来年、生誕110年を迎える、「日本の宇宙開発の父」と言われる科学者がいます。
糸川英夫(いとかわ・ひでお)。
糸川の挑戦は、わずか長さ23cm、直径1.8cmのペンシルロケットの打ち上げから始まりました。
何度うまくいかなくても、彼はどこ吹く風。
集まった記者に「糸川さん、今回の失敗の原因は、どこにあると思われますか?」と訊かれると、こう答えた。
「あの、すみませんが、僕は、失敗という言葉を使いません。一生、使わないつもりです。全てが学び。明日への糧です。この世に、失敗はありません」
教え子たちには、消しゴムを使うことを禁じました。
「間違ったところを消しゴムで消すなんて、もったいない! 間違ったところにこそ、成長のヒントがあるんだよ」。
1955年に東京、国分寺で行われたペンシルロケットの打ち上げ。
当時、レーダーが完備されておらず、ロケットを打ち上げても、その行方を追うことは困難でした。
誰もが、ロケットの実験は無理だと諦めたとき、糸川は、こう言ったのです。
「天に向かって打つのがダメなら、どうかな、水平に飛ばしてみれば。そうすれば、どんなふうに飛んだか追えるんじゃないか?」
確かに、空気の抵抗や加速についての検証は、水平に飛ばしても可能です。
その発想に周りのスタッフは驚きました。
みんなが考え付くようで決して考え付かない。
そんな発想力こそ、日々の失敗が生み出した成功の賜物だったのです。
さらに糸川のイメージの源は、音楽にもたずねることができます。
60歳の時、バレエ団に入団。
チェロやヴァイオリンもたしなみ、自身の84歳の誕生日には、ついの棲み処と決めた長野県丸子町の信州国際音楽村でコンサートを企画。
亡くなる直前まで、新しいものへの挑戦をやめませんでした。
「失敗」という言葉を封印した、宇宙工学のレジェンド・糸川英夫が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
糸川英夫(いとかわ・ひでお)。
糸川の挑戦は、わずか長さ23cm、直径1.8cmのペンシルロケットの打ち上げから始まりました。
何度うまくいかなくても、彼はどこ吹く風。
集まった記者に「糸川さん、今回の失敗の原因は、どこにあると思われますか?」と訊かれると、こう答えた。
「あの、すみませんが、僕は、失敗という言葉を使いません。一生、使わないつもりです。全てが学び。明日への糧です。この世に、失敗はありません」
教え子たちには、消しゴムを使うことを禁じました。
「間違ったところを消しゴムで消すなんて、もったいない! 間違ったところにこそ、成長のヒントがあるんだよ」。
1955年に東京、国分寺で行われたペンシルロケットの打ち上げ。
当時、レーダーが完備されておらず、ロケットを打ち上げても、その行方を追うことは困難でした。
誰もが、ロケットの実験は無理だと諦めたとき、糸川は、こう言ったのです。
「天に向かって打つのがダメなら、どうかな、水平に飛ばしてみれば。そうすれば、どんなふうに飛んだか追えるんじゃないか?」
確かに、空気の抵抗や加速についての検証は、水平に飛ばしても可能です。
その発想に周りのスタッフは驚きました。
みんなが考え付くようで決して考え付かない。
そんな発想力こそ、日々の失敗が生み出した成功の賜物だったのです。
さらに糸川のイメージの源は、音楽にもたずねることができます。
60歳の時、バレエ団に入団。
チェロやヴァイオリンもたしなみ、自身の84歳の誕生日には、ついの棲み処と決めた長野県丸子町の信州国際音楽村でコンサートを企画。
亡くなる直前まで、新しいものへの挑戦をやめませんでした。
「失敗」という言葉を封印した、宇宙工学のレジェンド・糸川英夫が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
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