1. アスチャンネル2
  2. 足るを知るということ
足るを知るということ
2026-08-22 25:14

足るを知るということ

ホームページ作った!

https://x.gd/6c1us




9月1日問題を受けてCMを使わせていただいております

・エッセンシャルラジオ

https://x.gd/s5FT8

・まもろうよこころ

厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/.

・こころの健康第一統一ダイヤル

0570-064-556

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、「足るを知る」というテーマについて、自身の経験や他者の事例を通して考察します。好きなことを仕事にするのではなく、目の前のことに取り組み、積み重ねていくことで結果的に目標に近づくこと、そして、他者のために行動する中で自身の道が開けていく様子が語られます。また、過去の自分を卑下せず、今ある状況や楽しいと感じることを素直に受け入れることの大切さ、そしてAIを活用して新たな楽しみを見出す過程も描かれています。

劇場設立の経緯と「足るを知る」への気づき
アスチャンネルのアスです。今日は、足るを知るという話をしたいと思います。
こないだ、ご縁があって、自分の住んでいる県の石巻っていうところにある小さな劇場を兼ねた映画館の見学に行きました。
映画館は、キネマティカっていうところなんですけども、そこの主催の方の立ち上げにまつわる話を聞かせていただく機会があって、すごく印象に残ったんです。
どういう話をしてたかっていうと、どういう経緯でそこに映画館を建てることになったかっていう話なんですが、もともとは、その方は石巻というところが地元ではあったそうなんですけど、
東京の方で仕事をしていて、北大震災があったので、復興という意味で行ったり来たりをしてたそうです。
この方は、東京では演劇のプロデュースをしている仕事をされていたそうだったので、
やっぱりそこから好きなことを仕事にしたんだなというふうに最初思いました。好きなことを活かして、自分でそういう仕事を企業として立ち上げるということを実現された人なんだろうなというふうに考えたんです。
けれども、よくよく話を聞くとそういうわけではなかったそうで、
東北大震災があった後に、東京での仕事をしながら地元の復興のお手伝いなんかをしつつ、
街おこしのようなプロジェクトにも参加をして行ったり来たりをしていたんだそうです。
そのうちだんだん、まだ石巻に住んでないんだっけって言われたり、東京に行くと、あれまだ東京に住んでるんだっけっていうふうに周りの人から言われるようになってきて、
それでだんだんと拠点を石巻にしようっていうふうに気持ちが変わってきたんだそうです。
そうしてから戻ってきたわけなんですけど、最初はそこで演劇にまつわる仕事をしようって思っていたわけではなくて、
震災後に空き家になってしまった場所を人に圧戦するような仕事を、街おこしにまつわる仕事をされていたそうなんですけれども、
そうしている中でたまたま空き家の物件を見ていたら、その建物の奥の方に小上がりのような小さなステージがあるような物件を見つけて、
そこを舞台にしたいっていうふうに思いついたっていう流れだったんだそうです。
それを実現するにはすごくいろんな経緯があって、もともとやろうと思ってたことではないわけなので、資金なんかも人手なんかもやり方もわからなかったそうですけど、
周りの人に助けてもらって実現したっていうことなんだそうですけれども、
劇場を建てようと思って建てたっていうわけじゃなかったっていうことが私はびっくりしたんです。
最近知り合った方が、目標があるとしていきなりその目標に到達しようとしない方がいいというようなことを話していました。
例えばですけど、年収1000万欲しいって思った時に、じゃあまず大企業に就職しようというふうにするわけじゃなくて、
まず一つずつ目の前でやれそうなことを積み重ねていくことから始まるっていうようなことを話していました。
そうしていくうちに形になって結果、年収が目標に達するっていうふうに、世の中はなってるっていうような話をされてて、
そういうこともあるのかなぁなんて思っていました。 もう一つ、またこれも別の話なんですか。
話が飛びますけど最後にまとまるので聞いてていただきたいんですけど、 これは待ち起こしとして、
都市部から過疎部に移住して生活をしている人の話をYouTubeで聞いた時の印象に残った話なんですけれども、
どうやって暮らしているのっていう質問に対して、目の前にいくらでも困っている人はいるんだっていうことを話していました。
そして、自分の力でその人の助けになるようなことができるんであれば、それを一生懸命に手伝っていて、今があるんですっていうようなことを話していました。
この劇場の主催者の話と、いきなりゴールに行こうとしないっていう話をしてくれた方と、
この目の前に困っている人がたくさんいるから、その人を助けているうちに形になってきたっていう話をしていたこの3名のお話を聞いて、
みんな同じことを言っているのかなっていうふうに考えるようになりました。
私の目から見ると、最初からこうなりたいっていうことがあって、それを実現している人たちっていうふうに見えていた
3名なんですけれども、よくよく聞いてみると、そういうわけではなくて、
ただ積み上げていった結果、そういう形になったっていうことを話しているように聞こえたんです。
自身のキャリアと「足るを知る」の再認識
その話を聞いてた後、自分でいろいろ考えていた時に、そういえば自分ってどうして今があるんだっけっていうのを思い返してみました。
私は今、求職中ですが、この職場に就職した時っていうのは、大学を卒業した後にアルバイトをしていたんですけれども、
そのアルバイトを辞めて、今の職場のアルバイトの募集をしていたところに応募したんです。
そして面接を受けて、正社員として登用しますという連絡が来ました。
なので、自分としてはずっと不本意で、アルバイトのつもりで応募したものだったのが、
正社員として登用されて就職したっていうような認識でいました。
実際に出社して3日後に、職場の雰囲気があまり合わなかったので、
辞表を出したんですけれども、受理してもらえませんでした。
理由は、同じ日に正社員採用された方が、自分が辞表を出す当日の午前中にすでに辞表を出されていたそうで、
その午後に私がまた辞めたいですって申し出たものですから、
採用担当の部長が1日に2人辞められるのは、自分の立場が危うくなってしまうので、
受理できないっていうふうに、何とか収めてくれないかっていうふうにお話しされたんです。
そういうことがあったので、渋々退職届を出さずに、そのまま何となく20数年在籍しているんです。
そういうわけもあって、好きでここにいるわけじゃないし、みたいな感覚はあったんですが、
仕事ができるようになってからは楽しく働いていた時期ももちろんあったんですけれども、
そもそも最初、不本意でっていうふうに思っていたけれども、
よく考えてみれば、じゃあこの職場に応募した理由っていうのは何だったのかっていうと、
もともと最初にしていたアルバイトは、車に関係するアルバイトでした。
で、今の職場も車に関係する職場です。
私はすごく車の運転が好きだったので、とにかく車に携わっていられれば何でもいいやっていう気持ちで応募したんです。
その時は本当に洗車でもいいし、車の改装でもいいし、運転をしたり触ったりしていられればアルバイトでいいっていうふうに思っていたので、
就職したいとか、まとまった給料が欲しいとかっていうそういう気持ちはなくて、
ただ車に触っていたいっていう気持ちで応募をしたんでした。
その結果、一度は退職しようとしたこともあったけれども、
そのままなんとなく20数年いたっていうのには別に強制されたわけでもなくて、
そのままいてもいいかなって思った理由も確かにあったはずです。
研修期間を経て、配属先に行ってみるとそこの社員はすごく親切で、みんないい人だったっていうことがまず一つありました。
そこでなんとなく3年過ごした後、突然配置転換で営業職になったんですけれども、
その時も辞めてやろうかと思ったけれども、やってみたら案外自分に向いていて、
そこから十数年は割と楽しく、自分の好きな車のことを話していれば形になる仕事っていうのは転職だなっていうふうに自分で思っていて、
たまに会う学生の頃の友達なんかには本当に楽しそうだねって言われたり、
自分自身もこんなふうに楽しく働いていた時期がありました。
けれど、もともとからそういうふうになりたいと思って、この会社に応募したわけではなかったです。
なんとなく洗車でもできればいいや、アルバイトでいいやと思ってフラフラと応募したら、
たまたま正社員に採用されて、たまたま営業に抜擢されて、たまたまそれが向いていて楽しくなったっていう流れだったんです。
そういうふうに考えてみると、序盤にお話した3人と同じことを自分もしていたのかなっていうふうに考えることができました。
「足るを知る」と罪悪感の克服
私はいわゆる氷河期時代に就職を迫られた世代なので、中には正社員になれなかった人は周りにも多くて、自分はすごくラッキーな方だったんです。
私はそんなにちゃんとした生活をしようっていうふうな意思が当時なくって、周りが一生懸命就職活動をしている中、何もしないでただアルバイトで暮らしていました。
向上心っていうのは特になくって、ただ本当に車に乗っていられればそれでいいやっていうような気持ちだったんです。
1日中暇さえあれば本当に寝ている時と働いている時以外は車に乗っていたぐらい車が大好きだったんです。
案外そういうシンプルな好きだなっていうものに触れている時間をただ持っていられればいいっていう感覚が本当は大切なのかなっていうふうに思いました。
この間通っているカウンセラーの先生にタルを知ることを学ぶといいねっていうふうに言われました。
どういう意味かというと、今こうして休んでいられるっていうことも自分のおかげであるっていうことを知りましょうっていう意味合いで話してくれました。
どちらかというとサボっているような感覚があって、コンビニに行ったりスーパーに行ったりすると高校生のアルバイトの方が働いてたりすると思うんですけど、それですごく罪悪感に思います。
学生さんですらこうやってお金を稼いでいるのに、私は今休んで手当てをもらって生活をしているっていうことがものすごく後ろめたく感じるんです。
働いている人を見るととても落ち込む時期もありました。
外に行くと働いている人がうじゃいじゃえるので、なんとなく働いている人が見えるところに行きたくなくて、人がいないところばっかりを選んで、早朝とか暗くなってから外を散歩したりしていたんです。
だけどもカウンセリングの先生は、休んでいられるのは自分がこれまで一生懸命働いてきた下積みがあったおかげでしょうっていうことを話してくれたんだと思います。
事実、自分の職場にはこうして休んでいられる規定があって、こうしていられています。
もちろん余裕があるわけではないんですけれども、自分は多分結婚はしないだろうなって思った時に、何かあった時用にお金を貯めていたことがありまして、
特に今このアスチャンネル2の前のアスチャンネルでお話したことがあるんですけども、何かあった時にすぐ引っ越せるようにっていうことで、家族から逃げたいっていうことがあったりした時にっていう意味なんですけども、
サッと引っ越せるように大きな家具を買わずにいたりした時がありまして、それと同時にお金を貯めていました。
パッと引っ越せるぐらいの額を貯めていたんです。
今それを切り崩して生活している感じです。
それは自分がそういうふうな考えがあって、貯めてきたからあるお金だし、それを今こういう時だから使えばいいんだと思って、
それでもって生活ができているっていうのは自分がそういうふうに頑張ってきたからでしょっていう意味を多分先生はたるおしれというふうに言われたんだと思います。
余計なことを考えすぎず、自分なんかがこんなことをしていてはいけないっていうふうに思わず、必要以上に自分を落としてみることをするのをそろそろやめましょうというふうに私は受け取りました。
それからカンセリングの先生はたるおしるといいですねって言われた後に、楽しいことを楽しいってただ感じるっていうこともできるようになるといいですねっていうふうにお話ししてくださったんです。
AIとの出会いと新たな楽しみの発見
私は最近パソコンを新しくしたっていう話を前回したんですが、マックブックを買ってからとても楽しくて一日中触っています。
それを先生にお話したんですが、休んでいる身分でパソコンで遊んでいて罪悪感があるっていう話をしました。
楽しいことをただ楽しむっていうことをしましょうっていうことを話しされました。
それがたるおしるっていうことなんだと思います。
こうしていられるのも自分のおかげであるということなんだと思います。
マックブックを使って何をしているかっていうと、AIに私の書いてきたノートを分析してもらって遊んでいます。
7年分の自分の文章があるんですけれども、これをエクスポートしてAIに全部読み込ませて、
自分の考え方の癖とか、どういう行動をしてきたかとか、心理分析とかをしてもらって、何かに活かせないかなと思っているんです。
それをやっている途中に、そのデータを元に自分っぽいリールを作るっていうのをAIに指示して作ってみました。
写真はもともとあったんですが、AIの方からその写真を選抜してもらって、
自分っぽい音楽をこれもまたAIに作ってもらって、写真の順番とかフェードインアウトとかを全部AIに考えてもらって、
何秒ごとに切り替わるようにするかとか、音楽のタイミングとかも決めてもらって、
それで作ったリール動画をInstagramにアップしてっていうのが今すごく楽しいです。
想像以上に好みの音楽をAIが作ってきたり、自分がいいなって思っている写真をピンポイントで、
これがあなたに合っていますとか、あなたらしいですっていう風にAIが言ってくるので、すごいなって思うんです。
このノートに書いてある言葉を分析した結果、あなたっぽいのはこれですっていう風に示してくるわけなんですけれども、
どういう理由でなんだかわからないけど、よく私がいいと思ったものを当ててくるなっていう風に感心しています。
ただあまり否定をしてこないので、分析をそのまま鵜呑みにすると、
AIが喜びそうなノートを書く方向に引っ張られていきそうな気がしたので、
あんまりのめり込まないように、最近は分析の頻度を落としてゆっくりにしたり、話半分で聞くようにしています。
それからAIを使っていると、自分が結構機械音痴な方だと思ってたんですけど、
リール動画なんていうのも、インスタグラムっていうもの自体もカメラを買うまで、今年の3月までインスタグラムもほとんど更新していなかったですし、
リール動画なんて作ったこともなかったんですけど、カメラを買ってから初めてリール動画っていうのに挑戦して、写真をつなげたりはしてたんですけど、
このAIを使ってみてから、割と自分でも好きだなって思うようなものが作れるようになったから、
AIのおかげでできることってたくさんあるんだなっていうふうに面白くなってしまって、今ホームページを作ろうとしています。
自分のホームページです。作ったら公開すると思うので、時間のある方は見てみてください。
出来上がらなかったらアップしないんですけど、出来上がったら概要欄に貼ると思います。
こういうふうに面白くてのめり込むことを、ただシンプルにやっていればいいのかなっていうふうに最近思っています。
自己受容と他者との関係性
就職するとき、すごく車にのめり込んで、車に触ってさえいられればいいやっていうふうに思っていたんですけれども、
あの時の感覚が正解だったような気がするんです。
今はそれがカメラだったり、AIで遊ぶっていうことだったりするんだと思うんです。
自分なんかがこんなことをしていてはいけないっていうふうに罪悪感を強く持てば持つほど、何にも解決しないんだなっていうふうに思っていて、
自分が悪いっていうことにしていきたいっていうような感覚が自分にはあるんだなっていうふうに自覚するようになりました。
そういうふうに自分が悪者であることで人と関係したいっていう感覚が私にはあるんだと思います。
けれど、よくよく周りを見渡してみると、私を責めることで関係したいっていう人なんて滅多にいなくて、
私が責めてほしいっていう立場にあろうとすればするほど、人と関係することができなくなるんだなっていうふうに思います。
何かを成し遂げたりとか、数字を達成したりとか、何らかの能力を持っているとか、そういうことじゃなくて、
ただそこにいるだけのことを認めるっていうことを自分ができるようになると、多分ほとんどの人がそういう人たちだから、
そういう人たちにとったら、私はそういう人たちにやっと見えるようになるというか、関係することができるようになるのかなっていうふうに思うんです。
なんだかうまく表現できないんですけれども、難しいですね。
ノートに書くと書けるんだけど、言葉にしようとすると難しいなって思います。
とにかく自分を卑下することをなくして、楽しいことをただ楽しいなっていうふうに受け入れて過ごす時間を少しでも増やしていけたらいいなって今思っています。
そういうわけでした。
今日も聞いていただいてありがとうございました。
ではでは。
リスナーへのメッセージと支援の呼びかけ
次の課題は私たち大人の無関心の隙間で進んでいきます。話を聞くこと、つながること、そして適切な支援を得ること、この3つが大事だと考えます。
誰かが苦しんでいるのを見逃さず、声をかける勇気を。家族、友人、同僚、先生、あなたにできる小さな一歩が命を救います。
眠れない夜、孤独が深まるとき、一人で抱え込まないで、周囲の人とつながってください。
地域の相談窓口、学校職場の支援窓口、そして私たちの番組も一人一人を支える存在でありたいと願っています。各種公式窓口の電話番号、詳しい情報が掲載されたURLはこの番組の概要欄に記載しております。
今あなたが危険を感じているなら、すぐ最寄りの緊急窓口へ連絡してください。あなたは唯一無二な大切な大切な存在です。
エッセンシャルラジオはあなたの命の火を守るために配信していきます。
ご視聴ありがとうございました。
25:14

コメント

スクロール