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はるか
はい、じゃあ、前回の続きから入っていきたいと思います。 前回、ニューロダイバーシティという考え方を紹介して、才能に恵まれているかどうかとか、
障害であるかどうかっていうのは、生まれた場所とか時代で変わるんだという話をして、いかにその子供たちが自分の特性を才能として輝かせられるような環境づくりができるのかとかっていう話をして、
一方で、いわゆる合理的配慮と呼ばれるものが限界があったり、あとはその日常生活で困っていたりとかしたら、医療の力とか借りたり、苦手を克服したりすることも重要だよねっていう話をしたと思うんだけど、
しました。あと2回かな? そうね、今日選択肢の話をして、次は最後まとめのところに入るんだけども、今日お話ししたいのが発達障害と診断された場合の学校の選択肢、教育のところにフォーカスしてお話をしようかなと思っています。
まず引用するのは黒坂真由子さんの『発達障害大全』という本で、そこでお話をされていた、まず一番初っ端に重要な考え方をお話しするんだけど、ちょっと以前まで法が改正する前までは一定の基準を満たす障害があると特別支援学校へ進学するっていうのが原則だったんだって。
障害と診断されたら特別支援学校に行きましょうねっていうのが。だけど今は本人とか保護者の意見を可能な限り尊重するっていうのが原則になっているんだっていうのが、これ一つ一番前提となる大きな考え方だなというふうに思ってて。
昔はもうその基準によって何を選択するかが自動的に決まっちゃってたのか。 そうそうそう、ある程度じゃあうちの子は特別支援学校だなとかっていうふうにあってたのが、今はその本人とか保護者の意見を可能な限り尊重しましょうということで、すごく意思が尊重される状況になった一方で判断をしなければならないという。
難しいよね。 難しい課題に直面しているなと思ったから、今からメリット・デメリットをそれぞれ整理して判断材料を皆さんにお届けできればなというふうに思っているところです。
傾向としてまず紹介してくれていたのが、今の現状ね、重度の自閉症と診断される場合は特別支援学校を選ぶことが多い。
前言ったように重度、軽度っていうのがあって、特性の色が濃い、特性の色が薄いっていうのがある。濃い場合は特別支援学校のような子に合った支援をすることが合っているってことが多い。
だけど、軽度の自閉症であったりとかADHD・学習障害の子供たちの大半は、いわゆる普通校と呼ばれる学校に行って、その中にある特別支援学級ね、クラスの方に行ったり、あとは通級指導っていって定期的に個別指導を受けに行くみたいな形で普通校と呼ばれる学校に行くことが多くなっているんだって。
だからつまり発達障害と呼ばれる子供たちの大半は普通校と呼ばれる一般の小中学校にいるというのが実態としてあるんだって。
ひとし
特別支援学校は全国には結構少ないっていう話だったよね。
はるか
数としてはいわゆる普通校と呼ばれるものに比べては少ない。だけど各自治体にはあるから通えるというものではあるんだけども、何かっていうと診断を受けた子供たちが学習上とか生活上の困難を克服して自立することを目的とした学校なんだけど。
メリットとしてはね、この本の中で挙げられていたのが一見障害とか特性があるかわからない子たちにとっては特別支援学校は安心できる場所になるっていうのがあって。
ひとし
だから、そのADHDとか自閉症っていうのが一見わからない。 そうそうそう。普通に生活していてその特性が周りの人から見てわからないっていう子たちって結構いるんだよね。これどういうことかっていうと、例えばで話すと、いわゆるADHDっていう特性の子とかって、前に遅刻の回でも話したんだけど、
はるか
自分の本当に興味分野とか好きなことじゃないとドーパミンが出にくいんだっていう話があって、やる気云々の前にもう体が動かない、モチベーションが本当に湧かないんだっていうのが特性としてある。
これは周りの人から見たら、やれよっていう話になるんだけど、特性上本当に興味関心分野以外で動きにくいっていうのがあって、逆に裏返すと興味関心分野はすごく集中力を発揮できるみたいなことがあるんだよね。
これどういう見られ方するかっていうと、みんないわゆる障害があるっていうイメージではさ、できないことがあるから何か支援が必要だみたいな一般認識があると思うんだけど、そのADHDの特性のある方を見たときに、いやできるやんってなっちゃう。
そうだね。そういう場面多いと思うが。 いや普通にできてるやん。なんで。 こっちもやってよって。 そうこっちもやらんの。つまり都合がいいように見られる。
都合がいいように見られるとどうなるかって言われると、周りの目が冷たくなっていじめとかに発展しやすいリスクがあるんだよね。これはちょっと自分の教員生活を振り返っても、都合がいいなと思って叱った場面とかあったなとか振り返ったりして思う。
そういった子にとっては特性に理解のある先生がいるとか、そういう特性があるのが前提の特別支援学校っていうのが安心できる場所になるのではないかという一つメリットが挙げられていたということなんだよね。
むしろ経度の方、濃くない方にも合うんじゃないかっていうことか。 一見見てわからない子たちにとっては安心できる場所っていうのは一つ。なるほどなと思ったし、でもこれがティーチャーティーチャーのような発信でこういう特性があるっていう啓発ができれば、
いわゆる特別支援学校じゃない学校でも安心して過ごせたらいいなっていうのは願いとしてはあるね。そういう思いも出ながらね。 逆にね、デメリットの部分も知りたいね。
ああそうそう、デメリットとしては進路が狭まりやすくなるということがあって、具体的に言うと大学進学率は1.9%ということで相対的に低い状態になっている。
これなぜならばカリキュラムがね、職業訓練とか自立活動っていうのが中心であるため、学力っていうのがその受験には対応していない。この高等教育に接続できるかっていうのが課題であるよねっていうのがあるんだけど、ごめん、これ本に書いてあったわけじゃなくて、今思ってるのが大学受験とか高校受験って結構変わってきてて。
勉強重視じゃない? いわゆるAO入試とか。
そういう感じか。 そうそうそう、なんかこの話もしたい、いつか。
しよ。 かなりその勉強じゃない割合が増えてきている。
そうなん。 そうそうそう。だから今受験勉強に向けてすごい必死にやってるご家庭とかも、なんか今世の中で求められている力っていうのが変わってきてるっていう話は、
なんか今まで社会でとかいう話だったけど、大学受験レベルから変わってきてるっていうのがあるから。
ひとし
そうなん。それこそ小学校低学年の方とかはね、指針になるかもしれんね。あ、そういうふうに変わっとんや。
はるか
うんうん。なんかとりおき教育でちょっと話す予定があったと思うから。
あ、そうなんだ。 ぜひ。これがっつり、ティーチャーティーチャーでも、いつか話したいね。ごめん。これは入れても入れなくてもいいです。
いつか話しましょう。 いつかお願いします。
はるか
特別支援学校の選択肢が今の話で、今度は特別支援学級という選択肢がある。
これ引用したのはcomottoコラムという記事を引用させてもらってるんだけど、
ひとし
小中学校の中にある特性のある子が通える教室。
はるか
そうそうそう。個別の支援が受けられる教室なんだけど、何かっていうと、
小中学校の中に設置されている診断された児童生徒を対象にした少人数の学級なんだけど、
これはね、メリットとしては個別に特化した指導や支援をしているため、それぞれの子供に必要な指導や支援を受けられるということなんだよね。
ひとし
めちゃくちゃいいね。
はるか
これちょっと理想やね。
ひとし
合理的配慮とかっていうのがもう受けられるんやろ。
はるか
もうまさにそうだし、これ俺が特別支援学級の先生したことあるわけじゃないからちょっと薄めの知識なんだけど、
個別の支援計画っていうのを立てるんだよね。
ひとし
その子その子にか。
はるか
その子にあった計画を立てて、成績も絶対的評価って言われて、みんな同じの基準で評価するんじゃなくて、
個人内評価って言って、その子が過去からどういう風に成長しているのかっていうのを記述で評価していくんよ。
ひとし
へえ。
はるか
俺これが理想と思うよね、教育の。
ひとし
まさに通常のクラスでもやれたらすごいいいねってことやね。
はるか
そうなってほしいなって俺はずっと思ってて、あんだけね、いろんな多種多様の子供たちにいろんな接し方で授業してきたのに、
最後ABCで決めるんかいみたいなずっと悔しかったんよ俺は。
ひとし
国語Aとか算数B。
はるか
そうそうそう。必要な部分もあるのかもしれないけど、本当にちょっと熱くなりそうだけど、
この特別支援教育って呼ばれるものが、俺は理想の形だと思っていて、すべての子供たちに。
それぐらい推してて、いろいろ相談を受けた時に、特別支援学級行くか迷ってるんですって言われたときにけっこう推してるんよね。
そのときに今までのステレオタイプの見方で、何か苦手があるから特別支援学級なんだなっていう見方だったら行かない方がいい。
子供も自尊心傷ついちゃうけど。だけどそうじゃないじゃん、今までの話してきて。ニューロダイバーシティの話をしてきてさ。
脳の特性上、個にあった支援の方が才能を輝かせられるんだという、君は個にあった指導の方が絶対将来輝けるよっていう前提のもとへ行くんだったら、
大いに行ってほしいし、活用するべきだなっていうふうなのはずっと感じてるところだね。
ひとし
なるほど。強いて挙げるデメリットみたいなのはある?
はるか
この記事に書いてあったのは、他者と関わる機会が減る。
ひとし
そうか。
はるか
小人数だし、異年齢だから、同学年と交流する機会みたいなのは少なくなるっていうのがあるのと、
これちょっとまた別の角度からなんだけど、この記事に書いてあったわけじゃないんだけど、
インクルーシブ教育って言って、今国連から日本はクラスを分けてることをずっと指摘されてるんだよね。
ひとし
そうなんや。
はるか
なんで別々で授業を受けてんだと。社会はみんな一緒に生活するのに学校だけなんか別々で教育を受けてんの異質じゃね?っていう話が。
ひとし
それ学年の話?
はるか
違う違う、特別支援学校とか学級とか診断されるかどうかで、場所変わってんのおかしいだろっていうふうに国連から指摘されてるレベルなんだよね。
ひとし
そういうことか。
はるか
この議論についてはちょっと深すぎて、ここで取り扱うことはしないんだけど、今の現状ね、今の日本の教員の状態とか学校の状態でいうと、
こういうふうな個別の支援を準備している特別支援学級のようなものは、今の段階でいうと活用していいのかなっていうのは個人的な意見としてあるけども、
インクルーシブ的教育の観点から通常級で行った方がいいと思うんだったらそっちでもいいとは思う。
ただ前に話した基準としては、本人と周りが日常生活で困っていないかどうかっていうのは常に観察しながらじゃないと、
自分の存在が嫌になったり、自分はいないほうがいいんじゃないかって思うぐらいだったら環境を変えたほうがいいとはずっと思っている。
ひとし
なるほどね。
はるか
いかにこのニューロダイバーシティ的な考えで信念を持って子どもと接することができるかが大事かなとは思いました。難しいけどね。
っていうのが特別支援学級の話でした。
ひとし
特別支援学校と特別支援学級という選択肢が出てきましたと。
はるか
最後にさっきインクルーシブ的な話があったけど、特別支援学級といわゆる通常級、普通のクラスって呼ばれるものの間があるんだっていう話を記事書いてくれているものがあったので、それを紹介したいと思います。
引用はリタリコ発達ナビのライター「楽々かあさん」という方の記事で、これは新しい発見がいっぱいあったから紹介したいんだけど、この方が言うには通常級か特別支援学級かの二択じゃなくて、さらなる選択の可能性があるんだということを伝えたいと。
それがちょっとエピソードに入るんだけど、この子は小学校入学時の健診まで目立った知的言葉の遅れがなくて、いわゆる発達障害と呼ばれるものに気づかずに入学したんだと。
だから4年生まで通常級で過ごしました。だけど、だんだんと困り感っていうのが大きくなってきて、それこそ自分のことが嫌になったりとか困ることが多くなってきた。だから5年生で特別支援学級に自分の意思で転籍し、そして来年度はまた通常級に戻る予定でいますっていう話があった。
なんで戻るっていう選択まで考えてるの? ね、なんでかっていうのはこの本人の意思なんだろうけど、ここで思ったのは、そういうふうに選択できて戻ったりするっていうことが可能であるということがある。
そうか、一回特別支援学級を選んじゃうともうずっと戻れないみたいなイメージも確かにあるのかもしれない。 だけどそれは転籍をすることが可能であるんだということは一つわかっておくといいのかなと思ったのと、注意事項としていつ頃までに伝えられればそのクラス編成に間に合うのかっていうのは地域とか学校によって違うからそれは確認くださいねっていうのは書いてあった。
支援学級に行かなくても受けられるサポートがあるんだっていう話をしてくれていて、特別支援が受けられるんだ。それは一つさっき紹介した通級指導教室もある。通級指導教室っていうのは子どもが一部の授業を別の学級で個別の支援で受けられるっていうのがあって、それを定期的に行っていくっていうのもあるし。
ひとし
もう一個はこれから以降はあるとこないとこあるみたいなんだけど、加配って言われて他人の先生とは別で通常級に支援して入ってくれる形の先生もいるんだと。 加配ってどんな字の加配だ?
はるか
加えるに配置の配。そんな形の通常級に入って加配の先生が、その特別支援が必要な子に個別で授業を受けながらサポートしてくれる。これは補助教員とか支援員とかいろんな呼ばれ方があるみたいなんだけど、教室を泣いて飛び出したときに一緒に廊下で見守ってくれるとか。
あとは授業中に集中力が切れた時に声をかけてくれるとか、友達と揉め事になった時に仲介役してくれるとか、そういったいろんなその時の困り事っていうのをしっかりサポートしてくれる加配というものもあったんだよねっていう話があったり。 大事やね、加配。
また通級とは違って「取り出し個別指導」っていうのもあるんだって。通級はね、希望者が多くて順番待ちの状態があるんだけど、取り出しっていうのはその学校の独自の裁量による任意のサポートであって、全部の学校あるわけじゃないんだけど、最近は増えてきている。
はるか
何をしているのかっていうと、個別の指導をしているのか。 そうそう、週に1時間程度で空き教室を利用して、その時間に手の空いている先生が一対一で個別に見てくれるとかっていう話があって。 へえ、そんなこともあるんだ。
そういういろんなサポートを受けた結果、この子がね、長男の子が、「やっぱ俺は人数が少なければ集中できるんだ」という自信を持ったんだって。その結果、人数の少ない支援級への転籍を自ら希望したという背景があるんだよね。
これまさにね、できないから行くとかじゃなくて、俺は人数が少なければ集中できるんだということを発見したんだと。だから自分の意思で行くんだというような形、こういう状態で支援級を選ぶっていうのはまさにいい形かなとは思いました。
ひとし
いややっぱりこういうさ、子供が自分は少人数の方が集中できるんだっていうのを言ってもさ、こう人によっては普通のクラスが嫌って思ってるだけだから、もうちょっと頑張りなさいってなることもなんかありそうやなと思って。そこの尊重できるの大事やなと思ったんやけど。
はるか
そうね、ちょっとその進路の選択をどこまで自分の意思を尊重するのか、子供の意思を尊重するのかみたいなことをちょっと最後ね、持論で、そんなことが正解としてあるわけじゃないからさ、考えをお話してきたらなと思うから。
ひとし
それも?
はるか
ちょっとまた後で話してもいいかな。そこ難しいよね、結局どう判断するのかみたいなところを最後お話ししようと思っています。
はるか
次に、今は小中学校の話があったんだけど、高校の進路の話も少しだけ紹介させていただきたくて、引用は高原さんの「家族で支援する発達障害」「自立した進学と就労を進める本」というのなんだけど、
今現状どんな進路の選択肢が多く選ばれているかというと、私立通信制高校と公立高校、この二つの選択肢の人気が高まっているんだということで、通信制高校についてはね、1995年15.4万人から2020年20.6万人にすごい多くなっている。
特に私立の通信制高校は44校から179校に増えているということで、かなり増加している。 子どもの人数が減っているのにどんどん増えている。
そうね、っていうのがあるっていうことと、だから通信制高校を選ぶ子どもたちが増えているっていうのは明らかであって、もう一個は公立高校の人気が増えているっていうのがあって、これなぜかっていうとね、公立高校でも通級指導がスタートしたんだって、2018年から
そんな最近なんや そうそうそう、だから診断された子たちが普通校に通いながら特別支援教育を受けられるようになったっていうのがある。この背景があるからこそ公立高校に行くという選択肢も人気になっているっていうのがあるみたい。
っていうので、進路としてはこの現状がある。そしていろいろ配慮を受けられる制度がありますよっていうことが紹介されていたんだよね、この本では。ちょっともう全部は紹介しないんだけど、大事なのは高校進学するときにこの配慮を受けられる制度があるっていうのを知っておくことが重要だと思ったんだよね。
全部覚えてくださいとかじゃなくて、今から一つ二つ紹介するんだけど、全部で9個とかあって、いろんな制度があるからそれを調べたらそれは出てくるから、ぜひもし高校進学がある方はその制度っていうものを調べていただければなと思うんだけど。
例えばどんなものがあるのかね。 そうそう、例えばでいくと高校受験の時に、公立受験の時に発達障害と診断される子どもたちはその特性に合わせた問題を用意してもらえるとか、他の受験生がいない教室で受験させてもらえるとかっていうことがある。
そうなんだ、確かに知っておくだけでだいぶ変わりそう。 そうそうそう、だから受験についてもそんなものがあるっていうこととか、あとは職業訓練の専門校とかもあったり、それは国や県が管理しており基本的に無料で技術の習得ができるとかがあったりとかして、発達障害と呼ばれる子どもたちにはそういう選択肢があったり配慮を受けられる制度があったりっていうのが一つ重要なポイントかなと。
というふうに思いました。というところでちょっと情報が多くて疲れて頭がパンクすると感じた方もいらっしゃるかもしれないんですけども、ここまでで一番感じたのはいろんな選択肢があってデメリットとかメリットがあるっていうのがわかったと思うんだけど、どうやって結局進路を選択するのかが難しいなというふうに思った。
そして、いろんな特別な支援とか個別にあった支援とかっていう話があったけど、それが具体的に何なのかがわからんっていうことが多分あると思ってて、これを全部一から羅列して説明しても多分これは耳で聞くものとは特性上合わないと思うから、今日は考え方みたいなところを中心にお話ししたんだけど、
この資料は村の方にお渡ししたりとか、あるいはこの合理的配慮書についてはリンクを皆さんにお渡しできればなというふうに思っているところです。
ひとし
リンクっていうのは合理的配慮が具体例が載っている。
はるか
その資料をね、集めた資料をここに貼らせていただければなというふうに思っています。ちょっと後で詳しく説明します。
結局どうやって選択肢や診療を判断するのかっていうことなんだけど、まず初めに思ったのは前回の復習なんだけど、本人とか周囲がどれくらい日常生活で困っているのかっていうのがやっぱり大きな基準かなというのは思って、
すごく日々苦しんでて困っているっていう現状があるならば、それは本人が自分のことを嫌いになったりとか、生きていていいんだろうかって思っちゃう。
自身の喪失とかにつながるんだったら環境を変えた方がいいなっていうふうに思うっていうのが一つの視点。
もう一個が客観的な視点。いろんな人に相談できるっていうのがある。学校の先生から始まってカウンセラーの方、医療の専門家とか、あとはその経験をした保護者とか、特別支援学校、学級の先生、通級指導の先生とか、いろんな専門家とかの方々の客観的な意見とかっていうのも受けてみるっていうのが一つ。
で、もう一個は実際に見学する。
ひとし
そうか、もう実際学校の中で通級指導教室とかも見れるんだよね。
はるか
そうそう。だから実際に見るっていうのを通して子供が直接確認をして、自分に合ってるかどうかっていうのを子供とかその親御さんが直接感じ取る必要があるのかなっていうのは一つ思ったこと。
で、最後にさっきひとしが言ってくれたことにもつながるんだけど、最も重要なのはこれに関しては子供自身の意思を尊重することだと思っているんよね。
これは進路に関してだからもちろんその親御さんの客観的な視点とか問いかけとかっていうのはすごく重要なのかなっていうふうに思うんだけど、
これはもう本当日々会話とか観察を重ねながら子供の気持ちとか希望っていうのを理解して反映させていく努力が必要なのかなと思ってて、
これを感じたのがね、これはもう個人的な話になっちゃうんだけど、大学の時の友達が自分の大学の進路のことについてずっと心の中から消えないモヤモヤがあるんだっていう話をしてくれてて、
それが九大の友達なんだけど、その友達は高校受験失敗したんだって。めちゃくちゃ受験勉強頑張ったけど高校受験失敗して相当落ち込んだらしい家族みんなで。
その福岡で一番成績のいい学校に行きたいって言って勉強したけど落ちた。この落ち込みを知ってるからこそ家族は次は失敗してほしくないってことがあったんだって。
その中でその友達は一生懸命勉強して、東大・京大とか受けたいっていう話をして、それに向かって頑張って、そこが合格率半々くらいになって。
また高校受験のリベンジみたいな感じで、その合格できるかできないかの狭間だったけど本人は京都大学に挑戦したいっていう話を先生にも家族にもしてたんだって。
だけど高校としては普通に受かるであろう安全な九大とかに行ってもらって福岡の九大生っていう実績にもなる。
あと家族はやっぱりあの落ち込みを知ってるからこそとか、あとは普通に福岡で生きていく上では九大行って安定した職業つけば安心だよっていう話があって。
本当先生と家族でめちゃくちゃ囲まれて、けっこう強引に九大を受けることが決まったんだって。
その時に後日感想としては、実際に九大に行ってよかった。
なぜならはるかとかいろんな友達に出会えたし、いま実際に幸せだからって。
はるか
だけど一個だけずっと自分で選択できなかったっていうことだけが心に残り続けてるっていう。
ひとし
すげえ変えれないもんねもう。
はるか
そう、そこだけは今どんだけ幸せでもずっと心に残るんだって話をしてて。
ひとし
それはあれか、俺も知ってる人かな。
はるか
知ってる人だね。
ひとし
知ってる人か、あの人か。
はるか
そうそうそう。
ひとし
なるほどね、あんな元気いっぱい。
はるか
めちゃくちゃ幸せパワフルで今は自分で生きてるって感じだけど、
あの時の進路を自分で選べなかったことだけがこれだけは一生残るだろうねって話をしてて。
ひとし
すっげえそうなんだ。
はるか
だから大人が客観的に見て絶対こっちがいいでしょとか、進路に関してはあるやん。
だけど確かにそれで年収とか安定とかはあるかもしれないんだけど、この進路に関しては子供の意思っていうのがこんな風に残り続けるんだっていうのが一つその友達の話からとしてはあって。
ひとし
だから良い悪いではないってことよね。
はるか
良い悪いではない。
ひとし
その彼もそれが悪いと言ってるわけではなくて。
はるか
そうそうそう、いま幸せとは言ってる。
ひとし
ただもうずっと思い出してしまうみたいな。
はるか
残ってるっていうのはある。この視点よね。
でも一方友達の話ではさ、親に普通の大学行けって言ってよかったっていう人たちもいるし。
ひとし
そうね。
はるか
これはむずいけど、この意思っていうものはずっと残ってるんだなっていうのがあって、俺個人としてはここを最大に優先させるポイントにしたいなっていうのを個人的には思った。
ひとし
なるほどね。
はるか
ただその一方でさ、子供っていうのは短期的な欲、楽したいとかこれができるからとか短期的な欲で進路って選びがちじゃん。
だからやっぱ長期的な進路の話は本当に頻繁にしていかなければならないのかなっていうのは大変だけどね。
こんなこと日常生活の中で大変だけど、それを意識しておくのは重要かなと思っていて。
コンコンの子供たちとも将来の話とかはずっと定期的にしていて、キャリア教育って言うんだけど。
ひとし
何になりたいとか。
はるか
そう、どんなことに興味関心があるのかっていうのを話して、これめちゃくちゃおすすめなんですけど皆さん。
「EdoTownあしたね」っていうサイトがあります。
これ無料で使えるんですけど、これのいいところはただの職業調べじゃなくて、好き興味から探すという項目があります。
好き興味から探すっていう項目で言うと、例えばアイデアを考えるのが好きとか、体を動かすのが好きとか、こういうボタンをポチって押すとアイデアを出すのが好きな人にはどんな仕事があるのかっていうのがぶわーって出てくるわけね。
ひとし
すごいねこれ、なんか魚が好きとかそういう話じゃないね。
はるか
これ動詞だね、割と。物を作るのが好きとか。
ひとし
応援するのが好きとか。
はるか
で、その中で例えばアイデアを出すのが好きっていう人にコピーライターという仕事があります。コピーライターとはどんな仕事なのかっていうのが全部ふりがな付きで書いてます。
コピーライターになるためにはどんな進路を選択する必要があるのかっていうのをこのキャリアマップまで書いてくれている。
ひとし
すご、ほんとやん。かわいいイラストで。
はるか
コピーライターになった人のインタビュー記事とかもあるとかっていう話で、なんかこんなのをたまにでいいんだけど使いながらどんなことをしたいのかなって。
じゃあそのためにはこういう進学しとく必要があるよねとかっていうことで、今コンコンに言ってる子も本当に学校に行きたくないって明確に言ってるんだけど長期的に見ると明確な目標があるんよその子は。
明確な目標があってその目標を達成するためには大学に行っとく必要があるっていう。
短期的には行きたくないけど長期的には行っとく必要があるっていう。なんかこの葛藤があるんだけどそのために自分の意思で目標を立てながら学校に行ったりとかはしている。
だから短期的な欲と長期的な目標っていうのを常に照らし合わせながら考えていく必要はあるのかなとは思った。
ひとし
なるほどね。これ社会人のキャリア選択でも相当それ大事やもんね。
はるか
あります。
ひとし
運動部屋とか、献立部屋とか。
はるか
献立部屋助かっております。
ひとし
献立部屋。
はるか
今日肉じゃがいいなとかね。
ひとし
とかもあるけど。あと最近面白かったのはつい最近初めて「このチャイルドシートが不要になったんですけど欲しい方いませんか」っていう物のシェアまで。
はるか
物理的な助け合いまで起きているということでこれは本当に相当な可能性を感じていて一番怖いのってやっぱ一人で悩んで孤独を感じて苦しむっていうのが一番の子育てのつらい部分かなっていうふうに感じてる。
それは自分が教員してた時も先輩の先生に相談したいんだけど時間奪っちゃうなとかそんな経験をしてるからこの気持ちが少しだけ理解できるっていうのがあって。
子育てとかっていうのはそれが生活なわけじゃんもうずっと。だからそれを助け合える仕組みがティーチャーティーチャー村でできていてこの1100円というものをどう捉えるかがわからないんだけど
これは1100円を払う価値が本当にあるなって思っていてそのおかげでティーチャーティーチャーは活動できていてティーチャーティーチャー村も運営できているので
ぜひ本当にみんなで子育てできるっていうのを実現するために今聞いて悩んでる方は入っていただければ嬉しいなっていうのは思います。
ひとし
そうだね本当に村よね。住民税みたいな感じ。1100円は。
はるか
そうそうそんな感じで心からお勧めできる場所になっているというのがティーチャーティーチャー村の話でありました。
何が言いたいかというとこの発達障害と呼ばれるものに関しても一人で悩むんじゃなくてそういう相談し合える場所で相談し合うというのがいいのではないかと思っているところです。
ひとし
そんなところですね。
はるか
最後に合理的配慮と呼ばれるものについて村の皆さんで一緒に調べました。
教育調査の中でね合理的配慮って何があるんじゃっていうのを一から調べ直すのがあまりにも膨大な作業だったから皆さんに合理的配慮の具体的な例を教えてくれませんかっていう風なことを投げかけたら一瞬でぶわーって集まって。
ひとし
そうねすごいたくさんの方が。
はるか
でそれを資料にまとめてこれは個人的な例なのであくまで参考程度ではありますけどもぜひこのティーチャーティーチャーのポッドキャストを聞いてくださっている方も見ていただければなというふうに思っています。
で注意としてここで合理的調整という言葉を使っています。
ひとし
へえ初めての単語だ。
はるか
そうそうで合理的配慮っていう言葉を今まで俺は使ってたんだけどもあのjunebokuさんがねこういう記事がありますよという記事を紹介してくださって
今は合理的調整という言葉が結構使われたりするんですよってことを紹介してくれて
市川沙央さんという方の記事を紹介してくださってそこからやっぱ配慮っていう言葉はなんかこうね配慮してあげるっていうニュアンスがあるし正しい語訳でもないんだっていう話とか
調整していくっていうニュアンスの方がいいよねとかっていう話もあって
ひとし
へえ俺も意識してみよう。
はるか
そうこれからまあ合理的配慮という言葉を今まで使ってきたけど合理的調整という言葉の方がしっくりくるなというふうに俺も
腑に落ちたからこれから合理的調整という言葉をティーチャーティーチャーでは使っていきたいなと思っているところです。
ひとし
じゃあついに次回でラスト。どんな内容?ラストは。
はるか
そうですね。最後は中心となる問い、発達障害と呼ばれる子どもたちが困り感を抱えている場合、大人がどんな支援できるのかという問いに対して最後整理した結論を出して。