メロスわかるよみたいなね。身に覚えあるこれみたいな。
それこそ小学校中学校ぐらいの時はね、なんてダメなやつなんだと思ったのが、大人になってくると、いやーわかるわーみたいなね。よくやったよメロスみたいな。
すげーわかるみたいな。
逆にすごいよやったんだからみたいなね。
他のセリフキースとか王の気持ちってそこまで詳しく書かれてないんで、なんかそのサイドから見た、アナザーストーリーもちょっと変になったと思うんですけど。
スピンオフな的なね。
でも、だいだいダメじゃない人が書くのはそんなに上手くないと思うんで。
そうですね。でも今思ったのが、タイトルがだから、走れメロスだからね。走るメロスじゃなくて。
走れっていう、確かに。
走るメロスじゃないんだもん。走れメロスなんだもん。やっぱりそこをね。
改めてダサいこと思って、こういうのを書かせると本当にすごいサッカだなっていう。
ただ、別にこういう体験をしたことがなくて、ちゃんと計画通りにすべて終わらせてます。
夏休み宿題は7月中に全部終わらせて、8月はのみのみ遊んでましたっていう人には理解はされないかもしれないなっていう。
まさかの。
夏休み宿題最終日に泣きながらやるタイプの人は、ちゃくちゃ共感できるよっていう。
ダサい。ここにきてまさかの高評価。
いやー、でも苦手な作品はもちろん全然。人間資格とか、社養とか、晩年とかあんまり好きじゃないんですけど。
ああいう系のは好きじゃないんですけど、なんかこう、ちょっとダメだなみたいな。
めちゃめちゃダメな話はちょっと無理ってなるんですけど。
ちょっと怠惰な感じとか、ちょっとずるいとことか、こういうのをライトに書いた話は本当にすごい才能を発揮するよっていう。
こういうレベルで書ける人なかなかいないよなっていう。
夏目漱石は書けない。
漱石真面目なんですよ。一応エリント街道は歩んできた人なんですけど、漱石が書くのが上手いのはなかなか人が信じられないよねっていう。
人に対する信用をどうやっても信用できないっていうのをずっと書いてるんですよね。
まあね、貸したお金が帰ってこないからね。
でも面白いのは、すごく慕われてはいたんですよね。
人を信じたい人でしょうからね、きっと。信じられないけど信じたい人でしょう。
孤独だったわけじゃないんですけど、なかなか人を信じるのが苦手っていうか。
難しい環境ですよね。信じられないような人ばっかりが周りにいるから。
金返さねえのかみたいな。
そう、環境が悪い。
俺の病気の時、金を借りに来る弟子はいるみたいな。
本当にね、そう。
どういうことみたいな。
周りが悪い。
帰る金がないからそれも貸してくれとか言ってくるっていうのは、どういうことって感じですけど。
本当にそういう人いたからね。いたことがあるんですけど、本当ダメな人ですからね。
やっぱりいるな、そういう人。
孫関とはまたダザイは違う分野で輝いたなっていう感じはしますけど。
すごい珍しい。寸毒でダザイがちょっと評価されるってちょっと珍しい流れじゃないですか。
いや、でも何とも言えない作家ですね。大好きとはもちろん思わないですし、すごく読んでて嫌な。
さっきの判断とは別の意味ですごく嫌っていうか、これはちょっと正直受け付けないなっていうものとか、すごくある作家なんですけど。
近年、評価が進んできている作家じゃないですか。
今ね。
本当に出会いが最悪だったんですけど、歳をとるにつれて言いたいことはよくわかりますというか、自分もそんなに立派な人間じゃなかったんだなっていうのを
年々思うにつけて、このダザイが描くダメな人間達っていうのが自分の中にもあるよなっていう、否定し難い部分を描いてきてるなっていうのがあって。
ただそこで受け入れられないっていうのは結構差があるんですけど。
なんかちょっとそこはすごく、やっぱり描くのは上手いけど、別にここまで、こういうダメさ加減をここまで見せつけてこなくてもよかったんじゃないかとか。
作家というか作品として読んでも、ちょっとこれはいいんやっていうところもあって。
昔はもうダメ、苦手一辺との作家でしたけど、最近は、なんかこれでも面白いなとか、こういう描き方をできるのはすごいなとか、そういう意味ではちょっと再強化が進んで。
歩み入りがあったんですね。
そうですね。まあ昔はやっぱりまだ若かったんで、なんかダメな自分とかあんま見たくもないし、そういう人間としてありたくないっていうのをすごく思ってた時期もあったんですけど、まあダメなものはダメだよねみたいな。
でも全部完璧じゃなくても、この程度はダメだったらまだ迷惑かかるかもしれないけど、なんていうんですかね、現実を見始めたってことなのかもしれないですね。
だからダザイのすごいところは、それをもうあの若さの時にそれがちゃんともう見えてたっていうのがすごいですけどね。
そうですね、でもまあ辛い人生ですよね。
まあね、辛いと言えば辛い。
でも面白いなと思ったのは、この間青森出身の人とお話をする時に、先にダザイのこれ読んで面白かったんですよねって話をしたら、ものすごい微妙な顔をされまして、何とも言えない顔をされたんですよ。
やっぱダザイは苦手だっていう話をしてたんですけど、どうしてもダザイってすごく青森の話もすごく書いてましたし、青森の有名人と言えば出てくるのはダザイ治。
だけどでも生き方的にもちょっとどうなの?とか作品も暗いしっていう。
そことリンクさせて、青森県の青森出身ですって言うと、そこをダザイのイメージまでくっついてきてしまう感じがして嫌だっていうふうに聞かせて。
でも過去に何人かそういう人いたんですよ。青森出身の人で。
だから青森県民とダザイ治の関係って微妙なとこなんだろうなとか、人によるんでしょうけど。
やっぱりちょっと暗いイメージがあまりにも先行しすぎてるから。
しかもあの最後の話だし、ちょっと生き方的にもどうなんだろうっていうところと、自分の出身地がかなりリンクさせて、結びつけられてしまってるっていうのがあんまり嬉しくないっていうふうに結構いて。
青森県民からすると確かにそう思っちゃう部分もあるのかとか、あんまりゆかずに青森出身でダザイ治の話触れねえなというふうに思っておりました。
山形、そんな扱いが難しい作家ってパッと出てこないですけど。
そうか、扱いが難しい作家、ダザイ治か。なるほど。
ちょっと青森県民にいるときは注意しようと思いましたね。
そうですね。あ、でもあれ、森妖怪。森妖怪も、あれ森妖怪東京じゃなかったですか?
東京ですよ。
ですよね。東京の森妖怪界隈に住んでる人に。
森妖怪界隈ってか。
界隈あるの?
森妖怪界隈。
もうここら辺だよねみたいな話をしたときに、やっぱり森妖怪のことあんまりよく思ってない人たちが2人くらいいたときがあったので、なんか森妖怪口だけだからみたいな。
まあ彼もない姫とかはちょっと。
あの人って医者だった人?
医者ですね。
ですよね。それで森妖怪が麦がいいんだとかって言って、麦を食べさせたから活気が増えたみたいな。
なんかそういう、えーみたいな。
ビタミンの栄養学のところで求めたというか、でもたしか海軍かどっかの軍の結構偉い軍員とかですよね。
それで結局その戦争でそこのなんか軍がダメになったのは森妖怪のせいだからみたいな。
なんかこんなふうに森妖怪記念館みたいな、なんかそんなあれがあるけども、ちょっとねーみたいなことを森妖怪界隈の方には言われました。
界隈あるのかっていう。
界隈なんですかね。ただのアンチなんじゃないですかね。
アンチなのかな。
アンチじゃないですか。
森妖怪くらいかな、知ってるの。
岩手とかも、宮犬いますけど。
あー宮犬。ほんと宮犬っていうね、その略し方慣れない。
宮犬。
宮犬もいますけど、石川卓北とかもいるじゃないですか。
卓北どうなんっていうところも、なかなかパンクの生き方をした男ではありますけど。
あまりにもネガティブすぎる。
まあしょうがないけどね、しょうがないことばっかり起きたから、界隈の周りは。
卓北自身もどうなんっていうところもあったりはするんで。
私あんまり宮犬もね、そこまでなんか、みんな宮犬のこと大好きでしょ。
でもほら私は豚から入ったので、怖い男だなとしか思ってないですよ、宮犬のことは。
私は宮犬は普通にあれから入ったので、銀河鉄道から入ったので。
そっちから入ればよかったもんな、多分。
えーでも私それでも、あざらしの話とか。
あざらしの話。毎回言ってくるな。
毎回言っちゃう。どうしても出てきちゃう。
とかなんか牛乳買いに行って、最後あんな感じだし、みたいな。
みんながあんなに宮沢賢治をファンタスティックに出る意味がちょっとわかんないなって思ってますけど。
銀河鉄道の夜っていう、名前だけじゃないみたいな。
そうですよね、名前だけですよね。
名前だけすごい美しいけど。
内容は。
いいやつかもしれないけど、宮犬。
宮犬、まあ宮犬ね。
雨にも負けず、風にも負けず。
本当?って。
逆に疑い始めた。
本当?って思っちゃうんだけど。
近日のまた別のところに行くっていうのも雪で閉ざされるし、雪がなくても閉ざされてるんですよ、そもそも。
そうそう、隣の家が遠いっていうのもありますからね、もうね。
隣の家も遠いし、隣の市も遠いし、隣の県も遠いし、東京までは遥か先ですよ。
別の国かっていうぐらい遠いので。
海外かな、みたいなね。
そうですね。鶴岡から東京に行こうと思うと6時間ぐらいかかるんで、そしたら空港で韓国行けるよねっていうぐらいの話ですから。
とかウラジオストック行けんじゃんっていう。
私はウラジオストックの方が近いよっていう。
近いっていう。
東京遠いな。
そう、一番の都会はウラジオストックっていうね、一番近い都会は。
ウラジオストックそんなに都会でもないですけどね。
そこまで都会でもないですよ。
ウラジオストックの話でも、いつかウラジオストックで、なんていうか日本車を輸入してることで成形を立てた時代があったっていう本を書いてる本があるんですけど。
ミニハンドルっていう本を書いてる本なんですけど。
なんか山形では有名な話じゃないですか、山形っていうか。
そう、羽田港から、車ばらして常に通常の車に乗っていくっていう。
それをまた組み立てて。
そうそうそうそう。
だからミニハンドルなんですよね。
外国の車って左ハンドルじゃないですか。
でもミニハンドル、日本の車だからミニハンドル、だからミニハンドルっていうタイトルでつけられてるんですけど。
でも日本海側の東北とかに住んでるとよく聞く話ですよね。
よく最近まで聞いた話ですよ。
さかた港とか、さかたって鶴岡、山形の北の方にある港町なんですけど。
そこの貿易港なので、今どうかわかんないですけど、
昔よくロシアとかにも貿易で出てる船もあったし、なんだったのか標識がロシア語で書いてあったので。
それ言いますよね。
本当かどうかわかんないですけど、タイヤが盗まれるみたいな話もありましたけど。
どこまで行くのかわかんないですよね。
街中にもロシア系の人かなっていう人とか見かけることもありましたから。
日本語検定の本買っていくとか。
だから割と閉ざされているところ。
東京は遠いんですよ、ロシアより遠いんですよ。
空港からだったら1時間くらい行けますけど、
遠いので、独自の思考回路が東北なのかもしれないですね。
ちょっと行かれている。
他の地方とかにも、もちろん東北と同じぐらい都市にアクセスするのが難しいっていう地域っていっぱいあると思うんですけど、
西とか、真ん中らへん。
真ん中らへんって言い方適当すぎるんですけど。
真ん中の中部とか全然未知の世界だなと思うんですけど、
多分あの辺りも外に出ようとすると山が阻んで出られないとか、そういう地域とかもありそうな気もするんですよ。
でもほら日照時間があるから。
それはありますね、日照時間。
外に行ける時間があるから、山形ね、今なんか5時になると真っ暗になってくるから。
そうですよね、もうそして寒いからストーブ出そうかなっていう気配育を育ち始めてる。
もうつけてますからね。
うちにこもって。
こもりがちになるし、こもるとやっぱりぐるぐる思考になってくるので。
だから本当に残念。残念ながら東北を代表する作家といえばダザイオさんみたいな感じに私の中ではやっぱりなっちゃいますけどね。
良くも悪くも。
もしかしミヤケンか。
ミヤケンかね。
そこの2人なんだろうな、東北のイメージを担ってそうな作家って。
ミヤケンか。
ミヤケンとダザイオさんという二代巨頭でやっております。
東北ですけど。
いいから怒られんぞって感じですけど。
寺山雄二を入れたところでですけどね。
石川拓木を入れたところで何かが別に強化されていく感じ。
ダメ成分が強化されていくような。
ダメって言わないの。
明るさが一個もねえなって感じですね。
でもダナイは暗い一点等ではないんですよね。
お金持ちだからな。
お金持ちだし。
お金持ちなのか。
お金持ちだからなみたいな。
自虐っていうか、自虐的な笑いというか。
それも行き過ぎると辛いんですけど。
そんなこと石川拓木の前に言えないですよ。
そんなことダザイ。
口が裂けても言えないよ、そんなこと。
ダメだなっていうのは、やっぱり人によっては恵まれてるんじゃないかお前っていうところとか。
お金持ちの息子だろうとか。
ダメージ受けてしようぜ、みたいなことになるとちょっと辛いなって感じがする。
そっか、そうだな。
でもなんかそうですね。
まあでも津丸は結構個人的には、まあどうなんっていう部分もあるんですけど、
クラスミズかといってアハレスミズ、ちょっと寂しい話もありつつ、バランスが良くて良かったなっては。
ファンタジーの部分もあるんですけど、東北人のなんとも言えない距離感がなく、爆発的に寛大をしてしまって、後から恥ずかしいってなっちゃう。
良い人って言い訳でもないんですけど、良い人ってなんて言うんですかね、ちょっと感情が純粋に爆発してしまいがちっていうか。
ちょっと都会の人から見たら、若干引くぐらい感激してくれるっていう、寛大してくれるとか、迎えてくれる感じ。
でもそれを恥ずかしいことだっていうふうに思ってしまう内部さっていうか、その辺の書き方すごい上手いなって思いましたけどね。
もうほんとね、東北人のダメなところをギュッと凝縮して煮詰めた感じ。ニコゴリみたいなね。聞いてて本当にわかると思っちゃう。
わかると思うし、私もそれを読んでて恥ずかしいなって思うんですけど。
恥ずかしいって思っちゃう、もうね。だからやめてみたいな。
でもそれをやっぱり読んでる人に恥ずかしいっていうふうに思わせるぐらいの解像度で書いていくのが上手いなって思うんですよね。
恐ろしい男だぜ。
恐ろしいですけど、そうですね。ある程度年取ってから読めるようになって良かったなって思いますよね。
そうですね。
走れメロスは本当ね、わかりにしかないって思いましたけど。
私走れメロスぐらいだったら読めるかもしれないんで、ちょっと次回のつんどくじゃ走れメロスで。
あと駆け込み訴えとかまた痛い、なんですかね。
それこそキリストとユダツセンでキリストについて語った話なんですけど。
痛いボイルナブカみたいな。痛いビエールみたいな話なんですけど。
やばい。
でもちょっと相手のこと好きすぎてこじらせすぎて、こじらせて病んでる人の容赦が解像度高いねやっぱりって思って。
まあそういうのも好きじゃないですか、この番組。
そうですね。
ベートーベンにしても。
そうです。あれ系のちょっとこじらせて大変なことになってる人の安心感が本当に上手いよなって思いながら。
そうですね。ちょっとあの話を聞いて興味のない方は駆け声訴えを読むとグッとくるものがあると思いますので。
どんな紹介?
おすすめしますね。
わかりました。ちょっとやろうやろうと言いながらやっていない。
内田百験クイズじゃなくて。
内田百験クイズはなしなし。
なしなし。
マニアックなものしか出てこないからなしなし。
もうね、内田百験のイメージ悪くなっちゃうだけのクイズだから。
確かにね。
それはそう。
百験の文学をまず読んでからクイズをしてもらえればいいけども、クイズから入ると本当にこうなんだろう、百験先生のピュアなところ。
ピュアな人間な。
悪気なく言ってるのがこの人みたいな。悪気なくてもやばいけど、悪気なかったらさらにやばいなっていうエピソードが百験なんですけど。
そうですね。百験ね、やばい。
百験結構やばいんですよね、人。
結構どうなんていうエピソードめちゃくちゃあるんですけど。
人となり、人となり、人となりの方はあんまり知らないからな、私作品は結構好きで読んでたけど。
すごいですよ。
百験はね、読む話によってみんなほら、あれが違うでしょ、きっと。見てる側面が百験って。
そうですね。
だって野良屋しか読んでない人は、先生いい人みたいな、いい人かな、わかんないけどね。
めんどくさいオッサンって感じもしますけど。
猫好きの私にはわかりますよみたいな感じになるし、犬好きさんだって百験先生わかりますよになって、メロメロかもしれないけど。
そうですね。
他のちょっとわけのわかんない、階段じゃないけど、ちょっと不思議な話系。
私不思議な話系から入ったので、なんだろうこの不思議な世界観はと思って、幻想文学的な。
そうですね。それは幻想文学から入った人なので。
だからね、幻想文学から入れば百験先生もう不思議でしかないじゃないですか。
でもアホ列車から入る鉄道棚なんですけど。
鉄道棚なんですよ、あの人。だって何も用事ないのに東京から大阪まで電車乗って、そんで帰ってくるだけなので。
だからほら、野良屋から入って野良屋しか読んでない人はまさかのり鉄だとは思わないわけじゃないですか。
自己表明も楽しいとか言ってるんですから、あの人。別に観光地には行かないっていう。電車乗ってるだけっていう。
百験先生ね、引き出しがありすぎる。
あと借金ネタとかもめちゃめちゃ書いてたりとか。
このつんどくを聞いてる人の中では、きっと百験先生は猫好きの借金持ちみたいな。
猫好き借金持ちのり鉄っていう。
ダメじゃない?
幻想文学私は一番推したいんですけど。
猫好き借金持ちのり鉄、あと鳥狂いっていう。鳥をめっちゃ飼ってた時があるっていう。
猫と鳥ってどうなの?
なんかあれなんですけど、三浦寺にちょっと通じるっていう。趣味人みたいな感じなんですよね。
確かに、だから好きなのかな。
文学者だけではない側面がすごく。随筆の方が多分有名だったのかな。小説の人とか。
そうなんですか?
わかんないですけど、だから随筆メインで読んでる人と小説メインで読んでる人って多分いる作家なのかなって思いますよね。
随筆で読んだ時ないかな。
随筆はすごく出した。随筆の方が多いような気がしますけどね。晩年とかは。
へー。
小説は若い時の方がいっぱい出してるイメージがあるけど、どうなんだろう。
私ゴタブーにも同じ、メイドぐらいから入った、普通にデビュー作から入った人間なので。
あ、違うな。私あれが、あれだ、ツゴイネルワイゼンから入ったのかな。
あー、はいはい。そうかもですね。
そうかも。ツゴイネルワイゼンから入ってのメイドに行っての野良屋だったので、結構私は、正当派ですよ。
正当派って言うんですか。
正当派ですよ、みたいな。
私は、私は和田さんと違うみたいな。
あなたの客権はどこからっていう感じですね。
そうですね。私広いんですよね。
ツゴイネルワイゼンとか野良屋とか、あとはそれこそ和田大屋とかも映画になってるので、そこから百犬って何ぞ屋ってなって、客権を生かせる人とかもいるだろうし、
あと川崎の広見とかもすごい客権、影響を受けてる人で、先生とかさんとか。
はいはい、好き好き。大好き。
雰囲気的にもちょっと百犬チックな雰囲気あるじゃないですか。
ありますね。ある。
あー、あるある。
ちょっと突然わけわかんなくなるところとか。
そうそうそうそう、何の話を回されてんのこれみたいな。
えー、みたいな、あるある。
夢なの?現実なの?何なの?みたいな。
シームレスに幻想世界に行ってしまう感じとか、そういう百犬だなって思うんですね。
確かにそうか。
近年の百犬っぽい雰囲気の人というと、川上広見とか大和田さんとかは、違うね。
そこ行く?
出身は一緒なんですよ、岡山なんで。
岡山文学省とか、百犬の文学省あるんですけど、それの審査員とかされてたはずですね。
あー、なるほど。だから岡山多いんだ、ああいう。
そう、ああいう何とも言えない人たち。
ホラーじゃないけど何とも言えない人たち。
ホラーも多いですもんね。
ホラーも多いですね。
多い。
岡山といえば私、ホラー。
岡山といえば私、ホラー。
岡山といえば私、ホラー。
御邸協定の人ですよね。
同じの出た。
あの確か岡山でも、参院の方だって言ってましたよね。
あ、そうなんだ。
いわゆる裏岡山っていう、岡山でもあんまり日が当たりなくてみたいな話をされてた。
やっぱりあれか、日光か、日光時間か。
そう、でも岡山ってやっぱりなんか、それこそ百犬とか小川陽子さんとかは、
割と岡山市とか確か、倉敷か岡山の方だったんで、日当たりはいいはずなんですけど。
だから倉敷で、倉敷なんだけども、倉敷で日当たりが良くて、
だって倉敷って割と明るいイメージはありますけど、
そこに参院側がこう、なんだろう、蝕んでいったというか、蝕む言葉がまだいない。
なんだろう、百犬先生の何かこう、影響をぐるぐるして持っていった感じじゃないですか。
今日なんか引いてるのは、不思議な雰囲気というか、
おばあちゃんが、よく昔話をしてくれるおばあちゃん。
そのおばあちゃんについて、おばあちゃん子だったらしくて、
出来合いされてた後、よく昔話とか怖い話とかをおばあちゃんに聞いて育ったっていうのがよく書かれてます。
なんだろう。
百犬伝みたいなのには出てますけど。
完全に私の中ではイメージでしかないんですけど、
あっち側は夕方が長いイメージがあるんですよね。
確かに、西日本ってそういうイメージあります。
いつまでも日沈まないなっていうか、山がなければですけど。
薄暗い、夜じゃなくて酷でもない大間がどきって言うんでしたっけ。
あの妖怪が多く、ばんこすり始めるような、
あの夕方のイメージが長いところの文学集がしますね。
コウモリが飛ぶ時間が長いというか。
真っ暗でもないんだけど、薄暗い中だから。
闇がぼんやり、なんかいそうな、見えそうで見えない闇って感じですか。
そうそう、妖怪がいそうな、昼が長いわけじゃなくて、夜が早いわけじゃなくて、
だからやっぱり、
本当の学校じゃなくてスクラッサーってことですよね。
だからやっぱりそういう、ちょっとした幻想的な文学が生まれるんじゃないかという完全なイメージなんですけど。
ほらこっちに来るとホラーみたいなちょっとなんだろう。
飲酒村みたいな感じですか?
そう、そう、そう。
怒られんぞ東北クラブ。
大丈夫、東北クラブです、東北クラブですって言っとけばいいみたいな。
のんびりはしてるけどなんかこう。
やっぱり閉ざされてる。
向こうぐるぐるしこなさそうだもんなあんまり。
あったかいっすね。
偏見が強い。
偏見がね、味すぎるこの番組。
でもほら、津山三重にもろしとかもあるわけじゃないですか。
あれも岡山ですかね、山陰の方が。
あれはさ、やっぱ行動力があるもの。
なんで山陰の方してんだよみたいな。
一晩に30人も襲いに行けるタワーが東北にはあるかっていう。
冬が寒いんやっぱり。
東北だったら。
雪に阻まれるみたいな。
本当に活動的な襲い方はしないんじゃないか。両手に釜みたいな。
そうですね。
だってすごい活動的でしょ。
でもこっちだともうちょっと違う感じだと思うな。
どういう感じ?
毒殺とかなんかこう。
もうちょっと外に出なくてもいいみたいな。
呪うとか。
見た子に頼むとかですかね。
呪うとかね。
ダイトに出たね。
そういう活動的だなって。
事件を昔知った時にはすごい第一印象は活動的でした。
そこは怖いなとかでもなく。
怖いなって思った。
そうそうすごい活動的。
すごいなと思って。
何時間の間にあれだけパワフルに動けるっていうのはすごい。
陰惨な事件ではありますけども。
知らない方はぜひwikipediaでお調べいただくと。
なかなか陰惨な。
そうですね。
いまだに。
中村のモデルにもなってますけど。
そうなんでしたっけか。
頭にライトをさして。
そうそうそうそう。
そうですそうです。
2本立ててね。
でもね、いまだに。
語りすがる。
語りすがる。
ちょっとした人数の何かそういうのが起きるとね、必ず引き合いに出される。
そうですよね。
恐ろしい。
恐ろしいけどね、よくそういう話題がポンと出てきて、
わかるわかるになるなと思って。
そうですね。
三十二殺しに言われてわかるって人なかなかいないよなって思うんですけど。
さすがだなって。
的さんすごいの出してきたなって思いながら。
基礎教養みたいな感じで読んでた時期があったのね、そういうものを。
そうですね。
孤独なものを読んでこなかったな。
八幡村とかね、それこそ京極さんとか好きだとどうしてもそこには当たりますからね。
そうですね。もうちょっと意識高い系の本を読んでおけば、また違う人生があったかもしれないなと思うんですけど。
大丈夫、走れメロス読んでるから。
走れメロスですね。
でも最近、もうだいぶ長くなってきたんで、もうそろそろなんですけど、
最近読んでる本で、図書館から借りてきて読んではいないんですけど、
前から気になった本で、日常に侵入する自己啓発っていう、
サブタイトルが生き方・手帳術・片付けって書いたんですけど、
自己啓発本を社会学的に考察してみようかっていう、
自己啓発の本とか、あとはメディアとかに載ってるインタビューとか、
そういうものをちょっと分析した本があって、
出たのはいつだったかな。
2015年、もうそんなに古いのか。
もうちょっと最近だと思ってたんですけど、もう10年くらいなるってことですね。
どっかでこれを目にして、これ面白そうだなって、
2、3年前くらいどっかで見て、
最近また思い出して借りてきたんですけど、
生き方・手帳術・片付けっていうところに着目したのが面白いなと思って。
私、今の時期には新しい手帳をどうしようかなって、
来年使うものをどうしようかなって考えるのが、
10年くらいもう習慣になってるというか、
9月くらいになると新しい手帳が出るので、
今年何使おうかなとか、来年はどういうふうに手帳使おうかなって考えて、
結局何も書かないのに1年終わるんですけど。
わかる。
なんで手帳を買ったり、手帳をこういうふうに使ってますっていう人の
インスタを見るのが好きなんだろうなっていうのをちょっと思うことがあって、
手帳術とか手帳何しようとか考えて、
結局同じ手帳を毎年10年くらい買ってるっていうような。
でも何か手帳にこういうことを書いたら人生が良くなるみたいな、
成功するとか夢が叶うってよく聞きますよね。
ここに夢との結合とか、そういう文脈で読み解いてたりとかしたり。
私そんな本持ってましたよ。
持ってました。
あと片付けですよね。片付け人生変わるってよく、
それこそ一番有名なのはこんまりさんですよね。
そうですかね。
世界に羽ばたいていきましたから片付けで。
そうですね、すごいですよね。
とかも書いてあったり、
あとその生き方はちょっと私あんまり自己啓発とか興味なかったので、
あんまり自分で考えたことってなかったんですけど、
その辺とかも自分らしさとか、
そういう話に降伏してるのが、
そこに来たかっていう。
全部まとめましたね。結構まとめましたね、その本ね。片付けとメモと。
そうそう、一番なんか自己啓発の中に出てくるトピック。
え、じゅるい。
しかも結構自己啓発でもうなんて言うんですかね、
行動的なところ、朝活とか、そういうところの生き方の、
手帳の片付けっていうのを持ってきたのが面白いなっていうのと、
あと結構社会学で最近その自己啓発のことを書いてる本って、
ちょこちょこ見る機会があって、読んではないんですけど、
あと海外、アメリカは確か本で、
そのハッピークライシスだったかな、
その幸せじゃない、幸せであるっていうことに脅迫的に捉えられてしまう、
捉われている、そういう本もすごくいっぱいあるし、
そういう発信する人もすごくいっぱいあるし、
幸せじゃないとダメみたいな、
マインドに捉われている人たちみたいな、
人たちというか社会みたいなのを批評しているような本とか、
自己啓発と社会みたいなのを研究しているような人とか、
たまに最近見たりするので、
全然自己啓発したくないなと思いながら生きてきた人間ですけど、
苦手だったんですよね、そういう。
自己啓発的な本、あまり読まないっておっしゃってましたもんね。
読まないというか本当に手に取りにくいジャンルとして、
自己啓発と恋愛本という2大ジャンルがあったんですけど、
そういう切り口だったら自分もいけるかなと思って、
周りで芋掘りをしたよとか、芋掘り良かったよとか。
それが残ってて、年の終わりとか、年初めに若干近いから、
芋掘りはしてないようにしなきゃと思って芋掘りって書いたけども、
結局その次の秋までには、何で芋掘りって書いたんだろうみたいな。
ちょっと期間がね、期間のちょっと妙と言いますか、残念ながら。
いやでも芋掘りしたいっていうのを見て、何で書いたんだろうなと思ったんですけど、
確かに芋掘りする機会があったら芋掘りしたいなっていう気持ちはあるんですよね。
でもそれだけ他のが、まあまあ、でもそこまで他のがちゃんと具体的に書かれているのに、
芋の種類が書かれていなくて芋掘りって。
いや多分さつまいもとかですよ、これ。
山形で言ったら里芋ですけど。
私これ何で書いたのかなっていうのを思い直したんですよ、見た時に。
謎すぎたので、ここから出てきたこの芋掘りと思って。
よく考えたら小さい時に、保育園ぐらいの時に芋掘り遠足に行って、
その記憶が結構楽しかったんですよね。
芋掘りに行ったなっていうのは。
もっとよく考えてみたら、去年ぐらいに確か駅で、
芋掘り体験できますみたいなポスターを見たんですよ。
今仙台の荒浜っていうところがあるんですけど、海の近くなんですけど、
そこに今農場みたいな、農園みたいなのがあって、
あの辺って今もう津波が来てしまって、人が住めない、移住できない地域があるんですけど、
多分そういうところに建ってるのかなっていう。
で、そこで結構その果樹栽園とか、こういう農園とかやってて、
そこで確か芋掘りをできますっていうのを見て、
芋掘りいいなみたいな思った記憶をちょっと思い出して、
多分その記憶がこの芋掘りしたいになったのかなっていう。
そこまで紐解かなくちゃいけないって。
いや、なんなんだこれって。
でも確かに言語化して書いておくと、後で見た時に、
あ、芋掘りしたかったわそういえばっていうのを思い出せるから、確かに現実になりやすいですね。
そうですね。
実現しますね確かに、メモ。
ただメモの魔法を書いた人は多分芋掘りすることは想定してないと思うんですけど。
想定してないですね。
そういうことじゃないですよね。多分ビジネスとかそっちですよ。
芋掘りするとかどうでもいいわって感じ。
いやいやでも芋掘りからコミュニケーションが生まれたりする場合もありますからね。
そこからビジネスに繋がるかもしれない。
そうですよ。
そうですよ。まとめに入るっていう。
そう、自分の自己啓発っぽいことしてるなと思っても、結局芋掘りとかに行っちゃうんだよなっていう。
でもそういうことじゃないですか?
だってほら、あんまりしないことをするっていうふうに書いたっていうのは、何か新しいことに挑戦するっていうことで。
それっぽいな。それっぽいけど違うよな、多分コミュニケーション。
でも何て言うんですかね、これ本当に多分やりたいことなんだろうなと思ったので。
ちょっと今年無理でも来年あたりは、どこかに芋掘りする計画を入れといた方がいいかもしれないなって思いましたね。
もうね、10月とかあたりの一番最初に芋掘りって書いた方がいいですよ、絶対忘れないように。
もしくは8月の終わりぐらいから、8月の終わりのページ、9月の終わりのページぐらいに芋掘りって書いておくと。
1月ぐらいから自分言い聞かせないといけないんで。
そうですね、2枚の入れといて芋掘り。
それこそ1年前とかにそんな2枚入れても、なんだこれって思うよなっていう。いいな。芋掘り感あるな、それ。
芋掘り感。
ここすごい真面目なこと書いてるんですよね。
今年やらないことは自虐をしない、酒を飲みすぎない、先延ばししない、ネガティブな考えに溺れないって書いてありましたね。
全部、全部ダザイに当てはまる。
ほんとだよ、ダザイだなこれ。
ダザイズムですよ。
ダザイズムが入ってる。
そこはすごい自己啓発本とかで書かれてそうな、目標とかやりたいことリストとかやらないこと書いてある中にこの芋掘りかっていうのがやっぱここだよな。
多分こういうとこだよなって思いましたね。
よくあるじゃないですか、なんかお願い事とか3つ言ってみてみたいな感じで。
それで、しいて言えばもう1個何?って言った時のしいてに出てきた方が一番の望みみたいな。
そのしいて。
しいてですね。
しいてですね、それ。
芋掘りは。一応魂の叫びみたいな感じですかね。
そうですね。
もうちょっとまともなこと叫べよって感じですかね。
これかよっていう。
でもほら、そこって全然ダザイズムが入ってないから。
そうですね、純粋に何か収穫したい。収穫に喜びを味わいたいっていう。
子供の時の芋を掘った時の感激、感動が伝わってくる。
ピュアな感動。
何だろう、何かあったのかな、その時。
すごい楽しかったなって思い出は覚えてますね。
前日まで雨が降ってるかなと思ってたけど。
芋掘りって書いた時の、その時の成果物を手軽に確実に成果を手にしたいみたいな。
それはあったかもしれないですね、この時期。
多分バタバタ年末ですごくギエーってなった時期だったと思うので。
ライトに現実化できることみたいな。
それが芋掘り。
芋掘りはないな、書くことな。
ですよね。
ここに自分やっぱりこういうとこだよなって思いましたね。
億万長者にはなれなさそうですけど、楽しくいけるのではないかと思いました。
そうですね。
あんまり思いになることはなさそう。
ちなみに私は手帳も買ってないんですけど、
手帳を買ってた時、買ってる時代にやっぱり1ページ目っていうか表紙開けて、真っさらなページみたいなのあるじゃないですか、よく。
何も書いてない。打ち拍子的な。
あそこに、毎年人に優しくって書いてました。
それ何でしたっけ人に優しくって。誰の言葉でしたっけ。
ドラマでそのタイトルだったのって思いましたけど。
でも何か人に優しくって、とにかく人に優しくって毎日書いてて、それを問わる人に言ったらどんだけ人に厳しかったんですかって言われて。
何かそんな優しくなろうと思わなくちゃいけないほど人に厳しかったんですねって言われて、ハッとした思い出があります。
手帳ってやっぱりいろんな、その人何か出てくる。日記とはまた違う感じなのかな。
日記も私書いたときあったんですけど、何か日記とはまた違う使い方だよ。
表筆の仕方がされるなっていう。日記には多分日本語にしたいっていうのを一行で書かないよなっていう。
そうですね。メモの魔力ですよそれが。
昔あまりも書くことがなくて。
書くネタを作るために、毎日長編小説を15分間読む、その感想を書くっていうことを何故か知ったことがあって。
作目はカダマーゾンの兄弟をまた読み直すかと思って書いてたんですけど、
あれ私やっぱ好きすぎるので、自分でも気持ち悪いくらい書いてて、もう読み返せないですねあれ。
ちょっと怖い異常の日記に書いてたんですけど、ちょっとB6ぐらいの小さい手のひらサイズぐらいのあれに書いてたんですけど、
足りなくて、付箋を何枚も貼り付けてて、手帳が膨らんでるんですよ。
日記帳がすごい分量になってて、ノートサイズとかにすると多分書けなくなるんですよね。
小さいサイズだからこそ書きやすくて、でも足りなくなるからノートを付け足すっていう、よくわからないことをしたんです。
あのね、どっちにしても焼き払ってほしい。
本当ですか。怖いなっていうぐらいの、しかもすっごい小さい手で、もうすごい勢いで書き殴ってたんですよ、毎日毎日。
ちょっと怖くて読めないですね。
あれですよ、もしも的さんがすごい何かで有名になって、それで何かちょっと不謹慎なお話ですけど、何かね、ちょっとあってお亡くなりになった時に、私がそれを手にしたら絶対出版しますよ。
嫌だな。それはあれですね、カフカの原稿が今出ちゃった。
焼いてくれって言ったじゃんっていう、でも本当に焼いてほしかったのがどうかっていうのはまた議論の分かれるところなんですけど。
だからそういうふうな感じで、的さんはあの時焼いてほしいって言ってたんですけども、やはり私はこれを世に出すことに決めましたって書いて、後書きに書きますよ。
ちぐやなそれは、恥を、生きてないけど、まあ死んだ後だったらいいかって感じですけど。
それで隠蔽で暮らそうと思いますね。
そんな内容ではないな。でも本当に何というか、俺しか知らない考察みたいな赤本を書いてましたけど、そうやってたのが2、3年前っていうのがさらにちょっと頭痛くなる感じですけどね。
近い過去っていうね。
バカだなーって感じですけど。でも毎日あれが楽しみに生きてた部分はありました。
きついなー。
じゃあ今年の手帳にもぜひ芋掘りと書いてほしいですね。
今年はたぶん一番最初に書くでしょ、芋掘り。
そうですね。来年から来年の手帳に今年買ったらすぐに芋掘りと。
そして2万円どこに入れる。
7月の終わりぐらいから芋掘り。芋掘り予約。芋掘り思い出すこと。芋掘り予約。芋掘り忘れないこと。