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こんにちは、お聞きいただきありがとうございます。あきね🍁です。
こちらは、ASDの息子を持ち、発達凹凸のある子どもたちの支援の仕事をしている私が、息子を通して出会った行動分析学を広めたいチャンネルです。
スタンドFM公式ハッシュタグ企画、雨の日の思い出に参加します。
雨の日の思い出といえば、雨の日に息子への理解というか息子の世界を感じた体験を思い出します。
私の息子は、長時間の感触やパニックは起こしたことはほとんどありません。
ただ、最大ボリュームの大泣きをし続けるのであれば、3歳から5歳ごろに何度か覚えがあります。
例えば、ちょうど3歳の頃、市の療育センターで発達の気になる親子たちの集まりがあって、子どもたちが遊んでいる間、親たちは別室に集まって説明を受けるみたいな時間があったときに、
息子が見ていない隙に黙って遊んでいたので、黙って私が別室に移動したら、いないことに気づいた息子が、その瞬間から最大級の大泣きを始めました。
別室にいる私にもしっかり声が聞こえてきます。
療育センターなので、相手をしてくれる大人たちはもちろんいて、しばらくあやしてくれましたが、泣き声のボリューム、強さも一切収まらずに、
15分くらい経っても全く変わらないので、センターの方も、これは本人もつらそうだなというふうになって、親たちのいる部屋に連れてきてくれました。
息子は私の姿を確認すると、その瞬間、泣き声のボリュームが収まりました。
さすがに泣き止みはしませんでしたけれども、泣きの種類が変わったという感じでした。
私はそこで、この子の特性というものを感じたんですよね。
定型発達含め多くの子は、お母さんという安全基地がいなくなったら、不安になるのは同じだと思います。
ただ、自閉症の息子はそれだけじゃなく、そこにいたと思っていた私という存在がいない。
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息子の頭の中で、そこにあるということになっていたはずのものがない。
これが受け入れられないんだと思います。
言うなれば、当時の息子にとって、世界が急に変わっちゃったぐらいの恐怖、あの大泣きからはそれを感じました。
だから、私の姿を確認するまで、その恐怖が消えるはずもなく、ずっと最大級の大泣きで、
私を見た瞬間、「ああ、いるはずの人がいた。」と、自分の頭の中の世界を取り戻した。
そんなふうに見えました。
こんなふうに泣いていた息子が、私に抱きついて安心しているのを見て、
これまでもたびたび、周りの人から、「お母さん大好きなんだね。」なんて言われることはありましたが、
よくある光景だと思うんですけど、
その度に私は、厳密に言うとちょっと多分違うんだけどなぁ、なんて思いながら、
とりあえずニコニコしてましたね。
そんな息子も、未だ会話らしい会話はできないものの、
この思ってたのと違う、とか、自分の頭の中の設定と違う、という困難に、
日々、ちょっとずつ晒されながら成長して、
今ではだいぶいろいろと許容できるようになったなぁと思います。
以前から通っている療育施設でも、柔軟性がついたと感心されますね。
思うに、やっぱり柔軟性が育つには、確固たる安全基地が必要不可欠なんだと思います。
小さい頃は、否定される経験なんてなくていいです。
危険なこととか、周囲に害をなすことには、毅然とストップをかけますが、
その行動を止めるだけで、本人を否定するメッセージは植え付けないでいた方が、
成長するにつれての受け入れ、
本人の中での人の言葉を受け入れるという受け入れも良くなると思います。
応用行動分析、ABAは、まさにそんな関わりができる方法を教えてくれますね。
ABAで広がれ、シンプルで楽しい生き方。
今日も大事なものを大事にできる一日を。
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あきねでした。