岡山県総社市で生まれたとされる、室町時代に活躍した水墨画の巨匠がいます。
雪舟(せっしゅう)。
個人の作家として、最も多く国宝に指定されていることから、絵の神様、画聖という名で呼ばれています。
総社市赤浜には、雪舟誕生の碑があり、そのほど近くには、彼が幼少期、修業した宝福寺があります。
宝福寺でのある逸話が、作品だけではなく、雪舟の名を現生にとどめました。
修行をちっともせずに、絵ばかり画いている、幼い雪舟。
和尚は怒って、彼をお堂の柱にしばりつけてしまいます。
もうそろそろ反省している頃かと様子を見に行くと、雪舟の足元にネズミがいます。
「こりゃ大変だ!」と和尚がネズミをつかまえようして、はたと気づきます。
ネズミは、雪舟が画いた絵だったのです。
哀しくてポタポタと床に落ちた涙。
それを墨代わりにして、足の指でネズミを画いた…。
これには和尚も感動し、以後、雪舟に絵を画くことを許した、というエピソードは、ひところ、学校の教科書にのっていました。
幼い頃から才能を発揮した彼は、順風満帆な芸術家人生を歩んだのでしょうか?
当時、水墨画の聖地だった京都を追われるように去り、自らの画風に悩んだ彼は、失意の日々を過ごします。
雪舟がようやく自分の作品に自信を持ち、画風を確立したのは、48歳のときだと言われています。
中国の繊細な模倣が主流だった時代に、大胆な構図や荒々しい筆づかいで立ち向かった背景には、おのれの不器用さがありました。
他のひとと同じようにできない。
その一見、マイナスとも思えるコンプレックスを、見事にプラスに転じさせたのです。
水墨画を確立させたレジェンド、国宝の代名詞、雪舟が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
雪舟(せっしゅう)。
個人の作家として、最も多く国宝に指定されていることから、絵の神様、画聖という名で呼ばれています。
総社市赤浜には、雪舟誕生の碑があり、そのほど近くには、彼が幼少期、修業した宝福寺があります。
宝福寺でのある逸話が、作品だけではなく、雪舟の名を現生にとどめました。
修行をちっともせずに、絵ばかり画いている、幼い雪舟。
和尚は怒って、彼をお堂の柱にしばりつけてしまいます。
もうそろそろ反省している頃かと様子を見に行くと、雪舟の足元にネズミがいます。
「こりゃ大変だ!」と和尚がネズミをつかまえようして、はたと気づきます。
ネズミは、雪舟が画いた絵だったのです。
哀しくてポタポタと床に落ちた涙。
それを墨代わりにして、足の指でネズミを画いた…。
これには和尚も感動し、以後、雪舟に絵を画くことを許した、というエピソードは、ひところ、学校の教科書にのっていました。
幼い頃から才能を発揮した彼は、順風満帆な芸術家人生を歩んだのでしょうか?
当時、水墨画の聖地だった京都を追われるように去り、自らの画風に悩んだ彼は、失意の日々を過ごします。
雪舟がようやく自分の作品に自信を持ち、画風を確立したのは、48歳のときだと言われています。
中国の繊細な模倣が主流だった時代に、大胆な構図や荒々しい筆づかいで立ち向かった背景には、おのれの不器用さがありました。
他のひとと同じようにできない。
その一見、マイナスとも思えるコンプレックスを、見事にプラスに転じさせたのです。
水墨画を確立させたレジェンド、国宝の代名詞、雪舟が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
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