『愛と青春の旅だち』を撮った映画監督、テイラー・ハックフォードは、どうしても、あるミュージシャンの伝記映画を撮りたくて、15年間、粘り続けました。
そのあるミュージシャンとは、レイ・チャールズ。
日本では、1989年にサザンオールスターズの『いとしのエリー』をカバーしたことで話題になりました。
盲目の黒人。
サングラスでピアノを弾き、歌う、ソウル・ミュージックのレジェンド。
映画化にあたり、レイは、ハックフォード監督にひとつだけ、条件を提示しました。
それは、自分の影の部分も、ちゃんと描いてほしいということでした。
「君は、どんなふうにボクの物語を描いてもいい。でもね、いいかい、真実を語らないことだけは許さない」。
監督が主役候補のジェイミー・フォックスをレイの自宅に連れていくと、いきなりピアノに座らせ、一緒に弾き始めました。
3歳からピアノをやっていたジェイミーは、なんとかついていきますが、「もっともっと、さあ、もっと! 音はね、君の指の下にちゃんとあるんだ!」とレイに叱責されてしまいます。
なんとかくらいつくジェイミーに、最後は「君はできるじゃないか、主役は君しかいないよ」と、OKを出しました。
そうして、2004年に完成した映画『Ray』。
この映画で、ジェイミー・フォックスは、アカデミー賞主演男優賞を得るのです。
しかし、映画の完成直前の2004年6月10日、レイは、73歳でこの世を去ります。
極度の貧困に失明、人種差別に薬物中毒。
自分の闇の部分もさらけだしながら、彼が生涯大切にしたのは、「自分の人生を、自分で支配する」ということでした。
彼は若者に、いつも言いました。
「何度ノックダウンされても、立ち上がるんだ。自分の人生を、簡単にひとの手に渡すな」
ソウルの神様・レイ・チャールズが、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
そのあるミュージシャンとは、レイ・チャールズ。
日本では、1989年にサザンオールスターズの『いとしのエリー』をカバーしたことで話題になりました。
盲目の黒人。
サングラスでピアノを弾き、歌う、ソウル・ミュージックのレジェンド。
映画化にあたり、レイは、ハックフォード監督にひとつだけ、条件を提示しました。
それは、自分の影の部分も、ちゃんと描いてほしいということでした。
「君は、どんなふうにボクの物語を描いてもいい。でもね、いいかい、真実を語らないことだけは許さない」。
監督が主役候補のジェイミー・フォックスをレイの自宅に連れていくと、いきなりピアノに座らせ、一緒に弾き始めました。
3歳からピアノをやっていたジェイミーは、なんとかついていきますが、「もっともっと、さあ、もっと! 音はね、君の指の下にちゃんとあるんだ!」とレイに叱責されてしまいます。
なんとかくらいつくジェイミーに、最後は「君はできるじゃないか、主役は君しかいないよ」と、OKを出しました。
そうして、2004年に完成した映画『Ray』。
この映画で、ジェイミー・フォックスは、アカデミー賞主演男優賞を得るのです。
しかし、映画の完成直前の2004年6月10日、レイは、73歳でこの世を去ります。
極度の貧困に失明、人種差別に薬物中毒。
自分の闇の部分もさらけだしながら、彼が生涯大切にしたのは、「自分の人生を、自分で支配する」ということでした。
彼は若者に、いつも言いました。
「何度ノックダウンされても、立ち上がるんだ。自分の人生を、簡単にひとの手に渡すな」
ソウルの神様・レイ・チャールズが、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
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