1. 真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室〜
  2. 手札が出揃ってからが本番? ..
手札が出揃ってからが本番? 自分の物語の「停滞感」を受け入れた先に
2026-08-19 21:32

手札が出揃ってからが本番? 自分の物語の「停滞感」を受け入れた先に

「50歳を目前に、会社やプライベートで若い人に自分の席を譲ることが増え、やるせなさを感じる」というお便りをご紹介します。  

今回ご紹介するのは、東畑開人さんの『ミドル・エイジ・ビギンズ』。すでに 出揃った自分の手札でどうゲームを続けていくかという尾崎世界観さんのお話や、人生を一直線ではなく横へズレながら進む鷲田清一さんの「あみだくじ理論」、そして角田光代さんとの対話に登場する「竜宮城」のような時間……。

席を譲ったり、後ろへボールをパスしたりして両手が空いたからこそ出会える、新しくて自由な人生の始まりについて、考えます。

<今夜の勝手に貸出カード>

 ・東畑開人さん『ミドル・エイジ・ビギンズ』(角川書店) https://amzn.to/45sRX64 

<こちらもおすすめ> 

・東畑開人さん『ふつうの相談』(金剛出版) https://amzn.to/3UAkN1W 

・東畑開人さん『カウンセリングとは何か 変化するということ』(講談社現代新書) https://amzn.to/4qesTZW 

★YouTubeでも配信はじめました!→https://www.youtube.com/@batayomu

「真夜中の読書会」は毎週水曜日配信です。ぜひ番組のフォローと評価をお願いします。番組へのご感想、メッセージ、リクエストはInstagram の @batayomu からお寄せください。一つ一つ大切に読ませていただいております!

Instagramアカウント: @batayomu https://www.instagram.com/batayomu/

Xアカウント: @batayan_m https://x.com/batayan_mi


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、50歳を目前に「席を譲る」機会が増え、やるせなさを感じるというリスナーからの便りを紹介します。パーソナリティ自身の体験談を交えながら、東畑開人著『ミドル・エイジ・ビギンズ』を取り上げ、人生の「停滞感」を受け入れ、手札が出揃った中でゲームを続けること、人生を一直線ではなく「あみだくじ理論」のように横にずれながら進むこと、そして「竜宮城」のような時間の過ごし方について考察します。席を譲ったりボールをパスしたりして両手が空いたからこそ出会える、新しい人生の始まりについて考えます。

リスナーからの悩みとパーソナリティの体験談
真夜中の読書会おしゃべりな図書室へようこそ。
こんばんは、第257夜を迎えました。 今夜のお便りご紹介します。
ペンネームこばこにこさんから頂きました。 初めまして、初めまして。
いつも楽しく聞かせて頂いています。
眼性疲労がひどくて、昨年から会社のランチタイムに紙の本を読むようになりました。
そんな中、何かいい本ないかなと思ってたどり着いたのが、このポッドキャストでした。
優しい語り口で、いつも心が落ち着きます。 ありがとうございます。
さて、今回はリクエストをしたくて、メッセージさせて頂きました。
私はもうすぐ50歳になるのですが、会社でもプライベートでも、
最近は若い人に自分の席を譲らなければならないことが増えています。
若い人に機会を与える必要性は分かるのだけれど、
私たち世代だって、まだまだ成長したい。
そんなやるせなさを感じた時、読むのにオススメの本はないでしょうか?
ブラックスワンの映画のような怖い考えを持たないように、心を健康に保ちたい。
そんな風に思います。よろしくお願いします。と頂きました。
分かる、分かるわ。という感じで、席を譲ることが増えてくるそうですね。
あるいは、そもそもそういう機会に選ばれなくなってきたりとかしますもんね。
私もちょうどちょっと最近落ち込んだことがあって、ちょっとだけ喋っていいですか。
先日、夏休みを取ってチェンマイに旅行に行ってたんですけれども、
信号待ちをしている時に、隣に立ってた若い女性に話しかけられたんですね。
多分アジア系の女の人だったんですけど、英語でもタイ語でもない言語で話しかけられて、
道を聞かれたのか、何を言われたのかちょっと分からなくて聞き返したら、
英語で改めて、写真を撮りたいのでそこをどいてくれないかっていう風に言われたんですね。
パッて顔を上げたら、その信号の向こう側に同世代の女の子がスマホを向けてて、
後ろがちょうど観光名所というか、流行りのインスタ映えスポットみたいなところだったんですよ。
だから信号の向こう側から抜けで撮りたかった、引きで撮りたかったんだと思うんですね。
ああ、そういうことかと気づいて、ごめんなさいごめんなさいって脇にどいたんですけど、
軽く傷ついたというか落ち込んだんですね。
腹が立った、ムカついたってことじゃなくて、傷ついたって感じなんですけど、
なんでかっていうと、私結構若い時から道を聞かれたりとか、
旅行先でも何か話しかけられたりすることが割と多くて、
写真撮ってもらっていいですかって頼まれることも少なくなかったんですけど、
それって悪いことじゃないと思っていて、
話しかけて大丈夫そうっていうふうに人から見えてるってこと自体は、
悪いことじゃないなと思っていたんですよ。
だからその時も、スラッとしたオシャレなお嬢さんに話しかけられて、
悪い気がしてなかったんです。
道とか聞かれたとしたら、この土地の人のように馴染んでいるとしたら、
それはそれでいいなって思ったら、でもどいてくださいっていう話だったっていう、
写真の画角に入ってほしくないものとはと思われたってことに落ち込んだし、
後ろを見たら確かにみんな写真を撮ってて、
お店の壁に絵が描いてあるようなフォトジェニックなスポットだったんですよ。
そういうインスタ映えスポット的なものに疎くなっている自分っていうのにも
ショックを受けたって感じですかね。
数年前までファッション紙とかフラウの旅行とかを作ってたものなので、
そういうフォトジェニックなトレンドスポットに敏感な、
真ん中にいたなら最先端にいたはずなのに、みたいな自負もあって、
でも今はその前にいることさえ気づかず、ぼーっと疲れて立ってて、
どいてくださいって言われる人になっているということに落ち込んだって感じでしょうか。
そんな一瞬でそんなにヒゲすることでもないんですけど、
そうやって一瞬で言葉数多くヒゲしちゃうっていうような感じも、
年を取ったなと思ったし、
ちょっと言うと思春期に一周回って帰ってきたみたいな感じがしました。
だから小箱二子さんの席を譲ってばかりっていう言葉が改めてエコーしちゃって、
文字通り道を譲らなきゃいけなかったっていう私の体験でした。
というわけでちょっと前置きが長くなってしまったんですが、
書籍『ミドル・エイジ・ビギンズ』の紹介
今夜の勝手に貸し出しカードは、
遠畑海斗さんの対談集ミドルエイジビギンズという本をご紹介したいと思います。
この本はですね、ズバリミドルエイジ、つまり中年のですね、
もう青年じゃない突然始まる人生の午後の物語をどう生きるかどう描くかということについて、
臨床心理師の遠畑海斗さんが、
年齢とかキャリアとかが様々な4名の方にインタビューをした一冊になっています。
出てくるのはミュージシャンの尾崎世界館さん、
それから作家の角田光雄さん、
哲学者の和志田清和さん、
それから元官僚の仙良康裕さんという4名の方です。
ミュージシャンの尾崎世界館さんが一番若くて、1984年生まれですかね。
千翔さんが1975年生まれ。
角田さんが1967年生まれ。
和志田さんが1949年生まれで一番年上ですかね。
なのでちょっとずつ皆さんのミドルエイジの位置も違いますし、
年齢のことだけじゃなくて、人生の最前世紀といいますか、
大きな躍職とか賞を取るとかヒットするとか、
そういう経験をした時期からどのくらい距離があるかっていうのは人それぞれなんですね。
だからすごく自分と重なるなって思う部分とか、
共感する人と自分とは全く別世界別次元だなって思う部分が
両方あるかもしれないです。
どなたもすごく成功者だし有名人だし、
専門的なキャリアを築かれた方なので、
すごく共感するというよりは興味深いっていう感じが私には大きかったですかね。
4名ともそれぞれ響く言葉だったり考え方、
中年に関する捉え方があって、
コバコニコさんに今日はぜひご紹介したいなと思いました。
そもそもタイトルがミドルエイジビギンズということで、
ミドルエイジクライシスとかって言ったりしますけれども、
クライシスじゃなくてビギンズなんだっていうのがいいなと思ったんですよね。
ビギナーなんだっていうね。
クライシスが訪れるんじゃなくて、
新たにビギナークラスが始まると思うとちょっと前向きになれる気もしました。
先日ご紹介した中前由加さんのドロップポロポロに出てきた、
何歳だって何歳になるのだって初めてのことだからっていう話じゃないんですけど、
誰だって中年を経験するのは初めてのことだから、
ビギナーには違いなくて、
40代には40代の50代には50代の60代70代80代だって、
それぞれ体の変化があり譲らなければならないものが増え、
代わりに譲られる席もあるかもしれないと、
それぞれのビギナーがあるんだろうなと思いました。
遠畑さん自身は1983年生まれとあるので、
私よりちょっと若いぐらいですかね。
尾崎世界館さんと同世代なんですね。
この本を執筆するきっかけとして、
尾崎世界館さんのカードは出揃っている、
そのカードで続けていくっていう言葉がケーキになったというふうに綴られています。
どういうことかっていうと、
自分の手札は全部ひっくり返されていて、
自分にできることはこれくらいっていうのが全部見えていて、
周りの人からも分かっていると。
その中でいかに自分の手札の中でゲームを続けていくかっていう話なのかなと思いました。
印象的だった言葉は、
閉店セール状態であるともはや、
売れ筋のものは出尽くしていて、
一切新製品はないっていう状態で、
ミュージシャンは売るものがなくなってからが勝負っていう話をされていて、
面白いなと思いました。
次から次から新しさを追い求めるのではなくて、
今ある自分の手札の中でどうゲームを続けていくか、
閉店セールを続けていくかっていう、
自分の物語の停滞感を受け入れているっていうところが、
たっかんしていて、
面白いなと思いました。
4名の方、それぞれになるほどと思うところがあって、
ご紹介したいんですけど、
ちょっとあまりしゃべりすぎると、
皆さんのこれから読む楽しみを奪ってしまうかもしれないので、
1個だけ紹介しようかな、
と思いますが、
すごくなるほどと思って印象的だったのが、
鷲田清一の「あみだくじ理論」と「ボールパス理論」
哲学者の和志田清和さんがご紹介されていた、
網打くじ理論っていうのと、
ボールパス理論っていうのがありました。
それをちょっと簡単にご紹介したいと思います。
網打くじ理論っていうのは何が網打で何が画期的なのかという話をする前に、
その前提として、
和志田さんは、
中年がしんどいのは人生を一本の線だと直線で捉えていて、
この折り返し地点がミドルエイジだっていう考えだからだと、
始めと終わりがあって、
その折り返しだから、
今までを振り返って悩む。
今までの俺の生涯って何だったんだろうとか、
この先どうしようっていう風に悩むと、
それ自体が間違っているというか、
それが嘘だというふうに和志田さんは言っていて、
始点と終点がバチッとあるわけじゃなくて、
生まれた時ははっきりした、
自覚というか自己認識はなくて、
死ぬ時もまあそうじゃそうですね。
24時間養飼後状態で生まれて、
24時間養飼後状態で死んでいくって言い方をしてたんです。
その間はみんな途中っていうだけなんだと、
なかなか哲学的に面白いなと思いました。
網抱くじ理論っていうのは、
人生を一本の線として捉えるんじゃなくて、
網抱くじみたいに途中で横に反れながら、
反れた先でちょっとまた進んで、
また何かに出会ったり、
偶然の出来事が重なって横にずれて、
またちょっと進むっていう風な感じで、
ずれながら進んでいくっていうのなんじゃないかと。
何かを一直線に成し遂げなくてはならないってことじゃなくて、
振り返ればまっすぐまっすぐ進んできたってことはベストじゃなくて、
むしろその偶然の出会いから横道とそれっていること自体が、
財産であるというようなことをお話しされてましたね。
キャリアにしろ人生にしろ、
思いがけない方に向かったり、
途中でお子さんが生まれるとか、
家族が転機になるとか、
体調を壊すとかで横にずれたり、
あるいはちょっと戻ったりしながら、
網抱くじのようにジグザグと進んでいくというのが、
私のざっくりとしたイメージ、読んだ解釈です。
そう考えると道を譲るっていうのも悪くないなと思ったりして、
譲って、この道は後輩、あなたに譲りますんで、
私は横に行きますよっていうね、どうぞっていう、
横に行った先に私は私の新たな道があるという感じでしょうか。
もう一個、ボールパス理論というのは、
和志田さんはラグビーで例えてらっしゃるんですけれども、
ラグビーっていうのは後ろにボールをパスするスポーツですよね。
和志田さんは人生においてある程度の年齢になったら、
渡されたボールはとりあえず受け取る、
断らないで受け取るべきだと思っていて、
それが管理職とか役職の場合もあれば、
それは一旦受け取りましょうと言っているんですね。
だけど長く自分で持って走らない、
一旦責任を持って受け取って走るけど、
なるべく早く後ろの人にパスを回せと、
かつ早く後ろの人にパスを回せと、
受け取る人が受けやすい形でパスをしろということを言っていて、
すごくなるほどなって思いました。
私はバスケ部だったので、
ラグビーのルールは詳しくはないんですけれども、
バスケで言うと、バスケは前にパスを出すことの方が多いけど、
ルール上、一人の人は長くボールをキープしちゃいけないことになっているんですね。
なんとなく感覚的に納得がいったんですよ。
ボールをもらったら一定責任を持ってボールを運ぶけれども、
長く持ちすぎちゃいけなくて、
もらった時点で次にパスを出すことを考えないといけないというのが、
バスケットボールというゲームだと思います。
ボールという例えは、
誰も引き受けたがらない厄介なもののこともあれば、
逆に持ち続けたくなっちゃうもののこともあるんだろうなと思うんですよ。
地位とか承認欲求が満たされるものであれば、
安定したものだったりすると、ずっと抱えていたいと思っちゃうけど、
早いパス回しを意識するということが、
結果的に自分の執着を解き放ってくれるのかなというふうに思いました。
はい、さて、そろそろ紙フレーズを読みたいと思います。
角田光代の「竜宮城」のような時間
今日の紙フレーズはこの和志田さんのところじゃなくて、
今回の4人の対談相手の中で、
私が一番楽しみに読んだ角田光雄さんのお話の中から選びました。
もう中央の世界にいないという意識はすごくあるんです。
みんな楽しそうでいいなって思う時もあるし、
でもだからこそ、もうそろそろこんなバカみたいな夢を見てもいいんじゃないかなというのもありますよね。
もう本場で頑張らなくてもいいから、
ちょっと脇のところで好きなことをやっていてもいいかなみたいなとあります。
角田さんはこの本を読むと若くして売れっ子になって、
連載をあちこちに持っていて、何度も何度もいろんな賞の候補になっていて、
映像化された作品もたくさんある。
でも角田さんには角田さんの停滞地位があって、
そして今はその文芸の中央の世界にはいないって思ってるんだなっていうのが
とても興味深かったんですね。
中核にいないからこそ自由にできることもあるし、
楽しいと思える書き方をしてもいいんだっていうふうに、
今は思っているということをおっしゃっていたのが印象的だったんです。
さらにすごくへえと思ったのは、
停滞の時期にパソコン教室に通ってみたりもしたんですって、
小説を書くことしかできないとこの先まずいんじゃないかっていうふうに思って、
でもやってみればエクセルでもなんでもそこそこできちゃったそうなんですけど、
じゃあでもこれからエクセルのマスターになって仕事にしていくっていうのは難しいし、
接客でもなんでもやってみたらそこそこはできるだろうけど、
じゃあプロとしてやっていくかっていうとちょっと考えにくい、
できないというより面倒くさいなっていう感じを持っていたという、
正直なお話をされていて面白いなと思いました。
角田さんはそれまでのお仕事のやり方とか、
小説を書く仕事の引き受け方を1回変えてみた時期があったそうなんですね。
それまでなんと月に28本とか締め切りがあったらしくて、
それがびっくりしたんですけど、
それを徐々に終わらせて書くものを絞って、
現地物語を書くっていうのを語ってらしたんですけど、
現地物語を書くのに絞ったっていうのは体力的な変化もあったでしょうし、
このままこのモチベーションでやっていけるのか、
馬車馬のように毎月締め切りに終われてっていう働き方を続けられるのかっていうのもあったんでしょうね。
その時期にエクセル教室に通ったりもして、
そんな時期について戸畑さんとお話しされながら、
懲役みたいだったとかスランプみたいな言い方をしてたんですけど、
途中で戸畑さんがその時期のことを竜宮城みたいですねって言い直すんですよ。
それがすごくいいなと思って、
さすがカンセリングをやられる方だなと思ったんですけど、
相手の方が言った話を、
それって何々みたいなことですかっていう例えたり、
集約して言い直してリピートして聞き返したりっていうのが、
本当に戸畑さん心地よくて、
そういう意味でもこれ読むだけでもちょっとカンセリングを受けてるような、
私もこんな風に話を聞いてもらったら、
きっと気持ちよくお話しできるんだろうなって思ったりしましたが、
ちょっと戻って、その竜宮城って確かにと思って、
ただ竜宮城にいる間は楽園のように自由で楽しく過ごすんだけど、
物語で言うと帰ってくると年を取ってるんですよね。
だからシビアな話ではあるんだけど、
人生の後半に入るにあたって、
一度や二度竜宮城の時間があってもいいよねと思いました。
コバニコさんも、コバコニコさんも席を譲ったり、
ボールを後ろにパスしたりすると、
その分両手が空きますから、
全然違うことも習ってみるのもいいかもしれないですし、
竜宮城的な時間を過ごされるのもありかもしれませんよと思ったのでした。
エンディング
今日は遠畑海人さんのミドルエイジー・ビギンツをご紹介しました。
リクエストありがとうございました。
さて、そろそろお時間になってしまいました。
真夜中の読書会おしゃべりな図書室では、
皆さんからのお便りをもとに、
おすすめの本や漫画、紙フレーズをご紹介しています。
リクエストはインスタグラムのバタヨムからお寄せください。
お届けしたのは、高段車のバタヨムこと川端理恵でした。
また水曜日の夜にお会いしましょう。
おやすみなさい。おやすみ。
21:32

コメント

スクロール