では、このグリーフケアどうでしょう?Mizuhoさん、ちょっと私たちの話とか思うことなんかあったら、シェアしていきたいと思いますけれども。
そうですね。私のグリーフを感じたこと、人生で何だったかなって思うんですけど、
いろいろ大なり少なりありますけど、直近で結構大きかったのは、彼とのお別れ、恋愛関連ですか、だったかなと思っていて。
これは、ボトキャストでもちょくちょく話をしたりしている話題ではありますが、改めてというところで。
なんですけど、私はその彼と4年間くらいずっとお付き合いをしていて、初めの段階、たぶん2、3ヶ月出会ってからの段階からずっと同棲とかもしていたんで、
ほぼ一緒にいる感じの彼で、とてもうまがあったし、喧嘩したこともなかったりとか、
何をするにも一緒なので、恋人であり、大親友であり、もうなんかちょっと兄弟っぽいみたいなくらい、本当に仲がいい存在で、
結婚とかを具体的に考えたことはなかったですけど、感覚的にはずっと一緒にいたい人だし、いる人なんじゃないかな、みたいな感じだったんですね。
で、私も大好きだったし、向こうも私のこと大好きなんだろうな、みたいなのがすごい伝わる人で、だから安心感がものすごくあったっていうんですか。
一つエピソードを紹介すると、外国人だったんですけど、フランス人だったんですけど、私のことをビッグヘッドって言ったことがあるんですね。
本当ビッグヘッドだね。頭がでかいねってことですよね。で、最初なんかバカにしてるのかなみたいな、傷つけたいのかじゃないですけど、思うじゃないですか。
この人何なんだろうみたいな。でもそれで可愛いねみたいな感じで最初言ってて、ふざけてると思ったんですよ。
遠回しにどんだけ頭でかいんだよって言ってるのかなって思ったんですけど、確かにでかいんですよ、私頭が。
ずっと聞いてると本当に可愛いらしいんですよ。多分珍しいんですかね。
私からすると自分のマイナスっていうか、劣等感を感じる部分とかも許容してくれるっていうか、むしろ可愛がってくれる。
本当にまるっと自分を愛してくれる存在みたいなところがあったりして、すごく安心感があった人なんですけど、
いろいろあって、コロナ直前くらいですかに別れたいって言われて、この人絶対私のこと好きってどんだけ好きなんだよって思ってたんで、
その人が別れたいって言って最初信じられないかったんですね。なんか冗談なのかなみたいな感じだったんですけど、結構本気で別れたいっていう話になって、
別れることになるわけなんですけど、それはそれはなので喪失感だったんですよね、私の中で。現実味のないお別れ。
なのでそこはすごく悲しかったですし、普段めちゃくちゃ食欲がある、風邪とかひいても食欲ないっていうことはない私が、
人生で初めて食欲がパタってなくなって、1日1食食べられるか食べられないかみたいな感じになったりとか、
あと仕事もとはいえ毎日あるので、やんなきゃいけなかったんですけど、その時はほぼリモートだったんで、
家には入れたので、ある程度時間を自由に使えたっていうのはありつつ、会議とか対面で出なきゃいけないものには出るんですけど、それ以外は本当手につかない。
考えられないっていう感じで、よく何かあると仕事してたら気が紛れるからとかあると思うんですけど、なんかもうそういう状態でもないっていうか、仕事も無理、
それしか考えられないって感じで、ソファーにずっとなんか横になってる。一応同僚にだけ、言える同僚、しかし同僚にだけはこういうことがあって、今ちょっと仕事できない、無理っていう風に伝えて、
じゃあカバーできるところはカバーするから、最低限でいいよとかって言ってもらえたのもあって、本当ずっと何もしないですよねっていう感じでいて、
で、その後コロナになったっていうこともあって、画質できないじゃないですか。だからそれと重ねて6ヶ月くらいは本当何もしなかったですね。
ちょうど転職したいっていうのもあって、仕事はその後辞めてたので、本当に文字通り何もしなくていいっていう状況の中でのさらに何もできないだったんですけど、
というのが私のグリーフ体験で、どうそこから持ち直してきたかみたいなのは、さっきの直さの話にもありましたけど、時間が解決してくれたっていうのが一番大きいかなと思いつつ、
そのグリーフの中で救われたのは、友達に話すっていうことは一つ大きかったかなと思っていて、お別れの出来事の最中に結構友達にLINEしたり電話したりっていう感じで話をして、
その友達もそういう時って選んだらいいのかなって振り返ると思うんですけど、いろんなこと言ってくるじゃないですか、その人なりに気遣っていろんなことを言ってくると思うんですけど、そのグリーフの最中って聞きたいことと聞きたくないことあるかなって思うんですよね。
で、私がその時聞きたくなかったのは、もっといい人いるよだったんですけど、私としては、いや、この人が良かった、だから別れたくないんだって、っていう境地なので、他の人とかは考えられないわけですよね。
だから、みんな大好きな友達ですけど、そういう風に言ってくる友達は、今はこの話は続けられないなとかっていうのがあったりするので、そういう風に言わないで大丈夫とか、その時聞きたいことを言ってくれるとか、言いたいことをそのまま受け止めてくれるっていう友達と話すっていうのが、その時は自分を優先するっていうさっきのお話じゃないですけど、
そういう意味ですごく大事だったと思ったし、役に立った自分を救ってくれたかなっていうふうに一つ思います。
へー、なんか彼との話は何度かこのポッドキャストでも取り扱ってるというか、みずほさんがシェアしてくださってて、話聞いてた部分あったけど、ちょっとそこにまつわるすごい詳細の部分って一体どういう状態だったのかとか、その別れの時が。
で、その前の彼とのさっきのビッグエイトの話とかって細かいところのエピソードを聞く機会があんまりなかったから、何回も話を聞いて感じるところがありましたけれども、その当時をより具体的にイメージできる。
たぶんみずほさんのその経験の場合は、本当に自分のことが大好きな彼だったわけですよね。だから絶対こう振られるなんてありえないと思ってた状況だと思うんですけど、だからそのまさかっていうのもすごくやっぱり悲しみの深さにもね、比例すると思うし。
でもそれをみずほさんが、その自分がつらい時に、その同僚の方とかにお仕事に。で、やっぱり日本人、みなさんね、私たち日本人ですけど、やっぱりこうお仕事に支障させちゃいけないとか、頑張らなきゃいけないって思うけど、みずほさんみたいに、いや、今無理だからって、今ちょっと仕事手つかないからって、同僚の方とかに甘えられたっていうのもすごく良かったんじゃないかなって思いますね。
そこで我慢してね、お仕事も頑張っちゃうと、やっぱりそれは我慢、我慢、我慢になってきてしまうのでね、それもすごく乗り越えられた一つなんじゃないかなって、今伺ってて思いました。
うーん、確かに。
いや、ほんとにほんとに。
あとは、なんかあの、さっきなおさんの話聞いてて、自分のグリップケアになったんですけど、なんか新たな視点っていうか、私は生きてるじゃないですか、彼が。
だから、もしこうなったらみたいなのを、まだ考えようと思えば考えられるわけですよね。また会えるかもとか、なんかもう死んでしまったら会えない、そういう意味では終わりだと思うんですけど。
生きてると可能性が考えられるっていうところで、ちょっと考えちゃうとかあると思うんですよ。だからなんて言うんですかね、前に行けないっていう感覚なのかな。
なんですけど、なんかその、いるかいないかとかじゃないんだなって、なおさんの話を聞いてて思いました。
それがあるから幸せ、私の場合だったら彼がいるから幸せ、いないと私はこの喪失感を感じている悲しい状態とか。
さっきのお母さんの話もそうですね、お母さんがいるから私は幸せを感じられて、いないともうこの悲しい、どんどんこのままなんだとか、そういう話じゃないんだなって、そこじゃないんだなっていう。
私はいつでも、彼がいなくても、当たり前って当たり前かもしれないですけど、私は幸せでいられるし、それがどういうふうに考えたら、私は緩やかに、とてもいい思い出だったわけじゃないですか。
純粋に考えたら、彼との時間はとてもいい時間だったわけだから、その思い出を大切にしながら、今も素晴らしい状態で生きていけるんだろうかっていうそのポイントを考えてみたいなってのを、その話を聞いてて思ったりしました。
よかった。
はい。
面白い。シチュエーションはちょっと違うけど、それを自分の体験とリンクさせることで、新たな気づきがあったりするもんですね。今、みぞさんの話を聞いてて思いました。
本当ですね。
はい。
そんな感じですけど、石田さんはどうですか。
じゃあ、石田いきたいと思いますが、でも、なもさんとみぞさんのお話、すごく本当に自分の経験から来られたもので、あとは、そこでおっしゃられたことで、私も本当に納得することがたくさんあったので、
あったのでってわけでもないけど、ちょっと違った角度のお話をするんですけど、私のそのグリーフで、その中で私別した経験、大切な人と、それを考えると直近で言うと半年前に亡くなった母方の祖母なんですけど、最後何年かな。
自宅でずっと一人暮らし、祖父は割ともう何年、20年ぐらい前に亡くなっちゃったので、一人暮らしをしてて、でも認知も入ってきたり、一人ではなかなか生活ができなくなって、最後は施設にしばらく入ってて、認知の衰えとかあるものの食べて、歩けないけれども、それなりに座ったり横になったりしながら過ごしてたんですけど、
ある日突然食べられなくなっちゃって、1ヶ月ぐらい口からものが食べられなくなって、そのまま亡くなったっていう感じだったんですね。
年齢的なものもあったりするし、自宅での様子、施設での様子、食べられなくなってからも1ヶ月あってっていう、割と段階を割り減っていたというか、その分周りもある程度は心の準備みたいなものはあったものの、悲しかったは悲しかったですよね。
祖父母、父方、母方の4名いたときに一番距離が近かった、物理的にも住んでるところが近かったですし、割と私が一番気にかけてて、ばあちゃんばあちゃんと思って、会えるときに行って話をしてた人だったので、悲しかったんですけど、亡くなってすごい思ったことがあって、
それはさっき直さんにもお伝えした、亡くなった後のその人との関係性の紡ぎ方みたいなところなんですけど、私自宅で何とか祖母が暮らしてる頃から、絶対悔いのないようにしようと思ってたんで、一緒には住んでないんですけど、寄生するためには絶対にばあちゃん家に行って手土産持っていったりとか、
ちょっと認知機能がおぼつかなくて、私が誰かわかってないときもあったんだけど、なんとなく別に横に座ってるだけ10分ぐらいとかなんですけど、そこで一緒のただ時を過ごして、ばあちゃんの言ってることをそうだねとか言いながら聞いてるっていう時間を過ごしてて、すごい深い話をしたとかではないんですよ。
ただ孫なんで、かわいがって来てくれたことを喜んでくれたりとか、毎回聞かれる、キスはいつ帰ってきたんだ、どうやって帰ってきたんだ、電車混どったでしょうとか、そういう話だけなんですけど、とはいえでも自分が思う自分のできる範囲の中で、生前過ごしたっていう記憶があったんで、亡くなって悲しくはあった。
だから葬儀でも涙を流したりはあったんですけど、なんか亡くなった後、例えばその遺体が焼かれてしまって骨になった後でも、私の心の中でなんとなくばあちゃん、別に体がこのまま焼かれても繋がってるしな、生前ああやって一緒に過ごした時間は消えちゃうわけじゃないんで、悲しいけど別にばあちゃんは私の中にいるから悲しくないなみたいな気分になったんですよ。
すごい落ち込むとかっていうのはなくて、なんかこういう感覚になるんだって自分でもすごい不思議だった。
なんでこれがちょっとグリーフケアの話とはちょっと違うカテゴリーの話かもしれないんですけど、そういうふうに亡くなった悲しみと付き合うっていうパターンもあるんだなみたいなことが伝わればと思って話をしました。
で、一個だけやっぱり伝えておきたいのが、さっきのおさんもおっしゃってくださいましたけど、悲しみのもちろん種類とかその状況とかその自分の対処の仕方って絶対人によって違うんで、家族関連の話をするときに私はすごく注意して伝えたいなと思うのが、今の私の話イコール
家族は絶対に大事にしなければならない。絶対に生前にできることはして後悔のないようにしなさいとかって、なんか言うことはすごく簡単なんだけど、でもやっぱりそれぞれの家族とかそれぞれのその人とその家族との関係の結び方があるから、生前に後悔のないようにって頭ではわかっててもなかなかできない方もいると思うし、それはいろんな事情で。
だからなんだろうな、生前にだから後悔しないようにできることを何でも親孝行、ばあちゃん孝行、おじいちゃん孝行しなさいよって言いたいわけでは全然ない。それは全然紡ぎ方があるから、生前にやれることをやらないと死後絶対に後悔するよっていう話ではないっていうことだけは伝えておきたいんですけど、私の場合はすごく不思議なっていうか、すごく悲しむわけで、悲しいんだけど悲しむわけでもない。
なんか、うん、ばあちゃん、まあ私の中にいるんでっていう割とフラットな感じで来てるし、お墓の前とかを実家に帰った時に近く散歩コースの近くにその墓場があって、通る時に墓の前まで行って、ばあちゃんとか言って思わないんですけど、あ、ばあちゃん帰ってきたよみたいな感じの割とこうなんかフラットな感じで、割と心の中で何か会話してるから、それでいいのかなというか、
あの、私やっぱり個人を忍ぶってどういうことかって言ったら、もちろん手を合わせるっていうことが大事とか、呼吸を上げることが大事って思う人もいるけど、私にとってはその人をやっぱり忘れないようにずっとこう、なんか自分の中で活かし続けるというか、それは写真を見るでもいいし、まあお墓参りするでもいいし、まあ私だったらばあちゃんよ、ぐらいの感じの距離感を保てることも一つなのかなと思ってるんで、
まあ何、私別との向き合い方、石田バージョンっていう感じでした。
たぶん石田さんの場合は、たぶんおばあちゃんのそばにいてあげたから、なんていうんですかね、できる限りのね、あの、悔いは残したくないからっていうので、そばに行ってあげて、お声掛けして、ただそばにいるだけでも、あの、おばあちゃんとの時間を過ごせたよっていうのがやっぱり大きかったんじゃないですかね。
そこでね、何が一番残された方が後悔するかっていうのは、やっぱり思いを伝えなかったっていうのが一番後悔すると思うんで、まあ特にね、ありがとうっていうのがね、もちろんいいんだと思うんですけど、あの、そばにいてね、おばあちゃんを感じる、石田さんもおばあちゃんを感じる、おばあちゃまも石田さんを感じるっていう時間を過ごせたっていうのは、すごい、あの、お二人にとってもすごく素敵な時間が過ごせたので、
悔いがね、ゼロになるとかってないのかもしれないんですけど、でもおばあちゃんと素敵な時間を過ごせたよねっていうのが、きっとあったんじゃないですかね。
本当おっしゃる通り、でも今の本当なおさんの言葉だけじゃないっていうのもすごくあって、まあさっきも言いましたけど、話をしようとしてもなかなかつながらないこともあるので、まあおばあちゃんの別に手をこうね、触って、来たよーみたいな感じでやることでも、なんか伝わるものっていうか、シェアされてるものがなんか二人の中にあるみたいな、それもすごく私を支えてくれてるなとも思います。