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2026-02-20 22:55

vol.58 幸せで埋まった空白の記憶

母・まさよさんが亡くなり、実家の整理をしていたここのさん。自分のものはもちろんですが、お母様のものの整理も行っています。片付け中に出てきた初めて見る写真たち。そこにうつっていたものは?自分の歴史の空白の時間が埋められた感覚について話しています。

サマリー

このエピソードでは、パーソナリティのここのさんが、亡くなった母親の実家の片付け中に発見した古い写真について語っています。特に印象的だったのは、両親の結婚式の写真や新婚旅行の写真で、記憶の中では仲が悪かった両親の幸せそうな姿に衝撃を受けました。また、自身が生まれてから6歳頃までの写真も多く見つかり、記憶にはないものの、家族の温かい風景や、近所の人々との交流など、空白だった自身の歴史が写真によって満たされていく感覚を語っています。これらの写真は、まるで遺跡の発掘のように、失われた過去の真実を明らかにし、ここのさんの人生に新たな意味を与えたようです。写真の整理は大変ながらも、失われてしまうことの多さを考えると、一枚一枚の写真が持つ価値を再認識し、自身の歴史が豊かに満たされていく体験を共有しています。

実家の片付けと写真の発見
五感でつながる開運ラジオ、はじまりはじまり。 このラジオは、聞くだけで運が開けていく。
今、そこにあるものに気づいていく。 人生の可能性を開くコミュニティ、Vision Quest主催のココノ、
そしてその仲間たちが、気づきや学びをシェアするラジオです。
今回は、ココノさんの話を、私が聞きます。
最近のテーマとしてはどうですか? 最近のテーマはですね、
いろんなことをやりながらの途中に、ずっとあいまいまで入っているのは、実家の片付けなんですね。
実家の片付けね。隣におもやがありますけども。 そうなんですよ。
同じ敷地に、母が住んでいた実家があることで、 ある意味、良し悪しだね。今思ったけど、
ちょこちょこっと隙間時間で行ける良さはある。 けど、
ずっと、
頭にちょっと残りやすいみたいな感じ。 近いから便利やけど、すぐ行けるけど、
頭の中に。 隣に通るからね。通るっていうか。毎日見るから。目に入るからね。
大きなものがね。そうそう。今気がついたけど。 だからね、お家が遠い方たちは、それぞれであの
わざわざ行くっていうことで大変なんだろうけど、 この日はそれ!みたいな感じになるかもしれない。
っていうのはありますが、それはさておき、 年末年始とかもね、結構一人で残って、
なんかあの、 やったわけですよ。
で、いろいろ片付けって、いろいろあるんだけど、 まああの、
今日話そうかなぁと思っていることは、
その、私の私物、
実家に残ってた私物を一旦、回収しましたと。
もう絶対回収しなきゃならないものだから。 おばあちゃんのものの片付けではなくて、自分の私物?
おばあちゃんのものの片付けはもう、あのね、 1時間ぐらい愚痴聞いてほしいぐらい、いろいろ大変なんですけど、
それはちょっと置いといて、私の私物。
で、結構あんまりないと思ってたんだけど、
いわゆるよくあるあるアルバム系とかね、 しょうもないガラクタ系みたいなやつが出てきたんだよね。
フェイスブックにも書いたっちゃ書いたんだけど、
結構アルバム大変だね、やっぱり。
ついつい見てしまうから進めへんっていうこと? 何が大変?
ついつい見てしまうかつ、まあまあ量ある。
愛されてるってことやん?
うん。
それ微妙じゃない? 愛されてるっていうのは、やっぱね、長男に比べたらたぶん10分の1ぐらいよ。
いっぱいあるけど、それでも。
すごいそういう意味で言うと、少ないんだと思うけど、
自分、私が見たことないアルバムが発掘されまして、
見たことないと。
あんまり記憶になかった。
あんまり記憶になかった。
誕生ぐらいから、6歳ぐらいまで、6年間分ぐらいの。
写真はあんまり見た記憶がなかったわけじゃん。
どっかに行っちゃっててね。
見てないっていうことはないような気もするけど。
うん。
そうね、あんまり、あんまり。
でも記憶になるよね。
そう。で、きれいにアルバムに入ってたりするのもあれば、
アルバム自体がバラバラバラって風化してね。
なんか、増えるアルバムが分離しちゃってる味なのもあって。
そういうものは、ベリベリベリってやつを剥がして。
50年以上経ってるからね。
約60年です。
60年、生まれたときの話。
そうですそうです。生まれたときからのだから、
ほんと60年ぐらいのやつ。
だけどね、ここからが本題なんですけど、
案外なんだろうな、
思いのほか、思いのほかってことがたくさんあったって感じ。
両親の結婚式と幸せな家族の風景
一番印象に残った、驚いたのは、
そうだね、ちょっと話ずれるけど、
父と母のマサヨとトシゾウの、
結婚式のアルバムが出てきたの結構衝撃だった。
これは本当に見たことがなかった。
話ちょっとずれましたけど。
ずれましたけども、
ココノが生まれると、
父と母の結婚式。
元祖って言うと、
それも出てきて、それはすごい驚いた。
まあまあ幸せそうだったし、
なんか、母すごい綺麗だったし、
父もなんか、
ちょっと文豪風ね、
なんか、アクターとか夏目っぽい感じの時代がね、
あったりとかして、
ほら、私の記憶に物心ついたときには、
お父さんとお母さんは仲が悪くて、
いつも喧嘩してたから。
俺もずっとそう聞いてたから。
実際そうだったしさ。
だけど、こういう時もあったんだねっていう、
とても幸せそうじゃないですか、お二人っていうのは。
お二人のパートナーシップが始まった日の写真。
新婚旅行の写真もなんか、
おそらく新婚旅行の写真もついてて、
なんか、ういういしい感じ。
すごい幸せそうで、
ありました。
それなんかすごい考え深かったんです。
で、私の前にお兄ちゃんが6歳年上でいるけど、
で、私生まれて、
で、お兄ちゃんが私のことかまっている、
いじ、なんか面白がって遊んで、
私泣いてるみたいな赤ちゃんのね、
いろいろ含めて、
なんか幸せな家庭の風景がそこにあったっていうのは、
すごいなんか、覚えてないけど、
健在意識の中ではね。
全然覚えてないけど、
写真から見える、
見せてくれている事実、
真実がそこにあって、
それはなんかすごくね、
つながる感じ?
つながる感じ。
なんか、私はそこ、
それは全然記憶にないし覚えてないけれども、
こういうことだったんだねっていうのが、
なんていうか、
受け入れざるを得ない感じじゃない?
そうやってこう、あるとね。
そう、だからなんかそこに、
あ、そうだったんだねっていう、
嘘だ!みたいなことにはなく、
そうだったんだねっていうのがあったし、
受け入れざるを得ないって感じだよね。
受け入れざるを得ないって感じで、
どんどん感じる。
だから、
空白の記憶を埋める写真たち
そう、そうなんだねっていうことだよね。
そのそうなんだねにはなんかいろいろ、
なんかありそうな感じもするの。
そうだね。
だから、
いろいろ、
やっぱり人って変化していくし、
関係性も変化していくし、
その中で、
私が見てきたものもあるけど、
なんかそれじゃないものもあるんだねっていうのは、
なんだろう、なんかこう、
そうそう、自分の歴史が、
新しい何かが加わるみたいな感じ。
なんか、ほら、遺跡が発掘されて、
歴史が塗り変わるみたいな、あるじゃん。
新しい何かがそこに加わってきた感じ。
そうそうそうそう。
加わるな。
加わるよ。
それがね、どんどん加わるわけ。
たくさんあるからね。
たくさんあるね。
それは、
写真を捨てて残すってことは、
やっぱりどっかに行くときの写真。
今みたいに日常がバシバシと撮られる時代じゃないからさ。
旅行とかね。
あえて撮るみたいな感じで言うと、
どこどこに日帰りなんとか、みたいなのなんだけど、
すごいしょっちゅう旅行してて、
毎月のように、
毎月のようにどっかしら行ってんの。
全然家族旅行なかったんだよね、とか言ってたけど。
そう、でもね、
そういう意味で言うと、
家族旅行があったのは、
私がよくわかんないけど、
2歳ぐらいまでな感じ。
どっからかプッツるお父さんが出てこなくなるわけですよ。
お父さんやっぱりね、
デブ症っていうか、
出かけるの好きな人じゃなかったから、
それはどういう事情かわかんないけど、
これは行かないから見に行ってきたらって感じになったんだろうね、
どっかしらでね、たぶん。
仲も悪くなったのかもしれないけど、知らないけど。
でも、だから母が1人で、
私と兄ちゃんを連れて行くとか、
あと、お友達誘って、
お友達の子供と一緒に行くとか、
あと、なんかちょっと意外っていうか、
そんなこともしてたかもって思ったのは、
うちの近所、ご近所さんに、
お子さんがいるんだよね。
お兄ちゃんと同い年ぐらい。
私、一番ちびこだったんだけど、
その、
そのみんなと旅行してたりするの。
近所のね。
近所の。
お友達とね。
そう。で、今も、
あの、
エリちゃん。
犬連れてるエリちゃんね。
エリちゃんって呼んでるけど、
もうね、管理肝すぎたおばちゃまですけど、
エリちゃんとかヨッちゃん、
今もいるヨッちゃんね。
めちゃめちゃ小さい時の写真とかあって、
ヨッちゃんとかエリちゃんとかと一緒に旅行してたんや、
みたいな感じになるわけ。
そうするとなんか、
ご近所でなんか、
今もすれ違ったりとかすると、
なんか、
最近はずっと、
こんにちはぐらいしかなかったんだけど、
なんか、
すごい今またヨッちゃんに対するなんか、
違う感じがあるわけ。
違う感じ。
やっぱりね、なんか、
全然覚えてないし、
記憶にもないけど、
事実が教えてくれる、
ヒストリーがあって、
なんかそんな風に多分たくさん遊んでたんだな、きっと、
みたいなさ、
のとか。
で、私がだから、
小学校ぐらいからは、
学校のアルバムとかがあったから、
なんとなくこう自分の記憶としては、
始まってるんだけど、
いろんな自分が覚えてないけど、
写真が見せてくれるものとかね、
たくさんあるんだけど、
そうね、なんかでも、
そのこう、
ブランクが埋まったって感じがある。
ブランク。
記憶全くなかったもんね。
そう。
そこに、
いろんな写真が来て、
そうだよっちゃん、エリちゃん、
エリちゃん。
いろんな。
せやったせやったみたいな。
そうそうそうそう。
私たちもさ、よく家族で、
お子さんも一緒に旅行に行ったりしたような、
ああいう感じのね、
のがたくさん出てきて、
なんか、
かわいがられてる感じ?
とか、
おしゃれしてる感じ?
昭和レトロなね、
とかさ、
いろいろ見ると、
無邪気でかわいいな、
みたいなのとかも、
すごいあるし、
ほんとほんと、
写真があるっていうのは、
結構いいことだね、
って思ったよね。
だから、
記憶としてはほんとにないのよ。
当然、
写真がもたらす「みっちりした」感覚
記憶としては全然ないんだけど、
でもなんか、
さっきも言ったさ、
見せてくれることによって、
なんか、
ある、ないと思ってたものが、
あるになっていく感じ?
うん。
このあるになっていく感じは、
どんな感じ?
なんかだからね、
空っぽだったものに、
なんかが注入される感じ。
注入されてるわけ?
そう。
なんかはね、
みっちりした感じ。
みっちり、
みちみちになってるわけ?
なんかね、
なんかこう、
容器とかさ、
チューブとかにさ、
シャンプーみたいな、
ああいう、
さらさらしてない、
粘度のある、
何かが、
むにゅーって入ってくと、
ひたひたになってくじゃん。
空間が。
ああいう感じ。
それまでは、
空間がやっぱりあったわけだよね。
空白がそこに。
空白だったんだねってことも今更。
空白だったことにも気づいてないけど、
そこになんか、
満たされたけどね。
チューブなのか、
なんかそういうこう、
ここのの一生みたいな、
なんかそういうパイプ、
パイプラインみたいなのがあるとしたら、
そこをね、なんか、
むにゅーって。
むにゅーって。
むにゅーって入ったよね。
むにゅーって入ってるよな。
っていうので、
だからこう、
みっちりした感じ。
そのみっちりしたのも、
なんかあれやな。
すごい感覚的やな。
相当感覚的だね、なんかね。
だからなんかでも、
全然その、
内容成分は、
記憶にないわけ、
何度も言ってるけど、
けどある感じ。
だからこう、
みっちりしてるし、
くっつく感じだよね。
みっちりしてるし、くっつく感じ。
うん。
そうやな。
その部分だけがみっちりしてるっていうのも、
そうやけど、
ここのちゃん、
全体の感じも、
なんか、
影響を受けてるのかなって。
うーん。
受けてるような気もする。
なんとなく。
なんとなくね。
なんとなくね。
みっちりしてるなっていうのを、
見てる、
写真の価値と整理の難しさ
コウホーちゃんがいるわけやもんな。
うん。
そうね。
だから、
そうそう。
だから明らか、
あの、
あるある感じなんですよ。
うん。
ねえ。
でもなんか、
たかが写真と思ってたけど、
大事だね。
だいぶインパクトを受けてる感じやし。
そう。
だからさ、
こう、
写真って、
なんかでなくなっちゃうことあるじゃん。
うん。
いろんなことで、
なんかこう、
ハプニングで捨てちゃうこともあるかもしれないし、
その不可抗力で、
なくなってしまうこともある
わけで、
結構ほら、
旅行とか行ってもさ、
カメラ盗まれたりとかするとさ、
カメラのあれよりは、
写真があってやっぱ思うじゃない。
だから、案外大事
なんだねって。
うん。
で、思いながら、
とりあえず、
ベリベリって剥がしながら、
全部を保管すると、
膨大なので、
それもちょっとなんか、
こんまり先生の
アドバイスで、
一つのイベントでせいぜい3枚。
っていう風な、
縛りながら、
あの、
ちょっと捨てるものは捨てたりとか、
同じのが重なってるのは、
選び抜いたりとか、
してますけど、
そうやってだんだん、
でもそれも減っていくんだろうね、
って気もするけどね。
うん。
そうか。
この、みっちりした体験は、
小野ちゃんは、
どんな風に体験したんやろうね。
うん。
そうだね。
そうね。
うん。
いやー、でもなんか、
ちょっと、でもやっぱり幸せな感じ
なんじゃないのかな。
って気がするけど。
いろんなガラクタが出てきたのとか、
自分のこう、
交換日記とか、
手紙とかっていうのは、
しょうもなって感じがたくさんあって、
ガッサガッサ捨てたけど、
そこまでこう、原点なところ、
うん。
のものに出会ったのは、
ちょっとなんか、
いいよね、なんかね。
うん。
想像以上に可愛かったし。
大事だね。
そうそう。
だって可愛くないってずっと言われてきてたからさ、
お母さんにさ、
そういう擦り込み。
そう、ちっちゃい時に本当に可愛くなかったのよ、とか言ってたから、
どんなに可愛くなかったのかなと思ったけど、
いや、とても可愛かったですよ、
と思って。
可愛いのかな。
それもあれだろうね、なんか、
それもなんか、
そんなつもりに言ったんじゃない、
母の言葉を、
私がそういう風に受け取った。
身にしめた。
自分のことか知んない。
ちょっと本当によくわかんないけど、
うん。
ちょっと事実が変わりましたっていう。
満ち満ちた。
はい。チューブの中に。
その満たされた、
幸せ感っていうのも、
なんか、
すごいね、良かったね。
良かった良かった。
あの、
はい。
良いの反対側にはいろいろありますけど、
あります。
それは良かったなぁと思います。
そうですね。
一家片付けは大変やけども、
はい。
そういう道々の体験もありましたという、
お話でしたね。
満たされた幸せ感とラジオの締めくくり
はい。ということで。
ということで、あれやな、
なかったことになってたところに、
うん。
が、やっぱりあると。
そう。
いうのに気づくと、満ちるということやな。
うん。
うん。
やっぱりある、
あるんだよ、きっと。
ないことにしがちっていうかね、
単に忘れてる人もあるんだけど、
無意識で見ないようにしてることとかね。
あとないことにすることで、
なんか言い訳できたりとかさ、
なんか。
まあまあ、守ってたら何かがあるかもしれないしな。
でもまあ、あるものはあるからね、
っていうのはね。
まあでも形で見せてもらえるのは、
ありがたいね。
私にとってはこのタイミングでよかったなって思ってます。
はい。
ということで、
今日はこんな感じですね。
はい。ということで。
今回も聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。
はい。
じゃあね。
ではでは。
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