大分県の東海岸に、今もなお城下町の佇まいを残す、歴史ある街があります。臼杵市。
この街に生まれ、99歳で亡くなるまで、生涯現役の作家として活躍した小説家がいます。
野上弥生子(のがみ・やえこ)。
実話をもとにした問題作『海神丸』や、戦争に傾いていく時代に抗う青年の苦悩を描いた『迷路』、女流文学賞を得た『秀吉と利休』など、重層で骨太な作品群は、のちの作家たちにも多くの影響を与えました。
彼女の流儀は、小説家である前に、まず、ひととしてどう生きるかでした。
いい作品を書くためであれば、なりふり構わず破天荒に生きるという無頼派とは、一線を画したのです。
ただひたすらに規則正しい生活をおくり、母として3人の息子を育て上げました。
晩年のインタビューでは、こんなふうに答えています。
「私を、小説家、作家と呼んでくださるのですが、私は今も、自分が作家だと名乗るのをおこがましいと思っているのです。
まだまだ、修業が足りません。まだまだ、作家と呼ばれるには足りません」
臼杵市にある野上弥生子文学記念館は、彼女が暮らした生家の一部を改装したもので、少女時代の勉強部屋が展示されているほか、多くの遺品に出会うことができます。
中でも、彼女の師匠、夏目漱石からの手紙は、貴重な資料です。
漱石は野上の作品に対する感想と共に、こんなアドバイスをしています。
「美文的なものを書き、漫然と生きず、文学者として年を取ることをおすすめします」
ひととしてまっとうでありながら、文学者を貫いた作家・野上弥生子が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
この街に生まれ、99歳で亡くなるまで、生涯現役の作家として活躍した小説家がいます。
野上弥生子(のがみ・やえこ)。
実話をもとにした問題作『海神丸』や、戦争に傾いていく時代に抗う青年の苦悩を描いた『迷路』、女流文学賞を得た『秀吉と利休』など、重層で骨太な作品群は、のちの作家たちにも多くの影響を与えました。
彼女の流儀は、小説家である前に、まず、ひととしてどう生きるかでした。
いい作品を書くためであれば、なりふり構わず破天荒に生きるという無頼派とは、一線を画したのです。
ただひたすらに規則正しい生活をおくり、母として3人の息子を育て上げました。
晩年のインタビューでは、こんなふうに答えています。
「私を、小説家、作家と呼んでくださるのですが、私は今も、自分が作家だと名乗るのをおこがましいと思っているのです。
まだまだ、修業が足りません。まだまだ、作家と呼ばれるには足りません」
臼杵市にある野上弥生子文学記念館は、彼女が暮らした生家の一部を改装したもので、少女時代の勉強部屋が展示されているほか、多くの遺品に出会うことができます。
中でも、彼女の師匠、夏目漱石からの手紙は、貴重な資料です。
漱石は野上の作品に対する感想と共に、こんなアドバイスをしています。
「美文的なものを書き、漫然と生きず、文学者として年を取ることをおすすめします」
ひととしてまっとうでありながら、文学者を貫いた作家・野上弥生子が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
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