第二百五十三話『おのれの価値を高める』-【大分篇】作曲家 瀧廉太郎-
2020-07-04 12:29

第二百五十三話『おのれの価値を高める』-【大分篇】作曲家 瀧廉太郎-

大分県を走るJR九州の豊肥本線に、豊後竹田駅があります。
この駅のホームに電車が入ってくると、あるメロディが流れます。
それは、『荒城の月』。
作曲したのは、瀧廉太郎(たき・れんたろう)です。
瀧は幼い頃、父の仕事の都合で各地を転々としますが、竹田で過ごした時間は、彼にとって創作の礎をつくりました。
大分県竹田市の岡城が『荒城の月』作曲の着想につながったと言われ、城址には、瀧の銅像があります。
12歳から14歳まで過ごした屋敷は、瀧廉太郎記念館として残り、今も街の偉人として愛され続けています。
瀧は23歳の若さでこの世を去りますが、日本の音楽史において、日本独自の唱歌や童謡を最初に世に出した先駆者、革命児なのです。
彼は幼い頃から、どんなにいじめられ、世間から見放されても、ある信念を抱き、実践することで耐え抜くことができました。
それは、自分の価値を高めるということ。
そのための努力を惜しまないということ。

たったひとつでも一番になれるものを持っておけば、必ず一目置かれるようになる。
それは彼が転校するたびに感じたことでした。
音楽学校を首席で卒業しても、ピアニストで一番でなければ世の中に出ていけない。
作曲家になっても、ひとがやっていない奏法で一番になれなくては生きていけない。
いつしか、その思いは強迫観念のように彼を追いつめていったのかもしれません。
でも、そのおかげで彼の名は今も残り、私たちは彼の歌を口ずさんでいます。
亡くなる4ヶ月前に作曲したピアノ曲のタイトルは、りっしんべんに感じると書く、漢字一文字で『憾(うらみ)』。
まさにこれからというときに、結核でこの世を去るのは、どんな思いだったのでしょうか…。
終生、音楽に向き合い続けた作曲家・瀧廉太郎が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

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