「よく生きられた生涯は、たとえ短いものであっても、人々の追憶の中に再びその生涯を生きるだろう」。
そんな言葉を残した作家がいます。
フランス文学者にして西欧文学を日本に広めた小説家、福永武彦。
彼もまた、軽井沢の地にゆかりのある文人でした。
劇作家、加藤道夫から信濃追分の別荘を譲り受けました。
彼はその山荘を、玩具の玩に草に亭で『玩草亭』と名付け、軽井沢の四季に触れ、創作に励みました。
彼は随筆にこう書いています。
「別荘というより山小舎で、初めの年は井戸もなく、貰い水で一夏を暮らした。
それが不便でしかたがないから、無理をして二度ほど建て増しをし、見掛けだけはどうにか立派になった。
といっても、一昨年の夏の建て増しに、田舎大工を相手に大喧嘩をしてさんざん手古摺り、出来た家もよくみればあらだらけというお粗末な代物だ。
しかもそのお蔭で僕は胃を悪くして半年ばかり休養を余儀なくされた。
癇癪(かんしゃく)を起すのはたいへん胃に悪いそうだが、僕は大工とやり合ってまさにその見本を示したらしい。
そのためか近頃では人格円満になって、とんと癇癪を起すこともない。
妻が、あなた近頃は本当に感心だわ、と言ってほめるのも、雷が落ちることがなくなって少々退屈しているのではないかと僕は疑っている」
福永の神経質で繊細な部分と、独特のユーモアが垣間見られる文章です。
名作『草の花』や、『海市』にも描いた軽井沢。
福永武彦が、この地で見つめた生と死とは?
そんな言葉を残した作家がいます。
フランス文学者にして西欧文学を日本に広めた小説家、福永武彦。
彼もまた、軽井沢の地にゆかりのある文人でした。
劇作家、加藤道夫から信濃追分の別荘を譲り受けました。
彼はその山荘を、玩具の玩に草に亭で『玩草亭』と名付け、軽井沢の四季に触れ、創作に励みました。
彼は随筆にこう書いています。
「別荘というより山小舎で、初めの年は井戸もなく、貰い水で一夏を暮らした。
それが不便でしかたがないから、無理をして二度ほど建て増しをし、見掛けだけはどうにか立派になった。
といっても、一昨年の夏の建て増しに、田舎大工を相手に大喧嘩をしてさんざん手古摺り、出来た家もよくみればあらだらけというお粗末な代物だ。
しかもそのお蔭で僕は胃を悪くして半年ばかり休養を余儀なくされた。
癇癪(かんしゃく)を起すのはたいへん胃に悪いそうだが、僕は大工とやり合ってまさにその見本を示したらしい。
そのためか近頃では人格円満になって、とんと癇癪を起すこともない。
妻が、あなた近頃は本当に感心だわ、と言ってほめるのも、雷が落ちることがなくなって少々退屈しているのではないかと僕は疑っている」
福永の神経質で繊細な部分と、独特のユーモアが垣間見られる文章です。
名作『草の花』や、『海市』にも描いた軽井沢。
福永武彦が、この地で見つめた生と死とは?
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