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こんにちは、想いと仕事をつなぐ言語化ラジオ Arisaです。このチャンネルでは、想いや積み上げてきた一つ一つの実績はあるのに、言葉で表現するとなぜかずれてしまう、そんな経営者さんへ、まだ輪郭になっていない感覚を仕事につながる言葉で整えるような言語化についてお伝えしていきたいと思っています。
はい、では今日のテーマですね。嵐のライブと運動会。同じ言葉で涙が出た理由、というタイトルでお伝えしていきたいと思っています。
今日ですね、月曜日ですけれども、この週末ですね、実は私2回泣きました。
1回目はですね、長男の運動会、そして2回目は、ちょうど昨日ですね、行われた嵐のライブですね、ラストライブのオンライン配信で見たんですが、この今週週末ですね、2回すごく涙しました。
で、2回涙したんですけど、なんか全然違う出来事のような気がしますよね、ぱっと見。
でもなんか後から、私が今日何伝えようかなと思った時に、振り返った時に、あれ私同じことで泣いてたな、同じ言葉で泣いてたな、という風に感じたことがあったので、
今日はですね、その泣いた言葉から言語化に通ずる気づきっていうのをお伝えしていきたいと思っています。
はい、ではまずですね、土曜日、長男の運動会に初めて参加してきました、小学校1年生に上がって運動会だったんですけど、
息子の頑張りっていうんですかね、息子の走りだったり、ダンスだったり、もうすごく何て言うんでしょう、心がホカホカしたり、
頑張ってるっていう感情を湧いた時間だったんですけど、私が今回の運動会で涙したのが、5、6年生の演目だったんですね。
うちの小学校は移住してきて、すごく人数がですね、少ないので、高学年の演目っていうのが5、6年生でまとまってるんですね。
で、その5、6年生が最後の演目、ダンス表現というところで伝えてくれたメッセージのところの言葉に涙しました。
その言葉が何の言葉だったかっていうと、その一瞬一瞬を生きているかという言葉だったんですね。
もう一度お伝えしますね、その一瞬一瞬を生きているか。
これをテーマにお伝えしてた演目だったんですが、なんかすごい涙出てきたんですよね。
私5、6年生の子供がいるわけじゃなくて、子供は小1で、しかも初めて運動会にね、今回小学校に上がって初めての運動会でだったんですけど、すごく自然と涙が出てきちゃったんですね。
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なんか胸の奥疲れたみたいな感覚で、なんかね、この時は何で泣いたのかっていう感覚じゃなくて、この言葉が染みて泣いたみたいな感じだったんですよ。
そんな経験というか、そんなことを感じた土曜日の運動会だったんですけど、日曜日、昨日ですね、は何があったかっていうと、
家族でアラシのラストライブをですね、オンライン配信で見ました。
アラシってね、いっぱい今日もニュースで朝やってましたけど、すごく国民的スターですよね。
私はここ数年、実はアラシにガッツリ押してたかとかっていうと、そういうことではなくて、ここ数年スノーマンが大好きで、スノーマンっていうアイドルが大好きで、子供たちと一緒に押し勝つをしてます。
初めてのアイドルの押し勝つで、めちゃくちゃ今までこういうのにはまったことなかったんですけど、すごいはまってて、ライブ映像だったり、ライブDVDっていうの買ってるんですね。
家で子供と盛り上がったりしたり、ペンライト振ったりしてるんですけど、夫はどちらかというと冷静というか、あんまりそういうことに興味を示さなかったんですよ。
子供と私がわーって騒いでても、んーみたいな感じで言ってたんですけど、
昨日、家族でライブを見てて、旦那がぽろっとこんな言葉を言ってて、はっとしたことがあったんですけど、何の言葉だったかというと、
俺、ライブ自体が好きじゃないと思ってたんだけど、嵐のライブやっぱ違うなーって言ってたんですよね。
その言葉を聞いたとき、スノーマン、私は好きなんだよなーって悔しくもなりながらも、でもなんかわかるなって感じたんですよ、すごく。
なんでわかるんだって感じたかをちょっと後から考えてみたときに、私と旦那も平成生まれて、やっぱり嵐の曲と一緒に育ってきたっていう感覚があるんですよね。
例えば、高校の文化祭であの曲踊ったなーだったり、大学時代付き合ってた彼とドライブしながら聴いたなーっていうあの曲だったり。
もう少し育つと社会人になって、社会に揉まれて会社の愚痴とか言いながらも、会社の先輩たちとカラオケでストレス発散しながら歌った曲とか。
なんか曲が流れるたびに、その頃の景色とか空気感だったり、その時に感じた感情とかがバーって一緒に戻ってくるような感覚。
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その時にやっぱ思ったのが、私たちってたぶん嵐の曲を聴いてるんじゃなくて、自分の人生そのものを思い出しながら聴いてるっていう感覚で。
例えばあの頃の自分だったり、必死だったなーだったり、青春時代あんなこと失敗したなー、あんなことに熱中してたなーだったり。
そういう記憶が曲ごとに思い出されるというか。
だからすごい、だんだん私もめちゃくちゃ気の口ずさんでて、やっぱり一緒に歌ってて。
全然その嵐のライブに直接行ったことはないけど、なんか全力で嵐のライブを楽しんで、涙したなーっていう感じだったんですよ。
で、そこでいろいろ昨日の余韻を浸りながら感じたことで、運動会で聞いた言葉がフラッシュバックした。
なんか同じ言葉って、なんかこう泣いたなって思ったのが、その一瞬一瞬を生きているかっていう先ほどお伝えした言葉なんですけど、
嵐のライブでもきっと同じことを私感じてたんですよね。
なんかその一瞬一瞬を大切に生きてたし、その瞬間が思い出になって、人生になって。
だから後からその人生の時に聞いた言葉だったり音楽に触れた時に、なんか私たちの感情って揺れるんだなーっていうのをすごく感じたこの週末でした。
で、私普段言語化のお仕事をしているので、なんか例えばどうしたら伝わる言葉になるのかなとか、どうしたら心を動かせる表現になるかなとか、
やっぱりそんなことを考える機会も多いです。やはり言葉の伝え方もすごく大事なので。
でも昨日すごく改めて思ったのが、人って言葉そのものに泣いてるんじゃなくて、やっぱり言葉の後ろにある人生だったり生き方だったりに心を動かされているなーっていうのを感じて、
運動会の言葉もその一瞬一瞬を生きているかって、すごく難しい言葉でもないし、うまく言ってる言葉でもないと思うんですよ。
でもなんかそこに子どもたちが伝えたい積み上げてきた時間だったり、その5,6年生を支えてきた親だったり先生たちの見守ってきた時間だったり、
それを伝えたいって思うものを聞いている後輩の姿があったり、
そういう全部の情景に私は心を動かされて、そこが自分の人生ともリンクしたからこそ感情が動いたなと思ったんですよね。
嵐のライブもそうで、やっぱり曲自体が素晴らしい、嵐という存在が素晴らしいけど、
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ガッツリ例えば嵐のお仕事をしてましたっていう、私じゃなくても涙したっていうのは、
なんかその曲に重なってた自分人生と共に歩んできたなっていう感覚がやっぱり嵐という存在、
国民的大スターの嵐だからこそそこがリンクしてきたのかなって思います。
なので言語家の話に戻ると、言葉を磨こうとする前に、その一瞬一瞬を感じながら生きる、
一瞬一瞬を味わいながら生きるっていうところの積み重ねがあってこそ、やっぱり心に届く言葉になると思うんですね。
なんか、うまい言葉だったり、
伝わる言葉、テクニックの部分、もちろん基本のベースは大事なところはあるけれども、
やっぱりその一瞬一瞬を味わって、そこから感じた感情だったりっていうものが言葉に現れると思うので、
まずは、なんか私自身今もすごく大事にしてるんですけど、
うまい言葉だったり、なんか感情出ないな、うまい、届かないなって思った時って、
やっぱりその一瞬一瞬だったり、伝えたい、もうそもそもの感情の部分が弱かったりする部分があるので、
ちょっと一旦離れてみたりとか、自分の心を動かすっていうところを意識してみたりとかすると、
すごく言葉の磨かれ方が全然変わってくるので、
なので、テクニックももちろん必要なんだけれども、やっぱりこの一瞬一瞬を生きているかっていう言葉の通り大事にしたいなって、
改めてこの週末感じた出来事でした。
なんかこの運動会で受け取った言葉と、嵐のラストライブで感じたことと、なんか全然違う出来事なんですけど、
なんか私の中ではこの週末、ちょっと同じメッセージとして受け取った週末だったので、
ちょっとそのあたりをですね、言語化のところと絡めながら届けたいなと思って、このテーマにしてみました。
はい、どうでしょうか、皆さん。一瞬一瞬を生きてますか。
一瞬一瞬を生きましょう。
すごく伝えたい部分だったので、お届けしました。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。
ではまた明日お届けしたいと思います。またねー。