オープニングとテーマ紹介
時間や社会にとらわれず雑談をするとき、つかのま、おっさんたちは自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を使わず物を語るという行為、この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒しと言えるのである。
場末のラジオシーズン3
はい、場末のラジオでございます。今回もこの3人でお送りいたします。
ハッシーです。
はい、佐藤さんです。
えこぞうさんです。みんなよろしくね。
はい、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
はい、えー、今回のテーマはですね、Twitterです。
え?
ツイッター。Xって何ですかっていう感じですね。
ツイッターですね。
ツイッター。
ツイッター。はい。
Twitterの初期と日本語への適合性
いにしえからのツイッター使い。
そうですね。もう、ここ数年は、X括弧9、ツイッターなんてふうに書かれることもだんだんなくなってきました。
もう減ってきたよね、確かに。
もうあの青い鳥のアイコンじゃなくて、Xも見慣れたものになってきてしまいまして。
なんだかなーって感じだよね。
しかし、俺たちにとっては、あの青い鳥こそがツイッターであると。
うんうんうん。
ということでですね、今回はこのツイッターをちょっと振り返ってみようではないかということでございますね。
前半は、日本におけるツイッターのどんなもんだったかというのを振り返ってみたいなというふうに思うんですけども。
はいはいはい。
そもそも日本では、この頃はブログとか2チャンネルが主流だったところに、このツイッターがやってきたわけですね。
マイクロブログとか言われてたじゃないですか。
うん、マイクロブログ。
なんかそんなこと言ってましたね。
言ってましたね。
140文字。
意外とこれ、実は日本語に合ってたというか。
うん。
英語だと意外と収まらない。
そうそう。
うん。だけど日本語結構収まっちゃうみたいな。
ね。1単語で何文字使うかを考えたらね。
そうそうそうそう。
そうなんだよね。
ということで、いまだに日本のユーザーはむちゃくちゃ多いですよね。
アクティブユーザー多いっていうね。
東日本大震災と情報発信ツールへの変化
そこへ来て、2011年の東日本大震災で、これ電話とメールがつながんねえみたいな。
ところに僕が初めて東北で震度7とかいう情報を得たのは、
地震で踊って外に飛び出してツイッターを見て初めて得た情報だったりもしたので。
おーなるほど。
ニュースとかが入ってくるよりも先にね、ツイッターで情報を得たっていうのがありましたね。
これが結構、何ですか、偽っとして残ってるのはね、
あそこはどこだっけ。
どっかのビルに閉じ込められた人が、イギリスかなんかと息子さんがつぶやいたことが、
ジョージの猪瀬都知事の目に留まって、東京の消防庁のヘリが飛んで救出したなんて話もありましたけどね。
そうか、あったね、そういえばね。
だとはあれですよね、スマホが登場したことによってパソコンから外に飛び出したということがね、
何々なうみたいな感じでね。
そうそう。
今ここにいますよみたいな、リアルタイムに今を伝えるメディアになったという感じですよね。
初期のTwitter利用体験とコミュニケーション中心の時代
だからさ、おじさんはさ、あおじさんはとか言うけど、文字打つのが面倒だったからマイクロブログラムを使ってたんだよね。
お家に帰ってからつぶやくみたいな。
今日のまとめみたいな。
あー、なるほど。
でも、違うんだよな、世の中はなーとか、うっすらと思ってた。
いやー、どうなんだろうなー。
どうだった、佐藤さん。
いや、あのねー、私の感覚ってはね、実はちょい違うんですよ。
その震災前と震災後っていうのでツイッターが一変したっていう印象なんですよね。
そのー、私メインはやっぱり震災前の方がメインだったんで、あれなんですけど、
そのー、震災前のツイッターって、まあ私実はツイッター始めたのが、アカウントの解説日を見たら2007年の4月だったんですよね。
おー、子さんだ。
ちょうど英語版から日本語版に変わった直後の頃。
で、最初なんか書いてたかなーと思ったら、最初ってやっぱりなんだかよくわからんとかね、暑いとかね、すごいだけ書いてなかった。
で、あのー、あれねー、いつぐらいだったっけなー、2008、9年頃に、そのー、ニジブームっていうのが確か来た記憶がある。
あー、そうですね、僕が始めたのもその頃ですね。
うん、あのー、ひびひび言ってたあの時代ね。
広瀬孝美が。
広瀬さんが活躍してたね、そういえば。
あの頃って、情報発信というよりもコミュニケーションの方がメインだったんですよ。
そうですね。
だから今みたいなリツイートっていうのが、リツイートボタンでやる方式じゃなくて、文章にRTって書いて投稿するっていう方式だったんですよ。
そうだそうだ。
だからリツイートをすると、RT〜〜RT〜〜みたいな感じで、どんどん並んでいって、それが140字、圧迫するみたいな感じの投稿になってて、
その書き方を工夫するみたいな感じであれやこれやってたわけ。
うーん、なるほど、なるほど。
で、結構ね、いろんな人とわちゃわちゃしたする場っていうのが私の印象だったんですよね。
おー、そうか、コミュニケーションの場だもんね。
ローカルルールとQT、ガラケーでの利用
で、その中でローカルルールでRT言ったら、書き換えないでやるのだから書き換えるのはQTと書きなさいみたいなのがあったりとかね。
あー、あった。
QTって何なの?
クオットじゃない?
クイックツイート。
クイックツイートなのか。
クイックツイートなのか。
クオットだったかな、そうそう、どっちかで。
で、そういうのがあったりとかで、なんですけど、私もその当時って実はスマホ持ってなくて、
ガラケーかパソコンだった。
え、じゃあノートパソコンでNOWとかやってたの?
ううん、ガラケー。
ガラケーで?あー、そっか。
で、あの当時ね、ガラケーでね、いわゆるタイプラインをガラケーのブラウザで見る方法と、
メールで確かツイートする方法ってのもあった。
あ、メールね、あったね。
ブログみたくね。
あー、あったね。
で、あれだから見るのがめんどくさいから、結果的に私もエコゾータンと一緒で、
パソコンでいろいろ見るのは家でみたいな感じでね。
で、外でっていうのはガラケーでほんの少しだけみたいな感じで。
なるほど。
そんな使い方だったんですよね。
そこが分岐点だったわけですね。
公式アカウントと軟式アカウント、フォロワー増加
で、そのニジブームぐらいの頃にいわゆる公式アカウントっていうのがどんどん出てきだして。
で、あの当時に一部界隈で超有名になったいわゆる軟式アカウントっていうのができたわけです。
軟式アカウント?
いわゆるゆるいツイートをする公式アカウント。
あー、そうね。
あー、なるほど。
そう。でね、当時その軟式アカウントといろいろわちゃわちゃやりとりを私してたから、
そうするとやっぱりフォロワーがある程度集まってきて、
一時一番多いときで2000フォロワーぐらいになったんですよね。
へー。
そう。で、もう挨拶するだけでツイート数が多くなって、
一番多いときって1日400ツイートぐらいだった。
すごい。
今はそんなもう制限ついてるからできないけど、
あの当時結構できたんですよ。
うーん、なるほどね。
そう。
震災後の情報発信へのシフトとタイムラインの変化
そういうコミュニケーションっていうのから震災おきに、
情報発信っていうほうに一気にシフトして、
タイムラインがそこから激変したなっていうのが私の印象。
なるほど。
なんか増えたよね。情報発信っていう考え方で人が。
そうそうそうそう。
メディアになったって感じですよね。
そんな感じですよね。
本当にいろんな人が来たって感じだったよね。
うんうんうん。
印象があるな。
なんかツイッター村でわちゃわちゃやってたのに、
あれ?なんか公的なあれ?人があれ?みたいな感じの。
うんうんうん。
そういう印象もあったな。
なるほどね。
そうですね。
「バルス」とサーバー負荷、サーバー増強
そのコミュニケーションっていう中ではよくあったのが、
今でもありますけど、バルスですよね。
ああ、バルスね。
一緒に何かやるみたいな。
そうですね。天空の城ラピュタの放送、金曜ロードショーの放送に合わせてね。
その当時のサーバーは結構ね、
結構耐えられない時もあって、
あの鯨でしたっけあれ?マーク。
そうそうそう、鯨です。
鯨のマークが出ちゃう。
そうそう、鯨が出たり。
鯨が鳴った時。宙吊りされる時。
なんか風船かなんかで。
風船かなんかでね。
だからアメリカがスーパーボールで、
そのサーバーがあったか言ってた時に、
なんでこんな雨太と関係ない時にサーバーに負荷がかかるんだってなって。
それがバルスだったことが判明して。
平和だよな。
みんなで楽しんで。
じゃあ、スーパーボールでも落ちなかったのが、バルスで落ちちゃうみたいな。
そうです。まさにそれ。
二大友人の欲を見よって感じだな。
すごいな。
それからだいぶ、結構それに耐えられるようにみたいな競争、
なんか感じで増強されてたっていう話も聞きましたけどね。
でもそれもあったから震災の時の情報発信がサーバー落ちずにできた。
そういう言われもあります。
なるほどね。
デマの拡散と取り下げ不能の問題
だからさっき言ったみたいに、いろいろ情報を得るっていういい面もあったけども、
その直後にやっぱり、どこどこの石油コンビニが火事になって
有毒ガスがそっちに流れてますみたいな。
デマみたいなのもね。
速攻でその時に流れたりもしましたからね。
ライオンが逃げましたみたいなやつもあったじゃないですか。
あったなぁ。
これが、その頃は公式じゃなかったから。
もう公式は多分その頃あったと思いますよ。
公式だけど取り下げができなかったんじゃなかったっけ。
そうそう、できない。
それはできない。
だから消せないんだよね。
自分で間違えたこれ嘘だったって言っても取り下げができないっていうのがありました。
そうか。
その辺の問題は未だに残ってますけどね。
バイトテロとバカ発見器、フォロワー外のルール
そうね。バイトテロとかであったよね。
最近になるの?結構前だよね。
結構前ですね。
あれ結構前になりましたよ。
前だよね。
あれも結局パソコンだけじゃなくてスマホが普及して若い人がやるようになったから。
そうそう。
脳内積水反射で投稿しちゃうみたいなのが増えたから、
いわゆるバカ発見器なんていうふうにね、言われた時代もありましたよね。
身内のノリでやっちゃうけど、その身内ってどこまでを含んで身内って問題?君は。
フォロワーだけじゃないよみたいなね。
その辺りにまた新たなローカルルールができたんですよね。
どんなの?
フォロー外失礼しますということ。
あったね。
あったね、フォロー外失礼します。
何だろうと思った。
なんか、もっと短縮の言い方もなかった?
FF室で、FF室だ。
FF室、もうそれがわかんねえよもうみたいな。
わかんねえよみたいな。
思ったりした。
日本の文化としてのローカルルールとインターネット黎明期
まあ良くも悪くも日本の文化って感じですよね。
ローカルルールが出るのって面白いよね。
ローカルルールってやっぱり日本的なところありますよね。
あるある。
閉鎖的なって意味はいいって感じ。
仲間うちで楽しむ的な感じがする。
そうね。
でもネットに拡散されてる以上、FF外とかだから
そうなんだなーって気はするんだけどな。
古いのかな、そういう考え方に。
なんかほら、昔もリンク貼るのに
いちいち断りを入れないと失礼だみたいなのもあったじゃないですか。
あったあったあった。
あれだってね、インターネットの時代に
何言ってんだよそんな野郎。
何言ってんだーみたいな。
公開するなよとか思うんだけど。
勝手にリンクみたいな。
近いものが買ってられましたよね。
インターネット例明期の頃なんかも
広告つけるかつけないかでスッと戻したもんね。
バナーつけるとか。
あったなー。
今は逆になければいいのにとか思ってるよね。
そうね。
ダウンロードばっかり出やがってみたいな感じ。
ほんとねー。
Twitterの歴史と今後の展望
Twitterも歴史は面白いね。
振り返る。
この辺が例明期まではないですけど
結構盛り上がり始まるところってことで。
そこからもまただいぶ長いですからね。
前半はこの辺のところで
後半は東日本大震災以降の
いろいろ振り返ってみたいと思います。
ということで
エンディングと告知
とりあえず今回はこの辺でありがとうございました。
ありがとうございました。
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