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26/02/10_ドキュメンタリー監督が語る原体験_野田こうしろうさんと川満武徳さん
2026-02-15 36:37

26/02/10_ドキュメンタリー監督が語る原体験_野田こうしろうさんと川満武徳さん

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回の収録は、バックヤードドキュメンタリーの映像監督である野田こうしろうさんときっかけをつくった男・川満武徳さんをお招きして「ことのはじまり」を根ほり葉ほり聴いてみました。。

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<登場人物>

野田倖史郎/通称・こうしろうくん(@koshiro_noda )

2002年生まれ。ドキュメンタリーの映像監督として、2025年6月オーストラリアでのバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully」に帯同。キャリアは短いが、秘めたる想いを胸に、世界を飛び回りながら経験と技術を積み上げる日々を送る。


川満武徳/通称・タケさん(@tknrman )

1991年生まれ。ウルトラランナー。沖縄出身。地域おこし協力隊員として着任した熊本でトレイルランニングに出会い、ほどなくバックヤードウルトラの世界へ。何かと「きっかけをつくる」男。


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(@michi_bagman_ultrarunner)

1995年生まれ。旅するように、出会いやトラブルすらも楽しむウルトラランナー。

2025年6月、オーストラリアでのバックヤードウルトラ「Dead Cow Gully」にて94LAPを記録。

10月にはアメリカの世界選手権に出場。2026年は、海外バックヤード転戦予定。


AFAP(@afap_ultrarunning)

感想

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00:09
AFAP、このプロジェクトは、バピアードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible. 私たちはどこまで行けるのか。
走ることで繋がった仲間たちと、この世界の魅力をお伝えをしていきます。
はい、ということで、パーソナリティーの水野一太郎です。
はい、今回はゲストが2人お越しいただいています。
2026年の2月10日の収録ですね。このお二人です。
まずは、野田こうしろう君お願いします。
こんにちは。
はい、そしてもう一人、川満武さん、武さんです。お願いします。
はい、こんにちは。
はい、お願いします。
この二人は本当に知っている方は、きっと来るかと思うんですが、
昨年2025年の6月のデッドカウガリーですね。
私と一緒にオーストラリアのレースに挑戦をしたそのメンバーに来てもらっています。
武さんは選手として、そして野田こうしろう君はドキュメンタリーの映像作家として来てもらって、
そして今、いろんなところで今、上映会やってますけど、
それを形にしてくれた映像を形にしてくれたのがまさにこうしろう君ということなんですが、
結構上映会いろいろ言ってる中でも、野田君ってどういう人なんですか?みたいな話があるので、
改めてちょっと自己紹介をしてほしいなと思います。
こうしろう君お願いします。
はい、自己紹介。
緊張しますか?
緊張してますね。あんまり自分が話す機会はないんで。
はい、まずお名前は野田こうしろう君ということですけど。
はい、野田こうしろうです。
はい、なんかニックネームはこう呼ばれることが多いとかあったりします?
そうですね、友達とかこうくんって結構呼んでくれたりしますね。
はい。
たけさん、こうくんって呼んでます?
呼びたくないね、こうくん。
たけさんなんて呼んでんの?
こうしろう。
若干ね、たけさんがこうしろう君にちょっと先輩風吹かせてる感じが、僕はなんか絶妙で好きなんですよね。
なぜ若干保障みたいな感じがあるのかっていうのはね、この後エピソードで聞いていきたいんですけど。
こうしろう君、今年齢はおいくつですか?
今23歳で、今年24になりました。
ってことは生まれが何年ですか?2002?
2002年です。
で、なんでしょうすいません。
九州熊本に拠点に活動してて、映像だったり写真だったりを撮って活動してます。
バックヤードのドキュメンタリーっていうのを撮ってくれたわけですけど、
03:01
それ以外の活動で言うと、バックヤードで撮影してるよって言っても結構なじみが薄い人が多いと思うんですけど、
それ以外、例えばトレイルランニングとかイベントとかで言うと、
例えばこの1年とかで言うと、どんな会場、どんなレースに顔出してたよみたいなので、挙げてみてもらっていいですか?
そうですね。
今年1年だと、九州の大会、アソボール系のトレイルとかリバイバルトレイルとかの撮影だったり、
あと大きいところで言うと、トレラン世界選手権があったんですけど、
2025年にそれにスペインに帯同して撮影したりっていうのが大きな撮影でした。
ですね。だから実はバックヤードのドキュメンタリー撮ってますって言うと、
ちょっと日頃あんまり接点ないかもと思う方多いかもしれないんですけど、
意外と例えばアソボール系の出てたりとか、九州の大会出てたりとか、
あとは日本のその100マイルレース、関東の大会とかもたまにいるよね?
そうですね。関東は100マイルは行ったことないですけど、関西とかあとレイクビュアとか。
そういう大会の写真とか映像を目にしたことがある方は、
なんなら撮ってもらったって人もいるかもしれないですけど、
実は甲子王君とちょっと接点が生まれていたという、そんなところですね。
いつからそういう映像の撮影とかカメラの撮影をやるようになったんですか?
カメラ自体を始めたのは大学1年生の頃で、
5年前、6年前ぐらいになるんですけど、
こういうトレーラーランニングとかそういうのに関わり始めたのは大学4年生のときなんで、
今年で3年目。まる2年経ったぐらいって感じになりますね。
映像を始めたのもそこからで、2年が経ったっていう経歴になります。
でももうそっからどっぷりというか、完全にもう職業として就職をせずに、
プロのカメラマンという道に進んだわけだよね。
そうですね。
それはなかなかこう、どうなんですか?
だって就職せずにもうカメラでってなったときは、まだ経験1年とかそういう感じですか?
そうですね、はい。
それはどういう心境というか、気持ちでそういう選択をしようと思ったの?
そうですね、でももともと大学3年生ぐらいのときに、
インターンみたいなのが始まっていく中で、
もうその辺からやっぱりスポーツを撮りたいなみたいな気持ちはあって、
06:03
結構地元の写真家さんとかに自分で声かけて行ったこともあったんですけど、
そんなことしたの?
報道系とか、そういう写真家とかの仕事はちょっと本当にやりたいことと違うなっていうのがあって、
いろいろ調べてたりしたら、やっぱり自分でやるっていうのが一番やりたいことなのかなと。
やりたい撮影ができるのかなっていうことで、
なるほど。
思い切って。
いや、思い切って、でもね、
無責任だけど、お肌から見てるとものすごくその才能を大いに発揮してるような、
そういう感覚で見てますけど。
ありがとうございます。
たけさんどうっすか?こうしろくんの活躍ぶり、最近の。
いや、すごいですね。
頭が上がらないです。
でも、こうしろくんが、スポーツの世界、映像の世界に入りたいっていうのは、本音が元から思ってたところかもしれないですけど、
バックヤードとかに接点を持ったきっかけは、かみさんっていう言い方をしていいんですか?こうしろくん。
いや、間違いないですね。
何が変わるんですか?この、この、なんか、とんでもない男にどう人生を狂わされちゃったんですか?
そうですね、どこから、
まあその、自分が映像とか撮影の世界に入ったタイミングが、にちょうど河口さんが、初めてのデッドカウガリー、河口さん自身の初めてのデッドカウガリーに行かれたタイミングとかなり重なってて、
その自分が、九州でお世話になってた、今回のアフアップ1回目のデッドカウガリーにも撮影で協力していただいた山脇さんのところに、自分も最初お世話になり始めたタイミングで、河口さんと山脇さんがデッドカウガリーに行かれて、
っていうところで、自分もそうですね、6月の水上マウンテンパーティーっていう大会があるんですけど、九州で、そこの撮影に行って、
荒野祭っていうのがその大会のメインイベントと言っても過言ではないみたいなところがあるんですけど、その撮影をしてたら、河口さんが、8月にオーストラリアに行かないか、山脇さんも行ってきたな、みたいな感じになって、
で、自分はまだ撮影始めてそれこそ2ヶ月ぐらい、映像も始めて3ヶ月ぐらいみたいなタイミングで、オーストラリアに行こうって言われて、っていうのがまあ、絵ですね。
09:17
えー、その時はぶっちゃけどう思ったの?よくわかんない人からさ、海外に行くと。
人生売買のブローカーかもしれない。
いや、びっくりしましたね。ちょっとその水上マウンテンパーティーの時は、今だからというか、かなり行く気がなかったのはありますね。
で、その後に、市内のイベントで、パタゴニアフィルムの上映会みたいなのに行った時にも、河口さんに、ちょっと行きたくないです、みたいな胸を話したのは、すごい覚えてますね。
それこそ、さっき出た話と重なった時は、ちょっとビビってます、みたいな話をしたの、すごい覚えてます。
けっこう甲子郎くん、あれだよね、慎重だよね。
そう、いや、慎重というよりはビビリですね。
あー、ビビリ。
なんかさ、なんだかんだビビってる感じも見せつつさ、意外とバーンってやるって決めたらさ、すごいなんか堂々とやりきるからさ、周りから多分そんなビビリキャラ感ないけど、意外とね、つどつど聞いてみると、ビビってます、みたいな。正直でいいっすよね。
竹さんはどうっすか?竹さん目線で甲子郎くんとの出会いを。
なんかその、マウンテンパーティーの時の話は正直あんまり覚えてないんだけど、多分飲みすぎてたのかな。
だけど、やっぱり今あった熊本市内でのパタゴニアフィルムの後をね、話したもんね、立ち話しして。
そうですね。
結構二人でどうする?みたいな話をした時が結構なんかターニングポイントだったのかなって思う。
なんかそう、なんかビビってるって言ってるけど、でもそのビビってるって言ってる甲子郎の顔見てたらめっちゃいきたそうにしてるしっていうのがめっちゃ伝わってきてて、
あ、葛藤してるんだろうなーと思って。無理自由はしなかったよね。行こうよ、みたいな。
そうですね。
決めたらいいよ、自分で、みたいな。
で、いう感じで、じゃあちょっともうちょっと自分で考えてみますーって言ってね。
そもそもなんで声かけたんすか?
12:02
あんまよく考えてないね。なんか面白い人には声かけたい直感で。
面白さを感じたんすね、甲子郎君。
面白いじゃないですか、甲子郎君は。
なんか一見すると分かりづらいと思うんすよね。僕らぐらいの関わりをしてくるとは、甲子郎君面白いなーとか、いいキャラだなーって思うんすけど、ほぼ初対面ですよね。
ほぼ初対面。
ほぼ初対面。
何を感じ取ったんすか?
いやもう内側に何かぐつぐつしているものを感じましたね。ぐつぐつしてるでしょ。
そうですね。
竹さんそれをもういきなり読み取るんだからやっぱすごいな。
ちなみになんですけど、いきなりもう竹さんを振っちゃったし、竹さんまだ走ってるかなと思うんすけど、竹さん誰ですか?
自己紹介いいですか?
僕の振り方間違えましたね。
自己紹介は。
何者ですか?
バックヤードは結構もう出場してて、あっちこっち走ってます。
九州で言うとラストドラゴンにも半回出てて、島根の三部にも出たことあります。
丹沢にも行かせていただきました。
あと鷹王も一回走りました。
デッドカウガーリーも最初に行って、その後道とか小松さんとかも一緒にアフアファのプロジェクトとして行かせていただきました。
さっき甲子郎くんが言ってくれたクリントリストという大会もあったんだけど、それも行かせていただいて、いろんなバックヤードを走って。
通算10本ぐらい出てんすね、今。
ぐらいですかね。
僕の場合出てる?
出てるんだが、記録もくすぶってる男のほうがいいかな。
記録がくすぶってる?
くすぶってる男。
自己ベストは?
50です。
すごいっす。
っていう感じですかね。
くすぶってるってか、近い僕らからするとなんか文字文字してる男って感じですけど。
やれんのになんでそこでこう。
っていうそういうもどかしさを感じつつも、僕らはね、ある意味竹さんに引きつけられてしまったって感じですけど。
最近はどうなんですか?近況というか。
最近はなんかちょっと12月に長い距離のレースいっぱい走りすぎて、なんかちょっと膝がおかしくなったんですよね。
そこまでひどくはないですけど。
これでも練習できるとよくなそうだなっていうところで、ちょっと距離落としたりとか。
仕事も忙しくなってきたタイミングだったんで、ちょっとそこに一生懸命やりながら、膝の状態と相談しながら練習してるっていうところですかね。
15:10
最近はね、伊部屋島出てましたね。
はい。伊部屋島トレイル。
ローカルのトレイルって言っていいですかね。地元のレース。
ローカル。ローカルです。
竹さんからすると。
そうですね。
ちなみにどんな大会だったんですか?
30キロの1500アップぐらいの。
意外とアップあるんですね。
はい、あります。
なるほど。何人ぐらいやってたんですか?
30キロの分、100人ぐらいかな。で、15キロ、14キロの分もあるんだけど、それも200人ぐらいやってたの。ちょっと多かった。
まあ、そんなぐらいですね。
なんかでも、お祭り、天野祭?荒野祭?
荒野祭。
とかあって、すごいギュッとしてる、なんか、こそーっていうイメージが。
いや、面白かったですよ。
はい、ぜひ。
いいっすね。
まあ、そんな竹さん、今は4月のレースを目標にしてるって感じですかね。
そうですね。
何のレースですか?
バックガードをまたちょっと挑戦して。
また出ちゃうんですね。
出ちゃうんですね。
もじもじしないでくださいよ。
まあ、そのもじもじするのも含めてみんな竹さんの走りを楽しみにしてますよ。
もじもじからの突き抜けをちょっと楽しみにしてるね。
突き抜けちゃったら、もう何人か泣くんじゃないですか。追いかけてる人たちは。
はい、見ててください。
まあ、そんなふうにこう、まあね、僕らのきっかけを作りつつももじもじしてるような竹さんですけど、
こうしょうくんのね、新しい世界に行く最初のきっかけを作ったわけなんですけど、
実際じゃあ、まあその、2024年の8月のハーディ。
もうそこから振り返り出したら絶対時間足んないなって感じですけども、
せっかくなんでね。
そこから行って、時間足りなければまた来週撮りましょう。
なんか1個質問していいですか。
はい。
さっきあったパタゴニアフィルムの上映会の後に2人で結構話し込んで、
行くか行かないか悩んでますっていうところで、
僕はもう、悩み抜いて自分で最後は決めたらいいよっていうことを伝えたと思うんだけど、
あの、きっかけっていうか、
何がこの、やっぱ行ってみようみたいな、
うん、それが聞きたいなと思って。
何が背中を押したんだろうなと思って。
18:02
そうですね、聞かれると思ってずっと考えてたんですけど、
あんまり覚えてなくて、
でもなんか意外とそういうこと多くて、
そういうのを考えてたときに、
そういうときって意外とやったほうが上手くいってるなみたいな気持ちがあって、
まあ、なんかやる後悔じゃないですけど、やらない後悔やり後悔じゃないですけど、
なんかそういう気持ちもあって、
やっぱり行きますって言ったのも多くて、
大きいし、
あとはやっぱり立ち回ししたときの川口さんの熱意というか、
に当てられたのもすごいありますね。
それまではなんか、就活がみたいな意味わかんない言い訳をしてたんですけど。
うん。
今就活で忙しくて、悩んでるんですよねとかって言うけど、
いやこれそこじゃねえなって思いながら。
うん。
その熱意って、今こうしろくん言ってましたけど、
はい。
たけさん、どういう話をしたとか覚えてるんですか?
え、どういう話したかな。
結構ね、このポッドキャストでこうしろが話すかどうかちょっとわかんないんだけど、
でも全然大丈夫です。
大丈夫?
講習法の格好とかについても結構そのまま言って話したもんね。
時代の。
立ち話と言いつつ結構深い話したんですね。
たぶん1時間ぐらい話しだした。
すごい。
それがターンポイントになったわけですもんね。
そうですね。
そう、なんか実はね、触れたくて、
でもちょっと順番間違えたかな、
もっと手前で聞けばよかったなとか思いながら言って思っていた、
こうしろくんがスポーツの映像の世界に入りたいと思った原点とか、
何の経験がそう思うようにさせたのかっていうね、
まさに今そういう話が出てきましたけど、
どういう生き説があったんですか?今みたいに。
そうですね、うまくまとめれるかわかんないんですけど、
自分の中でかなりでかいというか、
感じなんで、うまくまとめれるかわかんないですけど、
話すと、
自分もずっとスポーツをやってて、
3歳ぐらいからサッカーをしてて、
そんなちっちゃい頃からやってるんだ。
そうですね。
もうずっとサッカーやって、
高校も熊本の有名な高校に、
21:06
全国大会とかにもよく出るような高校に入学できたんですけど、
そこでちょっと怪我をしてしまって、
競技をそこで諦めてしまったっていうのが一つ、
自分のターニングポイントじゃないですけど、
があってですね。
そこから1年ぐらいは離れてたんですけど、
自分たちの高校3年生の時がコロナでちょうど、
高校総体がなかったんですよね。
それで、もちろん同級生も高校総体に出れなくて、
サッカーは高校サッカー選手権っていう冬に大会があるんですけど、
その県予選でPK負けしちゃって、
それまでその1年間の公式戦で1回も負けてなかったチームなんですけど、
最後の最後トーナメントで負けちゃって、
っていうのがあって、
最後のインタージェイアを見に行ったんですけど、
そこでもっと同級生たちの強さというか、
知ってほしかったなみたいな、
コロナで全く日の目を見ることなく終わっちゃったんで、
ってなった時に、
自分にできる関わり方というか、
ちょっと話が前後しちゃうんですけど、
その高校も、
スポーツを専攻するような学部というか学科にいたんで、
するだけじゃないみたいなスポーツは、
いろんな関わり方があるよみたいな授業もあったのも結構大きくて、
一時期は理学療法とか、
それこそアファップの花田さんとか西川先生とか、
みたいな方に進もうかなと思ったんですけど、
その最後のインタージェイアを見に行った時に、
それも多分したいことなんだろうけど、
もっと広めたりとか知ってもらったりとか、
残すみたいなところの方が自分のスポーツに関わる、
感動、スポーツの感動とか、
もっと届けたいなみたいな思いが強くなって、
映像とか写真をやろうかなって思いましたね。
24:05
なるほど。
ちゃんと直接交渉から聞いたの初かもしれないね。
そうですね。
僕が伝え聞きで聞いてて、
ちょっと勘違いしてたのは、
引退試合を見に行って感動して、
スポーツの力を映像で表現したいって思ったと思ってたんですけど、
それもだけど、どっちかというと、
スポーツを見に行って、
もっとこの目の前で起きてることとか、
起きてないことも含めて、裏側も含めて、
もっといろんな人に見てほしいっていう気持ちだったんだ。
そうですね。
いろんな感情があって、
自分もサッカーを辞めた時はちょっと鬱みたいな感じになっちゃってて、
なかなか家から出れないような辛い時期もあったんですけど、
結局それを救ってくれたというか、
そこから社会復帰できたのも結構スポーツの影響が大きくて、
その後、通信制の高校に転校したんですけど、
そこで初めて友達ができたのも、
アドミントン大会みたいなのがあって、
なんか行事みたいなので、
そこで初めてダブルス組んだ子と仲良くなったみたいな感じののがあって、
そこもスポーツが関わってて、
辞めた高校のサッカー部の友達とも全然連絡とってなかったんですけど、
引退試合に行ったら結構希作に声かけてくれたりとか、
っていうのもやっぱりスポーツが自分を救ってくれたなって自分の主観では感じてて、
スポーツが自分の人生を変えてくれたり救ってくれたりっていう感覚がすごいあるので、
スポーツの魅力をもっといろんな人にしてほしいなっていうところが自分の活動の原点な気がしますね。
みたいな話も1時間の立ち話にした?
そうですね、ここまでの解像度ではまだ当時なかったんですけど、
そういう話を。
でもちょっと違う、ちょっとその時話した話は違ってて、
やっぱり自分が高校を全国クラスの高校に挑戦して、
挫折して、その経験がかなりトラウマじゃないですけど、
思い切ってやったことで失敗して沈んだっていう経験があるから、
27:07
なかなかオーストラリアっていうのにビビってるという話を川口さんとしたのをすごい覚えてますね。
挑戦するのは怖いって言ってたもんね。
そうですね。
高校の時の挫折がデカすぎて痛い気持ちはあるんだが、めちゃくちゃ。
あの時のトラウマを超えられるのが怖いから、それで悩んでる。
本当はそこなんだけど、就活がガーって言ってたから、びっくりしてたよ俺は。
ここはでも自分で考えたらいいよって言ったんだが、
でもこの高校の時の傷を癒すには、
ここでオーストラリアに高校を一緒に行って、
行くことでなんか突き抜けるんじゃないかなって勝手に思ってて、
そしたらあの時の傷もオーストラリアで癒せるだろうと思ったんだよね。
だから挑戦が怖いんだろうな、一歩踏み出すのが怖いんだろうなって思ったから、
行ったのは行くだけでいいと。
なんかいい作品を作ろうとかじゃなくていい、
ちゃんと形にしなきゃとか思わなくていいから、
とりあえず行って、とりあえず起きて、バックやった時間長いから、
めちゃ下手くそでもいいって、そういう話したもんね。
そうですね。
いいもの作らなきゃって、一ミリも考えなくていいから、
とりあえず一緒に行こうぜって。
いいもの作ろうとすると動き小さくなるもんね、怖くなって。
だからそんなのはいいよ、考えなくていいよ、
っていう話をあの時したかなと思う。
熱血川道先生。
ちょっと話しとりますけどね、川道さん、
今日そういう言葉で子供たちに伝えるっていう、
そういうのがあると。
この後はい、お話ししに行かなきゃいけないかな。
もう話せるイメージしかないんですけど、なんか今みたいな話もするけど。
30:00
なんか、それこそ川道さんなりにビビってるんですか、今。
いや、ビビってるよ。
俺、進行役がいれば話せるんだけど、ミキシンみたいな。
なんか一人で壇上に立って喋れって言われても、
何も俺には話すものがないっていう。
対話式だったらできるけどね。
対話式にしちゃえばいいじゃないですか。
あ、そうだね。質問して。質問もらって。
それ頑張ります。
ちょっとその話も深掘りたいと思いつつも、
いろんな話をね、たぶんこれ、
今日では収まんないので、また続編って感じなんですけど。
そのハービーバックヤードの行く行かないっていう話からの、
言ったわけですよね、最終的に。
そうですね。
それはどうだったんですか。
もういいよ、いいもの作るとかそういうの考えなくていいから、
まず来てバックヤード見て、置き続けてもらえばいいからぐらいの。
そんなこと言われて行ったわけですけど。
実際どうだったんですか。
バックヤードでまず最初に触れた機会。
そうですね。
結論から言うと、映像を完成まで持っていくことができてない。
んですけど、自分の中で、映像っていう側面で言うと、
身を見真似で、ドキュメンタリーってこんな風に作るのかな、
みたいな感じで試行錯誤して、ある意味失敗したことをかなり活かして、
今回のアファップでは消化することができたのかなっていうのが、
映像的な視点で言うとあって、
自分自身みたいな側面で言うと、やっぱ行ってよかったなってなってましたね。
トラウマみたいなのは、ちょっと切れたというかなんかこう。
そうですね。やっぱ今でもあるんですけど、
考え方はすごい変わったなっていう。
変わったのはありますね。
今のこうしろくんのその挑戦に対する考え方ってどんなものなの?
挑戦。
いわゆる怖かったわけじゃん。
はい。
挫折するぐらいだったらちょっとまあ、挑戦しないほうがいいかもっていうモードがあったわけじゃん。
で、ハーディーズでちょっとこう考え方というか、変わったっていう。
それはどう変わった感じなの?
難しいですね。
でも明らかに行動が変わってるもんね。
まあそうですね。
で、その後だってハーディーズに留まらず、ペットカウガーリンも。
33:04
で、9月にはスペインの世界選手権、トレランの世界選手権にも行き、
10月にはドッキリアドの世界選手権、アメリカにも行き、
2025年だけども、海外飛び回ってるって言って過言じゃないぐらい。
何がね、何が変わったんだろう。
あんまり考えたことなかったですね。
でもなんか、そういう面で言うとあんまり考えなくなったかもしれないですね。
なるほど。
そのいい意味でというか。
結構やる前に、いろいろああこうだって考えてた。
自分から。
まあとりあえずやってみよっかみたいな深く考えずに
いけるような勢いがついたんですかね。
ちょっとまだわかんないですけど。
今パッと思いつく回答だと。
バカになっちゃったじゃない。
バカになったんだよ。
そうですね。
バカになると。
考えるもんね。やる前に。
でもとりあえずやってみるってめっちゃ大事だと思う。
やりながらね。やりながら考える。やりながら思考してほしい。
でもそれってだいぶ失敗が伴うからね。
きついよ、そのやり方は。
でもこれがやっぱ一番見たことない景色を見るっていうと
痛いししんどいし怖いしあるけど
これが一番見たことない景色見れるもんね。このやり方が。
刺さるなあ。今の私に刺さるなあ。
自分はそこがバックヤードっていう競技っぽいなっていうのがすごい思ってるところがあって。
ちょっと時間があれなんで話せないとは思うんですけど。
自分も1回だけバックヤードのカカミツの練習会で走ったことがあって。
そこら辺でとりあえずスタートを切ってみればみたいな感覚を自分があったんで。
そういうところがバックヤードに惹かれたというか。
ありますね、いろいろ。
後編もしくは中編に続くみたいな感じで。
バックヤードをどっぷり踏み入ってみて、どんな世界が見えてきて、それを映像にしていくっていうプロセスの中で。
またどんな変化とかどんな苦しみがあったのかみたいなことも含めて。
36:01
ちょっと聞いていきたいですね。竹さんこれ気になるっすね。
気になりますね。
竹さんが子どもたちにどんな話したのかも気になるんで。
次週に続くということでいいですか。
はい。
ありがとうございます。引き続き楽しみにしていてください。ありがとうございました。
ありがとうございました。
36:37

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