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2つ候補があって、1つは小さい頃住んでいた父親の会社の社員寮で、5階建てか4階建てで階段で上がるような古い建物があって、そこでチューリップ型のアイスクリームが欲しくて泣いていた記憶ですね。
もう1つは、自分がおむつ替えをされて、それはおそらく北海道朝日川の祖父の家で、自分の目の前に自分のおしっこがこう描いている。
でもそれは嘘の記憶だろうと言われている。
他の兄弟のおしっことかが混ざっているかもしれないですね。
そうですね、その団地風の建物と、今は亡くなっちゃったんだけど祖父母の家っていうのは覚えてますね。
初めて千住って、自分には何回かあって、幼稚園の時に今の北綾瀬の近くに越してきたんですよね。
その時、電車で通過した北千住。だから千代田線の窓からこうやって外を見てて、目の前を通り過ぎていった北千住の記憶。
それから自転車なんかで遠出をするようになった、小学生からローティンぐらいの時代に、闇雲に道沿いに遠くに行ってたどり着いた千住の街の記憶。
橋を渡ったんですか?
特になかったかもしれないですね。
その時はどこまで行ったんですか?
その時は自分は魚釣りとかが好きで、川沿いに動く子供だったんですよ。
したがって荒川沿いに動いてると、通過点として千住があって、終着は河口の火災の海。
だいぶ距離があったわけですね。
そしたらだんだん大きくなっていって、東京の霧というものが概念的に頭の中に入ってきて、
北千住はターミナル駅だよ、っていうふうなことも頭の中に入ってきた頃、上野の高校に行ったんだ。
千住というのは自転車で学校行ったり来たりする時の通過点があって、
その時に日光街道沿いだけを通るのはつまらないんで、いろんな道に分け入ったりしてたんですけど、
その時初めて柳原商店街を知ったかなと。
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ただまだその凄さは分かってなかったんです。
裏道が細く迷路のようになっていて、メインストリートからどんどん外れているというのは、そういう場所があるという記憶に残ってますね。
終電がなくなった深夜、自転車で通った記憶とかありますね。
その上野までの距離って結構いろいろ越えていくと思うんですけど、その途中、千住を越えてから。
何でしょうかね。
入屋のあたりに古本屋がいくつか残ってたかな。
その頃は意識が秋葉原や神田に向いていたから、残っている記憶って圧倒的にそのあたりなんですよ。
今はなくなってしまった古本屋とか。
全然雰囲気が違いますよね、秋葉原とか。
そう、中古学期が置いてある店とか。
そうですね、話はずれるけど、その公募店の建物で15年ほど大学・在学中から働いておりました。
やっぱり、あのあたりはそういう昔からの。
そうですね、日本美術院と日展かな、大きいところだとね。
小さいところもありますよね。
小さいのもあります。
たくさんありますよね。
小さいところは雑居ビルの2階とかをねじ込みしてますけどね。
さっき言った、その2つは自社でビルがある。
自社ビルがある。
社団法人だから自社ですよね。
今思っているのは、自分がやってきた絵画のことをまとめたいと思います。
ちょっと対抗的というか、ネガティブな、後ろ向きな人生感はあるかもしれないけど、
自分が描いてきたイラストとか作品とかを、一冊のパンフレットにまとめようと思っています。
新編整理ですね。
なんかちょっとこの年で人生の最終段階を考えている。
ろくでもない状態。
長くはなるだろうけど、一応今年中ですね。
おとまちさんが年度で動いているところは、
ちょっと自分自身はいろんなオファーからうまくのらりくらりと逃げているところがありますね。
例えば去年はアウトプットしまくった年だったんですよ。
タコテラスを作って海外に行って、