なるほど。ただですね、ここでちょっと私疑問に思ったんですよ。
はい、なんでしょう。
時系列ってどうなってるんですか?
例えば、マーベルシネマティックユニバースみたいに最初の作品から順番通りに見ないと、あれ、このキャラ誰だっけ?みたいな疎外感を感じてしまうタイプなんでしょうか。
ああ、その心配ですね。
結論から言うと、基本的にファイナルファンタジーのように各シリーズが独立した物語として成立しています。
そうなんですか。じゃあどこから見始めても大丈夫なんですね。
物語の構造自体は理解できるように作られています。
ただですね、完全に切り離されたパラレルワールドというわけでもないんですよ。
どういうことですか。
ここが巧みなところなんですけど、ソースにある考察ブログの分析によるとですね、初代であるミューズの時代設定はスマートフォンが世に普及し始めた2013年頃なんですね。
はいはい。
はい。
そして第二作のアクアは作中に登場する5周年記念雑誌などの緻密な描写からですね、ミューズの約5年後の世界であることが示唆されているんです。
あー、同じ世界線の地図付きな未来なんですね。
そうなんです。だとしたら公開順、つまりミューズからアクアへと順番に見るメリットもあるわけですか。
まさにそこですね。公開順に見ることで、かつて自分が見届けた過去の主人公たちがですね、次の世代から伝説のスクールアイドルとして語り継がれるっていう非常にエモーショナルな文脈をフルに味わうことができるんです。
なるほど。手軽に好きなものからつまみ食いすることもできれば、MCUのように歴史の積み重ねの重みを感じることもできると。
へー、これが長寿シリーズならではの格音の深さですね。
自分のプレイスタイルに合わせて入り口を選べるのは親切ですね。では具体的にどの作品を選ぶべきか。
ここからはですね、各シリーズが夢と努力という共通テーマをどう描いてきたのか、その変遷を見ていきたいと思います。
はい。
これ時代背景と見事にリンクしていて面白いんですよね。
そうですね。初期のミューズとアクアは学校の廃校を阻止するという共通の目標に向かっていく、ある種王道のスポコン的なみんなで叶える物語という構造を持っています。
部活者の王道って感じですよね。
はい。しかしですね、その結末のアプローチは全く異なるんですよ。
そうなんです。ミューズは文字通り奇跡を起こして成功を収めますよね。でもアクアの考察ブログを読んで、私すごく胸が締め付けられたんです。
ああ、わかります。
彼女たちはどれだけ泥ぎさく努力しても、最終的に学校を救うという目標を達成できなかったんですよね。
つまり、廃校になってしまう。
ええ、そうなんです。アイドルアニメでありながら、努力をしてもどうにもならない現実があるという非常に冷酷な挫折を描き切ったんです。
いやー、結構重いですよね、それ。
でもですね、彼女たちは結果が伴わなかったからといって、その過程にあった努力や絆が無駄だったとは決して言わないんですよ。
それでも努力して足掻くこと自体に価値があるのだという、一段深いメッセージを提示したんです。
なるほど。そこで面白い対比になるのが、初代のミューズのライバルグループであるアライズの存在ですよね。
ええ、そうですね。
彼女たちは高校卒業後も、プロとして永遠に活動を続ける道を選びました。
でもミューズはあくまで高校生活という、限られた時間だけの輝きを選んで解散する。
終わりがあるからこそ美しいという美学ですね。
その通りです。そしてこうした集団での団結とか、ドロクサイスポコンというある種の王道からですね、劇的なパラダイムシフトを起こしたのが第3のシリーズ、
にじなさき学園スクールアイドル同好会です。
これ本当にそうすると読んで驚いたんですよ。アイドルアニメなのに、みんなで一つになろうみたいな団結を強制しないんですよね。
ええ、そうなんです。
ちょっと現代のSNS疲れした若者の感覚に近いというか。
そこが確信ですね。彼女たちは部活ではなく、あくまで同好会なんです。
全員で同じ目標に向かうのではなく、一人一人が自分の大好きを追求するソロアイドルの集まりとして描かれています。
つまり多様性と個人の尊重ですね。私が一番象徴的だと思ったのは天王寺里奈というキャラクターなんです。
ああ、彼女のエピソードは印象深いですよね。
ええ、彼女顔を出して笑うのが苦手なんですよね。普通のアニメなら最終回に向けて、みんなのおかげで自然に笑えるようになりましたって克服するストーリーを描きがちじゃないですか。
ええ、伝統的な自己実現の物語ならそうなるでしょうね。しかしこの作品は違います。
彼女は無理に笑顔を作る練習をするのではなく、里奈ちゃんボードという感情を描いたお面のようなボードをつけてステージに立つことを選ぶんです。
はい。
そして周囲のメンバーもそれを肯定するんですよ。
これすごい発想の転換ですよね。無理に自分を変える必要はない。できないことはツールや工夫でカバーすればいいって。
ええ。
今の時代同調圧力に苦しむ人たちにとってこれほど生きやすさを肯定してくれる物語はないと思います。
まさに現代の心理的安全性の欲求を見事に捉えていますよね。そしてですね、現代的なアプローチという点でもう一つ見逃せないのがリエラーです。
ああ、リエラーですね。
彼女たちの物語は主人公の渋谷花音が音楽家の受験に失敗するというどん底の絶望からスタートするんです。
歌が好きなのに過去のトラウマでいざという時に声が出なくなってしまうんですよね。すごくリアルで生々しい挫折です。
そこから彼女が立ち上がるきっかけはみんなで学校を作ろうといった大義名分ではないんですよ。
私を求めてくれるたった一人の仲間のために歌うという極めて個人で小さな一歩なんです。
ソースの考察ブログではこれを後ろ向きな連帯と表現していましたね。
そうですね。
マイナスからのスタートでも不完全なもの同士が手をつなげば輝けるという私を叶える物語。
王道の成功体験を追体験したいのか、現実の挫折からの回復に共感したいのか、あるいは個人の多様性を肯定してほしいのか。
ええ。
あなたが今抱えている心境に合わせて作品を選ぶのが一番の正解になりそうですね。
おっしゃる通りです。
さて、こうしてアニメ作品が時代に合わせてリアルな感情を深く描くようになるとですね、当然画面の中だけでは受け止めきれないファン心理が生まれてきます。
はいはい。
ここからが冒頭の年間23回の規制という異常な数字の謎を解き明かす鍵になります。
きましたね。キャラクターと声を担当する声優さんが完全にリンクして活動する2.5次元の魔法。
ええ。
でもですね、あえて意地悪な聞き方をしますよ。声優さんがキャラクターと同じ衣装で同じダンスを寸分狂わず踊る技術がすごいのはわかります。
でもそれって結局は声優アイドルという現実のタレントへの熱狂にすり替わっているだけじゃないんですか?
まあ、そう考えるのも無理はありませんよね。
しかしですね、ここで非常に興味深いのは静岡県沼津市。ここはアクアの舞台になった街ですが、そこでの経済効果分析レポートを読み解くと全く異なるメカニズムが働いていることがわかるんです。
メカニズムですか?
はい。アンケート調査によればですね、作品のアニメだけが好きなファンの沼津への平均訪問回数が5回なのに対し、
はい。
アニメと声優の両方が好きなファンの平均訪問回数は21.5回。別のデータでは23.4回にまで跳ね上がるんですよ。
え?そんなに差があるんですか?
ええ。これは単なる声優へのタレント臨機では説明がつきません。
確かに。だって声優さんに会いたいだけなら東京のライブに行けばいいだけですもんね。なぜわざわざ舞台になった地方都市に何度も通うんですか?
答えは追体験と共犯関係です。キャラクターが物語の中で見せる地元を愛する心を声優が現実世界のライブやSNSを通じて体現するんです。
なるほど。
ファンは声優のリアルな活動を追いかけることで架空のキャラクターが持つ地元愛を現実の自分の感情として追体験しているんですよね。
ああ、アニメの中のフィクションの感情を現実の人間である声優さんが架け橋となってファンに伝線させているんだ。
その通りです。しかもですね、最初から完成されたスターというわけではないんですよ。
と言いますと?
初期のユニットであるプランタンの最初のイベントにはたった80人しか集まらなかったという有名なエピソードがあるんです。
え?80人?あの東京ドームを超満員にするグループがですか?
そうなんです。そこから地道な活動を続けて後に東京ドームを満員にする。
この現実の泥臭いサクセスストーリーがアニメの中のキャラクターの成長曲線と完全に重なり合うんですよ。
うわあ、それはフィクションと現実のダブルパンチですね。感情移入しない方が無理ですよ。
ふふ、そうですね。
しかもこれ、主人公たちだけの話じゃないんですよね。
そうすぐ見ると、ライバルグループであるセイントスノーやサニーパッションといったユニットも実際の声優さんがライブでバキバキにパフォーマンスを行う徹底ぶりだと。
ええ。現実世界のライブ会場にライバルグループが登場して本気のパフォーマンスで主人公たちを脅かすわけです。
いやあ、すごい。
この徹底した世界観の構築によってファンの脳内で現実とアニメの境界線が完全に消え去るわけですね。
まさに魔法ですね。
でもここまで現実とアニメの境界線が曖昧になってくると、クリエイター側もさらに新しい刺激を作り出さなければいけなくなりますよね。
その通りです。そこで近年、このシリーズは全く異なる2つのアプローチで世界を拡張しているんですよ。
ほう。
1つがスピンオフによる別角度からの光。もう1つがリアルタイム連動という新境地です。
スピンオフといえば、現実のヨハネという作品がありますよね。
はい。
アクアにそっくりなキャラクターが出ているのに、スクールアイドルが存在しない完全な異世界ファンタジーだとか、これ初心者にはちょっと難易度高くないですか?
確かにいきなり見るものではありませんね。しかしですね、これは実質的なアクアの第3期のような位置づけなんです。
第3期ですか?
本編で彼女たちの苦悩や重い現実との戦いをしっかり見届けたファンに対してですね、もし彼女たちが別の世界線にいたらという新しい側面をプレゼントする曲上のスパイスとして機能しているんですよ。
なるほど。本編の重さを中和するためのある種のお口直しのようなものですね。
そうですね。
もう一つ私が気になったのは、スクールアイドルミュージカルです。映像化すらされていないので、対立する滝桜女学院アイドル部と椿咲花女子高等学校アイドル部の物語を描く舞台作品だそうですが。
アニメの2.5次元化ではなくて、最初から舞台という生の空間で成立するように作られた異色のプロジェクトですね。
はい。
劇場でしか味わえない1回生の体験に特化している点が特徴です。
そしてですね、この1回生の生体験を現代のテクノロジーで究極まで突き詰めたのがシリーズ最新作である、はすのそら女学院スクールアイドルクラブなんです。
出ましたね。これソースを読んで私一番鳥肌が立ちました。
驚きますよね。
現実の365日と作中の時間が完全に同期しているって一体どういうことですか?
専用のアプリ内で展開されるんですけど、彼女たちは私たちと同じ現実のカレンダーを生きているんですよ。春になれば新旧して私たちと同じように時を重ねるんです。
ほうほう。
そしてスリーズブーケ、ドルケストラ、ミラパーといったユニットがリアルタイムで生配信やバーチャルライブを行うんです。
ちょっと待ってください。つまり、私が現実世界で今日は急に雨が降ってきて最悪だったなと思っているその同じ日に彼女たちの配信を見ると、