北海道網走郡美幌町出身の、稀代の文化人類学者がいます。
山口昌男(やまぐち・まさお)。
1970年代から、学問や文化の在り方を根底から変える思想論を展開。
浅田彰(あさだ・あきら)や中沢新一(なかざわ・しんいち)と共に、1980年代のニューアカデミズムを牽引しました。
山口の真骨頂は、ジャンルの垣根を越えたこと。
文化人類学、文学、演劇、哲学、美術など、あらゆる境界線を突破したのです。
その思想のフィールドは、地域、国にもおよび、あらゆる民族の多様性に、いち早く注目しました。
「学者っていうのは、そりゃあ、面白い学者のほうがいいに決まっている。いかがわしく世間をすねて、世間を恥じてこその学者。私たちが住んでいる世界は、目に映るものだけではなく、心に映る世界も大切なんですね。明るい部分だけではなく、心の底に沈殿している、もやもやしたものも含めての文化なんだと思います」
と、NHKのインタビューに答えています。
山口は、その言葉のとおり、世の中で光があたる人物や出来事よりも、負けていったもの、虐げられて消えていった文化に脚光をあてました。
特に、生涯のテーマにしたのが、道化。
文学や祭りに登場する道化、トリックスターの意味、意義についての考察は、今も全世界に影響を与えています。
カーニバルにおける道化は、この世とあの世の垣根を、唯一飛び越える存在。
世界に緊張が高まると登場する道化の姿に、ひとびとは、そのバカバカしさに笑い、心に余白が生まれます。
学者は、ある意味、道化として垣根を越える存在であるべきだ、そう唱えた山口は、漫画を描き、フルートを演奏し、さまざまな対談を受け、若者とも積極的に語りました。
今、我々に必要な道化とは何でしょうか?
文化人類学の父、山口昌男が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
山口昌男(やまぐち・まさお)。
1970年代から、学問や文化の在り方を根底から変える思想論を展開。
浅田彰(あさだ・あきら)や中沢新一(なかざわ・しんいち)と共に、1980年代のニューアカデミズムを牽引しました。
山口の真骨頂は、ジャンルの垣根を越えたこと。
文化人類学、文学、演劇、哲学、美術など、あらゆる境界線を突破したのです。
その思想のフィールドは、地域、国にもおよび、あらゆる民族の多様性に、いち早く注目しました。
「学者っていうのは、そりゃあ、面白い学者のほうがいいに決まっている。いかがわしく世間をすねて、世間を恥じてこその学者。私たちが住んでいる世界は、目に映るものだけではなく、心に映る世界も大切なんですね。明るい部分だけではなく、心の底に沈殿している、もやもやしたものも含めての文化なんだと思います」
と、NHKのインタビューに答えています。
山口は、その言葉のとおり、世の中で光があたる人物や出来事よりも、負けていったもの、虐げられて消えていった文化に脚光をあてました。
特に、生涯のテーマにしたのが、道化。
文学や祭りに登場する道化、トリックスターの意味、意義についての考察は、今も全世界に影響を与えています。
カーニバルにおける道化は、この世とあの世の垣根を、唯一飛び越える存在。
世界に緊張が高まると登場する道化の姿に、ひとびとは、そのバカバカしさに笑い、心に余白が生まれます。
学者は、ある意味、道化として垣根を越える存在であるべきだ、そう唱えた山口は、漫画を描き、フルートを演奏し、さまざまな対談を受け、若者とも積極的に語りました。
今、我々に必要な道化とは何でしょうか?
文化人類学の父、山口昌男が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
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