自己否定感と対人ブロックの根源
こんばんは、あきらです。
はい、今日はね、昨日かな、一昨日かな。
負に落ちたポイント、自分ってなんで拒絶、すごい拒絶があったんですよ。
強い拒絶があって、自分の中に拒絶しなきゃいけない理由があるんだなと思ってたことが、昨日かな。
分かったんで、それをシェアしていこうかなと思います。
私はね、16,17の時に、あきらっていう名前を変えたことによって、自分のキャラって言ったらいいのか、強く生きなきゃいけない。
その名前の強さから、それを使って生きてきたんですよ、最近まで。
そこから本名であるかなっていうのに、今年の1月くらいかな。
そっちで生きてもいいんじゃないかなっていうふうに思う時間というのが増えて、
先月の22日に父が亡くなったんですけども、それが決定打になったというか。
そこを機会に、もうあきらじゃ生きていけないなっていうのを、強く落ちたというか、思った瞬間があったんですよ。
最近は本名であるかなさんとして、かなちゃんとして生きている時間というのが長いんですけども、
このかなさんね、全然あきらさんとほんと違くて、興味を持つところも違うんですよ。
過去、私がスピリチュアル、もうだいぶ前ですよね、何年前だ?
6年前とかそれくらいになるんですけども、スピリチュアルセッションというところから、私はその業界を知って、
見えないものとか、見えない何かというものを知って、ヒーリングができるようになったりとかして、そこからヒーリングを提供するヒーラーとかで活動したりとかしてたんですよ。
そこから、もうちょっとエネルギーを勉強したいというところから、機構を習い始め、そして認知科学機構、そして認知科学コーチングという流れで今来てるんですよ。
だから、かなさんね、スピリチュアルとかに結構興味があって、そっちの情報とかというのを取りに行こうとするんですよ。
それに対して私、強い拒絶があって、「いや、やめてくれ。」みたいな。
そこには戻りたくないんですけど、みたいな。本当に嫌なんですけど。って思ってたんですね。
つい先日、認知科学コーチングを受けた時の担当のコーチと会ってきたんですよね。東京に来るっていう機会があったから。
その時に新橋で、近くのカフェで会ってきたんですけど、そこでもね、私はそういう話をして、でもスピリチュアルとかに全く興味がないし、そういうの本当に嫌なんだよね。
っていうのをぼやいてたんですけど、これなんでだろうって。
で、わかった答えとしては、スピリチュアルって日本で認知されているものって、ちょっとネガティブな要素が結構あるじゃないですか。
なんかスピリチュアルって、ちょっとイカれた人みたいなね。極端に言えばね。
そうなんだ、そういうの好きなんだね、みたいな。っていう風に思う人っていうのもやっぱいるんですよね。
だからそういう風に思われたくないっていうのが、すげーあるんだっていうことに気づいて。
気づいて腑に落ちた瞬間に、過去のエピソード、体験がポンと頭の中に湧いたというか、イメージが出てきて。
幼少期のトラウマ体験
小学校5年生かな。
学校、授業の中で絵を描く時間があるじゃないですか。あれ美術っていうのかな。
それで、みんなで絵を描いて、その後先生がその絵を集めて、みんなの前に一枚一枚ね、みんなが描いてくれた絵っていうのをみんなに見せながら、
先生がそれをアダコーダー言っていく時間っていうのがあったんですよ。
その謎な時間があったんですよ。
昭和なんでね、今の教育と昔の教育って本当に全然違うんだなっていうのを感じるんですけども、
みんなに見せながら、ポジティブなことを言っていくんだったら全然アリだと思うんですよ。
これ、この色使いとかすごいねとかさ、例えばね。
あんまちょっと私、美術のことに関しては全然わかんないから語彙が減るんですけど。
私の晩が来た時に、私すごい本当に絵が苦手で、人物像を描いたんですよね。
なんか、暗闇の中の森かわかんないけど、ランタンを持って歩いている人なんですよね。
なんかの物語、聞いてみんな描いてくださいみたいになったと思うんだよね、確か。
すごく紙の大きさの割に描いた人物っていうのは結構私ちっちゃかったんですよ。
で、それを見た先生が、なんかすごいやっぱり人物が小さいから、
これを描いた人っていうのは、なんか自分に自信がないとか、そういうなんか心理的なところまでねじ込んできやがったんだよね。
で、今思えばさ、いやおーいって、お前誰だよみたいな。
お前に言われる筋合いはねえと思いながらさ、思ってもいいけども、それをみんなの前で言うなみたいな。
お前それでも先生かと思うんだけど、当時はそういったのが普通だったんだよ。
で、私はやっぱりすっごいショックだったよね。
だって一生懸命描いたわけじゃ苦手なものをさ、くそ描けねえな、全部小さいなと思いながらも小さいのはわかってんだよみたいな。
大きく絵を描くってやっぱりある程度の技術がないと描けねえんだよね、あれって。
まあ美術やってる人とかだったらさ、まあわかると思うんだけどさ。
そう、だから大きな紙に描くなんてさ、普段ないんだからそんな一生懸命これでも描いたんだよねってそこを評価しろと思いながらも、やっぱりすっごい悲しかったよね。
で、悲しいのと同時に、そういった作品しか私は描けない自分っていうのをすごく恥ずかしいと思った。
本当にあれは。
すごい嫌だったね。
そういうことがあったりとか、あとは当時ちょっと珍しかった皮膚病のアトピーっていうのを私3歳の時からあるからさ、
そういうので、人からっていうよりもクラスの男子から気持ち悪いとか言われたりとかしたりとか。
当時は本当にいなかったんだよね、アトピーを持ってる人って。
とかさ、あとみんなが何も思わないことに対して不思議に思ったこととかさ、なんでみんなこれ普通にやってんだろうとかさ。
でもなんか自分が発することっていうのは、そういうふうに出したら、あまりにも人と違って否定されるのかなって受け入れてもらえないみたいな。
っていう感覚が多分そういう場面場面であって、中学生の時にもあったんだよね。
なんかね、物語を作文として提出しなさいみたいなやつがあって、課題で。
で、提出したら単人の先生に、いやこれはないでしょみたいな。
っていうのを言われたりとか。
確かにね、私当時犬が好きで犬を飼ってたんだよ、実際。
だから物語が犬の骨を探す物語みたいな。
当時の自分のね、作文を見た時に、いやその感性ちょっと教えてってどこから来たっていう。
面白すぎるから教えてっていうふうに私は自分に言いたいぐらい面白いんだけども。
それでもね、その時の先生にさすがにこれはないでしょみたいな感じで、
ちょっとみたいなネガティブな感じで言われたのを覚えてますね。
だからそういうのも、感性の問題じゃんこれって。
だってしょうがないじゃん。犬好きだったんだもん。
大事にしてたんだもん。しょうがねえじゃんって。
絞ったのがこれだよって。絞り出した作品がこれだと思ってたからさ。
過去の経験と現在の葛藤
だからなんだろう。そういうのが積み重なって、
私は人前に出ることとかさ、人の中で何かを発言することとか、
そういった役割とかポジションとかっていうものは欲しいっていうか、
そこを避けてきたんだよね。長年。
でもね、残念なことにね、16、17歳の時にアキラとして生きていったわけじゃん。
で、アキラってね、ものすごくね、強いふうに見えるのよ。
人生経験が長い人だったら、私のね、もともとの本質部分を見たらそうじゃないってわかっちゃうんだけど。
でも、仕事とかバリバリやるのよ、アキラさんって人は。
なんでかって言ったら、自分を証明する、自分が仕事ができるっていうことで、
自分を証明する、強く見せるために頑張ってたのよ。
そうじゃないと、自分として生きていけないから。
だから、そういうのもあって、リーダーのポジションとか与えられたりとかさ、
自分で取りに行くこともあったけど、欲しいと思ってね。
でもそうじゃなくても、そういった役割とか、やってとかさ、
いろいろ与えられる出来事っていうのがあって、私の中ではすごい苦しかった。
それは別に求めてないし、やりたいと思う人がやればいいんじゃないのかなっていうふうにずっと思ってた。
だから、スピリチャルもさ、イカれた人っていうふうに思われたくないみたいな。
イカれた人っていうのが、過去否定されたとかさ、自分の感性を出した時に拒否られる。
人と違いすぎるから、ちょっとそれはないんじゃないかとかね。
っていうのが、自分の中であったんだと思って。
あったからこそ、スピリチャルっていう世界観をめちゃくちゃ拒絶してた。
だなって分かったんですよ。
情報空間の移動と行動への挑戦
そうかと思って。
すごいよね、人間って。
幼少期に体験したものが結構根深く残っているっていうのは、パターンとしては結構あるんだなと思うんだよね。
でもまあ、しょうがないね、人間で生きてきたんだからさ。
秋田として頑張って生きてきたのもさ、そうじゃないと生きられなかったから、私自身が。
生存戦略として選んだ手段の一つなんで。
よく頑張ったなっていうふうに思いますね、私は。
このね、気づいたことっていうのはすごく、最初のステップとしてめっちゃ大事なんですけども、
ここから私の認知科学機構とかでいう、情報場の移動とか情報空間の書き換え。
書き換え終わったんで、今度は移動だよね。
移動をするためには何が必要なのか、それこそ一般的に言ったら潜在意識の書き換えって言ったらいいのかな。
どうしたらいいのかって言ったら、次は行動なんですよ。
行動して、自分で体験を通して場が移動していくっていうところになってくるので、必ず行動なんですよ。
じゃあこの行動って何をしたらいいのかって言ったら、私だったらライブかな。ライブが早いかな。
ポイントは、自分がちょっと嫌だなと思う行動。
ちょっと拒絶が出るような行動。怖いっていう感覚が出るアクションですね。
コーチング的に言ったら、コンフォートゾーンを抜けるっていうところのアクションになるんで。
そこを抜けて慣れてくると場がずれる。コンフォートゾーンがずれるから、違う世界に変わっていくんですよね。
苦手な行動への挑戦と変化
ライブに関しては、結構前まで本当に嫌だった。
例えば音声のライブ、スタンドFMなんかだと簡単にボタンをピッて押せばライブ立ち上がるんですけども、あれも嫌だったし。
インスタでリード撮るの、自分自身の顔を晒して撮るのも嫌だし、写真も嫌だし。
基本昔から写真嫌だな。写り悪いんだもんだって。
硬いんだよね、写真撮られると。魂撮られるのかってくらい硬くなるから。
もちろん動画もダメだし、YouTubeライブとかそういったライブ系も全部ダメだったんだよね。やりたくないみたいな。
でもね、これ面白いことにね、秋田さんの時はめっちゃその拒絶があったんだけど、
カナさんになってきた時にね、結構ちょっとやってみたいかもみたいな。
カナさん結構、なんだろうね、結構アクティブなんだよね。
秋田っていうキャラで、人と初対面で会った時に、よく勘違いをされるんですけど、
お酒すげえ飲みそうとか、人前で話すのが得意そうとか、
そういったすげえ陽キャみたいな感じで見られるんですけども、全然違くて、真逆なんですよね。
人前で話すのすげえ苦手だし、手震えるさみたいな。無理?無理?無理?みたいな思ってるし。
全然アウトドアでもないし、家が大事好きですみたいな。
だから、強く見せてたっていうのがあるからだろうね。
そんな感じで秋田さんは人前に出るのがめっちゃ嫌いなタイプだったんですけども、
カナさんは違うんですよ、実は。
ちっちゃい頃のカナさんは全然、結構アクティブなんですよね。
外に出て人と話したい人。ライブもそうだし、よりリアルを求める人。
オンラインで私はずっといろいろやってきた人なんですけども、
今はオンラインというよりも、直接人と会って何かをするっていうところに、興味とか魅力っていうものを強く感じてるんですよ。
これが面白いなぁと思ってますね。
ある意味、場の移動でもあるのかな。
ちょうどYouTubeのアカウント3つぐらいあって、1つちょうどいいのがあるんで、
場の移動の手段の1つとして活用しようかなと思ってます。
本当前まで絶対死ぬほど嫌ですっていうぐらい嫌だったんだけど、今はそんなに重くないね。
YouTubeのライブってアプリでポチってできるし、
綺麗にフィルターがフィーってかかるっぽいから、
そんなに頑張ってメイクしなくてもいけるのかなと思ってるから。
ちょうどいいじゃんと思って。
しれっとちょっとやっとこうかなと思います。
その時に湧いた感情とか感じたこととかあれば、また音声でいつも通りシェアしていこうかなと思います。
対人ブロックの克服と行動のヒント
そんな感じで、今話したのは対人ブロックというものになるんですけども、
結構持っている方って多いと思うんですけども、
その時に拒絶している中で、なんでそれを拒絶しているのか。
そこにある自分の本音の感情をまず見つけて、
そこからその感情があるんだ、わかった、とりあえずわかったわって感じで需要して、
その後ちょっと怖いけどやってみようっていう風になっていくと、
情報場っていうのが移動していくし、情報空間というのが書き換えられていくのかなと思います。
でもだからって行動する時なんですけども、
ハードルめっちゃ上げなくていいです。
自分が今の状態で本当にちょっと進む。
これだったら超えられる、これだったらできるっていうところからやった方のが、
全然積み重ねていけば大きなものになるんで、
そんな感じで前に進んでいってもらえればいいのかなと思いますね。
ただ自分そのハードル高くても怖くても不安でも恐怖でも全然いきますっていう人は、
高いハードルみたいな、要はメンタルがすげー不安怖い恐怖っていうのを中でも行ける人であれば、
行ってもいいんじゃないかなと思います。
それできる人はね、なかなか少ないと思うんですけど、
私はうーん、そうだね、私も高いハードル無理かな。
あ、無理ーって思う人なんで。
ともかくね、情報場の移動とかしたい人であればそういった流れでやっていって、
小さなことからやっていって積み重ねていくと、
必ず気づく、そして需要する、行動するで、
あ、場ってこんなに変わるんだっていうのを体感レベルで感じれるようになってくると、
どんどんどんどんそれがあったとしても、
もっともっと一番最初やった時よりも、
5回目のがもっと楽に移動ができるんじゃないのかなと思います。
はい、ということで今回は以上となります。またでーす。