第三百七話『謙虚であること』-【東京篇】科学者 猿橋勝子-
2021-07-17 13:12

第三百七話『謙虚であること』-【東京篇】科学者 猿橋勝子-

昨年、生誕100年を迎えた日本の女性科学者の草分け、猿橋勝子(さるはし・かつこ)。
彼女の名が世界的に知られるようになった研究は、海における放射能汚染です。
ビキニ環礁の水爆実験で降った「死の灰」を分析し、核兵器による放射能汚染に警鐘を鳴らしました。
その成果は、1963年に成立した「部分的核実験禁止条約」につながったのです。
「科学技術は、人類の幸せのために役立てなければならない」。
その確固とした信念は生涯変わることなく、女性科学者を顕彰する「猿橋賞」の創設で、女性に活躍の場が拡がるよう、心を砕きました。
その背景には、彼女自身が体験した、女性科学者として歩みを続けることの難しさがあります。
当時、女性は大学に入ることを許されず、高等女学校のあとの専門学校が、女性の最高学府でした。
芝・白金に生まれ、電気技師の父を持ち、満ち足りた環境で育った猿橋。
両親は、女性の教育に熱心だったのですが、それでも「女の子は二十歳になったらお嫁にいくもの」という世間の常識に従おうとしました。
「雨はどうして降るのだろう」と考えた少女は、幾多の苦労を乗り越え、中央気象台研究室に入ります。
戦中戦後という激動の中にあっても、たゆまぬ研究を続け、高度経済成長を遂げる世の中の大気汚染に目を向けます。
それも、雨がきっかけでした。
乱立する工場。そこから吐き出される煙。
彼女は、雨や海の成分を調べ、科学が果たして本当に人間を幸せに導いているかを検証したのです。
彼女は、知識や技術だけでなく、「人間的な内容」が大事だと説きました。
人間性が豊かでないと、科学を使いこなせない。
科学は、人間の幸せのためにあるべきだと言い続けたのです。
SDGsが叫ばれる今だからこそ、再び学びたい賢人、猿橋勝子が人生でつかんだ明日へのyes!とは?

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