱり。
そのイメージありますね。
MZシリーズとかX1シリーズってあんまり聞いたことなかったんで。
VHSについてのベータみたいな。
本当にその通り。
この例えがもうすでに通じないんですけどね。
ちょっと前で言うとプレイステーションとサターンとかってなってるんでしょうけどそこよりももっと認知度が違ってたんでしょうね。
ですよね。
その後1981年に今のソフトバンク、孫正義さんがね。
今のソフトバンクの前にやってた日本ソフトバンクと独占契約を結ぶんですねハドソンは。
パソコンソフトの流通会社の日本ソフトバンクと独占契約を結んで、
常信電機をはじめとする全国の主なパソコン販売店の店頭でハドソンのソフトウェアが販売される体制を確立した。
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常信電機。
そうです懐かしいですね。
これで一躍メジャーなメーカーになってきたと。
この時の縁があってですね。
今なおソフトバンクではハドソンの存在はすごく重要で。
孫さんがね、いまだに創業者の工藤兄弟を恩人と呼んでて仲がいいんですよ今でも。
だからやっぱりその最初の頃にお世話になったというかねお互いね。
助け合ったということで今でも仲間として付き合いがあると。
で続いてね1983年ここもハドソンの大きな転機の一つなんですけども。
任天堂が家庭用ゲーム機ファミリーコンピューターを発売した年です。
これまだブームになってない。ファミコンって発売した時はブームじゃなかったんですよね。
その後有名タイトルが出てからブームになるんですけども。
このファミコン発売した時点からハドソンはですねなんとこれは来るぞと。
絶対これからこの時代が来るということで任天堂に近づいて。
積極的にアピールして任天堂初のサードパーティーになってます。
そうですよね確かに。
バンゲリングベイなんかを最初に出したのはこのおかげだということで。
初のサードパーティーになったことで様々な恩恵がありまして。
任天堂からソフトの年間発売制限数の緩和。
これはある程度制約があるんですね。
年間いっぱいソフト出しちゃダメよとかね。
あなたとかいっぱい出してもいいですよとかっていうのがある。
そこはだから優先的に仲良いところは緩くなると。
あとロイヤリティとかの優遇措置を受けられる立場にあったと。
このおかげでお互いに任天堂からすると有料なソフトを作ってくれる会社がサードパーティーに入ったと。
ハドソンからは恩恵を受けてソフトを作ればたくさん儲かるということで儲かっていくわけですけども。
このファミコンが売れると判断した理由というのがね。
当時専務だった弟さんの工藤博さんが地元札幌のデパート行ってそこでファミコンのドキコンを遊んでる子供たちを見て。
このゲーム機は絶対これからパソコン抜くなと思ったらしいんですね。
その話をお兄さん創業者の悠二さんに話をして。
お兄さんもそうだと。よしじゃあうちもちょっとファミコンにかけてみようということで。
もともとパソコンソフト作ってたその開発者をそのままファミコンソフトの開発担当にスライドしたと。
そのせいでパソコン事業自体はちょっと縮小したんですね結局。
その代わりファミコンの方に力を入れたおかげで会社の業績はぐんぐん上がっていったと。
この後任天堂の付き合いも深くなりましてファミコン向けベーシック言語ファミリーベーシックを共同開発したりしてますねハドソンは。
そうですよねそのイメージは強いな。
この後どんどん家庭用ゲーム機向けソフト開発がメインになってくると。
でねこのハドソンがね数あるサードパーティーの中でも他の会社とやっぱ決定的に違った部分があると言われてまして。
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それがね社内的にすごく自由な空気があって積極的に独自の企画を生み出していたというのが特徴だったらしいんですよね。
これだから最初言ってたねその大学生が集まって一緒にゲーム作ってしかもその大学生が作ったソフト売ったりとかっていう。
やっぱりそういうこう経緯があったからこそじゃないかなって気がするんですね。
会社になったとはいえそういうやっぱり楽しみながら仕事をしようというか部分が残ってたんじゃないですかね。
それを表す企画の一つが全国各地を巡業するゲーム大会ハドソン全国キャラバン。
これもねかなり独自な企画でしたしあとはですね高橋名人という存在を作り出してですね。
コロコロコミックとかでねコラボして漫画に登場したりとかしてメディア展開も積極的に行って。
あとは漫画原作のゲームね忍者ハトリ君ドラえもんあとは桃太郎伝説とかロードランナーとかもそういう漫画展開とかも行いつつ。
メディアミックスで展開したおかげでですねミリオンセラーのソフトがバンバン出てきたと。
ファミコン人気が上がるにつれハドソンの人気もどんどん上がっていってたわけですねこの時確かにねハドソンのソフトめちゃくちゃ売れてるんですよ。
そうですね。
今思えばこの高橋名人の売り方とか漫画とのメディアミックスっていうの本当に時代を先取ってるなと。
そうですよねキャラバンなんてね買った後のうまいことを褒める体制というかそんなのね。
今でこそ当たり前ですけどこの時にこういうことやっててしかもこれがねそのいやらしい宣伝というよりはすごく自然な形でコラボしてる感じがするんですね。
そうですね距離が近い感じはありましたよね。
そうなんですよなんかコラボしてる会社側が楽しんでる感がすごくあって。
この辺がやっぱりそのユーザーにも伝わってたんじゃないかなという気がするんですよね。
1987年ここでですねもともと本来ハドソンっていうのは技術者の集団なので
任天堂のサードパーティーとしてソフトウェアを作るだけで満足せずにですね独自のハードを作るようになってくるんですねここから。
1987年に日本電気ホームエレクトロニクスNECですねと共同開発した家庭用ゲーム機PCエンジンを作ります。
そうですね。
ついにゲームハードまで作ってしまったと。
すごいですよね。
いやすごいですよ。
これね表向きはやっぱりNECのもんじゃないかと思ってたんですけども。
これ実は調べてみると中身ハドソンが独自に開発設計したCPU、サウンドチップ、画像処理チップこれ全部ハドソンが作ってるんです。
なので実質PCエンジンはハドソンが作ったゲーム機と言っても過言ではない。
でこれでですね当時ハドソンが大人気にしたハードであるファミコンに対してライバルハードを作ったわけですね。
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そうです。しかも初期はねシャープと組んでたわけですけど。
いやすごいですよ。やっぱり技術を持ってる人たちがいかに強いかということですね。
技術があれば選択肢が増えるというのは本当にこの通りだなと思って。
で結局ねPCエンジンって全世界類型販売台数が1000万台いってるらしい。
結構売れてたんですね。やっぱり。
いいと思いますよ。
やっぱファミコンがめちゃくちゃ売れてたんで。
数字でいくとねかなりやっぱり売れてたハードだったんだなと。
で翌年1988年ここら辺からねもうさらに手を広げてですねコンピューターソフトの商標権とか判件管理を目的にした会社を設立したりとか。
同じ年の12月にはですね桃太郎伝説の派生作品としてファミコン用の桃太郎伝説を発売。
これが今でも人気があるスゴロクゲームね。
の一作目。
だからもともとあの桃太郎伝説というロープレーがあってその後に派生として作られたスゴロクゲームが今も続いていると。
でこの同じ年ね1988年に12月ですねCD-ROMを媒体とした世界初のゲームソフトのりこファイティングストリートを発売。
これはねあのPCエンジンの時に話しましたけど。
覚えてますのりこ。
そうのりことファイティングストリート。
こちらもハドソン。
これを移植っていうか作成したのがハドソンです。
いや恐ろしいですねこれ聞くと。
無敵のメーカーですよ。
ソフトにハード。
日本初とか。
そうですよね。
CD-ROMなんか世界初ですからね。
これね実はこの後まだまだ初がいっぱいあるんですよ。
すげーな。
これね今ならもうそれこそ世界初ってバンバン使うとこあるじゃないですか。
あれ課題広告なんですけどハドソンは本当に世界初だったんですね。
じゃあこの後ね。
翌年の1989年3月にコンピューターゲームにおける初のデジタルコミックコブラ黒竜王の伝説を発売。
で同じ年の6月にCD-ROMを媒体とした世界初のロールプレイングゲーム天外魔教ジライアを発売。
これも世界初です。
さらに翌年1999年ゲームボーイ用のソフトの開発販売を開始。
そしてその次の年1991年にはコンピュータープログラマーゲームデザイナーの養成を目的にハドソンコンピューターデザイナーズスクール株式会社を設立しスクールを開講。
これも先駆者ですよ。
そうですね。
ゲームスクール。
こう言うとヒューマンのイメージがある。
ヒューマンとかコナミとかね。
実はハドソンだったんですねこれ。
本当に色々やってますね。
自分たちでソフトを作るだけではなく人材まで育てていたと。
18:02
続いて1992年1月にスーパーファミコン用ソフト周辺機器の開発販売を開始。
どんどん手を広げてますね。
そうですね。
ソフトが作れるわけですから新しいハードが発売されたらそこに参入するというのは当然でね。
同じ年の7月に世界初のハイビジョンゲーム。
ハイテンボンバーマンというのを作ってイベントに使ったんです。
これね当時私覚えてますね。
ニュース記事になってたのは。
僕全然知らないですねこれは。
だからこれ16対9の画面で10人で対戦できるボンバーマンだったかな。
というので横長の画面使ってね。
これね当時ねコンピューターからハイビジョンに出力できるグラフィックボード自体がなかったらしいんですよ。
作った。
手作りしたらしくて。
ハイビジョンへの出力はPCを使って行われていたため正面からゲーム機を見るとパソコンにPCエンジンが挿入される形で接続されてたらしいですね。
かっこいいな。
プロトタイプって感じでね。
かっこいい。
こういうこともできてしまうというのがやっぱり技術者の強さというかね。
そうですね。
でねその後1994年にPCエンジンの後継機種である次世代ゲーム機PCFX。
これねPCエンジン好きでもあまり取り上げたくないんですが。
こちらの音源とかね動画処理のチップもハドソンが作って。
こちらね同時期に発売されていたプレイステーションセガサタン任天堂64の3D性能に対抗すべくPCFXにもね実は3Dポリゴンを積む予定だったらしいんですよ。
やっぱりおかしいなと思ったんです。
あの当時出た新ハードで3D機能がないなんておかしいんですよ。
FXってすごく2Dが強いハードだったんですけどその分3Dがほぼ使えないようなハードだったんですが実はやっぱ3Dポリゴン用のチップ作ってたんですって。
ところが間に合わなかったらしいんですよ。
なので2D路線のソフト開発しかできないハードとなってしまったために3Dゲーム市場に出遅れたんですねこれ。
結果結局PCFXは残らなかったんです。
でここでPCエンジン終わっちゃったんですね。
ただですねFXではダメだったんですがその前のねPCエンジンCD-ROM-ROMではですねたくさんの代表的なシリーズを作成してですね。
ゲンジンシリーズ、桃太郎シリーズ、天外魔鏡シリーズ、ボンバーマンシリーズっていうシリーズを作りながらかつ移植作。
Rタイプイースワンツーっていうもう名移植。
これらもハドソンですね。
だからこの辺だけでもですねゲーム業界全体としては貢献した功績としては本当に多大であると。
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改めてねやっぱすげーメーカーだったんだなと思って。
表向きやっぱちょっとソフトメーカーとしてのイメージが強くてあと高橋名人のイメージ強いから。
なんかちょっとこう庶民的な会社のイメージあるじゃないですか。
ありますあります。
ところが実はゲーム業界めちゃくちゃ支えてる会社だった。
恐ろしいですよ。
これ多分ハドソンが関わってなかったら大げさに言うとちょっと出遅れてたんじゃないかなっていうね。
ゲーム業界自体の技術が遅れてたんじゃないかと。
そうですね。
BBブロスを始めてね自分でPCエンジンのソフトも最近遊んでるわけですけど、
PCエンジンに少し触れて思うのはやっぱPCエンジンがあのスペックであったことで豊かになってるというかね。
そうですね。
やるゲーっぽい路線ってやっぱPCエンジンあってこそだと思いますし。
CD-ROMもあの時代に作れてるというのは正直大パーツレベルなんですよ。
プレイステーションより相当早いですからね。
そうですね。
確かパソコンより早かったでしょ。
FMタウンズとかがPCでCD-ROMつけてましたけど、あの前のはずですからね確か。
だからそのCDでゲームを遊べるようにしたというのでは本当に先駆者ですし、
ゲーム自体のその進化を早めたというのは過言ではないなと思うんですけども。
この後ね1997年に入って任天堂64ソフトの周辺機器の開発販売を開始すると。
で続けてプレイステーション用ソフトの開発販売も始める。
すごいですねやっぱりもうライバル機種とか関係なくねソフト作ってますから。
どこでも出せます。
でですねここでもまた新たに世界初のものを作ってます。
1997年の12月に世界初の育成散歩系テクテクエンジェルっていうのを発売してます。
これはですね保守系として使用するだけでキャラクターの育成を行えるものだったと。
健康意識が高まってた。これねだから今の時代に近いんですよ。
ポケモンGOとかあれに近い発想だと思うんですけども。
地道に結構売れてですね最終的には250万台売れてます。
これね完全に当初の目標を上回ってるらしくて大成功と。
でこれね私全然当時知らなかったんですがこの後2006年に任天堂DS用ソフトとしてDSテクテク日記という名前でちゃんと続編が出てるんですって。
テクテクエンジェルポケットっていうのが出てるらしくて。
だからこういうものもやっぱり作り続けてたんだなということでねソフト以外もね。
ところがですねハドソンの明るい歴史も実はここまででしてですね。
ここから先ちょっと暗くなってくるんですが1998年に北海道のハドソンがメインバンクにしていた銀行が破綻してですね。
それからちょっと資金繰りが難しくなって経営が悪化したんですね。
24:00
この辺りからちょっと曇りが怪しくなってくるんですがただ同じ年にですね任天堂64用に作ったマリオパーティー。
これあの実ハドソンが作ってるんですねマリオパーティー。
そうですよねパーティーはね。
これの一作目が出てましてでこれ以後シリーズ化されるんですがちょっと黒い影はちらつきつつもまあまだ大丈夫だということでいくんですが。
で翌年1999年にドリームキャスト用のソフトの開発販売を開始。
でこの2000年代この辺りからコナミの資本が入るようになってきます。
だから経営が苦しいのでねちょっとこう助けてもらうような形になってたんでしょうね。
この後2001年ゲームボーイアドバンス用のソフト開発販売を開始してですね。
さらにプレイステーション2用ソフトの開発販売も開始。
だから順調にこう過去の資産をねいろんなハードで出しつつ何とか経営状態良くしようとするんですけどもやっぱり厳しくてですね。
同じ年にコナミが第三者割当増資を引き受けてヒットを株主となります。
まあでもなんとかまだここではハドソンの名前を残しつつですね。
2002年には任天堂ゲームキューブ用ソフトの開発販売。
この辺って結局ね実はタイトル見るとボンバーマンとか桃太郎電鉄とかの移植とかを出してただけな感じなんですね。
そうなんですよね。
寂しいことにオリジナルソフトはあまり出ていないんですよね。
だから徐々に弱っていた感じはしてまして。
でいよいよ2004年創業者である工藤兄弟が経営から退属と。
で違う方が社長になります。
でここが転機なんですが2005年プレイステーションポータブル用のソフト開発販売を開始と。
ここでも引き続きタイトルを発売しているんですがこの年にコナミの連結子会社になります。
これ連結子会社っていうのはグループ会社の連結の範囲にも含められる子会社なのでコナミ直属の子会社ではないと。
ということでまだある程度独自性は持っていたんですがやはり前年に工藤さんたちが辞めてしまいましたので特徴的と言われた自由な社風もこの頃になくなったんじゃないかと言われてますね。
だからこそその資産を生かすために同じ年任天堂DS用ソフトの開発販売とかも始めて新しいハードが出るごとに自分たちの過去のタイトルなんかを使って何とか頑張っていくんですが。
改善しないと。でそのままXBOX360用ソフトの開発販売も始めると。
こちらに関してはハードウェア自体がちょっと日本では厳しかった状態なんですけども。
この後2007年に本社を東京ミッドタウンに移す。
この時点でほぼハドソンはなくなってたんでしょうね。
ずっと北海道でやってたわけですから。
この時点でもヒット作はほとんどないと。
2008年駆動さんの後に社長になった方が辞められてマリオパーティーとか作ってたスタッフも辞めて違う会社に移籍したと。
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もうこうなってくるとハドソンというのは名前だけになってしまいまして。
この後2011年ついにコナミの完全子会社。
これさっきの連結子会社と違うのはハドソンの創価分子の過半数を親会社が保有してるから経営に関しても親会社の意見が通るようになるということで。
コナミからより一層連携強化を図るためということでコナミの側に完全に吸収されてハドソンというブランドと名前はなくなりました。
厳密に言うと2011年はまだ残ってたんですが2013年ハドソンブランドがなくなってアーカイブも全てコナミブランドに統一されました。
この時に確か私も覚えてるんですがカタログのハドソンのゲームだったものがメーカー名がコナミになってました。
翌年の2014年の1月1日にハドソンの公式ホームページが閉鎖されて明治ともに40年7ヶ月の歴史に幕を下したと。
なので最近はハドソンという名前を聞かないということですね。
ただゲームタイトルは残ってましてこの間発売された桃太郎伝説を大ヒットしてましたから。
そうですよね。
これが結局2011年の時に高橋明治も辞められたんですよね。
この理由が家庭用ゲーム機向けタイトルを作らなくなったんですよ。
だから高橋明治もじゃあ俺もいいやということで辞められてこの時に桃太郎シリーズのゲーム監修というかね。
されている佐久間明さんも桃太郎伝説の開発チームチーム川田っていうチームがあるんですけど。
そのチームの人たちもたくさん辞められていろいろやっぱり折り合いつかなくなるんですよ。
この時にいろいろ問題があってですね桃太郎シリーズはこの後しばらく出なくなったんですけども。
この時にだからいろいろあってシリーズ打ち切りと同シリーズの著作権をコナミと他社に譲渡せず永久封印するっていう状態になってたらしいんですよ。
そうです覚えててだから最後のDSかなは買いましたもんね。
この時だから一部のゲームユーザーの中でも有名だったんですよねこの辺の画質というのはね。
やっぱり人気タイトルどうなるんだと。大体その会社が合併したりとかする時ってそういうのが問題になるんですよ。
今後あのタイトルは残すし出しますよってメーカーが発表すると安心はするんですがそういうことにはならなかったと。
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次はゲームタイトルの話をしていこうかなと思うんですけど。
84年から99年までということで前半の歴史でわかると思うんですけどとにかくいっぱいあるんですよ。
多いですよね。
ハドソンの特徴としてハドソン開発じゃなくてハドソンで出しているけど開発はよそのメーカーっていうものも結構あるのでね。
できるだけハドソン開発のものでシリーズものもちょっと2とか3とかもいってきてすごい数のジャマでそういうのは重要なとこだけ残してっていう感じのリストになってるんですけれども。
まず84年にファミコンタイトル2本出てましてロードランナーと夏&ミルクですね。
初期はタイトルが少なかったからこの2つはすごく印象に残ってますけれども。
ここで始まって85年にはバンゲリング・ベイ、チャンピオンシップロードランナー、プーヤン、チャレンジャー、バイナリーランド、そしてスターフォース、ロンバーマンということで。
全部遊んでる。
こんだけ出してて全部わかりますよね。
全部遊んでるし半分も言ってるな。
そうですよね。
85年がこれ。
すごい。
本当にファミコンの創世記を支えたというね。
そうですよね。本当にそうだと思います。
バンゲリング・ベイとかはいろいろ言われますけど。
言われるけどあれ面白いですよあのゲーム。
だしやっぱ存在感抜群ですからね。
抜群です。
オープンワールドヘリコプターゲームですからね。
そうですよね。
85年の中では小粒だけど僕はプーヤン結構好きですし。
なんかいいですよねプーヤンはね。
いいです。
独特ですよあの弾の軌道。
そうそうそう。弓矢に肉がついてる。
何あの軌道。
ボンバーマンはずっと続くわけですし。
いやボンバーマン大好き。
ボンバーマン大好き。初代大好き。
86年にまず忍者ハットリ君。
売れたなこれも。
これ売れましたよね。
キャラゲーとしては大ヒットです。
いや面白かった。
正直ハットリ君なのかと言われたらそうですけど。
ゲームとしての完成度がね。
有名なボーナスステージとかね。
はいはいはい。鉄アレーね。
でも気持ちよかったんですよ。結局遊んでて。
うん。だし。
フジコフジオ原作としては多分これ初じゃないですかね。
そうか。
こういう判件ものをやっていくわけですけど。
オリジナルも強くてですね。
スターソルジャー出てますから。
すげえ名作シューティング。
キャラ版いったな。
ですよね。シューティングブームの二次ブームって言うんですかね。
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あのねアーケードじゃないコンシューマーでのシューティングブームを起こしたのは間違いなくハドソン。
そうですね。確かにそうだと思う。
でこれもオリジナルとしてはすごく面白い。高橋名人の冒険島。
そうですね。元がねハンガーボーイやったかな。
そうですね。
元はあるんですけどキャラクターを高橋名人にしたことでね。
ちょっとテイスト変わって。
これはすごいですよね。自分とこの社員のゲーム作るってちょっと普通じゃない。
すごいです。だからこの頃には高橋名人自体が完全にアイコンになってたんですよね。
そうですよね。
アイコンになったことで。
スターソルジャーもあるしスターフォースも出てるわけだから。
そうです。でこの時にだから高橋名人というその広報兼タレントという感じで売り出して上手に売ってました。
もう子供たちみんな知ってたし憧れの人でした。今で言うプロゲーマーに近いですよね。
そうです。
ゲームの上手い人っていうね。
あとですね僕すごい好きなタイトルなんですけど迷宮組曲。
もう名作です。
名作ですよね。
でドラえもんも出てますね。
ありましたね。名作ですね。ドラえもんも評価高い。
87年になるとバグってハニー。
いいですね。タイトルがいいな。
タイトルいいわ。
ボンバーキング、桃太郎伝説が出てまして87年はPCエンジンも発売されているので、
シャンハイ、ビックリマンワールド、ザックンフー、カトチャンケンちゃん。
すげーな。ロンチ全部やんか。
そうなんですよね。
シューカードもCD-ROMもロンチ全部ハードですね。そりゃそうか。ハード作ってますからね。
一番そのハードをよく知ってる人たちということですからね。
そうですよね。
強いわな。
アミコンの最初に任天堂がソフトで出してるのと同じですよね。
ハード最高のスペックで作る方法を知ってる人たちですから。
87年はもう一個面白いものが出てまして、シュウオッチが出た年ですね。
もうこれも外せない。ハドソンのハードとしてはめちゃくちゃ売れましたよ。
100万台出てるんですね。
もうちょっと売ってたんちゃう?100万台以上売ってた気するけどな。みんな持ってた。
壊れたらもう一個買うよ。
買えますからね。価格的にね。
楽しいんですよ。おもちゃとしてすごい良かった。
88年にサラダの国のトマト姫。
これね、アドベンチャーゲームの回でやりましたね。
で、桃太郎伝鉄の方が出てますね。
ここまでがファミコンで、PCエンジンはというと、邪性犬ネクロマンサー。
いやいや、名作ですよ。いろいろ問題あるけど。
PCエンジン最初のロープレですからね。
すごいですね。ファミコンでもあれやけど、PCエンジンでもメジャーなのにしか作ってないな。
36:01
で、これは移植ですけれども、さっきかすけさんが言ったようなRタイプを出してるんですよね。
あとパワーリーグ。野球ゲームね。
ノリコ。あとサダキチセブン。
そうありましたね。これまだ取り上げてないけど。
これが88年。89年はファミコンで精霊狩りというのと、亀の恩返し。
あったなあ。なんか和風が好きなんですかね。桃太郎とかね。
結構キワモノもやるんだなと。
いいですよね。
面白いですよね。でも88年以降はやっぱりPCエンジンを主戦場にして、PCエンジンが増えるんですけれども、
ネクタリス。
素晴らしい。
1本やりました。
すごいなあ。
ダンジョンエクスプローラー。スサノオ伝説。ニュートピア。
すごいね。
PCエンジン。バトルエース。コブラ。
天外魔鏡ジライアン。
すごいなあ。当然ながらPCエンジンの屋台骨を支えている。
そうですよね。この89年は85年のファミコンの時みたいな。
すごいですよ。
ドサドサドサっと。
ハード立ち上げ機にすごく重要な役割してますよね。
してますよね。してると思う。
めちゃくちゃ強力なサードパーティーですよ。
で、90年になるとファミコンだいぶ減っていくんですけど、この1本は僕が言っておきたいということで、ビックリマンワールド激闘戦士編というロープレイの方のビックリマンが出てまして、
あとディスクでボンバーマン出してるんですね。
あ、そう。
で、PCエンジンでもボンバーマン出してまして、
あとブロディアっていうタイトルと、スーパースターソルジャー。
で、アクションの桃太郎シリーズ、桃太郎滑撃が出てますね。
91年になると高橋名人の冒険島2、ボンバーマン2、あとジャッキーチェーンが出てます。
あったな。
このジャッキーチェーンはPCエンジンでも出てまして、ニュートピア2、PCゲンジ2、あとファイナルソルジャーということで、91年はなんか2が多いんですよ。やたら2を作ってるとしても。
まあまあね、しょうがないですよね。人気あるタイトルの続編っていうのはね。
92年になるとファミコンで高橋名人の冒険島3が出ておりまして。
ちょっとこの辺から嫌な感じがしてきてるな。
スーパーファミコンで高橋名人の大冒険島が出てまして、あとですね、川崎さんには伝えておきたい、アースライトが出ております。
なんで伝えたいんですか?
これはあれでしょ、ネクタリスの系譜のタイトルですよね。
39:00
そうかそうか。
で、PCエンジンの方では高橋名人の新冒険島。
PCデンジン。
いいんですよ、そのシリーズが人気あるっていうことですかね。
ちょっと寂しいな。
スターパロジャー。
これは純粋に人気ありましたよ。
これはなんて言えばいいんだろう、言っちゃえばハドソンバンパロディウスですよね。
そうです、まんまでそうです。
バーマンとかが時期で、あとなんかPCエンジンが時期です、これね。
あれいいですよね。
パロディシューティングものっていうのがね、受けてた時だったんで。
あとゲートオブサンダー。
そして天外幕橋2。
きたなぁ。
これ嬉しかった。
なんかね、ちょっと停滞した感じがある中で、めちゃくちゃ期待できた続編だったんですよ。
続編とは名ばかりの、もう完全新作ですからね。
そうですよね。
でもこれだけじゃないんですよね。
銀河お嬢様伝説ゆらが。
そっか、あれも。
でもあれも売れましたよ。
売れました。
僕でも知ってますから。
めちゃくちゃ有名ですね。
93年に高橋名人の冒険島4。
人気あるなぁ、高橋名人すごいな。
これ確かファミコン最後のソフトなんじゃなかったかな。
言ってましたね、それなんか。
ファミコンの回に言ってませんでしたっけ、それ。
そんな気しますよね、確かそうだったと思います。
あとですね、遅れてきたFC現人ですね。
ここでやっとFCに来る現人。
あったなぁ。
現人もFCに移ったかと思ったな。
桃太郎伝説、外伝がファミコンでは出てまして。
なんかね、この辺りからね、ちょっとPCエンジンのものが流れていってしまったなという悲しさはあったんですよね。
ちょっと減ってくるんですよね、PCエンジンが。
これも仕方がなくてですね。
なぜならスーファミの開発をやっているということで。
エルファリア、スーパーボンバーマン、スーパーパワーリーグ、新門本太郎伝説というものがスーファミで出ていて、
PCエンジンの方ではCDデンジンですね。
天外真鏡風雲歌舞伎伝が出ているのが93年。
94年はJリーグ、スーパーサッカー、スーパーゲンジン、スーパーボモ太郎伝説3、大怪獣物語あたりが出ているんですけど、
鋼っていうのが出ているんですよ。
これアクションものなんですけど、これ当時ね、面白そうですごい遊びたかったんで覚えてるんですけど、
ちょっとやらせてもらったのですごい難しかったんだよな。
いや、ハドソンのゲーム全体的に難しかった。
そうですね。PCエンジンではハイパーウォーズっていうゲームを出してますよね。
95年がキャラ版シューティングコレクション、天外魔鏡ゼロ、最強高田信彦っていうゲームをスーパーファミコンで出しています。
42:10
なんかゲームタイトルで時代がわかってしまいました僕はね。
あとちょっとハドソン復活したって感じなんですよね。聞くとね。
PCエンジンの方でもビッグタイトルなんじゃないかなこれ。銀河不景伝説サファイア。
でも確かにビッグタイトル。
空想科学世界ガリバーボーイ。
それもビッグタイトル。広い王子さんがね。
こっちはビッグタイトルですよね。
天外魔鏡のね、さらに進化した感じのものっていう感じで。
96年にスーパーファミコンでサメガメ。
懐かしい。
ボンバーマンビーダマン。
はいはいはい、ビーダマンね。
ドレミファンタジー、ミロンのドキドキ大冒険っていうのが出てるんですけど、
これはですね、迷宮組曲の流れを積んでいるものなんですよ。
あーそう。
そうか、でもあんまり聞いてないってことはあんまりあったかな。
そうかもしれないですね。
ちょっと時間もね、経ち過ぎちゃいましたからね。
9年経っちゃいましたからね。
97年はスーパーボンバーマン5、スーパービーダマン。
プレステに参入して、桃太郎伝説が7ですね。
わーそんな出てるんや。
そして久しぶりの新作、ブラッディロア。
あーそうか、あれハドソンか。
覚えてますか、ブラッディロア。
覚えてます、そろそろ持ってます。
ハドソンなんですよね。
そうでしたね。
そうなんですよね。
あれはハドソン開発なんや。
どこまでやってるかちょっとわかんないですけどね。
でもぬかりなく格ゲーに。
98年はボンバーマンワールド、プレステ。
99年がブラッディロア2と。
はい、こんな感じでしたね。
なるほどね。やっぱりちょっと中盤はだいぶ弱いですね。
まあそのオリジナルもの作らなくてシリーズものだけでもヒット作があったというのが良くも悪くもだったんですかね、もしかしたら。
そうですね。なんかちょっと天外魔鏡がうまく回らなかったのが残念な感じがしますね。
正直でもね、あれはやった立場から言わせてもらっても、あれを続けるのは無理ですわ。
確かに。
2がデカすぎたんですね。
デカすぎたんです。だから実際その3が本当に難航したでしょ。いろいろね。
結局FXで出るはずが出なかったりとかしてて。
あの後天外シリーズがメインバシラとして続いていってればもしかしたらちょっと違う展開になってたかなという気はするんですかね。
そうですよね。そんな気はしますね。
それでも柱自体いっぱいあるじゃないですか。ボンバーマンも柱あるし、モテツもあるし。経営自体そこまで悪い気しないんですけどね。
45:01
いろんなタイトル、アクションだったら原人シリーズがあるわけだし、シューティングはあんまり名前出さなかったですけど、スターソルジャーの系譜だったり、キャラバン系のやつ、カネコとかに開発してもらってシューティングも定期的に出してるわけで。
なんかね、肌から見てるとそんなにヒット作こそないけど、そこまで苦しそうな感じには見えなかったんですけどね。
ただあれですかね、プレステ以降のカジュアル化の波にはちょっとうまく乗れてなかった気はしますかね。
そうですね。よくも悪くもちょっとバタ臭いところが持ち味みたいなところがありましたからね。
ゲーマーが喜ぶゲームというか、すごいコアゲーマー、ファルコムみたいなすごいコアな感じではないんだけど、やっぱりゲームが好きな人が楽しいゲームみたいなのをいっぱい出してくれてたメーカーだなと。
やっぱりちょっと対象年齢が低いイメージありましたよね。キャラクターとかも含めてね。
ありますね、確かに。
大人になってきた時に遊びたいと思うゲームが少なかったなっていうのは感じましたね。
確かにちょっと卒業しちゃう感のあるメーカーですね。
確かに言われてみれば本当にそうだな。
そこは感じたので、どうしてもそういう方向、それが間違ってるとかではないんですけど、そこはちょっとうまく時代と噛み合わなかったのかなという気がするんですが。
だんだん90年代後半からリアル路線にゲームもなりましたもんね。
ただね、それでも本当にゲーム業界への貢献度というか功績に関しては本当にこれではっきりしましたけど、本当にハドソンがなかったら歴史変わってただろうなとは思いますね。
ソフトウェア的にもハードウェア的にもね。本当にそれぐらいの影響力があったメーカーだなと思いますね。
主戦場がコンシューマーというところがね。
ナムコとかタイトーはアーケードなんですよね。
アーケードからコンシューマーに流れてきたけども、ハドソンはPCから、PC含めてコンシューマーですよね。家庭用ですから。
ずっとコンシューマーでやってきて。アーケードゲームも作ってましたけど、メインは家庭用のメーカーだったなと。
家庭用で売れるゲームを作ってたんだなというのはすごく感じますね。ただ家庭用にしたら難易度高いものいっぱい出してたけどな。高橋みじの冒険自慢もはっきり言って難しいけどな。
難しいですよね。
みんなやってたしな。チャレンジャーだって難易度めちゃくちゃ高いですからね、あれ。クリアってしてないですからね、私もね。
でもなんか魅力あったんですよね。
ありましたね。
それでも遊びたいっていう、ゲームの本質の部分での魅力というのはすごくあるタイトルが多かったな。
カラーとしては統一されてる気がしますね。ナムコとかタイトーに比べるとハドソンっていうカラーってすごくカッチリしてるイメージは、やっぱり作ってる人たちがコアな部分が変わらなかったからですかね。
48:13
おそらくね。スタッフの人たちがね。
いやーこれ寂しいですけど、今はもう無くなってしまったメーカーということでね。
タイトルは残ってますけども、今後ハドソンらしいタイトルというのはもう二度と作られることはないんだなと思うとね。
ちょっと寂しくはありますが、まあまあ過去のゲームをね、遊ぶことはできますので。
ぜひね、これ聞いて懐かしくなった方はハドコンソフト買っていただいて、アーカイブとかでも遊べるものたくさんありますから。
またちょっと思い出してハドソンのタイトル遊んでいただけたら嬉しいなと思います。
はい、ではそろそろエンディングなんですけども、今回の長谷川さんのレトロゲームプレイレポートはどうなってますでしょうか。
まあ今回ね、ちょっとハドソンをしているので。
すいませんね、ちょっと歴史が長くなってしまいました。
いやいや、面白いんでいいんですけれども、ネクロスはですね、第2章に入って裏切りのブルースっていうタイトルなんですけれども、
主人公はナイトーで、王様の命令によってですね、八英雄の一人に武士の侍ってやつがいるんですけど。
武士の侍。
なんか小人ドワーフとかと同じ感じですよな。
これがネクロスの残党軍に加わってるという噂があって、真相を確かめてまいれということで、ナイトーが真相確かめに出るんですが。
ナイトーが侍の真相を確かめに行くんですか。
始まった瞬間ナイトーの横にドワーフがいてですね、話しかけると、私も行きたいって言ってもう即仲間が入る。
仲間すぐ横にいるんや。
最初の森に行くとですね、エルフがいてですね、いや待ってましたよ。
サクサク進むな。
即3人になるんですが。
テンポいいな。
まあこのエルフは弱い。
エルフはやっぱ弓ですか?
エルフは角笛で魔法を使うんですよ。
魔法を使うんや。
ちなみにドワーフは壺をつきます。
どういうこと?
軽落飛行をついてきます。
マジで?
どうしてなんだよ。
大術?
武器は斧なんですけれども、魔法の代わりに壺つきを。
面白い世界観やな。
ちなみにナイトーは何もできません。
肉弾戦ね。
肉弾戦ですね。
で、商人の服で残党軍は仇を向いて入れない街に入ったり、勇者の斧っていうのを手に入れてですね、
これはさぞかしい強いんだろうと思ったら、これが壁に穴を開けるアイテムだったとかね。
51:09
寂しいな、ちょっと。
新しく行った街でナイトーがやたら邪剣にされるんですよ。
あんたもう出てないのかよ、この街をみたいなこと言われて、なんなんだよと思ってたらニセナイトーってやつがその街で悪いことしてるんですよ。
いいですね、そのニセシリーズね。ありますよね、そのパターン。
で、それを討伐したりで、いろいろやってですね、侍がいる塔まで来て。
塔にいるの?お城じゃなくて?
なんか塔にいるんですよ。残党軍が駐屯してるみたいな。
悪い奴らが集まってるんね、そこに。
で、武士の侍さんはですね、残党軍の将軍の部下になっていてですね。
で、侍見つけたら、将軍は騙されているんだと。
私が目を覚ますんだって言って、ここは悪いけどって抑えかかってくるんで、三人がかりでボコボコにしました。
強いんですけどね。いやいや強い強い。
カットインが入って、出た侍得意の十文字斬りとかするんですけど、無制限に撃ってくるんで。
それはエグいな。
強いんですけど、早速エルフが殺されたりとか。
ちょっと苦戦したんですけど、倒すと将軍が出てきて、よくも侍をって言って。
さぞかし強いんだろうなと思ったら、これが弱く。
あ、そうだね。
あれ弱いって思ったら、どんな姿してるのか。
高速でアニメーションするんでよく見えないぞと思って。
戦ってるうちに見えんだろうと思ったら、2ターンぐらいで倒しちゃって。
あれ?って思ったら、その奥に黒幕がいまして。
なるほど。
オニロスっていうのがいるんですけど、そいつが将軍に毒を持っていたということで。
なるほどね。
だから弱かったってことです。
こいつが黒幕かと思って戦おうと思ったらですね、床が抜けて地下に落とされまして。
今ここまでですね。
なるほど。
この地下を脱出して、もう一回塔を登ってそのオニロスってやつを倒せば、たぶん2勝あるんじゃないかなと思います。
あらあら、なんか面白い仕掛けですねそれ。
でも順調じゃないですか。
順調ですね。順調にやってますが、まぁエルフが弱い。何が待ってましたよだって。
それってレベル上がっても弱い感じですか?
弱いんですよ。ちょっとこのゲーム、レベル設定があんまり良くないんじゃないかな。
レベル上がってもあんまり強くならない?上がりにくい?
第1章はそんなことなかった。だから全体的なバランス取りがちょっとずつなんじゃないかな。
第2章は本当に苦戦して、特にエルフが死ぬんで、死んだら最初の神殿があるところまで戻って生き返らせなきゃいけないんで。
何度もエルフだけ生き返らせるために戻ってるんで。
54:01
その戻る呪文とかない?
エルフが覚えてるんですよ。
めっちゃ面白いなそれ。
ツボついてもルーラーみたいなことはできないんで、仲間がムキムキになったりはするんですが。
それってレベル上げは大変なんですか?
そんなでもないですね。
じゃあレベルちょっとボス前にガンガン上げていけば楽にはいける?
いけるんだと思うんですけど。
それでもエルフ弱い?
弱い。ここで言うとなんですが、やっぱドラクエってのはよくできてるんですよ。
改めてね。
そこら辺のバランス取りも、2なんてすごく難しいって言われるけど、それでもやっぱりすごく上がり方が気持ちいいし。
ネクロスね、エンカウントもすごいバラつきがあるんですよ。
全然出てこない時もあれば、2歩3歩でボコボコ出てくる時もあるし。
それって雰囲気に合わせるわけじゃないですか?
例えば敵の本拠地だからいっぱい出てくるとか。
違うんですよ。それが違うんですよ。
雑魚がレベルが上がってすごく弱くなった奴が、ドラクエだって出てこなくなるじゃないですか。
出てこなくするようにできるじゃないですか。ネクロスそれができない。
それでエンカウント高いタイミングとかになるともう本当にうざいんですよ。
そういうところはちょっとやっぱり今一歩だなと思うんですが、それでも全然遊びやすくサクサク進んでいるので、
たぶん次にお話する時は2章は確実に終わっていると思いますね。
でも各章立てのお話というのは聞いていて楽しいですね。
そうですね。
どういうお話が次あるのかなというところは、
短いお話が連続しているというのはモチベーションを保つという意味では面白い作り方ですよね。
お菓子の方は広い王子さんの会社に関わっているという話を前回したかなと思うんですけど、
ゲームの方はですね、ちょっと見てみたら冒険企画局さんが変わっている。
ボードゲームをやる我々としてはよく聞くお名前ですけれども。
やっぱりテーブルゲーム的な要素とかがあるからかな、元が。
いくつか関係会社が出ているんですけど、その中の一番前に冒険企画局が。
あれじゃないですか、アナログの方を担当していたんじゃないですか。
どうなんですかね、詳細はわからないですけど。
ちょっと知っている名前ともやっている感じですよね。
今後のお話も楽しみですけど。
はい。
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57:02
番組のツイッターアカウントのフォローも大歓迎です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ということで今回のテーマはハドソンでした。
はい。
途中で紹介できなかったんで、これ言いたかったんで言いますけども。
バーイハドソンとかね。
買わなきゃハドソンとかね。
言ってました。
こういうキャッチフレーズとかね。
あとは蜂のマークとかね。
本当に印象深い会社ですよね。
そうですね。
思い返してみると、改めて今回調べると本当にすごいメーカーだったんだなというのは再確認できました。
こういうのが面白いですね。調べてみるとね。
ね。
今まで喋ってきたものにいろいろ絡んでくるところなんかもね、このぐらいのタイミングで紹介するのにちょうど良かったなと。
確かに。
他のことをやった上でね、PCエンジンの話とかした上でR-Typeとかね。
で、ハドソンをやるとね、実は今まで話してたのが繋がるんだよっていうのを話しててもいいタイミングだったなと思ったんですけど。
はい。
なので今後もまたこういうメーカーの話とかね、まだまだたくさんありますから。
そうですね。
はい。していきたいと思うんですけど。
はい。
何かありますか?長谷川さんの取り上げたメーカーとか。
いやー、いろいろ。
いっぱいありますよね。
ありますよね。難しいですよね。カプコンなんて絶対やっときたいとこだけど。
そう。やっときたいけど。
でかいんだよなっていう。
でかすぎる。どこ取り上げるかっていう話ですね。
うーん。
個人的にはね、データイーストとか。
そうそうそう。
データイーストに。
なのでね、皆さんも思い出のメーカーとかあればね、ツイッターとかつぶやいていただくとかね、お便りいただけるとまた参考にさせていただきますので。
はい。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では今回も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。
59:05

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