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はい、では、True Blue on my Blue始まります。 このポッドキャストは、50代ゲイのヨッシーが日々の暮らしの中で好きな人、好きなこと、自分のことなどを話す
自由奔放な一言ラジオです。 ということで早速エピソード2始めていきたいと思います。
前回の配信ではですね、ゲイである自分のこと、どんな人に今までカミングアウトしてきたか、カミングアウトできない
でいる人はどんな人か、みたいな話を してきたんですけども
今日はですね、 ゲイとしてどう生きてきたのかっていうのを
幼少期から大学生ぐらいまで話をしようかなというふうに思っております。
じゃあ幼少期の頃
まあどんな感じだったかっていうとねー
特にね、いじめられるっていうこともなく自由に生きてたような気がしてるんだよなぁ
ちょっと記憶にないだけかもしれないんですけど
でね、まあ あの
ゲイあるあるだと思うんだけど、女の子が好むようなね、おもちゃとかさ
そういう遊びとかが好きだったは好きだった
という一方で、まあなんとも男の子らしい一面っていうのも持ち合わせていった時期で
まあ今とかもさ、よくあるけど戦隊ものというか戦隊ヒーローものとか
メカ?メカモノ?っていうのはあの
昔の話だからさ、ちょっとこれ通じない方いっぱいいらっしゃるかもしれないんですけど
例えばね、マジンガーZとかさ、鋼鉄ジーグとかさ
ライディーンとかそういうアニメだよね、アニメがそういうの
ガンダムっぽいやつですよね、いわゆる
そういうのがやってて、でそれのね、あの超合金ってわかるかな?今の若い人わかんないかな
あのなんか鉄でできたさ、おもちゃなんだけど
超合金めちゃくちゃ好きだったわけ
で、その超合金をね、あの
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めちゃくちゃ好きだったからおじいちゃんがね、おじいちゃんよくねだってたわけですよ
母方のおじいちゃんね、母方のおじいちゃんにも結構めちゃくちゃ可愛がられてたから
おじいちゃんに言って買ってもらうとか、そのおじいちゃんに言ってそのなんか戦隊ショーみたいなやつがさ
おじいちゃんが住んでる隣の町でなんかあるってなったら、あのおじいちゃんに連れてってもらってもう被りつけて見るみたいな
なんかね、そういうこともしていたんだよね
わかる?ちょっとなんていうの、なんか
女の子がするようなことも好きだったし、男の子がするようなことも好きだったし、なんかよくわからん
けどなんかそんな感じでした、はい
で、あのね
まあ幼少期の頃はね、あんまりきょんと記憶ないんだよな
当たり前か幼少期だからね
はい、で、えっと まあ保育園、幼稚園と経て
小学校に入るわけですよね、で小学校に入るとさいきなりさやっぱ世界が違うじゃない
まあ知らない人がいっぱいさ、あの
集められてさ、あのうち田舎だったんだけど
割とまあ人数はそこそこいたので、まあ1学年3クラスとか4クラスあったんだけど
あの1年生ってまださ、やっぱまだめっちゃ子供じゃん
まあその幼稚園とか保育園からのさ、まあ園長じゃないけど
割と先生にも守られてるし
やっぱ1年生だからまだそんなにね、あの
なんていうの、子供は子供なんだけど、まあ幼いじゃないですか
だからあんまりね、そこで1年の時っていじめられたって記憶あんまないんだよね
で、こっからですと問題は
2年になってから、やっぱ2年ぐらいになるとさ、2年生って何歳だ
8歳ぐらいになるとさ、割とみんな自我が出てきたりとか
えっと他人をあの
見下すっていうね、いやらしい術を覚えたりとか
いわゆるつるむっていうことを覚えたりとかしていくわけじゃないですか
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で、あのね、そういうことが始まると途端に
やっぱ自分みたいなね、あのセクシャリティーの人間はね
いじめにあうんだよね
もう漏れなくいじめにあう感じ
で、その2年生から小学校4年ぐらいまでかな
結構ね、いじめられたりとか
ほんと嫌がらせされたりとかしょっちゅうしてたし
それ今思うとね、マジでね、ぶっ殺したろっかと思うんですけど
あの担任の教師とかまでね
なんか一緒になってやっぱりそうやゆしてきたりとかさ
まあそういう時代だったんですよ
で、いまだに許してないよ
俺はその人たちを許してないし
まあ子供はまあさ、しょうがない
子供だからね
でもその時大人だった教師とかは
やっぱりいまだに許してないかもしれないね
うん、ぐるになってたね
うん、すごい嫌だったな
だから2年から4年って
本当になんかあんまりいい思い出がないというか
なんだけど自分も子供だから
なんだろうな
応御の仕方もわからないから
なんか言われるまま
なんか耐えてたっていう感じだったかな
でもなんかね
不登校になったりとか一切しなかったんだよね
毎日学校行ってた
なんでだろうね
よく行けたよね
いじめられながらも行ってましたね
でね、小学5年ぐらいになって
5年の半ばぐらいかな
ちょっと忘れたんだけど
自分ね5年生の半ばぐらいから
大日成長が始まっちゃったんで
始まっちゃったっていうか
始まって大日成長始まるとさ
声変わりしたりとか
背が急に伸びてきたりとかするわけですよ
で、なんだろうな
自分のね周りにもちらほら
やっぱりそういう子が出てくるんだよね
大日成長迎えて
ちょっと大人になっていく子が出てくるんだけど
あのね自分その大日成長が始まったぐらいから
急にね性格変わっちゃって
めちゃくちゃ早い反抗期がね
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訪れたんですよ
で反抗期が訪れるとさ
急に性格が変わるし
もちろん声もさ声変わりしていくから
なんか大人の声になっていくし
態度もなんかこう
大人になっていくというか
周りのねそのあの前さギャーギャー
いじめてたさ
奴らがさもうガキに見えてくるわけ
そうなるとさ
あのなんていうの
その大人になっていく自分をさ
そのガキたちはさ
なんか見てるわけじゃないですか
一緒にクラスの中でね
見てあの来ているんだけれども
そこでさあのなんていうの
周りよりさ先に大人になっていく
俺っていうのをね
みんながさ見る目がこう変わっていく
を感じたというか
それでなんかわかんないけど
あのまあ反抗期も訪れちゃったからさ
なんか例えば担任にがさ
なんかあのね小学校だから
まあみんなでなんかしましょうと
さこれはこうしなさいとか言うじゃん
やっぱり不尽なことって
いっぱいあるじゃないですか
そういう時になんか自分がね
その反抗期が始まっちゃったもんだから
なんかはみたいな感じになっちゃってて
もうなんか担任もちょっとえっと
ドギマギドギマギみたいなことになるぐらい
あの結構反抗的なね
小学5年生になってしまってたわけ
そうなるとね
結局さみんななんか見る目が変わっていって
急にねいじめがなくなっていったんだよね
やっぱりその大人になっていく人を
あのなんか見て
みんながこうびっくりするわけではないんだけど
自分より早く大人になっていくさ
まあ人を見てさ
なんかおーって思うのか
あーこういうことに
俺もそのうちになっていくのかで
みんな思うのかわかんないんだけど
あのそうなったんでしょう
そうなるとね急にね
なんかねみんな声かけてくるわけ
なんかさ本当勝手だよね
急にさ仲良くしようぜみたいなさ
なんか急になんか仲良くしてこようとするわけ
で別にそれはそれで別に嫌なことではないから
あの周りの猫たちと
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まあ喋るようになったりとかもしたし
そうなるとね
周りがこうしやほやじゃないけど
こうよいしょよいしょと
なぜか持ち上げてくるようになったりとか
なんか先生から
その生徒会に立候補してみないかって
言われたりとかして
5年6年とね
生徒会に入ってたというか
あのいわゆるその立候補しなさいって
先生に言われるわけよ
その5年生でも6年生でも立候補ができるんだけど
えっとそこにね
5年生で立候補しろって言われてしたら
なんか5年で生徒会のね
初期っていう役割があるんですけど
そこにねなんか当然しちゃったわけ
なんか5、6人で
5、6年生の中の
まあ先生からの推薦だったり立候補した
あの子供たちがね
その一つの
あの席を巡ってなんかさ
選挙とかするんだけどさ
なんかさあのトップ統制しちゃったわけですよ
まあなんかそんなこんなで
5、6年はね生徒会やってたんだよね
ちょっとよくわかんないけど
なんかそんなことがありました
であのなんだろうな
自分もさその第二次成長期とともにさ
あのその反抗期を迎えて
自分の性格もどんどん変わっていってるのを
すごい自覚したから
あのすごいねトランスフォームした感じがあって
なんか自分はこれを機にもう変わるんだ
みたいななんかすごい気持ちが芽生えていった
ような気もしますね
なんだろうね
小学5、6年のさ
あのその第二次成長を迎える男子っていうのはさ
なんかトランスフォームしがちなんだよね
なんか自分もこうそんな感じはしましたね
でやっぱさ第二次成長期が始まると
まあ性どんどん伸びるわけですよ
学年でもね
もう一人だけピョコンと背がでかくなっちゃって
あの目立つしさ
それと同時にやっぱりね
大人になっていくから
あの体のバランスが変わっていくとともに
顔がねすごい変わっちゃったのね
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で自分で気づいてなかったんだよね
でその小学5年の時にもう忘れもしない
これ今でも忘れないから
あのめちゃくちゃ強い印象が残ってるんだけど
親からね言われた一言がね
あのちょっと人生を狂わせるわけですよね
でそれ何かっていうと
まあうちのね母親がね
全然自分で覚えてないと思うんだけど
全くね全く覚えてないし
全く悪気もなかったと思うんだけど
俺に向かって
なんでこんな顔になっちゃったんだろうね
この子って言ったわけ
昔はあんな可愛かったのに
全然面影ないもんねって言ってきたわけ
俺にでそれまで自分の顔が
こう変化していってるとかっていうことに
あんまり気づいてなかったんだけど
そこで言われてもびっくりしちゃってた
自分でもでこんな顔になっちゃったって
結構さパワーワードじゃない
であのそこで初めてね
自分の顔がウサイクだってことにね
気づかされて思い知らされるわけですよ
でそれがあってから
とにかくね写真撮られること
ものすごく拒むようになって
極端に嫌がるようになった
とにかくその修学旅行やらさ
運動会やらさ
いろいろ学校行事があってもさ
先生たちが写真撮ったりとかするじゃん
記録用にそういうのもさ
なんかカメラ向けられてるなと思った
パッと顔を背けたりとか
あと親と例えば旅行行くとか
どっか行くとか言って
今までだったら
イエーイって写真撮ってもらってたのがさ
いやもう写真絶対撮らないで
みたいな感じになっちゃって
すごいねその写真を撮られることに
すっごい恐怖を感じて
その自分のねもう見にくい顔が
あの残るというか
その頃は神だからね
その写真として残るっていうのが
ものすごい恐ろしくなってしまったんだよね
でねそのなんていうのかな
その自分の顔が顔だけじゃないよね
もう全身なんだけど
まあその美しくはないっていうことを
思い知らされてから
その自分の様子っていうのに
全く自信が持てなくなっちゃって
それね怖いことに今でもね
めちゃくちゃ強いのそれが
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で小学5年生だよ11歳
11歳からさ今もう50代になってさ
40年ぐらいさずっと自分の様子に
自信が持てないまま今に至るわけですよ
いわゆるそのルッキズムってやつにね
あの苛まれてというかさ
ルッキズムに怯える日々をね
いまだに過ごしてるんですよね
でこれなんか言うと
まあ友達とかさ
あの仲が良くなった人とかに言ったりとかすると
えーみたいなことを言われるんだけど
本当にね自分に自信がないわけ
あの自分のその見た目良し顔とか
本当に嫌なんですよ
ねだからそれがさ
こんなに引きずると思ってなかったから
まあ恐ろしいよね
だからあの母親が悪いとは言わないけれども
やっぱりその小さい頃にさ
大人が言う言葉って
ものすごい子供を傷つけるっていうね
あの事例がここにまあ一つあるわけで
今もしね
あの親御さんになられた方々が
もしこれを聞いてくれているのであれば
もうねとにかくね
褒めちぎってあげて欲しいんだよね
あのとにかくルックスのことって
もう変えられないでしょ
性格とかさセンスとかさ
そういうのって磨かれていくものだしさ
いいんだけど顔面のパーツってさ
もう整形しない限り無理じゃないですか
それについて
あの自分の子供に言ってしまうとか
本当にねやめてあげて欲しい
なっていうふうに思うかも
自分もそのあのおいとかね
めいとかいるんですけど
おいめいだけじゃなくて
そのまあ友達の子供とかさ
あのいろんな子供たちに
今でもやっぱりあったりとかするし
昔からあってきたけど
容姿のことはね絶対言わないね
絶対に言わない本当に言わない
それも自分が一番身に染めて
よくわかってるから
絶対言わないですね
まあそんなことがありましてですね
そのまあいじめられてたわけじゃん
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2年から4年ぐらいまでの間
そうなるとさで反抗期迎えるじゃん
5年でそうなるとなんかね
その今までね
俺をいじめてきた奴らをどうやったら
こうギャフンと言わせられるか
ってか見返せるかっていうこと
ばっかり考えるようになってきて
いわゆるね
怖い言葉で言うと復讐ですよね
なんかその復讐心みたいなのがね
すごい芽生えちゃったのね
5年生からで
その復讐心と反抗期がもう相まって
まあなかなかあのすごい時期を迎えていたな
っていう感じがしますね
はいでね
まあ中学はね
もう反抗期真っ盛りですよね
もう反抗期真っ盛りでもうね
ゲイっぽい自分とは
あのトランスフォームしたからさ
とりあえず小学5年生で
でそのまあゲイっぽい自分っていうか
そのまあちょっといじめられてたね
あのあんまりこの言葉使いたくないけどさ
今言っても心が痛むけど
まあオカマとか言われたりさ
なんか男女とか言われたりとかさ
なんかそれこそ顔キモいって
俺言われたこともあるんだよ
なんかなんかね
そういうことを言われてきたんだけど
トランスフォームしたから
おさらばって感じだった
中学になってね
もう全く別人格として
中学生はね生きてきたかな
だからその別人格として生きてたから
イオウゴチはね良かったと思うんだよね
でもねそのどうやったら人を見返せるかとか
あのすごいやっぱ考えて
あのひとつね答えを出したんですよ
それはねまずね
勉強でね一番になるってことだったんだよね
あのうむを言わせず
みんながおーすげーあいつすげーなって言うのって
まあ例えば勉強ができるっていうことと
あと得意だった音楽とか美術で
個性を発揮するっていうことをね
なんか目標に添えたの
目標に添えたというか
生きる指針みたいな感じにしたんで
めちゃくちゃ勉強したんですよ
中学の時にものすごい勉強しまくりにしまくって
あの学年で常にトップ
まあそうだね
えっと毎回テストがあるじゃないですか
中間テストとか期末テストとか
そういう時に学年
まあ356人いたと思うんだけど
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一学年必ず5位以内には入ってた
1位になったことも何度もあったんですよ
中学の時は
でその得意だった
その音楽とか美術でね
個性を発揮しようって思ったからさ
まあその好きなことって
すごい熱中できるでしょ
でその自分で中学で
ブラスバンド部に入っていて
フルートをね
担当してたんですけど
フルートもすごい頑張ったし
あとねそのやっぱりピアノもね
あのちっちゃく習ってて
まあ割とピアノはすぐやめて
しまったんですけど
ピアノが弾けたもんだしからね
あの学年学年というか
クラスでまず音楽の授業がある時に
誰かがピアノ伴奏するわけですよね
そのまずクラスの伴奏者に
選ばれるわけ
あの先生がね
あなたやりなさいと
でそうなるとさ
やっぱさあの男で
ピアノ伴奏をする子って
いなかったんだよね
その時あの全学年で
俺しかいなかったの
だからその音楽の先生もさ
珍しいからさ
あの今度学年で
学年全部で
合唱とかをするってなった時に
学年代表のピアノ伴奏とかも
やってたんでしょ
まあそんなこんなで
自分の得意分野を伸ばして
なんかみんなをね
黙らせるって言った
すごいさ嫌な感じだけど
自分なりのその抵抗ですよね
まあ努力という
美しい言葉に変えとこうかね
これはねはいそんな感じです
で高校にまたこれ行くんだけどさ
本当は俺音楽と美術に特化した
高校に行きたかったんだけど
それを親に言ったらね
めっちゃ反対されたわけ
高校までは絶対2日に行けって言われたんですよ
で結局ね
新学校に行かされたんですよね
だけどその新学校に行くとさ
同じレベルの人がバッと集まってるからね
あのすぐにね
あのやる気なくなっちゃって
勉強嫌いになっちゃって
で高校1年入ってすぐにもうすぐに
もうお願いだから
大学だけは好きなことやりたいと思って
新学校に行ったくせに
音大科美大を目指すっていう風に宣言する
っていう傍聴に出たんですけど
で親にそれを言ったんですよ
高1の時にね
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高1始まってすぐぐらいの時にお願いだから
大学だけは行きたいところに行きたいと
音大科美大に行きたいって話をしたんだけど
親が自分で商売をしてたっていうのもあるんだけど
そこはねある意味ビジネスセンスが
親のねビジネスセンスが
キラリと光る発言だったなと思うんだけど
あのもちろんやりたいことやっていいよと
でその大学に入るからには
えっと将来そのビジネスになるような
分野に行きなさいっていう風に言われたんだよね
でその音楽と美術
じゃあどっちがお金になると思うって言われて
えーわからんっていう答えをしたら
音楽はなかなかね
あのまあ昔の人の考えだからさ
いわゆる音楽家という人っていうのは
まあ結構難しいと
あの儲けるのが難しいとか
ビジネスに繋がるのが難しいって言われて
でじゃあ美術美術の中でも
ファインアートはダメって言われたの
ファインアートっていうのは油絵とか
日本画とか彫刻とかさ
まあそういう系はやっぱり作家さんですよね
いわゆるはよほど才能があったりとか
あの個性がある人じゃないと
成功しないっていう風に言われて
じゃあ何が少しでもね
成功するのかって言ったら
デザインだって言われたわけ
親にへーと思って
デザインはお金になるんだ
ふーんって思ったわけですよ
でじゃあデザインの中でね
じゃあ自分が何のデザインをやりたいかなって
考えた時に
あのやっぱパッと思いついたのがね
ファッションデザイナーだったんだよね
でなんでファッションデザイナーだって
パッと思いついたかっていうと
やっぱねあのその頃ね
あのものすごいファッション通信を見てたんですよ
ファッション通信っていう番組
今でもやってるんですけど
自分が高校の時ももちろんやっていて
すごいねその番組見てたらね
キラキラしてたんですよね
ファッションデザイナーさんっていうのが
でちょっとこれあの言葉にすると
語弊があるんだけど
ファッションデザイナーさん
日本人のね
日本人のファッションデザイナーさんで
すごくキラキラしてた人たち
っていうのは
そんなにすごく
容姿丹麗な人ばかりではなかった
っていう印象だったので
あのもしかして
このなんか自分のルックスに自信が持てない
俺でもキラキラできる仕事って
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もしかしてこれじゃないのかって
思っちゃったんだよね勘違いして
でそれでねファッションデザインをね
目指すことになり
そのファッションデザインができる
四大を受けるということになりましたね
だからねなんかイケメンに生まれたら
今ファッションデザイナーじゃないと思います
私なんかそう思うな
なんか違う仕事してた気がします
なんかブサイクに生まれたから
ファッションデザイナーやってる気がする
ごめんねイケメンで
ファッションデザイナー
やってる人とかいたらさ
そんな人いっぱいいるんですけど
今自分はねそのブサイクが故に
どうやったら
あのキラキラした生活ができるかっていうのはね
ファッションデザイナーって思い浮かんじゃったから
そういう風になりましたね
はいでえっとね大学はね
むさびに行ったんですよ
武蔵野美術大学ね
で武蔵野美術大学の中に
空間演出デザイン学科
ファッションデザインコースっていうのがありまして
そこにあのまあなんとか受かったんですよ
あの予備校とか行きながらね
あの美大専門の予備校っていうのがあるんですよ
皆さんその美大専門予備校に行きながら
えっとまあむさびに入学して
ファッションデザインを4年間したっていうことになりますね
でねとにかくね楽しかった
自分のやりたいことができたし
初めて自分で決めたやりたいことを
割と同じ志を持った人が
こうバーッと集まっているところに
身を置くっていうのがものすごく新鮮で
めちゃくちゃ楽しかったですね
でねそのファッションデザイン科
もちろん仲が良かったけれども
他のね科の人っていうかさ
同じ学年の他の科にもね
めちゃくちゃ友達いっぱいいたの
油絵とかそれこそ彫刻とか
デザインでもね
そのファッション以外のデザインの
とかさ建築家のことかさ
もうなんかもうありとあらゆる
いろんな友達ができてすごい楽しかったですね
まあそんな感じかな
大学までの話はそんな感じですかね
はいということで
大学は楽しくゲイということを
ひた隠しにしながら
楽しく過ごしたという感じで
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大学時代まで話してきました
はい今日はねここまでにしとくね
もう長くなっちゃうからすいませんね
はいということで
トゥルーブルーオンマイブルーでは
お便り募集しておりますよ
て言ってもねあのまだね
あの私グーグルフォームとかないんですよ
もう早く作りたいんだけどさ
作り方がわからんからね
はいなので前回も言ったんですけどね
インスタグラムで繋がってる人とか
Xで繋がってる人とか
LINEで繋がってる人とか
いろんな人いろんな方法で
繋がってる方がいらっしゃると思いますので
どんな方法でもよいので
お便りメッセージいただけたらと思います
あとこの間も話しましたけど
gmailアドレス作ったので
トゥルーブルーオンマイブルー
アットマークgmail.comまで
お便りをいただいても大丈夫です
はいあとねこないださ
あの洋介くんっていうこの話したじゃない
洋介くんのおかげでこのリスンっていうね
これを見つけたっていう話をしたじゃないですか
その洋介くんが新しいエピソード
あげてたんだけど
その時に言ってたんだけどね
自分も全然気づいてなかったんだけどさ
リスンっていう番組のトップページ
自分の番組ね
トゥルーブルーオンマイブルーのトップページに
メッセージを送信っていうね
ところがよくよく見るとあって
そこからメッセージを送れるらしいよ
らしいよだって送れるんですって
洋介くんが言ってた
そっからメッセージくださいって
洋介くんが言ってたんで
自分も言ってみた真似して
なのでそのメッセージを送信というとこから
メッセージも送れますので
よろしくお願いします
あとさこのリスンの特徴がさ
AIが勝手に文字起こしをね
してくれるんだけど
これなんかよくわかんない
何の意味があるんだろうね
あれかな聴覚障害者の方とかも
ちゃんとわかるようにっていう
そういうことなのかな
素晴らしい機能ですよね
そのね文字起こしをしてあるところの
一番下にコメント欄っていうのもあって
そこにねコメントも書けるらしい
すごくないですか
これ全然知らんかった
洋介くんマジでありがとう
ということで
いろんな方法で
メッセージを送れますので
よろしくお願いいたします
では今日はこの辺で終わりたいと思います
36:01
ここまで聞いてくれてありがとうございました
では次の配信でお会いしましょう
お相手はヨッシーでした
またね