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ジョン万次郎を紹介します
2021-06-28 05:54

ジョン万次郎を紹介します


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こんばんは、ナッティです。
今日は、ジョン万次郎という人を紹介したいなと思います。
私、中学校で教えているんですけど、中学生に伝えるときは、
今日は私の好きな人を紹介しますということで、
いつもですね、4月の年度初めにこの人のお話をします。
日本名は中浜万次郎さんという方で、
彼は14歳の時に乗っていた漁船が高知県沖でナンパして、
4人の友人とともに無人島に漂着したそうです。
エルさん、こんばんは。
そして、ハワイに向かっていたアメリカの船に救助されるまで、
そこで生き延びていたそうなんですが、
こんばんは、お友達たちは外国人を恐れて、
自分たちだけで固まって英語を学ぶことに一切興味を示していませんでした。
ということです。
でも万次郎は、そんな中で危険を犯してでも行動して、
失敗を繰り返しながらも英語を学びながらですね、
生き延びることを決して諦めることはしませんでした。
彼の勤勉さに感心した船長は、船員として働きながら、
ハワイからマサチューセッツまで一緒に航海しないかと声をかけました。
友人たちはハワイに留まることにしたんですけれども、
万次郎だけはその誘いを受け、アメリカ本土まで航海を続けたそうです。
彼は日本が鎖国している時代にアメリカの土を踏んだ最初の日本人となりました。
フェアヘイブンという土地の学校に入学した万次郎は、
アメリカでの日本人学生第一号となりました。
そこでいじめとか偏見も経験したんですけど、
やっぱり彼は諦めず、できるだけ多くのことを学んで、
日本に帰国してからその知識をみんなに分け与えることだったということだそうです。
その学校を卒業した後は、
船に乗ってカリフォルニアの鉱山で金を掘るなどして、
渡航費を作って、1851年にハワイの友人たちとともに日本に帰ったそうです。
後にその多くの功績が認められ、
ヒーローとして称えられるようになったということだそうです。
私、中学生に教えるので、
彼が日本を離れた時が14歳だったということを伝えるようにしていて、
今の10代の人たちとほぼ同じ年代ですね。
万次郎のこの勇敢で大胆な話というのをぜひ伝えたいなと思っていて、
03:05
この時代はもちろん先生もいないし、
教科書CDとか辞書、成績表とかDVD、インターネットもない、
家族の支えも質問に答えてくれる人も励ましてくれる人もいないですね、
ナンパ船の船の上なので。
でもそんな中でも英語を学ぶことを決して諦めることはせず、
頑張り通したということが書いてあります。
私はこの彼と比べて、
そんなにそうなんですよ、そんなに多かったそうです。
その中学生の話をする時に、
そんな彼に比べて私たちは今ですね、
ありがたいことに教科書とかですね、
CD、辞書、DVD、インターネットですね、
家族、質問に答えてくれる人、励ましてくれる人とかがいる学校という環境で
英語を学ぶことができているというのを必ず伝えるようにしています。
なので日本語以外の勉強、言語を勉強することというのは
簡単なことではないと思うんですけど、
最近の人というか私たちですね、この彼、
ジョン・マンジローよりも遥かに恵まれた環境にいるんじゃないかなと
私は思っているので、
やっぱり英語を話したいとか、
そういう熱意とか、英語を学ぼうという態度とかさえあればですね、
いろんなツールは今たくさんありますので、
その熱意と態度がやっぱり鍵になるんじゃないかなと思っているので、
ぜひですね、話してみたいと思う人は何か一歩ですね、
今からでもできることがあるんじゃないかなというお話でした。
Lさん、Rさん、LRコンビあれですかね、
右左?ライト?
お知り合いなんですね、来ていただいてありがとうございます。
というわけで、今日はジョン・マンジローさんという人を紹介しました。
次回は、イングリッシュタレントショーというアクティビティですね、活動。
これは、今日話したジョン・マンジローは大体年度初めにお話しするんですけど、
イングリッシュタレントショーは大体学期末とかですね、
まとまった時間が経った後に行う楽しいアクティビティです。
では、また明日かな、明日の夜、イングリッシュタレントショーについてお話をしたいと思います。
Lさん、Rさん、ありがとうございました。おやすみなさい。
05:54

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