2024-08-22 18:55

他人の幸せ

いつも以上に熱が入って趣旨とズレたかもしれません。言いたいことを言って聞いてもらって役に立つ、幸せです。

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はい、どうも、丸山です。
まずは、おめでとうございます。
ということで今回は、他人の幸せ、というテーマで話をしていきます。
はい、他人の幸せですね。
あなたは、あなた以外の誰かが幸せな状態を見ると、どのような感情を抱くでしょうか。
人の不幸は蜜の味なんていうような表現がありますけれども、
どうやら人には、人の幸せを素直に喜ぶというような性質を備えている人よりも、
そうではない人の方が多いというようなことがあるようです。
なぜ、そのようなことが起こるのかなぁと思ったんですけれども、
人の不幸をですね、喜ぶというか、
実は非常に、私はですね、かつてそのように最低な人間だったので、
どのような状況であると、人の幸せをですね、喜べなくなるのかというようなことがですね、
身に染みてわかるというか、
人の幸せを喜べないというような、そこまで心がですね、醜いような人、
とりあえず、あなたはそうではないと思います。
ただね、どんな話が響くのか、
それは私が決めることではないので、
該当はしないかと思うんですけれども、話をですね、こうした部分に関して話をしてみると、
他人の幸せ、これはね、素直に他人の幸せを幸せだと感じられるのか、
それともそうとは思えないのか、
今、素直にそのまま人の幸せを心の底から自分も嬉しいと、
そのように思えているのであれば、非常に清らかな心の持ち主、素晴らしい魂をですね、お持ちですね、
それはそのまま、清く生きていただければいいかと思います。
反面ですね、人が幸せな姿を見る、それを喜べない、喜ばない、
どころか、恨んだり、妬んだりする、
何か裏があるんじゃないかと詮索をする、
怪異的な目線で見る、
仮にこのような状態にあるというような場合には、
心がですね、黒よりも黒く、深く、濁っている、
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そのような状態であると思います。
そこから脱却をするということを僅かでも望んでいるのであれば、
このような経緯をですね、たどると、
人の幸せを素直に心から喜べる、そのようになっていくんですけれども、
まず始まりの段階でですね、
人のですね、幸せを素直に喜べないという状態では、
まずその当人は幸せではないですよね。
自分自身で自分のことが不幸だなと思っているようなことかと思います。
そう思うとね、当然そのような現象が起こるというよりかは、
自分の目から見て、自分が体験したことを見て、
不幸というようなフィルターを通って理解をすることになりますので、
たとえいかに素晴らしいことが起ころうとも、その人からすると全てが不幸に見えるわけです。
自分に降りかかることはね。
その上で、自分では決して手の届かない、たどり着けない、
そのようなまるで確実された世界にいるかのような幸せな人を見るというような、
自分には手に入らないものを持っているその人を見る、
そして自分への劣等感が募る、
ネタマシー、そのようにドスグロイ感情が湧いてくるわけです。
そしてその人の内面というもの、
人の幸せを見ても喜べない状態になっているということ、
これは生まれながらにしてそうというようなことはまずないと思います。
無垢ですからね、生まれた状態は。
例えば、どこかの経緯でそのような自分自身のことを不幸と見るようなトリガーがあったわけですね、どこかに。
何に触れてきたでしょうか。
どのようなことに触れてきたでしょうか。
いつからそのような感覚を持つようになったのでしょうか。
これはですね、記憶を辿る必要があります。
いくつもあるわけではなくて、何か今仮定ということであれば始まりがあるわけですね。
いわゆるゼロの地点があるわけです。
そのゼロから自分が他人の幸せを幸せだと思えないと思うようになったマイナス1となるようなスタートがあったわけです。
それはどこでしょうかというようなことですね。記憶を辿るわけです。
幼少の頃にさかのぼることもありますよね。
何ですかね、例えば。
小さい頃、家が貧しくて食べるものがないだとか、欲しいものが買えないだとか、
配偶をしてくれている人が常に家にいないだとか、もしくは暴力虐待を受けているだとか、
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その反面、一歩外に出て他の友人たちを見てみると健全な両親がいて、裕福なみなりをしていて、最新のおもちゃを持っていてと。
わかりませんけれども、そのようなことがトリガーになっているのかもしれないですし、
もちろん経済的なという面だけでなくて、身寄りがいないだとか、
そのような環境というものもありますよね。
もしくは、もう少し成長をしてから、何か暴力によって物事を解決してきた経緯があるだとか、
人を不幸に陥れることによって自分に優越感を感じるような状況だとか、
そのようなことを味わったことがあるというのもあるかもしれないです。
いずれの場合も、自分自身が現状何かを不幸だと思うような状態、
そうしたときには、過去にまで記憶を遡って、そのトリガーとなるものを見つけるわけですね。
つまり、今あなたがそのような状況になっている原因というものを探りに行くわけです。
この原因を見つけたらば、それに対しての対策をねっていくわけですけれども、
多くの場合、一言で言うとするならば、環境というものが関わってくるかと思います。
この環境というものは、かつて自分の力では何も成し得なかった、
そのような状態で変えられないと思っていた環境、
今大人であるあなたからすると、その環境は変えられる状況にあるわけですね。
自分がこうしたいと思えば、そのようにできる環境というものがあるわけです。
ただ、その当時の名残で、自分では変えられないものだと思っていれば、
今、実は変えられるだけの状態が揃っているにもかかわらず、
誰かのせいにして、自分はそこにいるというような、
とどまるというような選択を選んでいるかもしれません。
今その場にいて不幸だというようなこと、そして人の幸せを喜べないということ、
そのようなことがもしあるのだとすれば、当然環境を変える必要がありますよね。
そしてよく言う言葉で、環境ということに関して、
自分が変われば環境が変わる、また自分が変われば世界が変わる、
そのような表現もありますけれども、
ということは逆説的に言うと、環境が変われば自分が変わる、
世界が変われば自分が変わる、このようなことも言えますよね。
ただこれは、変わりたいと望むあなたが、自分が変われば世界が変わるのか、環境が変わるのか、
はたまた環境が変われば自分が変わるのか、世界が変われば自分が変わるのか、
これはですね、そうでもあり、そうでもないんですよ。
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今現状を、人の幸せを幸せだと感じられないようなあなたであると、
どちらから変えればいいのか、それすら分かりませんよね。
自分に原因があるのか、環境に原因があるのかと、そのようなことを春秋するわけです。
ただこれの真なる意味は、自分が変わろうとも環境が変わろうとも、
今その現実に起こっている現象は変わらないんですよ。何が起ころうとも。
そうですね。例えば幸せ、人の幸せ。
あなたの知り合い、友人が、子供が生まれたとか、結婚したとか、
恋人ができた、誕生日、宝くじが当たった、昇進した、独立、開業した、
そのように一般的には喜ばしいことですよね。おめでたいこと。
それを聞いて、あなたが心の底から今喜べない状態にあると。
それはあなたの内面の問題で。
通常、一般的な視点から見ると非常に喜ばしいことだとあっても、
あなたはそのことを素直に喜べない。
むしろ、なんでそんな幸せそうなことが起こるんだろう。
そうしたあなたの目線から見た世界というもの、環境というものは、
あなたが主体で見るとひどい世界ですよね。
自分だけ、なんでこんな自分だけ。
逆に同じ現象が起こったとして、
あなたが人の幸せを心の底から喜べる人であれば、
世界は素晴らしいものに見えますよね。
環境はなんて恵まれた環境にいるんだろうと思いますよね。
起こった現象は同じなのにもかかわらず。
ということは、あなたのフィルターというもの、
偏見というもの、バイアスというもの、呼び方は何でもいいですが、
あなたが物事を受け取ったときに、まず初めに思うこと。
これを変化させていけば、
自分の望む世界、
人の幸せを幸せだと思えるような人間になっていけると、
そのような気づきがあるはずです。
であれば、あなたがその受け取るフィルターというもの、
これはどのように変化を促していけばいいのか、
どのようなことをすれば書き換えることができるのか。
それは、自分が幸せだと思うようなことだけを受け入れるような
状態に身を置いてください。
これはですね、文字通りいる場所を変えるということです。
今その場にいて全てを変えるということ、これはできません。
なぜなら、あなたのフィルターが書き換わっていない状態で
同じ環境にいたら、同じものに晒され続けているということ。
であれば、考え方は変わりません。
ですから、あなたが幸せだと思えるもの、何でもいいです。
それはその環境に移るための準備をしてください。
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本気で人生を変えたいと思うのであれば。
人格を変化させたい、成長をしたい、そのようなことがあるのであれば、
すぐには無理でも、そのために準備をすることは可能なはずです。
何かあるかなと、それを見つからないのであれば、
探す必要がありますよね。
自分が幸せだと思えること、何か探してください。
全く何もしていない状態が幸せだと思うかもしれない。
ずっと寝ていることが幸せだと思うかもしれない。
ひたすら食べ続けていることが幸せだと思うかもしれない。
自分が幸せだと思える環境に身を置けるような状態、
これを作っていくということ。
このようなことをすると、着実に少しずつ自分自身というものが
変化をしていくわけです。
そのような活動を続けていくと、
数ヶ月、場合によっては年単位、
それだけ長い期間をかけて自分という人間を変えていく、
受け取るフィルターを書き換えていく。
そうしたことをすると、かつて人の幸せというもの、
これを見ると、妬み、恨み、園み、そのような感覚が浮かぶような状態で、
あったとしても変わりたいと望んで行動に移して、
実際に変わることを決意して活動しているあなたからすると、
だんだんと人の幸せというもの、喜びというもの、
それがまるで自分のことのかのように、
本気で心の底から喜べるような、そのような人間になっていく。
言うなれば、そのようなフィルターに書き換わっていく。
であれば、いついかなる環境にいようとも、
あなたは常に幸せであることができる。
一言で端的に、自分が幸せだと思えば幸せなんですよ。
何でも幸せだと思えば幸せですよ。
このように言うのは簡単ですけれども、
現状幸せだと感じられないようなこと、
人の幸せを幸せだと思えないようなこと、
ただ、そんな自分が嫌だと、自分自身に嫌気がさす、
変わりたい、変えたい。
このような人にそれだけ端的なことを言ったとしても、
それがどうしたと、何なんだという、
うすっぺらいものに終わりがちですけれども、
人生で変わりたいのであれば、
数ヶ月、数年、そのようなスパンで考えることがいいと思いますよ。
それはね、今まで何十年と生きてきたのかわかりませんが、
この先も何十年と生きていくわけです。
書き換わった自分のフィルター、
それが自分にとって非常に素晴らしいもの、
この先の人生ずっとそれで生きていけると考えるのであれば、
数ヶ月、数年なんていうものの、いわゆる投資ですよね。
自分の人生への投資。
時間というものを自分の人生に投資する期間だと思えば、
やる価値は十分にあるわけですよ。
まあ、というようなことで、
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非常に限られた人にのみ伝わるような話になるかなとは思うんですけれども、
そうですね。
何が言いたいのかというと、
他人の幸せを見て自分も幸せだと思えてますか?
それともそうは思えないんですか?
それでね、そうは思えないということ、
そしてさらにそこから変わりたいということであるならば、
それはいくつかのステップ、段階を踏んでいくと変わることができます。
というようなことで、
人が幸せだと思うものを見て、
妬む、そのような感情が湧く場合には、
あなたが受け取るフィルターというもの、
これがですね、いつかの時点から、
ゼロからマイナスへと傾いた時期がある、傾いた出来事がある、
その出来事を記憶をたどって見つけに行ってくださいと。
そしてそれを見つけたらば、
環境がどうとか、自分自身がどうとか、
そのようなことではなくて、
具体的な現象、そのことが原因だったんだなとわかるわけです。
それを現在に持ってきて、変化をさせるために、
その言葉を乗り越えていく必要があるわけですよね。
そのためには今いる環境を変える必要がある。
なぜなら自分が今いる環境で、
人のことを幸せだと思えないのであれば、
それはその場所にいても、一生自分は変わらないです。
変わりたいと思っても、環境というか、
その周りの状態があなたを変えさせないとしてきますから、
変わろうと思っても変わらないです。
もっと厳密に言うと、変わろうと望んだ時から、
あなたのコンフォートゾーン、
許容できる居心地の良い場所というのは、
だんだんと今いる場所から遠ざかっていって、
別の場所を求めていくようになりますから、
必然的にその場から離れるようにはなるんですけれども、
意識してその場から離れるというようなことをして、
そして今の自分が幸せだと思うことのみ、
現状その状態のあなたであっても、
何か自分にとって喜ばしいこと、嬉しいこと、
他人がどうとかではなくて、
そんなような状況がもしあれば、
あればというか必ずあるんですけれども、
それを探して、その環境に身を置くようにする。
今すぐに置けないのであれば、
その環境に身を置けるような状態を作るための準備をする。
そのようなことをして、自分のフィルターを
数ヶ月、数年、そのような単位で変えていくということをする。
そうすると、他人の幸せというものを見て、
かつては他人の幸せというものを幸せだと思えない、
むしろ真逆だと、
あの人は幸せで自分は不幸だと、
そのようなことを思っていた思考というものがですね、
世界からの情報をあなたが受け取るフィルターというものが変わるわけです。
そうすると、今後生きていく中での人生の見方、
あなたのフィルターがもう完全に書き換わったわけですから、
物事の見方というものは全て美しい。
人の幸せをまるで自分の幸せのことかのように、
素直に受け取ることができる。
そのような活動をしていってもいいんじゃないでしょうか。
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ちょっと強引ですけど、
伝わる人には伝わるんですかね、これは。
自分で言うのもあれですけど、
万人に受ける、万人にわかる、
そういう話を狙ってするとかはないですから、
そういう発信をしている人は他に5万人といいますから、
コミュニケーションということに関しても、
伝えたいことを伝えたいというのと、
言いたいことをですね、言いますよ、私は。
そんな中でね、お話に付き合っていただいてね、
ありがとうございます。本当に感謝してますよ。
はい。ということで今回は以上となります。
最後まで聞いていただいてありがとうございました。
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