本当に高けんさんを育成する人でもあり、そしてご自身もとんでもない距離を走る人であるというところですけど、わかりやすいランナーとしてのプロフィールみたいなところでちょっと伺いたいんですけど、プルマラソンとかって走ったりされますか?
プルマラソンは毎年走ってまして。
ちなみに自己ベストはどれぐらいですか?
自己ベストは今年の1月に勝田全国マラソンで、障害者の伴走をしてたんですけど、その際に出た2時間50分02秒っていうのが、公認記録でのベストタイムですね。
はいはい。公認じゃない記録もお持ちなんですか?
公認じゃない記録は、4月末かな?のときに、54キロぐらいサバイバルレースみたいなのを走り続けるっていうレースを走っていて、プルマラソンの通過が2時間41分ぐらいでしたね。
まあそれはGPSなんでね、計画にはっていうところですけど。
それはあれですよね、レッドブルの。
そうですそうです。
はいはいはい。
ワールドチャレンジマラソンですね。
なるほどなるほど。
実際、あんまりご自身の中ではプルマラソンにベストの状態で出てるってことは多分ないんだと思うんですけど、
ご自身の中で、やったら自分こんぐらいのタイムは出るんじゃないかみたいなのってどうですか?
正直言うと、半年前まで2時間50分はもう一生切れないと思ってて。
自分が前世紀と思ってた40前のときでも、2時間51分とかそのぐらいでしか走れてなかったので。
って思ったんだけど、今LSDをひたすらやっているだけで、ものすごいタイムが伸びてきてるなと思って。
で、実際自分のタイムを想像すると、2時間40分は切れると思います。
調整をしっかりすれば。
しかも現時点でってことですよね。
そうですね。
いやー、すさまじいな。
もう自分でも信じられないですね。
ジョグメインにしてこんなに早くなるんだったら、今まで生き方を見直すべきだったなぐらいに思う。
ちなみにそれ、前世紀だと思ってたのが40代前半ぐらいにおっしゃってましたけど、今はいくつなんですか?
今45ですね。前世紀は40手前ぐらいかなと思った。
前世紀だと思ってた時期もあったと思うんですけど、今が前世紀だという、そういう感覚で間違いないでしょうか?
間違いないですね。
おお、すごい。
ちなみに前世紀と思ってた時期が月間長くても300キロぐらいしか走ってなかったので、そもそも話にならないレベルでの練習だったのかなって思ってます。
なるほど、なるほど。
ちょっと、そんな300で全然話にならんと言ってる岡研さんの今の月間距離はっていうのはちょっと後で聞きたいんですけど。
はい。
後でね、楽しみはとっておきたいんですけど。
はい。
ちなみにレースでの最長距離っていうのは何キロぐらいですか?
この間の木島平が516かな。
で、2019年か20年の河野道の時が寄り道とかたくさんして、いろんな友達とかに会いに行ったりして、その時が530ぐらいだったので、まあその2つかなと。レースでは。
はいはい。
はい。
レース以外の最長があるっていうことですか?
いや、そんなことないですね。
最長っていうとその2つかなと。
うんうん。ある意味それこそ、先月7月の月間走行距離も一つのロングチャレンジみたいな。
そうですね。
ことだったかと思うんですけど。
はいはい。
7月の31日間で何キロ走ったんですか?
えー、2026.7キロ走りました。
俺、あの、2026年7月にかけて、ちょうどそこで終わらせようと思って。
はいはい。
もう一生忘れないだろうなと思って、2026.7キロにしました。
そういうことですね。
はい。
いやでもその、2000キロ超えるかどうかみたいな、なんか途中諦めみたいなことも通りとかでおっしゃってたと思うんですけど。
あ、そうですね。はいはい。
そこから、まあもはや2000キロ走っちゃうと、なんか26.7キロって少なく見えますけど。
はい。
あの、2000キロどうだろう、いけるかなぐらいのところからのプラス26.7キロって、よくそこまで積みましたね。
あ、もうね、あの、2000キロを超えないなって思ったのが5日前ぐらい最後、締め切り。
そこからなんか、できないなって自分で思うと、それを壊したくなる性格なのか、泡の弱なのか。
いや、できないと言いつつやったら俺らしいかなと思って、毎日11時55分まで走って、夜の。
で、その日のうちにアプリの中でスクショを取らないと、今日のランニング距離として出ないからっていうところもこだわってて、
もう55分までギリギリまで距離稼いでっていうところをやったら、ギリギリ間に合うじゃんっていうゆとりが出てきて、
で、最後の2日間ぐらいでは、あ、これ最後の日この調子なら100キロぐらい走ったら、
2050キロ、60キロは行くなっていう余裕の気持ちがありつつ、
でも遊び心で2026.7キロっていう形。
正直、間に合わないっていう時は辛くて、ここでやめてもいいかなとは思ったけど、
そこからの、ついなって思ってからの立ち上がったところが自分でも気持ちよくなっちゃって、最後は余裕でしたね。
いやー、なんかそのある意味メンタルが折れかけたところからの盛り返すみたいなのは、
なんかバックヤードに行きそうな感覚ですね。
その通りで、なんか生活してても、ランニングとか練習してても、
辛いのが、あ、ここ乗り越えたらバックヤードの練習になるなみたいな考え方に最近なってて、
ちょっと病的だなって、バックヤードに取り憑かれてるなって。
職業病ですね。
そう。もう職業と言いたい。
いや、そうですね。もう職業と言えるくらいのことをやってらっしゃると思いますけど。
ちなみにその期間の平均睡眠時間みたいなのって、どんな感じだったんですか?
序盤は普通に6時間ぐらいだったんですけど、
後半の11時55分とかまで走ってると、そこからお風呂入って、ご飯食べてってなっちゃうんで、
それですぐ寝ちゃダメだなっていうのとかあって、4時間ぐらいかな、3、4時間後半は。
体だけじゃなくて心もですけど、どんな感覚なんですか?
やってる量というか、体はその分疲れるわけじゃないですか。
でも回復する時間は、睡眠時間として減ってくっていう。
心と体はどんな状態になっちゃうんだろうっていうのが、純粋な興味として。
ペースは早くなかったから、身体的な疲労というか、関節は常にずっと痛い。
膝も足首も股関節も、死んでる感じで油刺さないとダメだなっていう感じではあったけど、
起きてトレッドミルの上に乗っちゃえば嫌で、ベルト回ってるからそこで動き出さればなんてことはない。
けど、メンタル的にこれやってる意味あんのかなっていうのと、
昔僕が指導とか自分も走ってた時も、距離なんか関係ないとか言ってたのに、
なんで俺こんな距離に追われてるんだろうってところもあったりして、
なんだろう、いちいち自分で決めたことに難癖つけてやめるきっかけをすごい考えちゃってたかなって。
逆にでは、なぜやり始めて、なぜやり抜いたんですか?
やり始めてっていうのもすごい漠然としてて、
6月なんかはもう500キロぐらいしか走ってなかったのかな。
で、もう結構骨折とかもしてたから、
まあ、あまり走るのも良くないかなってところだったけど、痛みもだいぶ良くなってきたし、
8月1日っていうところもあって、8月1日に50キロ越えでジョグをいっぱいしたところ、
これ明日から50キロ以上毎日走ればいいやみたいなのを自分に貸したら、
明日も50キロは最低走るなっていうところでやっていけるかなと思って。
そんなことしてたら1ヶ月1500キロぐらいは今月詰めるかなって、7月に。
あともう一つは、今8月なんですけど、娘の関東大会、全国大会とか、生徒たちの遠征とかのレースが重なってきて、
ほぼほぼ遠征でずっと月切りになっちゃったり、4日間、5日間とかってなっちゃうので、
自分が走るっていうところをメインには持っていけない、神経をそこには注げないから、
今7月にそこらへんの距離を稼いでおいて、8月は時短で結構早い練習をしたいっていうのがあったから、
そういう思いも重なってっていうのがあります。
ただね、一つ言えるのは、それらも後付けのきっかけで、
とりあえず8月1日から1日1日50キロ明日も走ろうみたいなところのノリだと。
のが楽しくなっていって、週間の距離を見てたら、あれこれ400キロ超えんじゃねえか、500キロ超えんじゃねえかみたいな、
そういう一つ目の前の目標が、ハードルを自分で上げてそれを超えるのが楽しいみたいな感じになる。
なるほど。でも途中も最後、結構精神状態がみたいなことをおっしゃってたじゃないですか。
病むよね。
それをやめないためにSNSに上げてるんだけど、SNS上げるために距離を踏んでて、
自分どこ向かってんだろっていう戦いではあったけど、
逆に言うとそうやって見られてるから、自分でやり通したらかっこいいなって思えたところもあったんで、
悪くはない決断だったかなと。
やってみて得たこととか、逆に失ったこととかありますか?
揺らぎもそうですし、やってる期間も、3日に1回ぐらい今日はいいかなって思いましたよ。
もう、なんかあの、はい。
それはもうストーリーズでも、はい、なんか見え隠れしてました。
感動してるーって。
GPSのあれなんか、アプリの距離を改ざんしちゃえばいいんじゃないかとか、思ったことすらもあった。
1日ぐらいこれ変えても、実質枯れてない時もあるから、いいよなとか。
測り忘れたりとかも結構あったりして、そういう時とかもほんとへこんじゃって、10キロぐらい損したなって。
でもなんかもう毎回それを投稿するのもすごいダサいし、言い訳がましいなって、
なんかそんなくだらないところもストレスに感じちゃって。
誰も感じてねーよっていうところを、なんかこう、自意識過剰になってたかな。
うん、いやいや。
ちなみになんですけど、その1ヶ月2000キロ生活を間近で見てた、なんかご家族からの反応とかはなんか、どんな感じだったんですか?
もうあんまりね、部屋にこもってるから、僕がいるかいないかもわからないぐらいのレベルで、
あ、走ってたんだーみたいな。
家庭内ベッドみたいになってるんですか?
そうそうそう。で、夏休み子供とか入ってきてるから、そのご飯の時に出てて、
あ、お前はご飯食べたーとか言ったら、あ、パパいたんだーみたいな。
そういう感じだったんですか?
そうそう。
ちょいちょいあのね、なんだろう、1時間じゃないな、3時間おきぐらいに子供たちの、こう、勉強やってるかーとか、
この時間、涼しいうちに、娘とかだと、練習済ましちゃいなよーとかそういう声かけとかしたりとか、
雨の日は、僕のトレッドミルを使うから子供たちも、そういう時に声かけたりだとかはするけど、
僕の存在自体が半分ぐらい消えてた感があった。
ランナーとしての実存はめちゃめちゃなんか、輝いてましたけど、
家庭では霊圧が。
だからSNS、家庭もそうだし、外にも出てないから、人とのこう、会話もなくて、
すごい人恋しくて、話をしたいけど、全部なんかストレスとかモヤモヤを考えながらこう自分で消化して、
自問自答しながらこう、トレッドミルでずっと回ってて。
だから家庭、なんとか、まあそこで保てましたんで、いいんですけど。
僕のメンタルの方が危うかったかなって、本当に思います。
でもそれを乗り切って、今8月に入られたということで。
で、丹沢でのその32ラップから、
結果だけを見れば翌年木島ダイラー、
1年ちょい経った後に出たその大会が77ということで、
ある意味で倍以上に1年で記録が伸びたっていうことですけど、
ここでワンキャッド以外に高瀬さんについて、
触れないではおけないトピックですけど、
生まれ変わったという、
2025年8月5日病気が発覚してっていう、
そこについても聞いてもいいですか。
はい。
突然じゃないんですけど、
ずっともうお腹とか調子が悪くて、
溝落ちも痛くてっていう感じだったんだけど、
お酒飲めば治るぐらいな感じで、
ずっと一日中お酒に依存してるような生活だったかなと。
朝が良いなのかなと思ってムカついたり頭が痛かったりするのも、
朝ビールいっぱい飲んだら治るから大丈夫だみたいな感じになって、
できる限り食事の時にビールいっぱい飲んでみたいな、
ちょっと腹痛かったけど大丈夫かなみたいな。
だけどやっぱりそれが余計に悪くしてたみたいで、
水蔵が半分溶けちゃってて、
水蔵に石が溜まっててっていう。
もうね、手足が痺れちゃってて、
糖尿病も合併するんですよ、水蔵が悪くなると。
インスリンっていうのが出なくなりました。
そのインスリンが出なくて手足が痺れちゃって、
冷え性の極みみたいな、お腹とかは冷凍庫、氷みたいな生活になっちゃって。
それでも毎日当たり前のように過ごしてて、
いよいよ救急で運ばれるようになって、
そこで結構やばいっていう話をして、
お酒をやめて、
お酒をやめて生活が、
睡眠障害とかもその頃あったりして、
すべてがお酒を起因してたのかなと今となって思うんだけど、
睡眠障害も改善されることによって、
生活してる時間っていう中で生まれてくるようになって、
心の余裕も出てきて、
でも走るのは今の体ではあんまり良くないっていう話を医師から聞いてたから、
まあほどほどにっていう形で、
指導がてら走るって程度の月100キロぐらいだったかな。
でもバックヤード、今回のサテライトの権利がまだ58時間であるというところで、
諦めなければいいなと思ってタコを見に行きました。
みんながその時間、
61か62だったときに、終わった後走りました。
走ったら、あれ別にそこまで体にジョグだったらないなと思って、
医師に相談したら、ジョギング程度だったらいいですよ。
ということで、
毎日その日から半マラソンぐらいだったらいいかなと思って走っていたら、
距離がどんどん伸びだして、年末にはバックヤードを5回ぐらいやって、
バックヤード練習24時間、160キロか200キロを4,5回やって、
そのときに血液の数値と精密検査全身をやったりもしても、
医師から悪くなってない。
血液自体は、体自体も悪くなってない。
落ち着いている。
ただこの病気は一生治るものではないから、
お酒を二度と口にしたりするとさらに悪化していって、
がんになってしまうという可能性が、
すごい人よりも26倍とかある体なんだから、
控えるようにしていれば、20年後に生きている人もいますしっていう話で、
とにかく気をつけつつ、走るならいいですよっていうことで、
医師からもOKというか、くれぐれも無理はしないでくださいって言われて、
そこを始めたっていうところですね。
なので、今病気の話なので、
病気自体は僕が20何年間も、
毎日のようにあべるように酒を飲んできたっていうのがたたって、
難病になったので、
これに関しては、
自分で不節制で壊したので、
難病って言っても、難病指定で保険が下りるとかそんなことはなく、
じっぺりでやらなきゃいけないというところなので、
自業自得なので、気をつけてくださいっていう。
ちょっとほっすくしておきます。
まあバックヤードとそうすべて被せていろいろ考えちゃうんだけど、
ミッチーもわかると思うけど、晴れのための雨。
辛い時もね、乗り越えた後っていうところがあるかなと。
ありがとうございます。
いや楽しいですね。ちょっといくらでも聞けちゃうんですけど。
僕が話しすぎちゃうからね。
いやいやいや。
そんな2年前があっての、今年牧島平で77ラップで優勝して、
タテライターの権利を確実なものにされたわけですけど、
今年の意気込み、10月17日のタテライターに向けてはどうですか?
もちろん日本が世界一位になるために、
引っ張っていけるっていうような存在になりたいなとは思ってます。
とはいえ日本代表メンバーもすごいメンバーが揃うと思うので、
引っ張るって言っても戦闘を引っ張ろうとは思ってないので、
自分のペースではありますけど。
その上で世界記録を目指したいなと思ってます。
123時間は超えたいなと思ってるんですけど、
最近フィルゴアさんが、選手が168時間チャレンジとかやるみたいなので、
やるみたいなんですけど、
そういうのとかは度外視して、
サテライトっていう大会で日本代表が優勝できるようなところに、
少しでも力になれたらなとは思ってます。
一度サテライト経験されてるわけじゃないですか、
そういう中で、サテライトで日本代表が一位になるとか、
チームとして結果を出すっていうために、
鍵になりそうだなとか、大事だなと思うことってありますか?
チームワークかな?
それってどういう意味のチームワークですか?
結構、それぞれの人のタイプにもよるから、
一概には言えないんだけど、
一人で黙々と走るタイプの方とかもいると思うんですけど、
そういう方々ってプツリと辞めたりしちゃうようなイメージがあって、
そういう人たちをうまくみんなで引っ張りながらできたらなっていうところが。
前回の時、サテライトの時、ミッチーとかがそういうのをみんなでやってたんで、
そういうところも今回はできるのかなと思ってますね。
ホリツーしてきてヤバいなっていう時こそ、
みんなで声をかけられる。
俺は一人だからいいんだよみたいな感じの方もいるかもしれないけど、
そこをなんとかうまく。
距離感も大事だと思うので、あるのは思うんですけど、
仲間として意識してできるかどうかかなと。
みんなが、15人が。
だから僕はそこで言うと、
疎外観じゃないけれども、
そんなことは誰も思ってないんだけど、
自分から輪から外れてしまったかなっていう部分があったんで。
前回。
競争で共に走るじゃなくて、
互相になってたので、
そういうところをもうちょっと打ち解けられたらなと思ってて。
だから今からサテライトに出そうな方々とコミュニケーションを取るっていうのも
すごい大事かなと思っていて。
誰一人敵じゃなく、仲間であり味方でありっていうところの感情を高めたいなと思ってますね。
一度経験したからこそのその言葉は重みがありますね。
なんか他にもサテライトで今年楽しみにしてることありますか?
楽しみにしていること。
していることというと、前回のサテライトで会った、
まあ意識してることでもあるのかな、ベルさんとは前回のサテライト以外で接点がなくて、
結構いろんなところで活躍されてるけど、会うのが楽しみなのと、
やっぱり前回サテライト前に話したときに、それこそヒャッホイくんのラジオだったかな。
で、ベルさんとたまたま入ったときに、僕が上野村優勝した後でその話とかしてたら、
お互いに負ける要素がない。
人に勝つじゃなくて、最後まで走り続けてるっていうイメージしかない。
負けるっていうイメージがないっていう話をしてて、
今の僕の状態でね、そんなベルさんと最後まで走ったらどれだけの記録が出るんだろうっていうところも思ったりもしてます。
ベルさんと一騎打ちになるとは限らないんですけど、
その時のセリフがね、すごい印象的だったので、同じマインドだなと思って。
そうですね。
実際ね、公認はされなかったですけど、ロシアで世界記録が出たときは、
120ラップをもう3人が超えてみたいな、そういうのもありましたし、
100ラップ超え、120ラップ超え、5、6人残ってたってね、おかしくないわけですからね。
そうですね。
楽しみですね。
そうですね。それが楽しみかな。
そこに向けての準備とか練習っていうので、7月その2000キロやったっていうのはあると思うんですけど、
他に今後こういうことをやろうと思ってるとか、逆にこういうことやってきてるみたいなことってありますか?
今は特に意識してなくて、
エビデンスとかそういうものってないから、もう自分で作り上げていくしかないなと思ってて。
4月どか走りして、8月は意識的にはペースを押しつつ、
週末とか休みのタイミングで4時間バックヤード方式で練習をしたりとか、
そういうのを重ねていこうかなと。
っていう漠然としたところかなと思ってます。
あんまりやりすぎて疲労を貯めてたり怪我したりしてもしょうがないなっていうところはあるので、
その辺は気をつけつつ。
今のところ怪我の予兆とか、ここが痛いやそこが調子悪いとかはないんですか?
骨折はしてるんだけど、走れちゃうしダッシュもできるから、まあ大丈夫かなって。
それよりも、やっぱり8月入ってペースを上げると筋肉がなんかピクピクするから、
その辺はちょっとやっぱり2000キロ走るよりも10キロのスピード練習の方が危ないなってところを気をつけたいなと。
年齢が年齢なのかもしれないなと。
なるほど。
積み上げる焦らずゆるジョブで重ねるのもいいかなと。
まあ時間かかるんで大変だけど、そっちの方が。
確かに。
いやー、またね、ちょっと8月は8月で違うアプローチでというか、ステージを変えるみたいなことをおっしゃってたので。
その様子もSNS通して、私もさすがってちょっとみんな楽しみにしてるんじゃないかと。
すいません、なんか見ててもらって光栄で。
いえいえいえ。ありがとうございます。
まあそんな中でもう1時間ぐらいお話いただいて、深掘ればもっといくらでもいけるんですけど、
かなり高原さんをご存知の方もそうじゃない方も、結構パンチのあるエピソードを語っていただいたかなと思うんですけど、
バックヘアドっていうところ、高原さんが魅力に感じているところはどんなところですかね。
うーん、帰る場所がある。
やっぱりすごい、これ聞かれた時に何回か言ってるかもしれないんだけど、行ってらっしゃい、お帰りなさいっていう、
何気ない普段からの生活からの挨拶でもあるんだけど、すごい大事だなっていうのを編みしめられるタイミングが来るんですよね。
ふとした40時間だったり50時間だったり、行ってらっしゃい、帰り待ってるからねってお帰りなさいって言われるのが、すごい涙が出てくる時がある。
あの瞬間になんか、やっててよかったなって、なんか続けてよかったなとか思える。
今思い出しながらちょっとうるうるしちゃってる。
そうかな、魅力ってたくさんあるけど、今パッと思ったのが。
すごい今だって、高原さんが一瞬こう考えて、帰る場所があるって言った時になんかこう、僕はなんか今、なんかちょっと感情揺さぶられました。
そうですね、バックヤードそうだ、そうなんですよね。
生きて帰ってきてさえすればいいやっていう、何だろう複雑な、複雑というか単純なんだけど、すごいお帰りなさいって言われた時にほっとする瞬間があって。
ちょっと脱線するんですけど、帰る場所があるってとこで言うと、普通にこう会場をスタートしてまた戻ってきてっていう、それ自体も帰る場所があるってことだとも思いますし、
バックヤードの場合はサポートクルーをつけられるっていう、ある意味のこと、本当にレース会場に自分の1個の家を立てるみたいな、そういう部分もあると思うんですけど、
2年前のサテライトの時って、高原さん、固定のサポートクルーってあんまり用意というかしてなかったようなイメージがあって、
そういう意味で、走る総力っていう意味では、もうこの2年、とてもさらに飛躍されたのかなと思うんですけど、
今度のサテライトに向けては、例えばサポートクルーとか、どういう陣地というか、それこそ帰る家をどう作っていくのかみたいなところで言うとどうですか。
テントとか陣地というか、そういうのはちゃんと整えますけど、やっぱり今回の木島平の時もわかったのは、苦手。まとめるのが。
もうね、サポートに全振りしてしまったんですけど、今回の木島平のサテライトにあたっては、そういうこともまとめてね、できないといけないなって。人間的にそこが一番の課題かなと思ってます。走ることより。
難しいっすよね。
マネジメント。木島平の4月の時は、1人にずっとシーシーって方にお任せしちゃったんだけど、相当な負担だったと思うから、ローテーションだったりね、そういうのを作ったりして、やらないけないなと思ってますが、
なんかね、考えるのが嫌になってその時間走っちゃおうみたいな。毎日逃げていって。小さくなったら誰か募集かけてやればいいのかなとか、今迷ってる最中にその質問が来たんで、ちょっとね、そこも向き合わないといけないなと思ってます。
今の時はフォローはもうサポートなしで、もうその場で来た方にちょっと手伝ってもらったりとかっていうぐらいでもいけるのかなぐらいに思ってますが、多分無理でしょうね。ちゃんとしないといけない。
123ラップやるんだったらね。
123時間、一人で付き合えるわけがないから。
いやー、そうですね。
10人とかね、ちょっと正直なところね、ボランティアとかで募集とかするかなというところでも考えています。
もしね、これを聞いてね、興味がある方はダイレクトメールとか送っていただいても構いません。ごめんなさい、この場をお借りします。
いえいえいえ。でもある意味ね、その長時間付き合ってくれるサポートクルーの、どう集めていくかはね、私自身もあれなので。
そうですよね。
みなさん同じ。
平通になってくるとね、ほんと。
それこそでも、ひたまちACというあるご自身のチームがある中で、そこら辺を手伝ってくれそうな方とかっていたりはしないんですか?
まあ、いるけど、そういう場にお願いしますみたいに言うのが意外と僕苦手なのかもしれない。
なので今回はそういうところもね、人間的に変わっていってお願いして感謝を返せるようなお金とかそういう部分だけじゃなくて、
応援される側の人間に練習ばかりして総力だけあげるんじゃなくてっていうところは意識してます。これは親子共々にかな。
応援される側の人間に。早ければいいじゃんっていうところだけで終わらない人間になろうと今、悩みながら考えてます。
ありがとうございます。
でもそれこそ、ひたまちACは今や日本バックヤード界の名門としていらっしゃるので、
そういうメンバーもね、ある意味でサポートクルーを経験するっていうのは、ご自身たちにも感じることがあるかもしれませんし。
そうですね。
頼んじゃうと、僕自身が使用対応になった時に、やっちゃったなーみたいな悩むっていうのがすごいあって、
その辺がね不安でね、簡単にみんなにお願いお願いってあんまり言えないかなっていう。
直前からピリピリしだしちゃって、準備の前から。自分でまとまらないまま、とりあえず荷物全部持っていけば向こうで説明するからみたいな感じになっちゃうから。
そういうのもちょっとね。
そうですね。
でも僕、この前アベックバックヤードとか一緒に参加してる中で、下町ACのメンバーは一定、ある一定はもうたかげんさんのそういう部分をもう分かってるんだろうなっていう、
なんかそんな風な印象も受けましたけどね。
そうですね、もうみんな分かってて、その上で、みんなもみんな協調性がない集団なので、
どうだろうな、ゴーターさんとかすごい協調性あるかな。誰がないとかあるとかっておかしな話になっちゃうんですけど。
みんなそれぞれのベクトルというか向かってるっていう部分で、その中に突出して僕が我が道を行くって感じなので。
チームメンバーにも聞いてみますが。
仕事もありますんでね。
まあそうですね。
まあでも個人的な来としては、サテライト大会でまた下町ACのチーム力みたいなのを見れたら面白いななんてことも。
そうですね、チーム下町とかね。できたら。
あれじゃないですか、出てくる間にメンバー増えちゃうんじゃないですか。代表メンバーをリクルーティングして。
いいねいいね。
もう名門校がどんどん銀河系軍団になっていくっていう。
それあの競争している仲間からの舌打ち食らうパターンなら引き抜きみたくなっちゃってね。
いやいやいや、楽しみなことがまだまだたくさんありますね。
ですね。そういうのも考えていくのもすごい楽しいところの一つかなって。
そうですね。自分がどう走るかだけじゃないっていう、どういうチームを自分をある意味支えてくださる人もだし、支えてくれる人を楽しませたいっていう気持ちもあるわけじゃないですか。
そうそうそうそう、それもある。
はい、というところで、まだまだいろいろ聞きたいんですけど、最後2つだけ質問したいなと思っていて。