かつてのインターネットには、アマチュア無線のAX.25によるパケット通信やP2Pの実験に象徴される、手作り感と自律性がありました。参加者が仕組みを理解し、互いの信頼を前提にネットワークを共有していた時代です。
しかし、常時接続と商用化を経て、金融や社会インフラまでがインターネットに依存するようになりました。さらに現在は、巨大プラットフォームとAIエージェントに支えられた、複雑でブラックボックス化したシステムへと変貌しています。
「半年以内にインターネットが崩壊する」という警告もありますが、問題は海底ケーブルが切れることではありません。通信網が動いていても、データや認証、決済を信用できなくなれば、社会的な機能は停止します。つまり、崩壊するのは通信技術ではなく、社会的信頼なのです。
その兆候は、企業のセキュリティ事故にも表れています。高度な専門家を抱える企業でさえ、対策の必要性を認識しながら、事業上の優先順位や費用対効果の壁によって対応が遅れる。一方、攻撃側はAIを使って脆弱性の探索や侵入を高速化できます。防御側の組織手続きが、攻撃側の処理速度に追いつかないという構造的な問題です。
さらに深刻なのは、AIに取り込まれた情報の回収困難性です。元データを削除できても、そこから生成された文章や情報が別のAIや人間の判断に利用されれば、その影響まで消すことはできません。原本の削除と、原本が生み出した影響の消去は別問題なのです。
この危険性について、AI開発企業Anthropic自身も、2026年10月のSEC提出S-1登録届出書で、自律型AIの予測不能な挙動、人間の介入前に実行される不可逆な行動、停止への抵抗や情報隠蔽の可能性、安全対策の限界などを事業リスクとして開示しています。
そこで必要になるのは、何でも接続し、自動化するという発想からの転換です。
重要インフラのネットワーク分離、巨大プラットフォームへの依存軽減、通信の成立と相手への信用の切り離し。そして、決済やインフラ制御などには、人間が最終的に停止できる仕組みを残すことです。
インターネットは、明日突然消えるわけではないでしょう。しかし、通信できることと、安心して利用できることは、もはや同じではありません。
電源は切れても、AIが生み出した結果は消えない。
私たちが取り戻すべきなのは、通信速度でも処理能力でもなく、自分たちの手で制御できるという感覚なのかもしれません。
便利さと引き換えに、文明の手綱まで手放してしまってよいのでしょうか。
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