「こんな子たち、見たことがない。なのに、学校にいた気がする。」
ラブ上等2を見ながらNewJeansの記事を書き終えたあと、頭の中に戻ってきたのはSPEEDの思い出でした。1996年、日本テレビの『THE夜もヒッパレ』で、まだSPEEDという名前すらなかった4人を見ていたときの記憶です。
エンタメ業界15年、複数事業を統括してきた立場から、人が売れていく過程はいくつも見てきました。それでも、あの4人がスターになっていく順番を目撃したときの驚きだけは、いまも説明しきれずにいます。
公式サイトによれば、4人が番組で本格的に活動を始めたのは1995年10月、「SPEED」という名前がついたのは1996年1月13日でした。名前も自分たちの曲もない状態から見ていたからこそ近く感じられ、そして同じ順番は二度と再現できませんでした。
今回は、SPEEDの1335日を最年少メンバーの学年に重ねて数え直し、NewJeansとのあいだにある同じ矛盾まで整理しました。なぜ「第2のSPEED」が出てこなかったのかも話しています。
▼話したこと
・『THE夜もヒッパレ』で見た、まだSPEEDという名前すらなかった4人
・年間シングルTOP100の21.3%を小室ファミリーが占めた1996年の遠さ
・12歳・12歳・13歳・15歳でデビュー。近いのに曲が始まると手が届かない
・「STEADY」100万枚、『Starting Over』ダブル・ミリオンという楽曲の強さ
・1335日は、最年少・島袋寛子さんの小6の夏から中学卒業の春までと重なる
・もう一度つくれなかったのは4人ではなく、何も知らずに見ていた側の目のほう
・NewJeansと共有する矛盾。見たことがないのに、学校にいた気がする
▼note記事
ぼくらの世代は「SPEED」が青春そのものだった。
https://note.com/keke_ent/n/n9b4adf2d174b
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