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26/02/17_Dead Cow Gully2025までの軌跡_AFAPメンバー7名が集結
2026-02-18 31:18

26/02/17_Dead Cow Gully2025までの軌跡_AFAPメンバー7名が集結

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回の収録は、2025年、オーストラリアでのバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully」に挑んだ7名の日本人が集結しました。Dead Cow Gullyに至るまで、それぞれの物語がどう重なっていったのか、限られた時間の中で、紐解きました。

~~~


<登場人物>

小松広人(@komahiroto )

1979年生まれ。2005年から走り始め、2011年にトレイルランニングに出会い、2023年よりバックヤードに参戦。

2025年6月のDead Cow Gullyに選手として出場。

走れなくなるまで、走り切ります。


川満武徳/通称・タケさん(@tknrman )

1991年生まれ。沖縄出身。地域おこし協力隊員として着任した熊本でトレイルランニングに出会う。

ほどなくバックヤードウルトラの世界へ。何かと「きっかけをつくる」男。

2025年6月のDead Cow Gullyに選手として出場。


ジュンさん(@jun_yoneda_gc)

ゴールドコースト在住の日本人。

2024年に川満武徳がはじめてDead Cow Gullyに挑戦した際に、サポートとして手を貸す。

2025年も日本チームをサポートする。


西川文武(@fumitakenishikawa)

1979年生まれ。テニスの推薦で大学に入るが椎間板ヘルニアになり整骨院の道へ。バックヤードは完全に川満武徳に強引にサポートを頼まれたのがきっかけ。


野田倖史郎/通称・こうしろうくん(@koshiro_noda )

2002年生まれ。ドキュメンタリーの映像監督として、2025年6月オーストラリアでのバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully」に帯同。キャリアは短いが、秘めたる想いを胸に、世界を飛び回りながら経験と技術を積み上げる日々を送る。


花田鉄平(@teppeihana.d )

1977年生まれ。厚木大学主催のATGtrailに魅了されてトレランを始める。ランナー仲間であるミチタロウのケア・コンディショニングを担当し、共に世界を目指す。


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(@michi_bagman_ultrarunner)

1995年生まれ。旅するように、出会いやトラブルすらも楽しむウルトラランナー。

2025年6月、オーストラリアでのバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully」にて94LAPを記録。

10月にはアメリカの世界選手権に出場。2026年は、海外バックヤード転戦予定。


AFAP(@afap_ultrarunning)

感想

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00:09
AFAP、このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に見せられたウルトラランナーたちによる挑戦と競争の記録です。
As far as possible、私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちと、この世界の魅力に光を当てます。
はい、ということで、ポトギャット収録ですね。
だいたい先週ぐらいから、毎週1回撮りためられたなということで、
AFAPメンバーの朝のミーティングを収録しているというのの第2弾ですね。
パーソナリティの水野道太郎です。
実はですね、今日7人集結しているということで、
2025年6月のレッドカウガリーに断戦をした8名のうち7人が勢揃いということです。
ちょっとお一人ずつ紹介すると、なんかそれだけで長そうなんですが、
ちょっとずつやふってくので、一言コメントいただけたらなと。
じゃあ小松さん、今どこにいらっしゃるんでしょうか。
私は今ニュージーランドのオークランドというところにおります。
なぜニュージーランドにいらっしゃるんですか。
パラメラバイUTMBに出場してきまして、
そうですね、いつかまたUTMBに出たいなと思って、
直前まで行くか行く前か仕事の都合で迷ったんですけど、
でも行きました。
どうですか来てみて。
いやーめちゃめちゃ良かったですね。
なんかインスピレーションがありました。
でもなんかこっちの方はニュージーランドの人、
レース中なんかバックヤードみたいにたくさん話せなかったけど、
なんかちょこちょこ話したらバックヤードの知名度はすごい高いなって思いました。
結構知ってました。
君デッドカウガリー出てたよねみたいなの言われたりしました?
いやそれはなかった。
それはなかったけど、デッドカウガリー出てたんだよねって言ったら、
そしたらなんか、え、あれでしたの?みたいな感じで。
なんか一人だけバックマンは来てないのかって言った。
嬉しい。
お前はバックマンかみたいな感じで。
いや。
僕じゃないんだみたいな。
バックマンはちょっと日本にいますみたいな感じで。
03:01
俺すばん中です。
えーそっか。
なるほど。
デッドカウガリーといえばサムハーヴィーにも会ってましたね。
そうですね。
なんか前回VIXでサムがなんか自分のオリジナルの帽子をくれたので、
そのお礼にランニングウェアを渡そうと思って、
で、現地の受付でサム見つけて声かけて、
で、これお土産持ってきたよって渡したら、
そしたらサムがこの後時間あるんだったらご飯一緒に食べようよって言って、
昼ご飯誘ってくれて、
それでちょっとなんかいろいろお話しながら昼ご飯食べて、
いい時間を過ごすことができました。
ご馳走になってしまいました。
嬉しい再会を。
はい。
そっか。
サムは元気そうですか?
うん、元気そうでしたよ。
レースは?
あれ、なんか。
なんか胃腸トラブルかなんかか。
そうなんだ。
足は大丈夫だったみたい。
レースでは。
じゃあビックリ。
足はもう映画館に戻って。
それを引きずってたわけではないんですね。
うーん。
なんか胃腸があまりよろしくなかったって聞いてました。
書いてありましたよ。
その後あったわけではない。
サム・ハーヴィーといえば去年のデッドカウガリーで、
118ですね。
アシスト、世界記録アシストしたというニュージーランドの選手ですけど、
そんなサムと初めまして、
一番最初に会ったのはここで言うと川道さん、竹さんなんですかね。
はい、そうですね。
2024ですか?
24年のデッドカウガリーで会いました。
サムはどんなやつですか?
どんなやつですかね。
どんなやつなんだろう。
だってあの。
ただのイケメンじゃないですか。
イケメンですけど。
だって竹さんとサムは言葉通じ合わないじゃないですか。
通じ合わないですね。
心で通じてるって感じだと思うんですけど。
ただのイケメンでふくらはぎにタトゥーが入ってる男じゃないですか。
あ、川道は元気かって言ってましたよ。
川道は元気にしてるのかって言ってました。
なんてことやったんですか。
あ、彼は元気だよみたいな。
なんか沖縄に今住んでるんだよねみたいな話をしてました。
仕事も変わってみたいな話をなんかしておきました。
ありがとうございます。
結構あれですよ。
我々の近況をサムに伝えてくれた感じですね。
そうですね。
道太郎がプロランナーになったよって言ったらすごい驚いてて。
なんか世界で一番初めにバックヤードでプロランナーになったのはサムで。
たぶんサムで。
道太郎は2人目じゃないかなみたいな話をしてて。
06:01
すごい驚いてました。
そっか。サムが第1号なんですね。
じゃないかなって言ってましたけど。
それ以外みんな仕事持ってるよねみたいなそんな話をなんかしてました。
あと世界選手権にいたメキシコのレオニダスは。
あーそっかそっか。
彼プロらしいですよね。
はいはい。
バックヤード専門なのかちょっとわかんないですけど。
そんなサムですけど、
なんかこう2024年で竹さん出会って、
2025年も再会してっていう感じですけど。
なんか印象的な出会いとかそういうのあります?竹さん。
いや、僕が24年にレッドカーガーリーを走れたのはサムのおかげって言ってもかもんじゃないですよ。
どういうの?
っていうのもちょっとこれどうやって説明すればいいか難しいんですけど。
僕は勘違いされて出れたわけですよ、2020年。
ちょっとねそのエピソードを知ってる人も知らない人もいるんでちょっとどういうことか話してもらっていいですか。
いやこれ説明するのむずいわ。お願いします。
誰だ?
本人以外に説明するの難しい。
なんか僕よくわかってないのは、
勘違いされたってのは誰と勘違いされたかっていうと、
あれですよね、森下さんですよね。
はい。
日本がホコリバッキュアでの第一人者って言って過言じゃないと思うんですけど。
はい。
去年の10月の世界選手権までは日本記録であり、
多分アジア記録も持ってたって感じですかね。
102ラップの、102か101のもさですけど、
そんな人と滝井さんが勘違いされたんですか。
僕は森下だと思われてました。
勘違いされようがないと思うんですけど。
ファンが森下さんだと、森森さんだと勘違いしてたんですか。
カミさんのこと。
いや、僕は直接ディレクターに連絡を取って、
出たいんだというメッセージを送って、
サムとはまた違うやり取りしてて、DMで。
何か何故か知らないですけど、サムがDMをくれて、僕に。
日本に行ってみたいんだよね、みたいな。
日本大好き。
そしたら僕は逆にそっちのバックヤードに出てみたいんだ、みたいな。
オーストラリア有名なバックヤードあるよねってこと言って、
じゃあいつでも来なよ、みたいな。サムが言ってくれてて。
で僕は、
ティムでしたっけ、ディレクター。
ティムにメッセージを送ったよっていう話もサムにしたり。
09:06
そしたらサムからティムに、
あとは森下だ、みたいな。
サムの、
絶対呼んだほうがいいだよ。
102ラップ出してる人だと思ってサムはタケさんとやり取りをしつつ、
ティムにも彼は正体でもいいから呼ぶべきだ、みたいな感じだった。
多分そうっす。
本当に、
サムには確認してないからわからんけど、でも、
そうっすね。絶対そう。
なるほど。
どこで発覚したんすか?
森下じゃないって。
インスタ投稿で、
バーンて僕の写真が出てきて、
こいつは森下じゃなかった、みたいな。
うん。
こいつは川口って男らしいみたいな。
なんか先般扱いされて。
嘘つきだ、みたいな。
晒されたと。
1年目のデッドカウガリー2024ですけど、
デッドカウガリー2024といえば、
触れておかないわけにはいかない人がいますけど、
じゅんさん、お話できる感じですか、今。
できますよ、できますよ。
すいません、こんなとこから入ってきました。
クイックレスポンスでありがとうございます。
まず2024のデッドカウガリー、
竹さんとじゅんさんが出会うというか、竹さんの挑戦に、
じゅんさんが手を貸すっていうことになったわけですけど、
それは何でだったのか、みたいなところから聞いてもいいですか。
ファミスさんが、誰かサポートできる人いませんかということで、
Facebookのオーストラリアのローカルグループですよね。
そこに広告出してて、
私たまたま忙しくなかったので、
せっかくだから刺激になるかなと思って、
お手伝いさせてもらえたというのが最初ですね。
簡単に言うとこの感じです。
ありがとうございます。竹さんその出会いというか、
行き方を覚えてますか。
もう今じゅんさんが言ってくれた通りで、
オーストラリアコミュニティみたいな感じで検索かけて、
日本人コミュニティってことですか。
そうですそうです。
そこにバックガードの説明からしないといけないわけですよね。
こういう競技があるんだけど、
12:00
僕はつても何もなく乗り越わなきゃいけなくて、
誰か応援してくれませんかって。
こうしたらじゅんさんが反応してくれて、
他にも興味示してくれた方もいったんですけど、
いやそんなサポートするやついねえよみたいなのとかもあったり。
いましたね、そんなこと書いてる人ね。
ここら辺にコメントもあったと。
じゅんさんはそういうコメントを見てたわけですか。
見ましたよ。
だって他に暇してる人がいて、
サポートできるかもしれないのに、
自分ができないからって書く必要ないのになと思ってましたね。
ここにサポートできる人いるよという感じでじゅんさんは反応したんですかね。
最初の一言はね、できるかもしれないですって書いただけです。
一言。
そっからあれですか、DMレイアリティが始まったみたいな感じですか。
メッセンジャーか。
メッセンジャーだと思います。覚えてないですけど。
Facebookのグループでサポートできる人いますか、できるかもしれませんで、
初めて顔を合わせたのはいつになるんですか。
LINEかなんかで喋りましたっけ、覚えてないな。
ズームしましたね。
メッセージだけのやり取りじゃもう心配だったんで、
とりあえずもう声聞きたいと思って、顔見てこい。
確認したわけですね。
お互いの第一印象どんな感じだったんですか。
怪しい人だなと思いましたね。
ほんとに?
なんか真面目そうな高青年だなっていう印象を持った。
俺は怪しい人だったんですね、残念だな。
タケさん、2024のデッドカウガーリーは割と勘違いさるがちですね。
真面目な高青年だと思われたんですか。
いやいや、それはあってるでしょ。
お互いのそんな印象があったわけですけど、
当日デッドカウガーリーでサポートしてもらうっていう、
作戦会議みたいなのも兼ねたわけですよね。
そこはスムーズにやり取りできたんですか。
何度かそういうのを重ねて、こういうものが必要ですよね。
どこからどこまで準備できますかみたいな。
でもこれは自分で持ってきた方がいいよとか、
これはオーストラリアで準備できるよとか、
お互いさんの知り合いの方で、これは俺が知り合いから借りとくよとかやってくれる。
15:02
ほんと助かったですね。
うん。
そして感動の、ついに会えたみたいな対面が。
あれ、もうその2024のデッドカウガーリーに西川先生もいらっしゃったんですか。
いや。
そのときは違うんだ。
はい。
なるほどなるほど。
ですね、そうなんだ。
じゃあ、2024年のデッドカウガーリー、日本から乗り込んでいったよっていうのは、
竹さんと奥さん、今の。
はい。
と、龍馬ですね。
ああ、そっかそっか。山木龍馬君ですね。
唯一今日ここにいないメンバーの一人ですけど。
はい。
ついに会ったときに、りゅんさんとは、ハグですか。
ハグです。
りゅんさんハグしたんですか。
一応ハグしましたよ、だって。
そういうのを慣れておいたほうがいいのかなと思って。
で、日本の方でもみんなハグするようにしてます。
僕らもね、2025に行ったときに、まずはハグをしましょうって言ってくれて。
あれは安心しますよね、日本から行って。
いかない、道でしましたよね、外もね。
そうですね。
で、2024のデッドかかり、我々の物語の本当の始まりというか、
きっかけのわけですけど。
2024のデッドかかりはどうだったんですかっていうのを、竹さんとじゅんさんにお聞きしたいんですけど。
竹さんから行きますか。
どうだった?
ハグは初でした?
初ですね。
初海外がバックヤードのレース、オーストラリア。
レース同行の前に、このスタートラインに立ったときの考え深さはもう、
まだもう忘れなくて。
なんか立てるのかなってフワフワした頭の中で、
俺って本当に海外のバックヤードのどこかもわかんないナナンゴっていう土地のスタートラインに
俺って本当に立てるのかなって思いながら、
じゅんさんともやり取りして準備して、
なんかパスポート取ったりとか、いろんな準備して、
で、いざオーストラリア着いて、
でもまだそのときもまだスタートラインに立てるのかなとか、
わかんなくて、
実際に立ったときに、
うわ、立ったと思って。
で、なんかバックヤードってもうスタートに切ってしまったらもう、
辞めるまでは続くじゃないですか。
18:02
そうですね。
だからこのスタート切ったあの瞬間はもう一生忘れないっすね。
アイジアの雰囲気とかどうだったんすか?
どうだったんすかね。
日本のバックヤードと比べてとか。
なんていうんだろ。雰囲気どうだったんすかね。
小松さんとかミッチーが感じたものと一緒じゃないかな、2025年で。
新鮮って言葉で言ってもあれだし、
お祭りなんだけどお祭りって言葉でもまとめきれないし。
どうでした逆に、2025年。
2025年。
いやでもお祭りだと思いました。
まとめきれないっていうのは確かにそうなんですけど。
一言で言っちゃえばお祭りだと思いましたけど。
ですね。
じゅうさんは初めて2024年のデッドカワガリで、
バックヤードっていう、そもそも出たことも見たこともないわけじゃないですか。
初めて会場に行って、どんな印象でした。
印象的にはこれ、別にオーストラリアでスポーツの大会があるとあんな感じかなっていうのは、
ノリ的な部分で。
ただ結構思ったよりも数が多くて、参加者の。
こんなことをすごい頑張ってる人いっぱいいるんだなっていうのはすごく驚いたのを覚えてますね。
第一印象はソロなわけじゃないですか。
で、レースが展開していって、サポートとして関わっていくわけですけど、
それの中で会場に着いたときの印象と変わっていった部分とかありますか。
いやもうそっから先はあれですよ、多分サポートしたことある人ならみんな多分あれですけど、
途中で夜になったりして、だんだん時間の間隔なくなっていって、だんだんロボットのように動き始める。
あんまり考えてない、もう目覚ましかけて動くみたいな、やること全部決めて、
それはすごくサポート側にもいろんな、走る人にはもっと深いいろんな精神的な考え方の変化とかいろいろあるんでしょうけど、
サポート側でもそういうのは体験できるんだなって思いました。
ちょっとこう、一種のトリップというか、時間旅行じゃないけど、
なんかあれ、気づいたらこんな時間にみたいな、なんかありますよね。
精神的には絶対なんか、一種のトリップはありますよね。
21:03
うんうん、なるほど。
そんなトリップの末に、2024年の竹さんはどこまで、どこに行っちゃったんですか。
うーん、
月光の絶望のその先へ。
絶望のその先へ。
そんなドキュメンタリーにまとまってるわけですけど、山木亮和君作の。
その経験どう、どう影響した感じですか、その後の作品に。
いや、なんかぶっちゃけ、今まででもういろいろ出てきたけど、
一番可能性のあったレースは、 あの時だったかなっていうのもあって。
もう経験のなさで辞めちゃったんですけど。
はいはい。
もうほんとに、今じゅんさんが言ってくれたロボット化していく自分が感覚になってて。
で、それってもう最強じゃないですか、自動化されて。
寝て起きて、走って、また帰ってきてみたいな。
何も考えずに。
それに身を委ねればよかったんだけど、なんかそこに抗っちゃって怖くなって。
いやだ、俺ロボットになりたくないんだよ。
で、あのドキュメンタリーにも残ってるかな。
そういう感覚になったんですよね。
だから、あれに身を委ねてたらどこまで行けたんだろうなっていうのは正直あって。
なるほど。
ラップ数だけで言うと、前回の2025年の方が多いではあるんですけど、可能性を感じたのはやっぱり2024年のあの時に。
今だにそのロボット化する感覚はまだ他のレースでは味わえてないんですか?
味わえてないです。もうあの時だけ。
どうなんだ。じゃあある意味のゾーンみたいな感覚だったのかもしれないですね。
そうですね。
なるほど。まさかその最初のデッドカウガリーがそういう感覚を生んでたとは。
そんな中、朝のミーティングの時間がそろそろあともう10分もしないうちに切れちゃうというか。
ズームがね、普通のやつなのであれなんですけど。
西川先生はそんな中、1回目2024年のデッドカウガリーの後の、2024年の2回目のオーストラリア遠征、たけさんのバックヤードの挑戦に巻き込まれるわけですけど。
はい。
西川先生はどういう感じで巻き込まれていったんですか?
先週はこうしろくんのどう巻き込まれたかみたいな話だったんですけど。
僕強引に誘われて、今のようなたけの雰囲気で軽くちょっと行こうよぐらいの感じで来てくれますみたいな感じで誘われたんです。
24:09
もともとはどういう関係性だったんですか?結構距離近かったんですか?
どうだったっけ?最初体の使い方とかをたけが聞いてきたんやったっけ?
そうですね。デッドカウガリーでいろいろ準備していく中で、西川先生の力を借りたいと思って。
ただ走るだけじゃなくて、体の使い方とか学んでおく必要があるなっていうところで、僕からだいぶ遠いんですよ。
同じ熊本県なんですけど、僕ん家から西川先生のせっこついまでしょっちゅう通って習って。
時間以上かかるよね?
かかります。
来てくれてますもんね。ありがとうございます。
こちらこそありがとうございます。
何で知ったんですか?西川先生。たけさん。
はい。
何で西川先生を知ったんですか?
存在は知ってました。やっぱりその、存在は同じトレイルやってる仲間だったんで。
はいはい。
なんか、毎日酒飲んでる先生いるなと思って。
そこなんすね。
はい。
なるほど。
おもしろそうだなって。だから僕のあきっかかりポイントは、こうしろにしても西川先生にしても、この人おもしろそうだなって近づきたくなるんですよ。
うーん、なるほど。その気持ち。
この人と一緒に何かやったらおもしろいこと起こるだろうなーで、声かけちゃうんですよね。
うーん。
で、まずはその、まあ、せいこついんに通いだすわけじゃないですか。
はい。
で、まさかその、なんか、川水くんバックヤードやってて、それに向けて通ってくれてるなーっていう中で、まさか自分がオーストラリアに連れてかれるとは最初は思わないわけですよね。
もちろん思わないです。
で、でとかうがり行って帰ってきて、っていう話の中で、またちょっとオーストラリア行くんです、西川先生も行きましょうよ、っていう感じだったんですか。
お、竹さんそろそろいなくなっちゃうということで、はい。
じゃあ、あとはみんなで竹さんの悪口言いましょう。
はい。ありがとうございます、竹さん。気をつけて。
で、そんな竹さんに巻き込まれた人が今たくさん残されてるわけですけど、西川先生とこうしろくんは一緒にオーストラリア行くんですよね、ハーディーズの。
ハーディーズでしたっけ。
え、どこだっけ。
オックスで、オックスベイコモンですね。
あー、オックスベイコモン。クリント、クリントイーストットでしたっけ。
クリントイーストットですね。
はいはいはい。
27:01
クリントイーストットにはこの竹さん、竹さんっていうか西川先生、こうしろくん、そしてじゅんさんも現地に足を運んだっていうことでしたよね。
そうですね。
なるほど。
クリントイーストットはどうだったんですか、このあと3分で話せる話じゃないかもしれないですけど。
西川先生は初めてのバックガイドの現場ですか。
そうです、初めてですね。
海外旅行は。
海外旅行も何回か行ったことあるけど、こういう大会で行くのは初めてです。
さっきもね、じゅんさんが初めてのバックガイドの雰囲気どうだったっていうのを話してくれましたけど、西川先生はどう感じました。
よくスケジュール組むのがめっちゃ苦手なんで。
大会までが結構大変だったですね。
大きな予約を。
あれは違うか、そっちじゃないかな。
山脇くんにチケット頼んだときの。
あれは違うか。
それは去年で。
そっちの準備とかが大変だったような。
なるほど。
じゃあもう当日会場着いちゃった、レースが始まったら、もうほっとしたみたいな。
そうですね、ここに着けただけでよかったみたいな。
たけさんと同じこと言ってます。
ですです。
そうかそうか。
じゃあそのクリエイタリーソフト、そこでこうしろくんと西川先生は初めましてではないか、日本でも会ってたんですか?
いや、たぶん初めましてです。
こうしろくんはどうでした?
初めて海外のレースに連れてこられて、初めましての人たちがたくさんいたわけですけど、そのときの印象というか。
めっちゃ緊張してたのは覚えてますね。
西川先生から見て、こうしろくんはどんな様子でした?
なんか無言で淡々と登場するようなイメージですね。
いい高青年なイメージはあるけど。
なるほど。
愚痴なやつだなっていう感じですね。
確かに。
そこでのまた、なんか2024年はデッドカガリもあり、その後のクイントリソフトがあって、さらにそこからの2025年デッドカガリにつながるってことですよね。
まだまだ、なんか知られざる見られざる深掘りしたいエピソードがたくさんありそうだなって感じなんですけど。
今日はちょっとここまでがタイムアップかなというところで。
ここまでの話聞いてみて、てっぺいさん感想というかコメントください。
30:00
みんなそれぞれ、なんか間違えだったり、たまたまだったり、やっぱり動いたり発言することで、なんかいろんなことが起きるんだなっていう、人生につながるところが面白いなっていうのを思いました。
引き寄せ合ってるというか。
今日はあまり徹底さに触れず、特等席で聞いていただいたような感じでした。
またちょっとこんな感じで、細々とミーティングの時間を使って収録を取りためていけたらなと思うので、ぜひいろんなエピソード深掘っていくので、話す側でも聞く側でも参加し続けてもらえたらなと思います。
はい、というところで閉めちゃいますけど、大丈夫そうですからね。
はい、今朝もありがとうございました。では、はい、チーズ。
ありがとうございます。
ではでは。
ありがとうございました。
31:18

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