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こんにちは、河北あおいです。この番組は、フリーランスのコーチとして、現在、崖っぷちの河北が、何としてでもこの世界で豊かに幸せに生き残るための、現在進行形の公開ログです。
今日は、【崖っぷち通信#4】になっておりまして、今日はどんなお話をしたいかというと、
今日ですね、派遣会社との面談がありまして、そこでやっぱり、自分が自分の人生をOKって思えているのかどうかっていうのが、ほんと全てだなという、結構究極的なところ?こと?
自分に自分がOKって思えているのか、自分が自分を認められているのか、これがめちゃくちゃ大事だなっていうのを感じたので、そんな話をしていきたいなと思っております。
はい、そうですね、なんか自分のこれまでの人生、自信が持てなかったりとか、自分のことを愛せていないなって、心の底からね、愛せてないなって感じる方だったりとか、それこそ職歴だったり学歴だったりに自信がない方だったり、そんな方にも聞いていただけるといいんじゃないかなと思っています。
はい、ということでお話ししていきたいんですけれども、あの今日ですね、派遣会社との面談がありました。
今私がどういう状況かと言いますと、フリーのコーチとしてがけっぷちにおりまして、資金ショートしそうですので一旦派遣社員になりますっていう状況です、今。
このがけっぷち通信1回目から追っていただくとなんとなく流れが見えるかなっていうふうに思うんですけども、今そういう状況におります。
今日面談をしてもらいながら、いろいろ思い出したんですよね、これまでなんか面接させてもらったことだったりとか、組織で働くにあたりね、保育士として働くにあたり、いろんな園さんといろんな先生と面接してもらって、入社して保育士をしてたので、そういった過去のことをいろいろ思い出していたんですよ。
思い出していて、私って結構転職してるんですね。
最初に入った、新卒で入った園を2年で辞めて、その後入った園も2年で辞めて、その後また2年で辞めて、
そこからプー太郎をして、しながらパートで保育士をして、そこからもう1回会社員をして、コーチングして、みたいな、ざっくりとこんな感じなんですけど。
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とにかく、今私33歳なんですね。
21から33なので、12年の間にこれだけのことが起こっていますというような状況なんですよね。
1回前調べたことがあるんですけども、20代の後半で何回以上やったかな、3回以上の転職をしていると、親親って思われるみたいな、思われる確率が上がるみたいなことが書いてあったかなと確か思うんですけども、
自分はね、漏れなくそこに当てはまっていて、転職回数が多いっていうことは、自分の中でかなり黒歴史だったんですよね。
ずっとずっと黒歴史で、その一心情の都合で退職っていうのが履歴書にどんどんどんどん増えていくんですよ。
真っ黒なんですね、履歴書をいつも書いたら。
真っ黒って、何回も転職してるからね。
それがすごい自分は嫌やったんですよ。
これは何年か前に転職活動をしてた時に、いよいよね、書類で通らなくなってきた時があったんですね。
基本的に保育士ってめちゃめちゃ低手余ったので、他の業界の方からするとびっくりされるかもしれないんですけども、
大体1個か2個縁受けたら絶対合格するんですよ。
聞いたことない、面接した縁に落ちたみたいな人って、聞いたことないことないけど、2つ以上落ちる人っているのかな?
いるのかもしれないけど、ほんまにそれくらいの感じなんですね。
なので基本的に書類で落ちるってことってないだろうって思ってたんですけど、
3つ目の縁を辞めた後ぐらいでしたかね、いよいよ書類が通らなくなったタイミングがあったんですよ。
やばーと思って、いよいよ私にもこの時が来たかと思って、すごい落ち込んだんですよね。
そうそうそう、でちょっと転職回数が多いのがっていうふうにはっきり言われていて、
他にも面接を受けに行ったところで、直接ね、ちょっと転職回数多いみたいですけどメンタル大丈夫ですかっていうふうに言われたことがあったんですね。
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もうこれもほんまにめちゃくちゃショックで、泣きながら帰ったんですけど、
そうそう、大丈夫ですかって、いや大丈夫じゃないですよって思ってるわけです、こっちは。
それでもなんか保育士しかやっぱりできないんじゃないかなみたいな気持ちでもね、
あって転職活動をしてたから、ずぼしをいかれたみたいな感じで、
全然大丈夫じゃないっすけどみたいな、そう泣きながら帰ったことを覚えてます。
そんなことがあって、自分の職歴みたいなところには結構ね、食らうものがあったというか、
なんで私はこんな人生になってしまったんだろうみたいなことを考えてたことは結構あったんですよ、コーチングと出会う前ね。
で、そんなこんなで長くなってしまったんですけども、過去の話が。
今日面談があったわけなんですけれども、一通り私の職歴だったというお話をさせてもらっていて、
そしたら担当してくださった方が、すごいですね、本書けそうですねっていう風に言ってくださったんですね。
それこそね、お世辞だったかもしれないんですけれども、私の経歴、どういうふうな、
そうですね、どういうふうな園で勤めていたかとか、どんなお仕事してきたかとか、そんな話を話しさせてもらうと、
すごいですね、本書けそうですねって言っていただいて、もう目がまん丸になっちゃって、
ズームで話してたんですけど、すごい嬉しかったなっていうふうに思って、
そういえばもう一つ思い出したエピソードがあって、最後に勤めていたところで、
面接してもちろんね、面接して入社をしたんですけれども、
そのね、面接してくれた直後の上司とご飯に行く機会が入職してからあって、
その時に、何を聞いたのかなって話の流れで、
なんで私を取ってくれたんですか?みたいな話をしたんですよね。
そうしたら、オールラウンダーだなと思ったからっていうふうに言ってくれはったんですね。
いろんな経験を積んでいて、どこを任せても大丈夫なオールラウンダーな人だなって思ったっていうふうに言ってくれはって、
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そこで取ってもらえたんですけども、
何が言いたいかっていうと、同じ私の人生、私の職歴、私の経歴を見た時に、
それいいねって思ってくれる人もいれば、大丈夫なのって思う人もいて、
本を書いたらって、オールラウンダーだねっていうふうに評価を受けることもあったら、
メンタルは大丈夫ですか?って、仕事すぐ辞めないか?っていうそこで思うパターンもあって、
これって私たち側にはコントロールができないことだなっていうふうに思っているんですね。
変えられないじゃん、私たちの生きてきた人生は。変えられなくて、
それを、どういうふうにそれに対して、私たちの人生を受け取った人が評価をするかっていうのは、
私たち側がコントロールできることではなくて、
じゃあ何かって言うと、
例えばあの時私がメンタル大丈夫ですかって言われた時に泣いて帰ったっていう話をしたと思うんですけど、
私が自分自身にそういう職歴経歴を抱えている自分に後ろめたさがあった。
後ろめたさがあったから、そうやって言われることに対して、
どうなんて言うんですかね、
そうやって言われることに対して、
やっぱりそうだよね、ダメだよねっていう受け取り方しかできなかった。
やっぱり私は落ちこぼれだよねとか、
社会不適合者なのかなとか、
やっぱり私ってそういう人間だよねみたいな受け取り方しかできてなかったんですよ。
で、これを例えば今の私があの時の同じ状況にいて、
メンタル大丈夫ですかって言われたとしたら、
なんて言うんかな、
たぶん、
いや、その時はその時そうやったんで、みたいな感じで言えるかなっていうふうに思ったんですね、
気持ちをね、
気持ちがね、
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なんだろう、それこそ今日話してますけれども、
なんかそれは、
そう言われること自体は私たち側にはコントロールができないことだなっていうふうに多分思えただろうなって思って、
だからその自分が何をどう受け取るかみたいな話、
何をどう受け取るかというか、
何か出来事があった時にそれをどういうふうに解釈するかっていう話やなって改めて思ったんですよね。
結局、
何が、何がっていうか、
私は結局自分が自分の人生に多分あの時OKって思えてなくて、後ろめたさがあって社会不適合者だって思ってたから、
それって言われてズボシつかれて、
わーこの人もそういうふうに思ってるみたいな、
それってこの人がそういうふうに思ってるんじゃなくて、私がそういうふうに思ってるからそういうふうな捉え方をしているわけですよね。
その人がそう思おうが思わないがどっちでもよくて、
それにズボシだ痛いみたいな感じで思ってわーわーわーってなってるのって、
多分自分が自分のことをそう思っていて、
そうそうそうそう、
なので、なんか自分がどういうふうに自分のことを思えているかっていうのって、
すごい、すごいでかいでかいというか、その究極系やなっていうふうに思ってるんですよね。
そう、
なのでね、今日そう面談を通して、
すごい思いましたね。
自分がOKやと思えてるから、
うーん、
OKやと思えてて、OKだと捉えられてて、
自分で自分のことOKって思ってるから、
なんか、ぐちゃぐちゃな履歴書だけど、ぐちゃぐちゃな職歴だけど、
まあまあまあまあ、いいよね、それが私みたいなね。
これを思えているか思えてないかで、でかいよなーっていうふうに思ったんですね。
じゃあなんでこれを思えるのかっていうと、
そうそう思えるようになったのかっていうと、
いやこれはなんでなのかなっていうふうに思うんですけど、
ちょっとね、今収録止めて考えてたんですけど、
これについて話し出すとまたちょっとめちゃくちゃ長い放送になりそうなので、
一旦一旦一つだけお話をしておくと、
自分のことをもう好きでいるっていうことを決めるっていうことかなって思っていて、
結局その自分に認めるとか、自分の人生にOKって思えるかっていうのって、
自分を好きでいられているかみたいなところにもかなと思ってて、
自分を丸ごと愛するとか、自分を愛しているかみたいな話聞いたことあると思うんですけど、
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結局そういうことだなって思っていて、
その自分を好きでいる、愛するっていうことを決めてしまうっていうことが大事やなって思ってて、
そんな愛せないよって思う方いらっしゃると思うんですけど、
私もそうだったんでね。
もう愛せるかわかんなくていいんですよ。
愛せるかわかんないし、こんな人生認められないって思っててもいいので、
思っててもいいんですけど、好きでいるも嫌いでいるも、
それって自分が今選べると思うんですね。
そう、どっちでも選べると思うんですよ。
自分の人生を認めてあげるか認めてあげないかも自分が選べると思うし、
愛する、愛さないっていうのも自分が認めてあげれると決められると思うんですね。
愛さないっていう選択もできるし、愛すっていう選択もできると思うんですよ、今から。
で、思った時に、そのどっちを選んでもいいんだったら、
もう愛する、好きでいる、好きだな、自分はこれでOKだっていう風な、
そっちの選択をした方がいいよねって、
個人的に思っていて、そこが大事だなって、
一つね、何か言うのであれば、何か言うっていうか、
いろいろとある中で一つこれだなってあげるとすればそこかなっていう風に思いますね。
もう今から自分で決めるっていうこと、好きになれそうなれなさそうとか、
やっぱりなれないとかじゃなくて、
めっちゃわかるんですよその気持ち、めちゃくちゃわかるんですけど、
もうそうすると決めるみたいな、根性論みたいに聞こえるかもしれないんですけども、
なんだろうな、もうやっぱり私は私を好きになれないって思うとするとして、
思ったとしても、私のことを好きになれないって思っているそんな自分も好きだなっていう風にするというか、
うんそうそうそうそう。
それを決めてしまうっていうのは一つ大きいんじゃないかなっていう風に思いますね。
最近私は何かあの条件、
自分が、なんだろう、自分を好きになるには条件が必要だと思っているみたいな話をよくするんですけど、
例えばさ、
学歴があるからとか、役職があるからとか、
痩せてるから、パートナーがいるから、子供がいるから、お金がいるから、あるからみたいな感じで、
何かがある、何かの条件を満たして果たして、
満たして初めて幸せになれると勘違いしているんじゃないかなみたいな話をね、
よくしてるんですけど、
あとはなんか誰だろう、なんだろう、
誰々に認められたらとか、一番になれたらとか、
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そういった誰々さに評価されたらとかね、
それがないと自分は幸せになれないとか価値がないとか、
そういう風にね、思ってしまう条件付き、
自分を愛する、愛するには条件がいるっていう風に思っている場合があるよね、私たちにはね。
だけどもそうじゃないんじゃないかなっていうか、
条件がないと愛を愛しちゃいけないっていうルールにしていると、
いつまでもしんどいし、
だから今からでも今すぐでも自分のことを愛す、好きでいるっていうのは、
自分が決めてやっていっていいんじゃないかなっていう風に思うんですよね。
辛いじゃないですか、自分のこと嫌いだなって思い続ける人生って、
これがないからダメだって思い続ける人生ってしんどいし、
そう嫌だなって思うのでね、
もちろんなんか過去の経験が、体験がとかって言い出したらね、
ちょっと長くなるのでここでは割愛しますが、
一旦今の自分でOKって、大好き私っていう風にするって決める。
できない瞬間があってもそういう自分も可愛いよねっていう、するというか、
結局その、私たちは生きていれば悩み事がたくさんあるわけですけれども、
悩み事もたくさんあるし、何々がないと幸せになれないっていう風に思ったりもするんだけど、
それって結局、また話が飛ぶんですけれども、
自分が自分のことを愛しているから怒っていることだと思うんですよ。
何々がないから幸せになれないっていうので、
例えば学歴にしたとして、私は学歴がないから幸せになれないとか、
学歴がない自分はポンコツだって思うので、
裏を返せば、学歴がない私は、
例えば社会でいい地位につけないんじゃないかとか、
両親に認められないんじゃないかとか、
誰かの期待に応えられないんじゃないか、
だからそんな自分が可哀想って思ってるわけじゃないですか。
自分が好きだから、自分のことを愛しているからこそ、
それが欲しくなるわけだと思うんですね。
それを持ってない自分が可哀想って、こんなに大好きな私が困っちゃうじゃない?みたいな感じ。
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もう一つ例として例で出すと、
私は今回、過去にメンタル大丈夫ですかって言われて泣いて帰ってるわけなんですけれども、
こんなに可愛い私が自分の頑張ってきたことを否定されたみたいな風に思ってるわけで、
私のことを、こんなに可愛い私のことを評価してくれないんだこの人たちは、みたいな感じ。
私のことを否定されたみたいな、大好きな自分のことを否定されたっていう話。
だから結局私たちはもともと私たちのことが大好きだと思うんですね。
大好きで愛していると、そこに帰着すると思うんですよ。
大好きで愛している自分が評価を受けてない、失敗するかもしれないとか、お金がないとか、苦労するじゃないかみたいなね思ったりとか、
誰からも評価されない、こんなに可愛い私が評価されてないわみたいなね、そういうこともあったりとかするかなと思うんですけど、
結局なんか自分のことを好きになれないとかね、愛せないっていう人であっても結局、
愛せないって言うんじゃなくて、もともとその絶対愛していて好きなんですよ。
だからこそ悩んでいるというか、
これ順番の違いって伝わりますかね、順番の違いっていうかその前提が違うということって伝わりますかね。
なんかそんな風になってるんだなっていう風に思うんですよね。
結局私たちは私たちのことが大好きで、そんな私たちがうまくいってない、うまくいってないことが可哀想みたいなね、
こんなに愛していて、大好きな私が苦労しているみたいな感じだと思うんですよ。
なのでね、何の話でしたかね、いつもねちょっとわからなくなるんですけど、
自分のことをね、愛していきましょうっていうね話。
この話はどこから来たかというと、私は今日面談を受けたっていう話ですね。
面談を受けてきました。
自分の人生がまとめます。
自分の人生がどういう風に相手に評価されるのか、相手にどういう風に思われるのかっていうのは、
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私たち側ではコントロールできないこと。
私たちの人生がどういう風に、私たちの人生というか私たちの存在もですよね、
どういう風に評価を受けるのかっていうのは、
相手によってそれぞれだから、私たちにはコントロールができないこと。
じゃあその上で何が大事かっていうと、自分がその人生、自分のことをちゃんとOKって思えているか、
認められているか、好きでいるかっていうことが大事だと。
で、じゃあどうやったら自分のことが好きになれるのかっていうと、
自分のことを好きだと決めてしまうこと。
こんな自分好きになれないとかじゃなくて、決めてしまうことが大事だという話ですね。
こんな自分好きになれないと思っても、そんな自分は好きになれないと思っている自分も好きっていう風にしてしまうということ。
そもそも私たちは自分のことが好きだと。
で、好きだからこんな自分が、こんなに可愛くて大好きな自分が辛い思いをしている苦労している。
だから、私たちは悩むと。
私たちはそれだから悩んでいる。
だから結局、私たちはもともと本来前提として自分のことが好きなんだと愛している。
そうそうそう。
自分のこと好きになれないって言ってる場合も、絶対自分のこと好きなんですよね。
ここに絶対着着する。
そうそうそうっていうお話でございました。
はい、ということで今日は掛け口通信ナンバー4ですね。
えーっと、タイトルどうしましょうかね。
いつもね話した後タイトルつけるんですけど難しいですね。
今日ちょっといろんな話をしてしまいました。
はい、なんかねちょっといいタイトルをつけて投稿しようかなと思います。
では今日も聞いていただきありがとうございました。