スピーカー 1
くらぬきです。
スピーカー 3
中山です。
スピーカー 1
ザッソウラジオは、くらぬきと学長こと中山さんで、僕たちの知り合いをゲストにお呼びして、雑な相談の雑草をしながら、
ゆるくお喋りしていくポッドキャストです。
今月のゲストは、本條晴一郎さんです。よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
スピーカー 1
第1回では、本條さんの研究分野でもあるケアの文学のところから、
実は学長の昔出された本というか、楽天の頃に出された、今も楽天だけど。
楽天の頃。
楽天でメインで活躍してた頃に出された、ECの本から引用されてとかって話を。
スピーカー 3
ちなみに本條さんが前回紹介してくれた本は、一冊は大入り本というやつで、
最初に作った楽天大学の六講座というのがあるんですけど、
それを出版せろと言われて、2001年に出版したやつ。
もう一個のほうは2015年に出した、
お客さんとチームになったら商売って最強じゃない?みたいな、ざっくり言うとそういうテーマで、
コークリエーションのほうの競争を事例いっぱい紹介しながら書いた本ということになっております。
スピーカー 1
大入り本とパンダ本ですね。
スピーカー 2
そうです。
すいません、通称で私が読んでしまったので、みんなに分かりづらい。
スピーカー 3
表紙が大入りって書いてある招き猫がドーンって載ってるのが最初の本で、
パンダ本っていうのはパンダと猫が表紙で楽しそうに一緒に何かやってるっていう、競争してるっていう、
スピーカー 1
その頃から猫だったんですね。
スピーカー 3
そうですね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 3
よくよく考えれば猫ばっかだな。
スピーカー 1
ずっと猫だなっていう、あれですね。
そんな学長の本からインスピレーションを得たという話で盛り上がりましたが、
いつもゲストがいらっしゃってすっかり雑な相談聞くの忘れてたので、
第2回ではせっかくなので本庄さんの雑な相談を聞くところから入りたいなと思いますが、
なんか雑な相談ありますか。
スピーカー 2
あります。
初回で話した国際化どうするかって話と、もう込みなんですけど、
教育に関する雑な相談が3つくらいあって、
これを中山さん流に加減上々序のように作ったプロジェクトができないかみたいな相談をしたいなと思ってて、
まず何で教育かというと、
私大学で教えてますし、倉抜さんは社員の皆さんを育成すると。
中山さん育成のプロだということで。
かつ、中山さんの本の話また戻るんですけど、
このパンダ本の話に戻りますが、
これでさっきeコマース1.0、2.0、3.0って話でしたけど、
もう1個動的コマース、静的コマースっていうのがすごくいいなと思ってて、
スピーカー 3
この本では動的コマースって動きのあるプロジェクトの中で物を売るっていう話として書かれてるんですけど、
スピーカー 2
私、もうちょっと別の解釈をここでしてて、
静的コマース、スタティックなコマースは関わる人が変化しないから、
ゼロサムになって、誰かが勝ったら誰かが負けるっていう風になっちゃうんです。
スピーカー 3
もうちょっと平たく言うと、自動販売機みたいなページでポチッと商品を注文したら届くだけみたいな感じですよね。
スピーカー 2
動的コマースの方は企業の側も商店の側もお客さんの側も成長するっていうダイナミックスがあるなという風に思って、
そこで全体のパイが増えるから、ゼロサムにならずにハッピーハッピーハッピーになるっていう解釈をしているんです。
だからそういう解釈をしているので、中山さんがその後育成の話とかしてるっていうのは、
私はすごく自然に受け入れてるんですけど、
ただこういうのってどういう風に教育していくのかっていうのは難しいなっていうのは同時に思ってて、
やっぱりこの教育ってスキルを身につけるっていう風になると、
スキル装備みたいなのだと、自動販売機でスキルを買ってきて装備するみたいになるし、
そこで本当にその人のアップデートするっていうのをどういう風な形で教育するのかっていうのは、
特に高等教育においては課題ですね。
スピーカー 2
原因があって理由がはっきりあって、こういう設定だとこういうアウトプットが出てきますよっていう形にするっていう。
スピーカー 3
でも、そのボタン作って押したんだけどそうならなかったんですけどってなったときに、
その人、コーゼーションでしか学んでない人は、じゃあ自分で試行錯誤しようとはならないっていうこと。
スピーカー 1
ならないっていう。
うわー、これ面白い、また面白い話ですね。
スピーカー 2
あと、さっきほどの国際的なギャップの話でもあるんですけど、
英語圏の人たちは知識を蓄積するのはやっぱりうまいと思うんですね。
だから海外の事例のほうが論文になってるっていうふうに思ってて。
で、うがった見方をすると、日本の事例なんかみんな興味がないから海外の事例だから論文になりやすいんだっていうふうに解釈する人は多くて、
私もそう思ってたんですけど、でも実は意外とそうじゃないなと。
欧米の研究者と話してて思ってて、日本の事例とか話すと、え、面白い、そんなのあったの?っていう反応があったりするので、
日本の事例を、だから極東、ファーイーストンの事例だけど、別にだからといって興味を持たれないっていうことは基本的にないと私は思ってて。
だけど、うまくコーゼーションの形で蓄積するっていうことが欧米の人に比べてできてないから、
せっかく楽天でたくさんいい事例があるにもかかわらず、
スピーカー 1
先にコーゼーション記述をした欧米の方が、標準的な知見として世界に広がってしまってるみたいなのがあるなと思ってて。
スピーカー 2
今話してるうちに、だんだん自分で解決してる。
スピーカー 1
いや、これいいやつですよ。
スピーカー 3
欧米の人が知識を蓄積できる形にするのが得意、うまいみたいなのってどういうことなんですか?
スピーカー 2
論文にするのがうまい。だからちゃんと論文にするんですよね。
だから、論文にするときは、うちの作法があって、標準的なフォーマットがあるんですけど、
イムラット方式っていうのが一番、論文を書くので標準的なフォーマットで、
イントロがあって、研究方法、メソッドがあって、結果、リザレクトがあって、ディスカッションがあるみたいな。
そういった標準のフォーマットに落として、なおかつこういう理由だからこういう結果になった。
今までの研究に対して、こういった成果を蓄積、付け加えてるっていう位置付けの説明まで含めて、きちんと設計するのがすごくうまい。
だから事例一つ一つが、そんなものすごくなくても、その枠組みの中で、
プロセス枠組み。
その事例が人類に立っとってどういうプラスになってるかを、きちんと標準フォーマットで見せるっていうことが、標準スキルとして身についてる人が多くて、
だから、知識としてどんどんどんどん蓄積されているというふうに思います。
スピーカー 3
なるほど。
スピーカー 1
いやー、それ確かに、僕らのビジネスが少し変わったビジネスというか、納品のない自宅開発っていう、
システム開発で納品をせずに、月額定額でシステム開発をしていきましょうってビジネスやってるんですけど、
日本で結構ユニークというか、僕らが始めたものなので、他でやってないんですね。
で、この新しいビジネスモデルだって僕らは思っているし、発明したなと思っていて、
我が言ながらなかなかいいビジネスモデルができたなと。
で、事業もうまくいったし、それで事業成長もできたので、何かの機会で論文を書かせてもらう機会があったんですよ。
おー。
で、それも香港か何かの学会で、納品のない自宅開発っていうので、システム開発のアジャイル開発をビジネスモデルとして
インプリメントしたっていう形で発表させてもらう機会はあって、論文書いたことがあるんですけど、
でも僕は英語はそこまで得意じゃないから、一回日本語で論文を書いて、それを英語にして、
英語の得意な方に英語に翻訳、アジャイルにも詳しい方に翻訳してもらいつつ協力してもらいながら、
一緒に英語の論文にしてたんですけど、日本語で書いた論文をそのまま英語に翻訳すると全然ダメだっていう話になって、
最初から全部英語で書かないと、論文のそれこそフォーマットじゃないけど、
伝わるような論文として、今の話でいくなら人類の得意のある標準フォーマットに乗っかるためには、
標準フォーマットが英語で書くっていうことが前提になるっていうのが結構あって、
なので僕らもそのときめちゃくちゃ苦労したんですよね。
日本語の論文として書いたときにスッと読めるし、いいじゃんと思ってたけど、
海外で発表するときの論文としては、その翻訳じゃ全然ダメだったっていうのがあったので、
なんかその辺にも結構ハードルっていうのがありそうだなって感じましたけどね、今話聞いてて。
スピーカー 2
確かに確かに。やっぱ語学の問題はすごく大きいなと思ってて、
スピーカー 2
ここはだから良し悪しがあると思ってて、
スピーカー 1
そのコーゼーションにするっていうことは文脈依存性を外していくっていうことだと思うんですよ。
スピーカー 2
で、文脈を取っていくときに、日本語はすごく文脈に満たされてるから、
文脈に満たされてるからこそ、楽天さんみたいな先進司令がたくさんできたりとか、
ケア的なビジネスをするのに向いてる言語だとも言えると思うんですよね。
それをただ科学論文にするときは文脈を外して書かなきゃいけないというのがあって、
スピーカー 3
誰がやっても同じ結果になると書かなきゃいけない。
スピーカー 2
抽出するっていう作業で。
ここの抽出に技術が要求されて、
それは研究者のスキルとして持つべきものだと思うんですけど、
そこの部分にスキルが要求されるということが理解されたらいいのかもしれないですね。
しかも、あらかじめコーゼーションの形になってないっていうことは、
つまり文脈依存性がある状態で我々が思考できてるっていうのは強みだと思いますし、
あと、研究者以外の人は欧米でもそういう人多いんじゃないかなと思うっていうのと、
あと、私なんかラテンアメリカに友達が結構いるんですけど、
彼らは結構文脈依存でやってるような気がするので、
だから必ずしも日本特有というふうには思わないんですが、
研究として蓄積するときに文脈を外して蓄積するっていうのと、
そっから引き出すときに再び自分の文脈を付加して活かすっていう、
文脈を外したり引っ付けたりっていうスキルが身についていくと、
スピーカー 1
いろんな問題が解決しそうだなというふうに今お話をしていて思いました。
そうですね。
確かに。
現場でやってる人たちは別にそこまで考えてないっていうか、
自分の文脈でお仕事してる人たちがたくさんいるので、
論文にしようってしたときに難しさがあるとか、
再現可能なエンジニアリングにしようとしたときに難しさがあるっていうことだと思うので、
職人的な、それこそ職人的に器を作るみたいな、
ろくろ回していい器を作るとかって、
これもうめちゃくちゃ文脈依存のものなんだけど、
構成性的な知識にはなかなかできないですよね。
知識としてするのは難しいので、
機械的に再現できるというエンジニアリングにすることで、
再現可能にするってことはできるけど、
言葉にして職人の腕を再現するっていうのはむずいんですよね。
書けたとしてもデコードは当然できないので、
なんとなくコーディングできるけどデコードできない。
デコーディングできる人は構成性のされた知識を生かすことができるって、
なんていうんすか、新大地に近いなと思っていて、
自転車乗るのと一緒で、
自転車の乗り方をめちゃくちゃ聖地に構成性された知識として書かれたとしても、
結局乗れないみたいな。
つまりそこに関してはどうやったって無理なものは無理っていうのはあるなっていう感じが、
なんとなく話に来てて、
今のその身体的な部分と教育っていう部分とがつながりそうだなと思って、
僕らの会社だとプログラマーの人との育成をしてるんですけど、
プログラミングは、いわゆるプログラムを書くっていうソースコードを書く、
プログラム言語でプログラムを作っていくという仕事になるんですけど、
みんなそれ知識でできるようになると思ってる人が多いんですよね。
なので若い人とかはプログラミング勉強してますって言うんですよね。
このプログラミングを勉強すればできますみたいな本もいっぱいあるんですよ。
もしくはプログラミングスクールって言って、
プログラミングを学校に行けば、
知識を得たら座学でプログラミングできるようになるって思ってる人いっぱいいるんだけど、
僕らからすると、それではプログラム書けるようにならないぞと、
それは日本語の語学を学んでもいい小説書けないのと一緒で、
書くしかないんですよねってことなので、
プログラミング勉強してますって言ったら、
いやいやプログラミングは勉強するもんじゃなくて書くもんだよって、
自転車乗らないと乗れるようにならないよっていうのと同じ感じで、
体験でしか身につかないんじゃないっていう風に、
僕らは思ってしまってる。
つまりちょっとコーゼーションするの諦めてます。
暗黙値というか身体値なので、身体値を身につけるには、
当然コーゼーションされた知識も一定は必要なんだけど、
その後どうやったって練習をしないと身につかないなみたいな、
なのでデコードだけじゃ身につかんのかもなっていう感じがしたんですけど、
スピーカー 2
どうですか。
なんか今のお話と、
社会人大学院とかで教えてる経験って流れるところがあるなと思ってて、
これなんか私の経験でもそうですし、
周りの経営学を教えてる先生の経験を伺ってもそうなんですけど、
経営者の方の方がどんどん知識を吸収するっていうのがあるんですよ。
で、ビジネススクールでいろんな知識とかフレームワークとかを伝えても、
自分と関係ないからあんまりちゃんと勉強しないみたいな人は、
やっぱ一定数いるけれども、
社長さんとかは全部使えると思って、
翌週には先週聞いたことで、
ちょっと社内これでやってみましたみたいなのを出してくるみたいなことっていうのが、
結構ザラにあって、
そこはもう最初から自転車乗れる状態の体質になっているから、
新しいトリックを身につけるみたいな形で、
乗り方をパワーアップさせてるんですよね。
自転車だから乗れない状態でトリックを教えてるっていうのと、
さっきのプログラムを勉強するっていうのが近いんじゃないかなというふうに思います。
その自転車に乗れるっていう状態は、
果たして学校でできるのかどうかっていうのが、
最初のデコーディングできる人が、
学校で作れるかどうか。
作れるって言うとおかしいですけど。
スピーカー 1
身につけることができるようになる。
スピーカー 2
身につけることができるかどうかっていう雑草になってしまうんです。
スピーカー 1
そういう意味だと学校が、
さっきの僕が自転車に乗るとかプログラム書くっていう、
スケボーに乗るとかなんでもいいんですけど、
ってした時に、
学校を知識をインストールする場なのか、
練習する場なのかっていうところの捉え方で変わってくるなって気がするんですけど、
今の小学校中学高校とかは、
知識のインストールはあるけど、
練習する場ではあんまりないですよね。
でもサッカー部とかに入ったら、
サッカーの部活をやって、
毎日2時間とか3時間とか練習をずっとするから、
サッカーはだんだん上手くなる。
けど、
座学で習ってるものを練習するような機会ってあんまりないから、
もしプログラミングが小学校から授業になりますって時に、
授業で教えるだけだと上手くはならん。
音楽とか体育と一緒だとしたら、
音楽も授業で1回笛吹いただけで、
笛吹けるようにはならないから、
1回練習しなきゃいけないので、
学校の捉え方が、
本来どっちなのかなみたいな感じはしますね。
スピーカー 3
僕、楽天大学立ち上げるときに、
一番最初に参加してくれる店長さん達って、
当たり前なんですけど、
もうすでにお店やって1年とか2年とか、
経験値があるっていう人たちばっかで、
なので、こういうフレームワークで、
皆さん自分の店でこんなことをしたっていう話を、
どうぞってやったらめっちゃ人が上がるんですよね。
みんなそれぞれに実践体験が。
スピーカー 1
やったことあるからね。
スピーカー 3
で、アンケートとかに、
こんな言語化の仕方があったら、
スタッフとかに共有ができるようにやって、
めっちゃよかったとか。
要はフレームワーク聞いたときに、
自分の中に体験があると、
あのことじゃんっていうのが繋がって、
テンションとか上がったりとか、
分かったみたいな、めっちゃ分かるみたいな風になって、
喜んでくれる人がいっぱいいて、
そのうち出店前に、
コース、6講座全部コースで申し込んで、
出店前に、
もうなかなか東京とかは来られないからっていって、
出店前に講座を受ける人が増えてくると、