言語学の対立
今回は、ある読書会の記録メモを一緒に見ていきたいと思います。
テーマは、アマゾンに住むピダハンという人々の言語ですね。
へー、ピダハン語です。
この一見小さな言語が、現代言語学の巨人、ノーム・チョムスキーの理論をですね、根底から揺るがしたという記録で。
まさに大論争を巻き起こしたわけですよね。
一体何がそんなに特別だったんでしょうか。早速、この記録を紐解いていきましょうか。
まずは、対立の構図からですね。
メモによると、チョムスキーの理論というのは、人間の脳にはどんな言語にも共通する文法の設計図が生まれつき備わっているという、そういう考え方ですよね。
そうです。だから、言語の根本的な構造に文化は関係しないというのが大前提だったわけです。
でもピダハン語の研究は、いやそうじゃないと。
文化が言語の形を決定づけているんだと、真っ向から反論したわけですね。
なるほど。
まさに。その対立って、言語学における、なんていうか、普遍的な設計図と文化という名の道具、この対立とも言えるんですね。
設計図と道具ですか。
チョムスキー・リボンの革新の一つに、再規制という概念がありまして。
再規制。
はい。これは、例えば、兄が見た犬を追いかけた猫みたいに、文章の中に文章を埋め込んでいって、無限に文を長くできる仕組みのことなんです。
ああ、入れ子構造みたいなものですね。
そうですそうです。彼はこれを人間言語の核だと考えたんですね。
なるほど。それが設計図に組み込まれているはずだと。でもピダハン語はその常識が通用しなかった。
その通りなんです。ピダハン語にはその再規制が見られないと。
これは言語学にとってはもう大事件でした。
もし本当に再規制がなければ、言語の普遍的な設計図という大前提が崩れてしまう。
言語の定義そのものをおふくるかもしれないということですか。
そういうことなんです。だから、大きな理論で全てを説明しようとするんじゃなくて、この一つの例外という事実に着目せざるを得なくなったわけです。
文化とコミュニケーションの関係
いや、常識が通用しないという点では、メモによると音の数にも現れているみたいですね。
そうなんです。
使われる音が極端に少ないとか。
その少なさも驚きなんですけど、なぜそれで複雑なコミュニケーションが成り立つのかというのがすごく重要でして。
読書会では、ある参加者の方が面白いエピソードを共有されているんですね。
どんなお話です。
幼い頃、親には全然わからない弟さんの言葉を自分だけは理解できた。
ああ、それ面白いですね。分かります。家族とか本当に親しい友人との間だけの暗号みたいな言葉ってありますよね。
ありますよね。
つまり、ピダハンは社会全体がそういうすごく緊密な関係で文脈を共有しているから、少ない音でも十分意図が伝わるということなんでしょうか。
まさに、それが著者のエベレットが最も重要だと主張する意味の問題につながってくるんです。
意味ですか。
ええ。読書会で出てきた銃と弾丸の比喩がこの対立を非常にうまく表していて、
銃と弾丸。
はい。言語の構造、つまり文法が銃だとすれば、伝えたい本質である意味は弾丸だと。
ああ、なるほど。分かりやすい。チョムスキーは全人類が持っている共通の銃のそのメカニズムに夢中になったと。
そういうことです。一方でエベレットは、文化っていう火薬で威力が変わる弾丸こそが言語の本質なんだと考えたわけです。
わあ、その対比はすごくクリアになりますね。
ええ。そしてもう一つ、参加者の方が不思議にがっていたのは、なぜピダ半語がそのシンプルな状態を維持できているのかという点なんです。
ああ、確かに。
普通、他の文化と接触すれば日本語にカタカナ言葉が増えるみたいに、新しい音とか単語が入ってくるはずですから。
それが起きていないのは、彼らの文化的な独立性が極めて強いということの証座なのかもしれませんね。
その、独立が鍵なんでしょうね。同時に、読書会のメモには逆の視点も記されていました。
逆の視点?
はい。言葉が増えすぎると、かえって厳密さが求められて、コミュニケーションが不自由になるんじゃないかっていう危機感です。
へえ、面白い。
ええ。言語の複雑さと、特定の文化におけるその有効性のバランスについて深く考えさせられますよね。
うーん、なるほど。
さて、この話から一体何が見えてくるでしょうか。
ええ。
ピダ半語をめぐる議論っていうのは、単に珍しい言語の話じゃないんですね。
私たちが世界を理解するために使う常識とか、理論がたった一つの強力な例外によって、いかに揺らぐ可能性があるかを示しています。
エベレットは既存の理論で説明しようとして、でもできなかったから新しい考えに至ったわけです。
最後にあなたに一つ問いを投げかけたいと思います。
あなたの身の回りにある普遍的な真実も、実はまだ発見されていないピダ半語のような例外をただ待っているだけだとしたらどうでしょう。
