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こんばんは、マジメに働くを手放したアラフィフ会社員、安葉ようこです。
今日はですね、ちょっと最近私がすごく思っていることについて話そうかなと思います。
思っていることというか、昔とね、ちょっと私の解釈の仕方というか、私がそう思っていたはずなのに、ちょっと考え方が変わってきたというかですね。
それがちょっと出てきたなと思ったので、ちょっとその話をシェアしたいなと思って話をしようと思います。
私がね、どんな言葉に対してというか、どんな思いに対して、私の定義が変わった、解釈が変わったかというと、それはね、「普通」という言葉なんですよね。
なんかこう、あまり意識して考えたことなかったんだけれども、実は私の中にその普通っていう言葉が結構マイナスイメージみたいな感じであるなということに気づいたんですよね。
でも、それが昔からそう思っていたのか、いつからこうなっていったのかというのがちょっと私でも、私もちょっとわかんないんですけれども、確実にそう思い始めたなって思うのが、おそらく自己投資をしてからって思うんですよね。
そう聞くとさ、なんか自己投資してじゃあ別に良いことなかったんじゃんって思うかもしれないんだけれども、私は自己投資をするまで本当に発信とかもしたことなかったし、SNSうさんくさい怖いって思ってるタイプだったので、いいねもフォローもほぼしないっていう状態だったんですよね。
そんな中からいきなりそういう状態の私がビジネスとか副業とか企業とかみたいな世界をちょっと垣間見たいと思ってそこに飛び込んでみたら、私の今までの当たり前が当たり前じゃなかったわけですよ。
みんなさ発信とかしてたり、最初の講座を一緒に受けた方は発信とかしてたり、何ならもうビジネス始めてたり、もちろんそれを教えてくださる方々もそうだったし、いわゆるSNS企業みたいなのをされていて、普通の会社員だけどそういうこともやっていて、そこでビジネスっていうところがすごく回ってるっていう世界を初めて見たときに、
あれ、私何もないなっていうのをその間からちょっと薄々ね、自分でも私あんまり得意なものとか好きなものがないなとかっていうふうに感じていた中で、さらにそこで和をかけて、あら私何にもないわというふうに思ってしまったわけですよ。
それが私の中では自分があまりにも普通すぎて何にも引っかからない。こんな普通の私の経験とかやってきたことが何かものになるかみたいな感じで、そこからすごく私の普通に対するイメージっていうのが、
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よくはないイメージに変わっていったような気がする。それまで本当に意識してないから、どんなふうに思ってたっていうのはそんなに覚えてないんだけれども、でもね、そんなふうに思ったんじゃないのかなっていうのをちょっと薄々感じ始めていたときに、
私ね、自分自身でもうかなり前に普通っていうことに対してあって思ったことがあったことを思い出したんですよ。意味わかるかな。過去に普通について深く考えたこともなければ、意識して動いたこともなかったし、普通であることが普通と思ってたから、本当に別に何にも思ってないわけですよ。
良いとか悪いとかっていうレベルでもなしで、本当にただ普通っていう言葉があるだけで、私は普通であるっていうふうに思っただけなんですけれども、自己投資をしてね、そんな普通にネガティブイメージが湧いてきたときに、ちょっとふと思い出したのが、私自身が過去に、過去というかもうだいぶ過去、高校生のときに、
とあるね、同級生を見て、普通に子供を育てるって大変なのかもしれないって思ったんですよ。それはなんでそういうふうに思ったかって言ったら、同級生の男の子だったんですけども、彼がちょっとだけ引っ込みじゃんっていうか、今でいうちょっと、多分ね、繊細さんとかそういう人で、
なかなかコミュニケーションを外と取らない、周りと取らない人だったんですよ。お昼休みとか休憩時間にはちょっと一人でどっか行っちゃうみたいな感じで、もちろん話しかけたりすれば話を返してくれるし、全くコミュニケーションを取らないとか喋らないとかっていうわけでもなくて、
ただ単純に接点があまりなかった。そういう明るいタイプとかでもなかったし、ただ私自身は結構友達もたくさんいて、高校生活をエンジョイしてる派だったから、それが高校生の私にとっては普通だったわけですよ。
だから高校生活っていうのは楽しいもんだし、友達に囲まれてワイワイ言ってるのが普通って思っていた私には、彼が普通には見えなかったわけ。だから私のように普通の子供を育てるって大変なのかもしれないって、その時に思った。
それを強烈に私は覚えているんですよね。今まで忘れてたけど。そこで普通であることは大変とかすごいとか、当たり前のようでいて当たり前じゃないんだって思っていたはずなのに、それを思い出せばね。
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なのにいつの間にか私の中では、もちろんね、私のいろんな経験がそういうことをそういうふうに思わせてるっていうのもあるかもしれないけれども、普通に対するイメージが良くなくなっていたんですよ。
だけど、最近またそのことを思い出したこともあって、普通ってすごいんじゃないかと。すごいというか、普通でいられるっていうことはすごくありがたいことなんじゃないかっていうふうに思えるようになったんですよね。
私は今普通に会社員として働いて、普通に家があって、普通にご飯が食べれて、普通に遊べて、生活ができている。この普通は、もちろんこれが私のスタンダードで、本当に高校生の私と一緒で、これが私の当たり前って思っているけれども、もちろん世の中にはそれが当たり前じゃなかったり、私が普通と思っていることすらできない人がいると考えたら、
こういうふうに、おそらく大多数の人が本当に仕事があって、家があって、ご飯が食べれてみたいなのを普通というのであれば、そういうふうに送っている人が大多数の中で、私もその大多数の中にいるっていうことは、本当にすごい言い方で言えば、本当にありがたくて感謝すべきことだし、
そういうふうに、自分がそういう生き方を作ってきたっていうのももちろんあるかもしれないけれども、それだけで結構すげえんじゃん、私みたいなことをなんとなく思ったわけですよね。
それが私にとってすごい気づきで、今まで本当に、私は本当に普通で何でもない、何にもないって思っていた。ズバ抜けて何かができるわけでもなし、ズバ抜けて美人なわけでもなし、ズバ抜けてスタイルがいいとか、何か人と比べてすごく突出しているものがないっていうふうに思っていた中で、
でもそんな中でも、私普通でいられて、普通に生きて、今普通にさえ生きていれば苦しいこともあんまりなくて、悲しいこととか苦しいことももちろんあるかもしれないけど、それをすごく感じながら生きているわけでもなく、そうやって普通に平平凡凡に生きていること自体が本当にすごいんじゃんって思えるようにちょっとなったんですよね。
これが、私にとってはすごく今まで自分に何もない突出したものがないって思っていた中で、普通であることに、自分が普通であることにすごいネガティブなイメージを抱いていた私にとっては、普通であることが本当に何かを得たような感覚がすごい降りてきた感じがしてて、
今ね、やっと少しだけ自分がいることとか生活できていることとか、大きく言えば本当に生きていること自体がすごく幸せなんだなっていう風に捉えられた。
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今までもそう思うようにしてたし、そう思って生きてきたっていうか、そう思わないで意識せずに生きてきたかもしれないんだけれども、自分が普通であるっていうことを認めて、自分が普通でいいじゃんって思ったことで、より一層自分が今いることに対してのありがたみとか、そういうのがすごく湧いてきたなという風に感じました。
皆さんは普通に対してどんなイメージをみんなが持っているのかちょっとわかんないんですけれども、もし私のようにそういうネガティブなイメージがあったりとか、私自分が普通であることで平凡であることで何かちょっとだけコンプレックスみたいなことを感じているのであれば、全然そうじゃないよっていうのをちょっと伝えたいなと思って、言いたかった内容としてはそれなんだけれども、
すごいでっかい気づきがあったので、その話をさせてもらいました。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
今日は以上になります。アンバヨコでした。