FPの役割と責任
正直FPの判明しか言わないトーク!イエーイ!
どうもみなさん、こんにちは。または、こんばんは。
金融商品を売らず、顧問料だけで稼ぐトップ一パーのコンサルティングFP家事と、
経営コンサル、コーチングも手掛ける個人投資家、テラのお二人でお届けします。
このラジオは、金融商品を販売しないからこそ、各業界や金融機関に存在となしの、
正直意見が言える現役FPがぶっちゃけ投稿する暇つぶしコンテンツとなっております。
テラさん、今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日のテーマですけれども、ちょっと結構難しいというか、
我々FPって、お客さんに対していろんなサービスを展開しているじゃないですか、
特に商品を販売するだけではなく、
お客さんのライフプランとか、結構やり方によって、
お客さんの家族にもしないような話を聞いたり、
要はカンセラー的なところになったりとか、
それでいてコンサルタントであり、
いろんな役割を担うわけじゃないですか。
その時に、とはいえお客さんと私とかアドバイザーって、
他人だし家族ではない。
あくまでもサービス提供者とサービスを受け取る側なわけで、
その時にどこまで責任を持つべきか、
持っているのか、あるいは持っているつもりなのか、
っていうことを少し考えたいなって思います。
結構ね、今ね、このラジオ収録前にカジさんから1つエピソードを聞いて、
境界をどこに引いて、他人との距離感じゃないけど、
境界をどこに引くかっていう話題が出てたっていうので、
今こういうテーマで話しようかっていうのでラジオ始めてるんですけど、
結構抽象度高くて難しいテーマになりそうだなって思いながら今話してるんだけど。
そうね、だからどこまでその抽象度を具体的に伝えられるかなっていうのに、
少しチャレンジするような回になるかな。
で、先に言っておくと、僕は結構この線引きははっきりしていて比較的ね、
あなたと私は別々ですねっていうのが僕の中では、
基本にあるし、関わる上でも、
あなたも私も自立していく方向で頑張りましょうねっていうのが僕のスタンスなんですよ。
それは何でかっていうと、
自立した相手と一緒にコミュニケーションを取ったり、仕事をするなり何かしていく方が、
双方にとってやっぱり僕は良い関係を築けると思っているし、
より豊かなものを生み出せると思うし、豊かな関係になると思ってるんですね。
だから依存とかそういうものは僕の中では結構否定的なワードだし、
あまりそういう方向での関わり方っていうのは僕の中ではしないようにしているというか、
そういう方向になりそうだったらやっぱり釘を刺すってことが多いんですね。
今仕事もカジさんと関わることもやってるけど、お分かりの通りだと思うんですよ。
僕のスタンスはね。
そうだね。
っていうのが僕の中ではありながら、カジさんはまた僕と違うところに境界があったりとか、
あとはお客さんによってより境界ぼやぼやしてあんまないんじゃないみたいな人も世の中にはいるから、
そういう人がお客さんになってたりとか、
境界線の引き方
このラジオで言ったらFPこれからやろうとサービスを提供しようとしてる側が
その境界曖昧だと結構大変だよなっていうのが事前にカジさんと話してて思ったんで、
今回このテーマっていう風になってますと。
そうそう、境界っていう言葉が出てきたんですけど、
境界っていう言葉は多分リスナーの皆さんもわかると思うんだけど、
今話している境界っていうのはどちらかというと心の境界線の話で、
専門用語なのかな、バウンダリーって言ったりするみたいなんですね。
私も今回ちょっと自分で調べて初めてバウンダリーっていう言葉を知ったんですけど、
もしよかったらググったりすると、バウンダリートワーとかでググったりすると、
いろいろ話とか具体的なこういうことだよみたいなのが出てくるので、
見てみてほしいんですけど、
人間って基本的に自分はこう思ってるから、
多分相手もこう思ってるよねみたいな風に考えちゃうことって多くないですか。
例えば私は隣の席に人がピタッとお尻のところまでくっついて電車とかで座ってきても、
あんまり気にならない。
だからあなたも気にならないよねみたいなさ。
ちょっと具体的に言い過ぎたかもしれないけど、
でも人によっては嫌な人いるじゃん、そういうの。
ちょっとでも触れないで、私に触れないでみたいな人いるじゃん。
それ、そういう感じ。
だから、それってさ、人によって境界線が違うんだよって。
許せることと許せないことの線引きって違うんだよっていうことを、
ちゃんとやっぱり理解してないとダメだよねって。
全部自分基準で、自分がこれが平気だから相手もこうだろう。
自分はこれがダメだから相手もこうだろうっていう風に考えるっていう思考がちょっと危険だよっていうことを書いてありましたね。
なるほどね。
僕は依存的な関係性はそこか、だからもうほぼ一緒になっちゃってたり、
もうだいぶ被ってるっていうのがあると、
病的というかね、すごいトラブルが起こりやすい状況になると思うし、
なんていうの、最終的に良いことにならないよね。
なぜかっていうと、結構これが発展しちゃうと、
自分がされたらすごく喜ぶことを相手にしてあげましたと。
でも相手は別にノーコメントでしたと。
そしたら腹が立っちゃうんですよ。
なんで私はあなたが喜ぶことを、喜ぶってやろうことをこんなに一生懸命やってあげたのに、
なんであなたは喜んでくれないのって怒りが湧いてきちゃうみたいなのね。
自分勝手ですね。
それで人間関係がうまくいかなくなったり崩れちゃうっていう感じ。
でもそれってさ、やっぱりFPの世界でも全然あり得ることで、
お客さんにここまでしてあげたのに、なんで依頼をくれないんだとか、
してあげたのはあなたの勝手でしょっていう話だと思うんですよ。
サービスを契約で売ります買いますやってなければね。
お客さんに対してもそうだよね。
お客さんもなんでカジュアルさんにここまで長くお付き合いしてあげたのに、
私の希望は叶えてくれないのみたいなさ、ちょっと行き過ぎた要望ね。
自己責任と共感
とかを押し付けてくるようになっちゃったりとかね。
あんまりいいことがない。
どこまでそれ付き合うかっていう部分になるじゃないですか。
結局自分は自分、他人は他人だっていうのは僕のスタンスなの。
明確にあるっていうのが言った通りなんですけど、
とはいえ誰かに何かをしてあげて、共感はあるわけじゃないですか。
かわいそうだなとか同情が出たりするパターンもあるとするじゃないですか。
一応そういうかわいそうだなっていうのは思うんだね。
ありますよ。僕は映画見て泣くタイプですから。
そうなんだ。
全然ありますけど、それとは別で、やっぱり人間関係の面ではややこしいことになるし、
やっぱり良い結果にならないっていうのも先ほどから言ってる通りなんですよ。
結局その他人の最後まで人生の責任を負えないじゃないですか。
っていうか、追う気がないんで僕は。
追えないと思ってるから原理的にね。
だからその人は自分、その人の責任においてやっぱり生きていくべきだと思ってるから、
あんまりそういう依存的な関係性をやっぱり拒否するっていうのがあるんですけど、
どこまでその人に対して責任を持つんですかっていう風なのを、
やっぱり問いかけるべきだと思うんですよ、人と関わる時にね。
そうだよね。
なんかよくさ、ほらちょっとまた話が広がっちゃったら申し訳ないんだけど、
なんか海外旅行に行った時にさ、進行国とかに行くと物恋の子供とかいるじゃん。
どういう子供にお金をあげますかあげませんかみたいな。
そういう話と似てるなって今思った。
そうそうそう。そういうのは、だから僕のスタンスとしてはそれはあげないですね、基本的に。
そうだよね。そうなんだろうなって思った。
だって、それで何の結果が変わるんですかって思うし。
そうだよね。
目先の、目の前のことに対してただただソリューションをあげるとか、何かをあげるとか、
その今の物恋の話だったら、一食分食べれるお金を与えて、その一食を得られるかもしれないけど、
で、っていう風に僕はだったら思っちゃうんですよ。
で、別にそれは、その子供たちとかその環境がすごく不憫に思う気持ちとは別なんだよね。
不憫には思うんだよ。
思う思う。
てらだって思うんだよ、きっと。
でも、あげないっていう、そこの何か澄み分けというか考え方をごっちゃにしないっていうこと?
だからそれあげないんだ、何て冷たい人なんだろうとか、そういうことじゃないってことですね。
いやー、やっぱ何かむずいなって今の話聞きながら思ってて、
僕はそういう場合はあげないんだけど、
で、何かあげる人がいるのもわかるっちゃわかる。
わかるよね。
難しい問題だよね。
結局さ、一例としてさ、そういう物恋がある種ビジネスになってて、
もうそれで味を占めて、それでしかもう。
大人たちにやらされてるとかね。
そうそうそう。
でも、自分で稼ぐとかじゃなくても、物恋すればいいっていう風になっちゃうパターンとかも多いと思うんですよ。
うん。
まあ、今最近だとね、それこそテクノロジー的な話で言うとさ、投げ銭とかいっぱい流行ってるじゃないですか。
あー、そうだね。
貧乏アピールしてさ、ひたすら誰かから小敷みたいなことで食ってるやつとか、
ほんと3、4年前からいっぱいいるから、
あれとかも、あげてる人は目先の自分の満足度とか承認欲求が逆に満たされてるだけであって、
それに何にもなってない。
お互い何にも得てないんだよね。
そうそう。
受け取ってる方もあげてる方も何にも得てないんだよね。
単純なファンビジネスなのはわかるんですよ。
VTuberとかね。
うん。
まあ、その中のもういろいろ住み分けあるのはわかるんですけど、
単純にすごい面白いコンテンツ提供してて、
それこそ人生を公開してさ、やってる人も中にはいるじゃないですか。
で、その人に対して単純にファンとして応援してるとか、そういうのはわかるんだけど、
すごいただただ自分の不幸な境遇とかさ、
Amazonの物凄いリストみたいのだけアップしてるやつがいるじゃない。
欲しいものリストってやつか。
そうそう。
ああいうのにマジお金出す人とか、僕はマジ理解できないと思ってるタイプだから。
そうだね。
そう、だからちょっとね、話がやっぱり広がっちゃったなと思うんだけど、
だから、まあ、その辺のことはね、まだまだ議論がつきないし、
いろんな考え方があるのかなと思うんだけど、
まあなんか、私たちの仕事においては、
なんていうのかな、
いつも私たちがしてる話に通ずるんだけど、
やっぱり根本的に何を解決してあげられるのかっていうところだし、
あとは、
自分の提供したサービスにどこまで責任を持つのか、
ビジョンを持つ必要性
どの結果まで責任を持つのかみたいなところ。
その結果って本当にお客さんのためになってるのかみたいなことを、
常に考えないといけないんだなって思います。
そうなんですよ。だから明確にやっぱりビジネスやるなら、
ビジョンを持つ必要があると思ってるし、
要は理想像ですよね。
こういうふうな世界にしたいから、僕はこの仕事をしてますみたいなものが、
すごく大事だと思ってて、
さっきみたいな物語みたいな話とか、
いわゆる、もうちょっとあれか、FPっぽい話で言うとさ、
お金、今ない人たちいるじゃないですか。資産系清掃より下ですよね。
おそらく貧困の人たちとかっていうのを、
じゃあ助けてあげたいです。お金の面からっていうようなことを、
仕事にしたいと思ってる人がいるとするじゃないですか。
基本的にお金の問題じゃないんですよ。
社会福祉とかそういうのにつないであげるとか、
そういう話になってくると思うんですけど、
やっぱそれやった結果、
じゃあその人たちがどうなるかっていうところまで視野に入ってて、
その人たちをどうしてあげたい、社会をどう変えたいってとこまで、
あるなら分かるんですよ、僕の中では。ビジョンとしてね。
でも単純に目の前の人がお金に困ってるとか、
貧困で大変そうだからっていう同情心で、
なんかそういう仕事をしたいって言うんだったら、
それはそれでさっきの僕の物語にお金あげるあげないの話と一緒で、
何のためにって思っちゃうわけですね。
その人の人生を背負えない人ですよね、おそらくね。
やる、最後まではできないじゃないですか。
面倒見れないじゃないですか。
って思っちゃうから、やっぱりその、
ちゃんとしたビジョンを持って自分の仕事は何のために、
誰をどうしてあげたいのか、世の中をどうしていきたいのかっていうのを、
本当に明確に持たないと、なんか自己満足の、
やっぱ目先の話で単純に同情心とか、
そういうものを満足させるだけっていうパターンがありそうだなっていうのは、
いろいろ見てて思ってるんで、個人的にはね。
そうなんだよね。
なんか動機、最初の動機は、目の前の人が助けてあげたいで、
いいと思うんだよね、私。
でも、もうちょっとそこから、
あと1段階、2段階思考を深めるというか、
考えないといけないなって、私次回も含め思うんだけど。
はいはい、いやそうそう、その通り。
だから最初の入り口はいいんですよ、困ってる人を助けたいで。
で、その気持ちは大事だし、
でも本当にこれをしたら、その人の人生って良くなるのかなとか、
良くならないとしたら、どこまでやってあげる必要があるのかなとか、
その先ひいては、私がいなくなっても、
その人が自分で人生を運転していけるようになるのかなまで、
考えた上でサービスを作らないといけないんだろうなっていうことは思います。
で、それができていない人が多いんじゃないかっていうことを、
今多分寺は言っている。
そこまでの考えを至っていない人は多いだろうなと思っているってことですね。
今かじさんが言ったのは、
かじさんが言った通りなんですよ。
まずかわいそうとか同情心でスタートしていいと思ってて、
ホワイから始めよっていう本とかって知ってる人はどれくらいいるのか知らないんだけど、
かじさんは知ってると思うんですね。
で、基本的にビジネスやるときには、やっぱりホワイから始めるのが人に伝わりやすいし、
それくらい抽象度を上げたものをビジョンに掲げるべきだっていうので、
それはその通りなんだけど、
これね、スタートは逆だと思ってるんですよ。
仕事の目的と境界線
かじさんが言う通りだと思ってる。
まず目の前にあることを何とかしたいっていう、
Howの方から入っていって、
それをやっていって何か深めていって、
結局自分って何がしたいんだっけのホワイに行き着いて、
結論、説明するときはホワイから説明するみたいな話になってると思ってて。
具体的な事象からスタートして、それを抽象化してホワイに変えて、
それを伝えていくっていうことだよね。
思考を深めていくとホワイまで行き着いて、
自分は本当はこういうことをやりたいんだっていうので、
人に説明するときに自分はこういうことのために頑張ってますみたいには
ホワイから始めるんだけど、
最初は多分Howみたいな話からスタートしてるのはその通りだと思います。
だからこれを聞いて、
やってることは何だっていいと思うんですよ。
サービスをいろんな形があるじゃん。
私だったら顧問制のFPDSでもいいし、家計の改善のFPDSでもいいし、
住宅を購入の支援をするFPDSとかいろんな形があって、
それぞれのビジネスは全然いいと思うんだけど、
その先に何があるのっていうことをちゃんと答えられるまで
引き詰めてサービスを提供した方がいいよっていうことだよね。
そうですね。
何のためにってところはちゃんと明確にある必要があると思います。
お客さんにサービスを提供した後の話で、
そのお客さんにじゃあどうなってほしくてこれやってんのみたいな。
最初の境界線の話から結構ずれた?
ずれてないと僕は思ってて、
だからその最終ゴールが自分の中で明確にないと、
お客さんとの境界が曖昧になるってことなんですよ。
どこまでが自分の責任を持てる範囲で、
こういう風にしたいから自分はこういうものを提供できるけど、
こっから先は自分には関われないところでしょっていうのが明確になるってこと?
うんうんうんうん。そうだよね。
何でもかんでも、昔さ私さ、
私は結構境界線が緩いタイプで、緩いタイプだと思うんだよね私はね。
テラと違ってね。
すごい共感、共感反対って言ったらテラはしないわけじゃなくて。
だから僕は共感するんだって。
分かった分かった分かった。
私はなんかもうね、境界線が緩いんですよとにかく。
昔から。そういうタイプなんだけど、
やっぱり仕事においてはそれはやっちゃいけないなっていうのは、
最近ひしひしと感じているようなエピソードがいくつか出てきてて、
今私が考えているのは、将来的にお客さんがこれから、
私のクライアントも70代のクライアントも結構増えてきてるんですよ。
50代くらいからお付き合いして。
ってなってくると、ちらほら病気とかね、
あとは認知の問題とかね、
そういう話がふわっと出てき始めるわけですよ。
ってなってくると、じゃあ私って運用とかね、
ライフプランとか見てる中で、
もしお客さんが認知になってしまった時にどうするのかっていうのは、
私は家族じゃないから、判断できないわけですよね。
そういうのをどこまで私が踏み込むべきなのかとか、
ちゃんと考えとかないといけないなっていうのを、
本当に最近思ってます。
それはなんだろう、やっぱりそうだね。
カディさんの中ではそこはやっぱりもうちょっと突き詰めて、
どういう関わり方を今後お客さんとすべきかっていうのを、
自分の理想とする形とすり合わせる必要があるんでしょうね。
そうなんだよ。
だから私は境界差が緩い人間だから、
多分だからこそ、今思えばお客さんを増やさずに、
そこまで伴奏、
要はお客さんの変な話を葬式に出るまでの伴奏を、
やり遂げられる人数しか受け負ってないわけよ、今。
そこまでの責任は持てるなっていう感覚ってことですね。
持ちたいなって思ってやってる。
ただやっぱり現実的に家族じゃないので、
お客さんの葬式に呼ぶか呼ばないかを決めるのはお客さんの家族じゃん。
だからどうなんだろうって最近思ってるよね。
どうしようって、そこが今の課題です。
具体的には異言を書いてもらうのも一つだし、
あとはその認知になった時にこうしてほしいっていうのを、
記録したりメモに残しておくとかね、異言ではなくてもね。
あとは従前に家族の人に紹介をしてもらっておくとかね、ちゃんとね。
そういうことが必要だろうなって思ってる。
カディさんのお客さんとの関わりの中では、
お金の面の管理をしてあげるっていうのが一つ機能としてはあるじゃないですか。
その結果どうなって、どういう空になってほしいですか。
私のお客さんって基本的にお金の不安、
特に独身の女性とか未亡人の女性とか子供のいない夫婦とかが結構いらっしゃるんですけど、
そういう人たちって、要は安心というか、
お金にあんまり興味はないけど管理はしなきゃいけないみたいな人が多いわけですよ。
そういう人が自分の人生を楽しめるように、
お金の部分の番人になってあげるみたいな。
こんな感じ。
自分の人生自体には深くは関わらないですか。
それはもうお客さんそれぞれで見つけて生きてってくださいねみたいな感じですか。
情報提供はするよね。
お客さんの話を聞いて壁打ち相手みたいなのにはなるよね。
やりたいことが見つからない人って多いからお金があっても。
よくテラとも話すけど。
そうなんだ。
そういう人に、こういうお金の使い方もあるよとか、
この間こういうことしてきてすごい楽しかったよとか、
高揚な話をしたりとかね。
そういうことは壁打ちとしてやってるけど、
でもやっぱ自分の人生だから、
自分がやりたいことを最後に決めて見つけて行動する、
もしないお客さんなんだろうなって思ってるけどね。
カジさんの今関わり方としては、
お金の管理という機能を提供しながら、
その人の人生を生きる壁打ち相手になるのを、
延々としていくって中で、
今最後の亡くなる話とかがあったじゃないですか。
そのクローズはどうなるの?
どうなるの?
クローズは一度も迎えてないの。
そう、私ほらさ、経験から学ぶタイプじゃない?
だから一度クローズを迎えた時に、
なんだろう、ずいぶんはっきりするんじゃないかなって気はするよね。
世代間の話はあるんですか?
それこそ子どもとか、
世代を渡る場合もあり得るってことなんですか?
出てくると思うんですけど、
意外とそのお子さんがいらっしゃるお客さんは、
そこまでまだ年齢が高くない。
一人いらっしゃるけど、
そこはでも世代間は超えないな、
超えないと思います。
っていうと今のカジさんの話を聞いてて、
僕が抱いた印象ですけど、
その人の人生を全うする、
仕切るところをサポートするのが、
カジさんが関わりたいことなんじゃないかと思ったから、
だからそれこそ元気なうちから、
こういう最後を迎えたいみたいな話を自然にしていて、
クローズはどうしていく?
それこそお金も残ると思うし、
責任の範囲を明確にする
それどうして生きていく?
それがあなたにとってどういう意味を持つんですか?
みたいなところまで。
関わるのが一番スッキリはするなって聞きながら思いました。
そうだと思う。
それで、それをきちんと息子さん娘さんご親族に、
私とお客さんで伝えられるような準備を一緒にしていくってことだろうな。
そうですね。
それがそんなイメージですね。
なんかね、しづらい話ではあるけど。
そうだね、そこだと思ってて、
カジさんのキャラクターとか関わり方だからそこまでできるかもしれないけど、
できると思う。
普通はなかなかそこまでいって、
責任持ちきれるかっていうの難しい可能性もあるなと思うんですよ。
で、今回のテーマに戻るとさ、
責任持ちきれなさそうだったら下手に手出さない方がいいっていうのが僕の持論で。
いや、そうよ。
ほんとそうよ。
お目ごとに巻き込まれる可能性十分にあるなと思ってる。
私、今の自分のやり方でね。
大いにあるから、やっぱそこは何か注意しないとなって思ってますよ。
はい、なので、僕は今回のテーマで、
教会の話だったけど、
それは言い換えると責任持ちきれる範囲だと思ってるんで、
それを明確にしないと結構トラブルが多かったりとか、
ビジネス上も何か思ってたのと違うみたいな結果になりやすいんじゃないのっていうのは
いろいろ見てて思ってます。
そうね。
あとやっぱその教会を意識する。
人それぞれその境界線があるんだっていうことを意識することと、
あとやっぱ相手の境界線のラインをなるべく早めに見つけてあげることと、
自分の境界線もよく知っておくことが、
これFPに限らず広い人間関係で、
なんか私人とうまくいかないんだよねって思う人がよくぶつかるんだよねとか、
相手にものすごいイライラするんだよねって人は、
この辺をやっぱちょっと整理してみるといいと思いますよ。
そうね。今のカジさんの話だと、
僕は自分のまずその境界を明確に自覚することが一番大事だと思う。
なんか人のはわからんし結局。
で、その絵で言うと自分の境界の部分がわかってたら、
自分と似たような境界の人と仲良くなっていくから、
一番心地いいんですよ。
そうだよね。だってあうんの呼吸ってやつだよね。
お互い違和感なく聞き合えるっていう。
で、相手の距離感が理解するのも大事だと思うんですね、もちろん。
だけど結構疲れるんでそれに合わせるのっていうのは。
すごいわかる。
もうちょっくだらないことなんだけどね、ストレスになるのよ。
例えばなんかその割り勘の感覚とかね。
そうそうそういうのもあるね。
すごい細かい話だけど。
1円単位できっちり、どっちもいい悪いじゃないよ。
1円単位できっちり割り勘分けたい人もいるんだよ。
でももうめんどくさいから何百円単位でいいじゃんとか、
何千円単位でいいじゃんとか、
そこも細かい話なんだけどどうでもいいことなんだけど、
つもりつもるとめっちゃストレスだからね、人間関係って。
そうなんですよ。
だからまあね、社会に生きるからさ、
人の距離感に合わせていくのも時には大事なんだけど、
たぶん最も大事なのは自分の距離感が理解できてて、
自分のボーダーラインがわかってて、
自分の持てる責任の範囲がわかってて、
それをなんか見合わせとく、こっちも。
そうだね。
っていうのが一番ダーク。
でもまたさ、そこで私さ、思うんだけど、
マイルドヤンキーの世界から出てきて
私なんかさ、マイルドヤンキーの世界で生きてきた人間じゃん、
またいつもの話だけど、
そうするとマイルドヤンキーの中ではかなり境界線が密だと思う。
我々の地元の友達が。
で、そこから私は東京出てきて、
大田区から出てきたみたいな。
いや、だから周りの境界線が最初わからなかったから、
すごい私、空気読めない人だったと思うよ。
まあ似たようなね、やっぱりグループに属して、
似たような価値観であるとかはあるから。
そうなの、そうなの。
そういう話。
それはそれで、そうそう、そういう話がしたかったの。
だからあえて私は価値観の違う人、境界線が違う人たちと交わって、
相手の境界線を汲み取る力も、
次のステップとしては必要かなって思うね、どこかで。
そうすると、いわゆる小魅力高い人になれるんじゃないかしら。
なりたいかどうかにもよるけどね。
まあまあ確かに、そうね、そうね、なって気がするよ。
というところで、うまくまとめられたかよくわからないんですが、
今日の私たちが伝えたかった話は、そんなところということでよろしいでしょうか。
じゃあ今日はそろそろ終わりの時間にさせていただきます。
今日もここまで聞いてくれてありがとうございました。
このラジオは毎週木曜日に更新をしています。
お気に入り登録をしていただけると更新の通知が届くと思いますので、
ぜひお気に入りを登録の方をお願いします。
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正直FPラジオという名前でアカウントを持っているので、
そちらのフォローをしていただけると、
またいろいろ情報交換できるかなと思いますので、よろしくお願いします。
それでは今週も正直に生きていきましょう。バイバイ。
はい、さよなら。