自己紹介とELSIセンターの紹介
Location Weekly Japan です。今週は、大阪大学の岸本先生にお越しいただきました。岸本先生、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
そうしましたら、自己紹介と組織紹介をお願いいたします。
わかりました。大阪大学の岸本 充と申します。
私はですね、9年前ですかね、大阪大学に移ってきて、本籍というかですね、所属はD3センターといって、
AIエンジニアとかですね、データサイエンスをやっている人とかですね、スーパーコンピューターを扱っている人とか、そういうDXの人たちがたくさんいる部門なんですが、
その中に実は社会技術研究部門という人文社会系の部分があって、そこの部門長をやっています。
さらに、今日お話しする話の中心がですね、私が今センター長を大学の中でやっている、社会技術共創研究センターという、通称LCセンターといいます。
LCは何かというのは多分この後ちょっとお話しさせていただくと思うんで、後でとっておいてですね、そこのセンター長を今6年やってきました。
そこの話が多分今日のお話の中心になるかと思っております。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いいたします。
そうですね、我々もLVMJapanとしても岸本先生とは2019年ですかね、7年前。
センターができる直前ですね。
はい、に大変お世話になりましてですね、我々が発行した位置情報データ利活用に関するガイドラインというものを策定して、
初版を作った時ですね、LCの観点というのを教えていただいて、レビューをいただいたりいただいたりなご協力をいただきましたという、とってもお世話になっていらっしゃる岸本先生でございます。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、せっかくなんで、LCとは何ぞやをぜひ教えてください。
はい、我々組織名も通称なんですけど、LCセンターと言っているほどですね、一つのキーワードとしてLCというのが重要になってきています。
このLCというのはELSIというふうなアルファベットの頭文字なんですが、これをつなぎ合わせてLCというふうに呼んでいます。
元の単語はどうかというと、Ethical Legal Social Issuesということで、日本語にすると倫理的法的社会的課題というちょっと肩苦しい言葉になります。
元々ですね、このLC、倫理的法的社会的課題という言葉はですね、1990年、もう35年以上前なんですけど、アメリカでヒトゲノムを解読するプロジェクトが大々的に始まったときにですね、最初から一つの研究プログラムとして実はスタートした、そのプログラム名に由来するんですね。
このコンセプトは当時としてはものすごい先進的で、つまり研究開発をスタートする、つまり研究開発が終わっていない、スタートする段階でその研究開発が成功した暁に、どんな社会的な影響が生じそうかと、特にネガティブなものとかですね、問題になりそうなものというものを洗い出して、あらかじめそれに備えておこうというコンセプトで始まったプログラム名なんで、
ずいぶん古いんですが、今まさにAIとかデータの時代になって、改めて注目を集めていると、そういう単語になります。
ELSIの概念と位置情報データ利活用への応用
なるほど。なんですかね、その6年前、このセンターを立ち上げられたときっていうのは、まだAIという言葉はあったと思いますけれども、生成AIも登場する前ですし、どういった観点からこのLCを推進していこうっていうところに至ったんですか?
当時はですね、やっぱりそういうデータ利活用ということが一つ、特にパーソナルデータの利活用というのが一つ焦点に当たっていまして、さらにはそれだけじゃなくて、さまざまな最先端のテクノロジーを研究開発するというのが大学の使命としてあって、さらに大学も基礎研究だけじゃなくて、イノベーションをやっていけという風潮がすごく強くなって、
そうなるとやっぱり社会に出すときに、その悪用されないようなルールを作るだとかですね、何らかの差別的なこととかですね、不公平を与えるような使い方はされないようにとかですね、そういったことまで考える必要が出たんですよね。
なので、我々の使命としては、まずは学内のそういう美工系とか情報系とか医学系と、そういった先生方が国家プロジェクトみたいな大きなプロジェクトに関わるときに、まさに先ほどもアメリカの例を申し上げたように、最初から寄り添ってですね、その技術が社会に実装されたときに何かおかしなことが起こらないかと、そういった可能性を考えてあらかじめ手を打つと。
場合によっては技術開発にもそれをフィードバックしていこうと、そういうコンセプトで始まりました。
今おっしゃってたおかしなことって、具体的な事例としてはどんなことを指してらっしゃるんですかね。
先ほどのアメリカの事例でいうと、人ゲノムが全て解読されたら、例えばゲノムによって差別を受けると。
分かりやすい例で言うと、保険会社に入るときにゲノム情報によって拒否されたり、あるいは非常に通常と異なるような高額な料金を請求されたり、あるいは就職で差別を受けたり。
そんなことが、その場合には一つフォーカスが当たって、そういうのを禁止する法律ができたりしたんですね。
その研究の成果として。そういったものが分かりやすいかなと思います。
なるほど。我々LBM Japanとして、このLCとしての観点を先生と一緒に議論させていただいた部分というのは、位置情報データ活用を推進していきましょうという中で、
当時はまだ個人情報保護法が位置情報について定義を行う前だったっていうところもあって、
事業者間でディスカッションをして、こういった活用方法はやめておこうね。
さっきおっしゃっていただいたような事例のように、人を差別するとか人を区別する、そして何がしか個人の行動手法に影響をあるような使い方をやめていこうというようなことを漠然と話してはいたものの、
じゃあそれってどうやって定義をするんだっけ、法律にも定義がないしっていう中で出会ったのがLCという概念、岸本先生だったわけですけれども、
どうですかね、我々が当時悩んでいた部分っていうところで、そこは位置情報データ活用っていうデータを活用して何かを行うために、
影響範囲を制限していこう、最小限に留めよう、または影響がないようにしよう、そういったことに活用されるっていうのがこのLCの概念であるべきなんですかね。
そうですね、当時は我々もそのLCセンターというのを発足する前で、実は我々LCっていう言葉はそんなに使ってなかったんです。
生命科学のもんだと思って使ってなかったんですけど、この位置情報の話をお聞きしたときに、これまさにやっぱりアメリカで人ゲームの解読プロジェクトが始まる際にLCが必要になったように、
日本版じゃないですけど、日本ではこの位置情報をデータを利用するっていうことのLCを考えるっていうことが非常によく似てると思うんですね。
両方ともこれ明らかに転ばぬ先の杖というそういうコンセプトだと思うんですよね。
なので、非常に私実は生命科学の分野で使われているLCっていうことがどこまで広がりを持っているのかなっていうことはそんなに自信がなかったんですけど、
このLBMAさんのプロジェクトに関わらせてもらって非常にその自信が持てたというか、これは使える概念だし、他の分野にも使えるなという確信を持てたということで、こちらも逆にとても感謝しているということですね。
社会技術研究と人文社会科学の役割
ありがとうございます。それが6年前でしたという話なんですけれども、そこから自信を蓄えた清本先生がどんなプロジェクトをやってこられたのかぜひちょっと教えてください。
最初は先ほどちらっとお話ししたように、学内のいわゆる理系のプロジェクトを支援するということをメインとしたんですけど、正直そういう競争的資金って落ちるというかなかなか通らないんですよね。
そうこうしているうちにLBMAさんの一緒にやった経験を生かされて、企業さんとの共同研究は非常にたくさん進みました。
結局10社以上とやって、今も続いているやつがいくつかあるんですけど、人文社会科学系の三角連携という、当時たぶんほとんどなかったと思うんですよね。
三角連携といえば大体医学とか法学が中心だと思うんですけど、そういったニーズがものすごくあるということがわかってきました。
実際我々も手探りでケースバイケースでやってきたんですけど、さまざまなノウハウがたまってきて、そこで研究開発されたものを我々社会技術というふうに呼んでいます。
これはもう倫理原則を作るとか、何らかのアセスメント手法を作るとか、そういうのも含めて、いわゆる狭い上の科学技術に対して社会技術を作っているんだと。
なので理系の共同研究とかですね、企業との三角連携が科学技術の研究開発しているんだったら、我々人文社会系は社会技術の研究開発しているんだと、そういうコンセプトを立ち上げるということができたかなと思っています。
そうですよね。私も企業の立場で三角連携みたいなことはいくつかやってきた経験はあるんですけれども、もちろんいわゆる文系の三角連携って聞いたことがないですし、あるんですか?本当に聞いたことがなかったんで。
広い意味で言うと、最近やっぱり、例えば哲学が企業経営に活かされるんだ、哲学者を雇うんだとか、AIなんかでもアンソロピック社とかですね、メタ社とかいろんなところが哲学者を雇って、たまにトラブルになって経営者とうまく合わなくてもめたみたいな話がニュースで出たりするんですけど、やっぱり何らかの羅針盤というかですね、そういった意味で人文社会系のこのとても不確実な時代にはですね、必要だということは漠然とは割とみなさん思っています。
ただ、どういうふうにして利用するかとかですね、利用されるかというところのノウハウはまだ十分たまってないのかなと、試行錯誤かなと思いますね。
AI時代におけるリスク学と倫理観
そうですね。その人文学、今せっかくAIのお話も少し出たので、その辺についてぜひご意見いただければと思うんですけれども、なんかAIがこれだけ生成AI、AIエージェント、最近ではフィジカルAIっていうような形で進化していく。
そして利用がもうほんと爆速で毎日毎日広がっていくっていう中で、その倫理観であるとか、ハルシネーションって言ってますけど、あれって要は間違った情報、間違ったデータを吸い上げているっていうことだけなのかなと思うんですけれども。
そこに対して倫理観が必要であるとか、やっぱりそこは哲学が重要なんじゃないかみたいな論点はよく聞くんですけれども、そこを先生の観点から今どんな感じで見ていらっしゃいますか。
僕はもともと実は専門分野なんですけど、リスク学ということを言ってるんですね。
これリスク学は根本的な考え方としてリスクはゼロにならないっていうところからスタートして、どの程度だったら受け入れ可能かということで、我々日常車を運転します、旅行に行きますし、何らかの微量の有害物質が含まれざるを得ない水だったり食料だったりを摂取しているわけですよね。
そういった中で我々は受け入れられないリスクというものを排除する形、逆に言うと受け入れられるリスクは許容しながら生活をしているわけですよね。
こういった考え方ってフィジカル、ケミカルなものだけじゃなくて、やっぱりそういう情報技術とかでも同じように適用可能だと思うんですよね。
そうなってくると、やっぱりAIって、かたや非常に便利なんですけど、かたやそういった様々なリスクを抱えると、じゃあどこまでだったら受け入れ可能なのか、どこまでだったら自分自身の責任なのか、あるいは提供者の責任なのか、そういった整理っていうのが必ず必要になってくると思うんですね。
そこを考えないと、ちょっとでも何か起こったらやめとか、逆にどんなものでも受け入れるべきだって言ってしまったりとか、そういう両極端な意見になってしまうので、そこをうまく妥協するというか、どこかで線引きをすると、それがまさに社会技術なんじゃないかなというふうに思っているので、いや、ますます多分必要になってくると思うんですよね。
なるほど。結構でもAIを活用している人たちで、このリスクは何ですかみたいなのを生成AIに聞いたりしてると思うんですよね。だからそれってでもそのAIが弾き出すリスクっていうのは、世の中一般にある情報をもとに算出してくるんだとすると、今おっしゃってたリスク学の観点からどうやってそれを正しいリスクとして経営者だとしましょう。
経営者に提示する口を作るのかって、どんなイメージありますか。
これは正しい、これ難しいんですよ。
例えばエンジニアとかですね、食品だったり化学物質だったりすると、とことんお金と時間をかけるとですね、正しいリスク評価につながるんですよね。
ただこういった新しい技術だったり、あるいはその技術自体が日々進歩していく中で、正しいリスクっていう客観的に正しいリスクという概念自体多分存在しないんですよね。
そこはある程度主観を含みつつ、我々はこういう対策をしてこのぐらいまでリスクを減らしたんで、受け入れ可能だと考えるということをまずは事業者が説明すると。
それに対して受け入れる側としては、それを信用するかしないかっていうことを選択する自由があると。
そういった中で言ってることがその後間違ってたとかですね、おかしなこと言ってたことがバレると信用が失われるわけですよね。
そういった中で、ある種妥協とも言えるような形でリスクの相場感というのが生まれてくるのかなと思うんですよね。
そこをもう少しできるだけシステマチックにですね、できるだけ客観的に見逃しのないようにしていくかっていうところが、我々人文社会学あるいはリスク学というのが関わっていけるところかなと思っています。
歴史学の視点から見たリスクと技術受容
なるほど。人文社会学ってある意味その歴史みたいな観点ももちろん含まれているのかなと思うんですけれども、そのリスクを算出する上で、やっぱり過去の事例とかそういったこととか過去の判断に対してこういった事象が発生した。
なのでこういうリスクがありますよっていうことを想起させる。そんななんて言うんですかね、それはどういった形で算出されるものなのかなっていうのをちょっと教えていただけると。
算出という客観的な言い方はなかなか当てはまらないかなと思うんですけど、歴史学やっぱりすごい大事なのは、我々人類って言ったら火の発明以来様々なエマージングテクノロジー、新しい科学技術の社会需要というか社会実装をずっとしてきたわけですよね。
で、よく例えば自動車っていうのが入ってきたとき、我々はどう対応したかとかですね、あるいは今AIとか生成AIで教育に対するネガティブな影響があるんじゃないかと言われましたけど、過去遡るとやっぱりラジオが入ってきたときも子どもたちが宿題しなくなるって大騒ぎがあったし、それはインターネットもそうですし、漫画とかもそうですし、やっぱ新しいテクノロジーとか新しい媒体というのが出てきたときに必ず同じようなリアクションをする。
そういったことは歴史を振り返ってみるとそれなりに今の状況に対する何らかの示唆が得られるっていうことはこれ歴史学のアプローチとして十分ありますし、そこをリスクという観点から考えたときにどのぐらいの相場感かというのを比較することができるかなと思います。
なるほど、面白いですね。確かにスマホ、その前で言うと柄系でしたけどがダメだって大騒ぎが当時あったのを覚えてますけど、全員が電車の中でスマホ使っちゃってるじゃないか。でも比較として50年前はみんな全員が新聞読んでるじゃないか。
そういったのでそのデバイスが変わっただけだよみたいな。そんな論は確かにあるかなっていうのは見てて。何ですかね、その新しい媒体というかある意味パラダイムシフトが起こったときに人はどうやってリアクションを取るかっていうのは確かに似てるのかなっていうのは基本やることは同じですよね。
似てるところももちろんあるのは当然なんですけど、やっぱり違うところもあるとは思うので、そこをどう見極めるかっていうことがそういう観点からは出てくるのかなと思います。
ありがとうございます。大騒ぎするなという感じですかね。
基本的にはそうですけど、はい。もちろん騒ぐべきところは騒ぐ必要がある。そこを見極めるのが大事かなと思うんですよね。
ELSIセンターの今後の展望と万博レガシー
ありがとうございます。そうしましたらちょっと最後に今後の展望、LCセンターさんとして今後の取り組み、展望についてお聞かせください。
はい。いくつかあるんですけど、やっぱり我々最近気づくのは、先ほどエシカル、リーガル、ソーシャル、倫理、社会というふうに申し上げたんですけど、人文社会科学っていうのもざっくりひとまとめにするわけにはいかないぐらい本当は多様な分野がありまして、
ただ大学なんかで見てるとやっぱり経済学、その経済学の中でも細かく分かれている。法学、その中でも細かく分かれているみたいに、やっぱりここでも縦割りというかですね、そういう分断が起こっているんですね。
でも我々、倫理、法、社会みたいな様々な研究者が一緒に日々現実の課題、もちろん位置情報、ビジネスとかですね、含めてですね、現実の課題に向き合っているということで、
よく人文社会科学は役に立たないとかそういう浪走ってたびたび起こるんですけど、僕はものすごいポテンシャルを感じていて、その中の一つがまさにこういった新しい技術、新しい取り組みの社会実装というところに関わるような分野かなと思っているので、
ちょっとそこをですね、もう少し理論的、体系的に打ち出せるようにして、さらに取り組みのスコープを広げていきたいなというふうに思っております。
はい、ありがとうございます。本当にいつも岸本先生の話面白くて、ついついいろんな質問投げかけちゃいました。ありがとうございます。先生、もう万博終わりましたけど、万博何回行かれたんでしたっけ?
万博はですね、一応データ利活用有識者会議メンバーとして2回行って、個人として40回行きまして、42回行ったということで、楽しみに過ごさせていただきました。
どう思いますか、今年は?
今年はですね、僕はやっぱり万博は終わらないというそういう信念を持っている一人なんで、そのレガシーをですね、いろんなところに見える形、見えない形でですね、受け継いでいきたいなというふうに思っていますし、仕事の中にもエッセンスをたくさん入れてますんで、また楽しみにしておいていただければと思います。
嬉しいですね。それが具現化した時にはまたぜひお話お聞きください。
はい。
ありがとうございます。今日は大阪大学LSEセンター、センター長でやられる岸本先生からお話を伺いました。岸本先生ありがとうございました。
はい。こちらこそありがとうございました。