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私のダルマはコレだ。制限のない至福を体感すること
2025-07-14 17:07

私のダルマはコレだ。制限のない至福を体感すること

#共鳴 #この世の仕組み #好き嫌い #アナンディライフ #カルマヨガ #ヨガ哲学 #ニューヨーク #海外生活 #ダルマ #至福
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00:07
やっほー!みなさんごきげんよう!アナンディです。本日もニューヨークの森の中からお届けします、シバナンダヨガランチというアシュラムにおります。ヨガをする道場と言ってもいいのかな?という場所です。
と言っても、普通の人に対してはヨガのリトリート、ヨガリトリートができるような施設で、カルマヨガというね、ボランティアをして、ボランティアスタッフとして奉仕しております。
なんか、そうね、昨日ダルマの話をして、ダルマってこの世に生まれてなすべきこと、って言われるものなんだけれども、
一つまず口に出して言ってみて、自分の才能を認識するためにもう一つ言ってみて、それでまた考えればいいじゃんっていう話もね、こう解説としてあって、
で、みんなの前で自分はこうですって言ってさ、でさ、それが今日ずーっと頭の中をぐるぐるぐるぐるしてたわけよ。なんか気持ち悪いなと思って。気持ち悪いってか、なんかしっくりきてないみたいな。
やっぱりなんか、自分の中から飛び出して、浮かび出した、なんかこう、絞り出した言葉じゃないんだよなーと思ってて、なんかこう、うーんっていうね、こうまだ浮っ面な感じがありました。
で、それで思ったことが、なんか確かに、こう、この人生を生きる人として、まあアートみたいなもんだなと思ったわけよね。
で、私のやってることって、なんかこう、自分を通して、自分は道具であって、なんかその道具を通して、なんかこう、例えばクッキングをするとか、歌を歌うとか、こうやってお話をするとかっていうのも、
自分っていう道具を使って、表現しているわけで、なんかそれはすなわち、誰かのための、誰かのためっていうよりはまず自分が癒されたりとか、理解したりとか、こう許しが行われたりとかっていう話を昨日したんだけれども、なんかちょっと浮っ面な感じがしててさ、してたのよ。
いや、なんなのかなと思ってて。
で、今日の夜のSATさんでさ、あの三道が、すごい良いことを言ってて、この世の中はペア・オブ・オポジットだって言われてるわけね。
あの、2つの両極端の反対のもので、この世は成り立ってますよっていう。
朝があったら、夜がある。
暑いがあったら、冷たいがあるみたいなね。
好きがあったら、嫌いがあるっていう。
なんかそれを知ってると知らないじゃ、全然こう、物事の見方が違うよみたいな。
03:02
コインみたいなもんなんだよね。
コインも裏と表が重なり合って、コインっていう一つのものになってるわけじゃない?
で、すべてのものがこう、両極端、愛する、反対のもの、相反する2つ?っていうのかな?
対になる。
対になっている反対のもの?
対になるって反対ってことなのかな?
ちょっと日本語がわかりませんけれども。
なんか男がいて、女がいてみたいなのとかね。
高い、低いもそうだし、朝、夜もそうだし。
なんかすべてのものがそうなってるんだわ。
で、その話をしてた中で、なんかやっぱりさ、自分がこれいいな、これ好きかもと思うさ。
三道はみんなが好きであるアメリカだからさ、ピザが好きってピザの話してたけど、ピザってみんな好きじゃんみたいな。
なんでそんなに好きなのかって、アイスクリームでもいいよね。
でもこう、みんなが一般的にチョコレートとか好きなものも好きかもしれないけれども、
なんかこう、個人特有の、私で言ったらなんかあのトロールっていう人形が好きみたいな。
ファービーっていうなんかちょっと気持ち悪い可愛いやつが好きみたいな。
なんかETが好きみたいな。
ちょっとね、もちろん私だけじゃないけれども、多分教室の中に30人40人いるクラスの中で、
私しか多分可愛いって言わないみたいな。
それでも私は可愛いと思ってるみたいなさ。
多分みんなそれぞれにあると思うんだよね。変な趣味みたいな。
でもそれってさ、なんでそれを可愛いとか好きとかって思ってるのかって言ったら、
自分がそれなんだよねっていう話をしてるわけよ。
自分がその喜びであるからこそ、そこの喜びに対して共鳴してるんですよみたいな。
っていう話をしてて。
なんかさ、それは私の名前でもあるわけよ。
だからさ、そのR&Dっていう名前がさ、
もうこの上ない超絶幸せっていうさ、至福っていう意味であるんだけれども、
私はそのものなんだよね。
その喜びそのもので、制限のない喜びそのものですよっていうのをずっとリピートして言っててさ。
で、話は戻るけれども、
なんか私はこの世に何しに来たのかって言ったら、そんな人を癒すとかじゃなくって、やっぱりおこがましいなと思うわけよ。
だからなんか、なんていうのかな。
私はこの世がどうなってるのか知りたくって、
私が誰なのか知りたくって、それを体験する人だし、
それを、その感動をシェアして分かち合いたいっていうね。
06:01
分かち合いたいっていうか、それで誰かの心が癒えたらそれでいいじゃんみたいな。
でもそれがわかるってことは多分自分がめちゃくちゃ癒されるんだよね。
だって怒んなくて済んだりさ、悲しんだりする必要がないんだもんだって。
なんなの?って思わなくて済むってことはさ、
この世の中そうなってんだもんねって言ってさ、
理解が深まればそういう時もあるよね。
人間だものって言って、
あいだみぞうじゃないけれども、
そうやってその人をまるっと包み込められるんだよね。
なんかそういうのをもっともっと体験して、もっと革新に迫っていって、
頭では知ってるんだけれども、
それを実体験というか、腹に落ちてないっていうか、
腹に落としてないんだよ、まだ落ちてないの。
だからそれを体験したくて来てるんだよなと思って。
だからその世を体験したいがために与えられた能力として、
私は来て、さっきが器用で、料理のセンスがあって、
アイデアもいっぱいあって、
歌を歌ったり、料理をすることが好きっていうことを通して、
それが得られたら最高だなと思ったわけ。
ちょっとなんかこう言葉にまとまって、
分かりやすくはならないんだけれども、
上っ面だったな、借りてきた猫のみたいだったな、みたいな。
いろんな占いとか、そういう星です、みたいな感じで言われたりすると、
影響されやすいからさ、
なんかそうなんだ、と思って。
それに固執しちゃうけど、違う違う、みたいな。
違くはないんだけれども、最終的にたぶん行き着くところは、
そういうことなのかっていうところではあるんだと思うんだけれども、
今の時点で私はその言葉はちょっと過大な感じがしてて、
大きな、大きすぎる感じがするわけよ。
そうなんだよ。だから今の時点でそれを言っちゃうと、
すごいおこがましいなっていう気持ちで、
何言っちゃってんの?みたいな気持ちでいっぱいになります。
なんかまだギャップを感じてるというか。
たぶんこれは私がすごく抵抗があることが一つあって、
自分のことを先生って呼ぶ人がすごく苦手なのね。
なんていうのかな、選ぶっていう感じがしちゃっててならないわけよ。
自分のことを…
そうだな。
自分のことを自分で呼ぶときに、なんとか先生は、みたいな。
しくじり先生は、みたいなさ。
しくじり先生はちょっとコンセプトがあれだけれどもさ、
なんていうのかな、自分のことを偉く見せたいのかな、
この人って思ってる自分がいるわけよ。
先生に対して、先生ってつける言葉?
自分は謙遜していたいというかさ、
みんなが共に学んでいくのが一番良くない?と思ってるわけよね。
09:04
もちろん教えてもらうこともたくさんあるし、
先に生まれてるだけだからって偉いのか?みたいな感じでずっと思ってたわけよ。
先生ってそうやって書くじゃん、先に生まれるって。
それ、ちっちゃい時からずっと思ってたんだ、私。
先に生まれたからって偉いわけじゃないよね、みたいな感じですごい反発してて。
偉いっていうのを見せつけようとしてる人に対してすごく抵抗があってさ、
それにならなきゃいけないと思ってる自分が背伸びしてる自分が気持ち悪くてしょうがなかったんだよね。
そうなのよ。
すごくね、私の中でこの人はいい人かどうかっていうのは、
自分を先生って呼んでるかどうかみたいなところでちょっと見てるところがあります。
もちろんね、立派なお医者さんとかね、いっぱいいるんだけれどもさ、
自分のこと先生って呼ぶかな、みたいな。
なんかふざけて、なんとか先生はそう、みたいな。
こういうのが食べたいなとかっていうことの時に使うとかさ、
グーグル先生とかさ。
なんかさ、でもグーグル先生は自分で言わないもんね。
こっちがやっぱり先生と思ってるからさ、言うけどさ。
そう、こっちは尊敬の念を抱いた時に先生ってつけるけど、
自分で先生って言うなよってやっぱり思ってるんだよね、どっかで。
だからなんか、もし私が、もしっていうか昨日みたいに、
誰か、人から言われた言葉を浮っ面な感じで偉そうな感じで言ったと、
偉そうっていうか、私の中では偉そうに感じるんだけれども、
なんか私はそういう人ですって言った時に、
なんか先生って自分で言ってるような、みたいな感じと同じにシンクロします。
なので、なんかそうじゃなくて、もっとなんか、
自分の今身の丈というか、今の自分に合う感じだと、
やっぱりこの世に生まれてきた意味を知りたい。
意味を知りたいんじゃないな。
この、私は誰なのか知りたい。
この教えが本当なのか確かめたいっていう好奇心です。
何なんだろうね。
アーティストって言ったけど、なんか探検家、冒険家みたいなさ。
探求してますみたいな。
でもなんか求めてるわけじゃないんだよな。
何だろうね、これはね。
求めてると、求めっぱなしでさ、答えにたどり着かないんだよな。
なんかその道を生きてる人っていう感じかな。
そう、なんかそうなんだよね。
やっぱり色々体験してからじゃないと、
いろんな疑問も、いろんな感情も起き上がらないし、起きてこないから、
やっぱりこの知識っていうのは、なんかこう体験がセットされて初めて身につくものを、
12:03
もっともっともっともっと感じていたいなって思っております。
なんかそうすると、多分自分がううううって言って言えていくのがもう目に見えておりますので、
いろんな気づきをね、今日もして、
今日もそれをずっと考えててなんかモヤモヤするなって、
なんかしっくりこないなと思ってたけれども、
なんかそうじゃないんだっていう。
私そのものをもっとしっかりこう見ようみたいなね。
その過程で感動があるわけで、
その結果、多分人から言われたように、星がそうさせてたように、
私ってそういうね、癒やしたり理解したり許したりっていうところに繋がっていくんだろうなと思って、
なんかそれは最終的に誰かがそう思ってくれたらいいし、
私がそれを自分でやれたらいいなと思っております。
そんな感じです。
そうなんだよ、今日はなんかすごい疲れちゃってさ、
エネルギーがさ、昨日がハイテンションだったのかしらと思ったんだけれども、
今日やたら働きまして疲れました。
なんかやっぱり、ラティーナさんたちと働くと大変だよね。
彼女たちはさ、時間の管理とかを全くしないから言われたら、それをやる。
誰かが来たらおしゃべりをする。
そして手は止まるみたいなね。
なんか一生、2時間かけてキュウリとトマトをそれぞれカットしてて、
おいおいおいおいみたいな。
おいおいおいおいおい、明日になっちゃうぜっていう感じの。
だからその間に私がさ、できることをパパパパパってやらないといけなくなるのがどっと疲れました。
でもなんか文句っていうよりは、これはもう本当にカルマだなと思って。
私はご飯を時間通りに出したいからできることをやるけど、
今日はちょっと疲れたなって感じです。
でもそれでもヨガを自分で今日はプラクティスして、ちょっと短い時間だけれども。
で、他のカルマヨガが、ヨギーの人が、
おじいちゃんなんだけれども、ヘッドスタンドっていうねポーズをね、
前にできたんだけど急にできなくなっちゃって、
教えてほしいとか言って、私は教えるのは上手だよとか言ってさ、
なんか一回宣伝したことがあって、そしたらなんか覚えててくれてさ、
で一緒にやったらそう、ふいってできて、
もう一回練習は必要だけど、
でも今日の1回の10分くらいの練習でひょいってできたから、
これはもういけるなと思ってさ、良かったです。
やっぱり苦労してきたことって何が大事か分かるんだよね、これ本当に。
天才的にさ、才能がさ、
あの勝手に才能が高いとさ、勝手にポンってできちゃってさ、
どこがポイントなのか分かんない。
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頭の悪い人に対してさ、何で分かんないのか分かんないみたいなさ、
なんか苦労するポイントが分かんないって結構板手じゃないのかなと思ったの。
もちろんできることは素晴らしいし、何にも間違ってないんだけれども、
でもやっぱり私は苦労した分、こうするとできるようになるっていうノウハウを持ってるので、
これはやっぱり財産になるなと思いました。
なんか本当、ほう、できちゃったとか言って、
できたできたって喜んでくれたのが私も嬉しかったです。
さあ、そんな感じで今日はちょっと何だか疲れ気味なので早く寝たいと思います。
さあ、今日もいつも、今日もいつも、今回もいつも、
何言ってるのか分かんないもんね、もうね。
今日も聞いてくださってありがとうございます。
いいね、コメント、フォロー、本当嬉しいでございます。
こんな私ですけれども。
でもなんか自分の人生を生きてる感じがします。
なんか自由であって制限のないっていうね。
その名の通りに生きられてるんじゃないかなと、
今日のところは思っております。
なんかそれを確認したくてその名前がついてるんだと思うんだよね。
私そのものだから。
制限のない、この上ない幸せ。
みんなそうなんだけどね。
なんかそれを確かめに行くっていう。
それを体験しに行く、体感しに行く。
身につけていくっていうか。
身にしちゃうみたいな。
身にしちゃうっていうの、なんていうの。
なんかそんな感じでございます。
こんな感じで話してるからさ、文章にすると全くできないっていうね。
欠点がありますけれども。
とりあえず本当に聞いてくれてありがとうございます。
それではニューヨークの森の中からアナンディがお伝えしました。
それではごきげんよう。
さようなら。
17:07

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