もし、チェスの対局中にですよ、相手の目を見ただけで、一回だけ自分の命令に絶対服従させることができたらどうなりますか?
それはもうゲームにならないですね。盤面が完全に崩壊しますよ。
ですよね。圧倒的なルール違反というか、相手からしたらもうただの恐怖でしかなくて。
でも、もしそのズルすぎる魔法みたいな能力を手にしたのが、世界を支配する超巨大帝国にたった一人で挑もうとする少年だったとしたら。
というわけで、今回の徹底解剖のテーマは、2006年の登場以来、今でもアニメ史に残る最高傑作と世界中で評され続けている怪物シリーズ、コードギアス反逆のルルーシュです。
いやー、今回もかなり多角的な資料が集まりましたね。
そうなんですよ。公式のあらすじはもちろんですが。
熱心なファンの方が書かれた数万字の考察ブログとか、メカニック設定の緻密な解説記事、それから海外の巨大掲示板Redditですね。
そこで20年近く交わされている熱狂的な議論まで全部テーブルの上に揃っています。
すごい量ですよね、本当に。
なので、今日の私たちのミッションは明確です。
なぜこの作品が20年近く経っても世界中でここまで愛されているのか。
そこが一番のポイントですね。
はい。もしこれを聞いているあなたが今からこの巨大なシリーズに足を踏み入れるとしたら、まず何を知っておくべきか。
その世界観から現代社会に通じる普遍的なテーマまでを完全に理解できるように徹底的にナビゲートしていきます。
ブログの資料でも的確に指摘されていたんですけど。
はい、どんな内容でした?
この作品の得意な点って、単なるロボットアニメっていう枠組みを早々に破壊しているところなんですよ。
あー、ロボットだけじゃないと。
そうなんです。国家間の緻密な政治ドラマがあって、日常を描く学園群像劇もあって。
へー。
さらに超能力を使ったサスペンススリラーの要素まである。
これらが奇跡的なバランスで融合した、まさに闇鍋みたいなエンターテイメント構造なんですよね。
闇鍋、いい表現ですね。さて、ここから少し解像度を上げていきましょうか。
お願いします。
まずはこのチェス版、つまり物語の舞台がどうなっているのかという整理なんですが。
はい。
舞台となるのは、世界の3分の1を支配下に置く超大国、神聖ブリタニア帝国です。
巨大ですね。
そして、日本はその帝国に戦争で徘徊されてしまって、なんと日本という名前すら奪われてエリア11と呼ばれるようになるんです。
ええ。で、日本人はイレブンという数字で呼ばれるようになると。
そうなんです。
下等に追いやられて、自由も誇りも奪われているという非常に過酷な一種の逆転した植民地主義的な世界観ですよね。
まさにそうです。あ、念のためお伝えしておきますが。
はい。
この作品には帝国主義やテロリズムといった現実世界でもかなりセンシティブなテーマが登場します。
そうですね。避けられない部分です。
ただ、今日私たちが注目するのは特定の政治思想の良し悪しではありません。
ええ。
あくまでそういった極限状況下でキャラクターたちがどう考え、どう行動するのかっていう人間の心理や物語の構造そのものについてです。
わかります。あくまでフィクションという極限のシミュレーションの中で描かれる人間ドラマの分析ですよね。
その通りです。で、そこで登場するのが主人公のルルーシュなんですよ。
はい。来ましたね。
彼は実はブリタニアの元公使なんですけど、帝国を恥じしく憎んでいて、顔を隠したテロリストゼロとして外から帝国をぶっ壊そうとします。
ええ。
目的のためなら手段を選ばず、さっき言ったギアスっていう他人を操る能力を使うんです。いわば悪意と嘘の象徴ですね。
なるほど。
そしてもう一人、狩りの幼馴染で親友の鈴木スザクというキャラクターが登場します。
ここで非常に興味深いのはですね、この過酷な世界に対する二人のアプローチの決定的な違いなんですよ。
じゃあその鈴木っていう親友は当然ルルーシュと一緒に帝国と戦うレジスタンスなんですよね。
いや、そこがこの作品の最大の罠であり、物語の推進力なんです。
え、違うんですか?
鈴木は日本人でありながら、なんと自分たちを支配しているブリタニア軍に入隊するんですよ。
えっと、それって同胞の日本人から見たらただの裏切り者じゃないですか?
外から見ればまさにそう見えますよね。でも鈴木には明確な信念があるんです。
どんな信念ですか?
テロのような間違った手段で得た結果には価値がないと。
だから自分が軍の内部から出世して、合法的な正しい手段で中から世界を変えてみせるって言うんです。
あー、なるほど。
つまり彼こそがこの物語における善意とルールの象徴なんですよね。
そういうことか。普通のアニメだったら帝国軍に入ったスザクが完全な悪で、反逆するルルーシュが正義の味方になりそうですけど。
ええ、王道ならそうですよね。
この作品ではその善悪の定義が完全に逆転していて、しかも工作しているんですね。
その通りです。目的のために手を汚すルルーシュと、ルールを守りながら矛盾に苦しむスザク。
はい。
行動と結果、善意と悪意、この二人の強烈なイデオロギーの衝突が物語全体のエンジンになっているわけです。
いやー、設定の面白さはすでに見えてきましたが、ここで一つ大きな壁があるんですよ。
壁ですか?
テレビアニメ、OVA、そしていくつもの劇場版と、すごく作品が多いじゃないですか。
正直、初心者のあなたからすると、結局どこから手をつければいいの?って混乱してしまいますよね。
確かに、そこは迷うポイントですね。
テレビシリーズが50話もあるなら、忙しい現代人としては、映画館用に短くまとめた劇場版の3部作だけ見れば、ストーリーはカバーできそうですよね。タイパも良いし。
このロボット、設定資料を見ると全高が約4メーターショットしかないんですよ。
そうなんですよね。
巨大な怪獣みたいなロボットじゃなくて、例えるならローラーブレードを履いた銃器とか、高度に武装された戦術車両に近いイメージなんです。
これ、アニメのロボットとしてはかなり小さくないですか?
素晴らしい着眼点ですね。
なぜこれほど小型なのか、そこには世界観に根差した明確な理由、つまりなぜがあるんです。
ぜひ教えてください。
先ほど、日本がブリタニアに占領されたと言いましたが、
はい。
その最大の理由は、日本がサクラダイトという希少金属の世界的な産出国だったからなんですよ。
サクラダイトですね。
この世界では、内燃機関、つまりガソリンエンジンなんかの発展よりも先に、このサクラダイトを用いた超高出力の電気技術が極端に発達したんです。
バッテリーとかリニアモーターとか、そういうことですか?
その通りです。
ああ、なるほど。巨大なエンジンや燃料タンクを積む必要がなくなったから。
はい。
強力なモーターで動かせるようになって、人間のサイズに近いコンパクトで高機動な兵器が作れたと。
まさにそれです。だから戦闘機のような空力兵器ではなくて、地上でのゲリラ戦や日本の入り組んだ市街地戦、さらには屋内への突入までこなせる4メートルサイズの人型兵器が主力になったんです。
だからあんなに泥臭くてでもスタイリッシュなんですね。
ええ。
足の車輪で高速滑走するランドスピナーとか、壁に打ち込んで立体的に移動できるワイヤー付きのブレードスラッシュハーケンとか、動きの理由はすべて物理的な設定と結びついているんですね?
そうなんですよ。しかもその機体デザインは伝説的なクリエイターたちの協業で生まれているんです。
ほう、どなたですか?
安田卜氏が中世の騎士道を感じさせるシルエットを生み出して、中田英二氏がそれをアニメーションでトリッキーに動かせるように関節構造などを練り上げる。
さらに門木はじめ氏が物語後半に登場する変形メカなどを機能備とともに設計しているんです。
この異常なまでの作り込みがナイトメアフレームのリアリティを支えているんですよね。
いやー、すごいですね。でもここからが本当に面白いところなんですが。
はいはい、なんでしょう?
なぜこの作品が海外のレディットなんかでも2000年代を代表する傑作として今でも議論がせないのか。
その秘密って物語が進むにつれて完全な悪が存在しなくなるという哲学的な普遍性にあると思うんですよ。
ああ、そこは早稲田大幕有弁会のコラムや多くの考察ブログでも深く分析されている部分ですね。
そうですよね。例えばルルーシュの最大の敵であるブリタニアの第98大皇帝シャルル。
はい、ルルーシュのお父さんですね。
彼はただ世界を征服したいだけのステレオタイプな悪役じゃないじゃないですか。
違いますね。
資料を読むとシャルルが真に目指していたのは嘘のない人々に優しい世界を作ることだった。
全人類の意識を集合無意識へと回帰させるラグナレクの接続という計画です。
誰もが他人の思考をそのまま理解できて隠し事ができない。だから総合理解の欠如による争いが消えるという究極な平和ですね。
言葉だけ聞くと、え?それって最高の理想郷じゃないの?なんでルルーシュはそれを止める必要があるの?って思っちゃうんですが。
そこです。ルルーシュがそれを拒絶した理由こそが本作のコアとなる哲学なんですよ。
どういうことですか?
ルルーシュは人間が不完全で秘密を持ち時に嘘をつく生き物であっても他者と交わりながら変化していく明日を望んだんです。
明日ですか?
ええ。シャルルの目指す嘘のない世界は争いがない代わりに変化もない、ただ今日を繰り返すだけの停滞した世界だと断じたわけです。
なるほど。奇麗事だけの停止した世界より傷つきながらでも進む世界を選んだんですね。
これを広い視野で捉え直してみると現代社会の構造そのものが見えてきます。
と言いますと?
絶対的な凶悪が存在しなくて誰もが自分の信じる小さな正義や信念を持っている。シャルルにはシャルルの、スザクにはスザクの、ルルーシュにはルルーシュの正義があるんです。
ええ。
それぞれの正義が隣立して衝突し合う現代社会、いわゆるポストモダンの複雑さをこのアニメは鏡のように映し出しているんですよね。
そしてその哲学的な対立が最終的にキャラクターたちの凄まじい感情のぶつかり合いそして悲劇へと収束していくわけですね。
そうなりますね。ルルーシュのすべての行動の原点は妹のナナリーが平和に暮らせる世界を作るという愛意だったじゃないですか。
ええ。一番の根底にある動機ですね。でもその過程でレディットのファンたちがアニメを見ていてこれほど意外たくなったことはないと語るきちめのユフィという取り返しのつかない悲劇のエピソードが起きてしまいます。
いや、あれは本当に視聴者の心に深いトラウマを刻み込みましたよね。
初心者のあなたのために少しだけ触れておくとルルーシュのギアスは絶対遵守の力ですけど彼自身にとっても完璧な魔法ではなかった。ここが重要ですよね。
そうです。ギアスという能力は使い続けるうちに徐々に進化してやがては本人の意思に関係なく常時殺到状態になってしまうんです。
ええ。
つまりオンオフの制御が効かなくなるという致命的な欠陥があったんですよね。
そして彼が一番心を許していた心優しい公女ユフェミアに対して彼がふとこぼした例えば日本人を皆殺しにしろといえばという最悪の冗談が。
はい。
制御を失ったギアスのせいで絶対の命令として彼女の脳に刻み込まれてしまう。
ユフェミアの本来の善意とか意思とは全く関係なく彼女は操り人形のように大虐殺を引き起こしてしまうんですよね。
あれはきつい。
そしてルルー氏は彼女の暴走を止めるために自らの手で彼女を打たなければならなかったんです。
自分の不可抗力で大切な人を最悪の殺戮者に仕立て上げてしまって自分の手で殺す。
ええ。
ルルー氏はここで絶対に吹き切れない罪とユフェミアの分まで憎しみを背負うという巨大な嘘を抱えて進むしかなくなるんですよね。
引き返す道が完全に断たれるというか。
その過酷な余りにも血塗られた道のりの終着点が最終回のゼロレクイエムなんです。
この結末について語らずしてコードギアスは語れません。
どういう結末なんですか?
ルルー氏は最終的に自分が世界の全てを支配する絶対的な暴君としての地位につくんです。
暴君に?
意図的に世界中の全ての憎しみを自分一人に集中させるんですよ。
そして死んだはずの仮面の英雄ゼロの衣装を親友のスザクに着せるんです。
ちょっと待ってください。それって。
ルルー氏は世界中の人々が見守るパレードの中で英雄ゼロに変装したスザクに自分の胸を剣で貫かせるんです。
えっと。
世界中の憎しみのシンボルとなった自分自身を意図的に立たせることで憎しみの連鎖を強制的に断ち切って世界に平和をもたらしたんですよ。
でも全ての憎しみを自分に向けさせて死ぬなんてある意味で自己犠牲という名の自己満足じゃないですか。
まあそう見えるかもしれない。
残された妹のナナリーからしたらただ世界で一番大好きな兄を失って悲しむだけですよね。
そこがまさに長年議論されている最大のポイントなんですよ。
これは単なる綺麗な自己犠牲ではありません。
というと。
スザクは親友を殺したギョウの正規を背負って一生ゼロという仮面をかぶり個人としての幸せを捨てて生き続けるという呪いのような罰を受けるんです。
あー。
そしてルルーシュは自らの命を捧げ世界中を騙す最大の嘘を突き通す。
大切な妹の明日を守るために自分が一番の悪玉非道な人間として歴史に名を刻むことを選んだわけですね。
そういうことです。
アニメ史に残る最も美しくそして最も悲劇的な嘘。
レディットでもルルーシュがあの瞬間まで悪玉皇帝のペルソナを演じ切ったのが鳥肌だったという声が絶えませんでしたが、本当にシェイクスピオの悲劇を見ているかのような圧倒的なカタルシスですね。
ええ。
メカニックの爽快なアクション、先が読めない緻密な頭脳戦、そしてこの重厚すぎる人間ドラマ。
これらが最後にゼロレクイエムという一点に向けて完璧に収束するからこそ、20年経っても色褪せない傑作なんですよね。
つまりこれはどういう意味を持つんでしょうか。私たちはただのアニメを見ているのではなくて、極限状態における人間のエゴとか自己犠牲、そして正義とは何かという重い問いを突きつけられているわけです。
ここで一つ大きな問いが生まれますよね。
はい。
聞いているあなたなら、ルルーシュとスザク、どちらの生き方に心を動かされますか。
うーん。
目的のために泥にまみれ、嘘をついてでも結果で世界を変えようとしたルルーシュか。ルールの中で絶望的な矛盾に苦しみながらも正しい手段を模索し続けたスザクか。
いやあ、簡単に答えが出る問いではありませんね。
本当にそうですね。
最後に、ある考察ブログに書かれていた、この作品と現代社会との興味深いリンクについて、あなたに一つの思考の種をお渡しして終わりにしたいと思います。