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2024-12-03 18:54

#54-前編 「エンターテイメントで世界をワクワクさせる」21歳の学生起業から10億円の資金調達をするまでの道のり/株式会社Plott 代表取締役CEO 奥野翔太さん

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ゲスト:株式会社Plott 代表取締役CEO 奥野翔太さん


株式会社Plottは、ショートアニメとWebtoonのプロデュース、自社IPを用いたゲーム・音楽・グッズなどのビジネスを展開されているスタートアップ🎬


2024年11月にシリーズBラウンドにて10億円の資金調達を発表されたPlott代表の奥野さんの生い立ちや起業への道のり、そして事業展開についてお話を伺いました🎙️


▼トピック <前編-奥野さんの生い立ちと創業までの道のり> ・三重県で過ごした中高時代、サッカー部の副キャプテンとして活躍

・キャプテンからお笑い芸人をの誘いを受けて断るも「エンターテイナー」としての道を模索

・大学でエンジニアリングを学ぶも、総合的なビジネススキルに魅力を感じる

・インターン先でのあだ名は「ワクワクさん」

・先輩に言われた「奥野は起業するしかないね」の一言で起業を強く意識

・21歳で単身上京し、起業への第一歩を踏み出す

・コント動画メディアやゲーム制作など、様々な事業に挑戦 ・Tokyo XR Startupsでのgumi國光さんとの出会いによってVTuber事業へ参入 ・多様なバックグラウンドを持つ先輩起業家からのナレッジ共有を受け事業をブラッシュアップ


▼ご出演者様/企業様の各種リンク

-HP

https://plott.tokyo/

-採用特設ページ

https://plott.tokyo/recruit2024

-資金調達プレスリリース

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000107.000047837.html

-奥野さんX

https://x.com/okushy6

-Plottさん公式X

https://x.com/Plott_Inc

-奥野さんnote

https://note.com/okushy6/n/n099fb9dc3d24?sub_rt=share_pw


▼スポンサー

デザインでビジネスを前進させるなら「オプサー」

-サービスサイト

⁠⁠⁠https://opusr.jp/business⁠⁠⁠

-株式会社ヒューリズム(オプサー提供元)

⁠⁠https://heurithm.co.jp/⁠⁠⁠

-代表取締役CEO多湖 大師さん

⁠⁠https://x.com/taishiiii⁠⁠⁠

-取締役COO 諸石 真吾さん

⁠⁠https://x.com/moroish1⁠⁠⁠


▼「JAPAN PODCAST AWARDS」での投票のお願い

“今、絶対に聴くべきポッドキャスト”を選出するアワード「JAPAN PODCAST AWARDS」が今年も開催されます。一次選考はリスナーの皆さまによる投票で決まります。ぜひ「Startup Now」に投票をお願いします!投票が完了しましたら、SNSへのポストもぜひよろしくお願いします。⁠https://japanpodcastawards.com


▼パーソナリティ

-中山悠里(独立系VCアニマルスピリッツDirector)

⁠⁠https://x.com/yurinakay⁠⁠⁠

-稲荷田和也 (JobTales株式会社 代表取締役 / StartPodsプロデューサー)

⁠⁠https://x.com/oinariiisan⁠⁠⁠



▼企画制作

『StartPods』スタートアップ専門ポッドキャスト企画制作(運営:JobTales株式会社)

⁠⁠⁠https://jobtales.co.jp/StartPods⁠⁠⁠



▼パーソナリティからご案内📣

資金調達を実施されたばかりの起業家へのインタビューを通じて、スタートアップの魅力を発信しています!ぜひ番組のフォロー、★5評価をしていただけますと幸いです。また、今回の配信が気に入った方はSNSで拡散したり、 #StartupNow をつけて感想をいただけたりしますと嬉しいです。


▼問い合わせフォーム(Startup Nowへのお便り)

⁠⁠https://forms.gle/vJbT4RMSea5HK6Ec7⁠⁠

サマリー

株式会社Plottの代表取締役CEOである奥野翔太氏が、起業から資金調達に至るまでの道のりを語ります。エンターテインメントの創造に対する情熱を持つ彼の生い立ちや創業の経緯について詳しく伺います。21歳の学生起業家である奥野翔太氏は、エンターテインメントの力によって世界をワクワクさせる夢を追い求め、東京での苦難の中から起業への道を切り開いていく様子が描かれています。彼はVTuberビジネスに挑戦しながら、さまざまな影響を受け、経験を重ねていきます。

Plottの紹介と資金調達
Startup Now🦄、資金調達を実施されたばかりの起業家の人生や事業日もとくポッドキャスト、パーソナリティーのスタートポッツ稲荷田です。
同じく、パーソナリティーのスタートアップ大好きキャピタリスト中山です。
本日は株式会社Plott代表取締役CEO 奥野翔太さんにお越しいただきました。
Plottさんは、ショートアニメとWebtoonのプロデュース、自社IPを用いたゲーム、音楽、グッズなどのビジネスを提供されているスタートアップでして、
2024年11月、シリーズBラウンドにて10億円の資金調達を発表されました。
奥野さん、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。Plottの奥野と申します。
今回は、Plottさんを応援されている、ご支援されている企業の方からご紹介をいただきまして、お招きさせていただいた次第となっております。
Plottさん、資金調達がありますよって、外に出す前から実はStartup Now🦄にご相談いただいておりまして、
なので、資金調達発表されてから比較的早めの段階で今回も出ていただいていて、
実は我々もこういうメディアの運営がしたいなというふうに思っておりましたので、非常に嬉しいなというところと、お役に立てればなというふうに思っております。
その前段で、Plottさんのことを拝見はしておりまして、資金調達実際に発表されて、Xがすごく盛り上がっていてですね。
ありがとうございます。
特にそのノートですよね。本市のノートを書かれていらっしゃって、これ自分も拝見したんですけど、めちゃくちゃ。
本当ですか。
はい、もちろんです。いい内容だなというところと、ノートをバズらせるみたいなのは多分結構難しいんですけど、いいね。
もうこれノート上で今461とか、今11月中旬ですけど、ついていてすごいなと思って、やっぱりものづくりされる方々の熱量って最高だなというところと、やっぱり伝えるところもすごく上手だなというふうなところ。
嬉しいです。ありがとうございます。
なので、このリンクにぜひノートも貼っておきますので、皆さんもご覧いただけたらなというふうなことを思っております。
ぜひお願いします。
最高です。楽しい会社を目指していたはずが楽な会社になっていたみたいな話だったり。
もう恥ずかしい限りです。
そこから立ち上がってですね、こうやって大きな緊張とされて、今また注目が集められているところですので、今回その辺りのまだまだ外に出ていない内容も含めて、話を聞かせていただけたらなということを思っております。
はい、よろしくお願いします。
ありがとうございます。
前編では奥野さんの生い立ちや創業までのプロセスを、そして後半ではプロットさんの経営や事業についてもお伺いしますので、ぜひ両方合わせてお聞きいただければというふうに思っております。
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それでは奥野さん、まずはご経歴を含めました自己紹介を1、2分程度お願いできますでしょうか。
はい、改めまして株式会社プロット代表の奥野と申します。
1995年の今29歳の年でして、もうちょっとで30歳になってしまうのかと汗汗してるんですが、
元々僕学生起業をして会社を作ってまして、21歳の時に作った会社で、8年目に突入したばかりの会社になっております。
元々大学の近くにあった会社でインターンをしていて、スタートアップ村にいたような人間ではなかったんですが、上京して会社を作って、
VTuberの事務所を1年ぐらいやった後に、ビヨッとして今のショートアニメ事業をやり始めたという、そんな形になっております。
ありがとうございます。1995年で三重県生まれですか?
三重県出身で、天津人族なんですごい、出身がどこかってすごい戸惑うんですけど、中高が三重だったんで、三重県出身って言ってます。
起業のきっかけとエンターテイメントへの情熱
大学時代のエピソードをたくさんお見受けしたんですけど、その前が奥野さんがどんな生い立ちだったのかってすごく気になっておりまして、以前のエピソードとか印象深いものとかぜひお伺いしてもよろしいですか?
小学校の頃からサッカーをやっておりまして、小学校も結構強いチームで、中学校になるタイミングで三重県に転校して、中学校からはその前に住んでたのが埼玉だったんで、三重県の方がサッカーのレベルがもう少し低めというところもあって、
三重県では部活ではなく、クラブチームに入ってですね、中学校の時はサッカーをしたりしてました。で、もう傍ら趣味みたいなところでいくと、ずっと漫画を読んでまして、小学校だったから、お小遣い使うってなったら何に使うかみたいなところが、漫画に使うくらいしかないなみたいな感じで過ごしてましたかね。
で、高校とかはそんなに特段あれもないんですけど、まあでも三重県の中では一番の新学校に進学して、で、高校はサッカーも頑張ってはいたんですけど、そこまで強い高校でもなかったんで、どちらかっていうと、当時サッカー部のキャプテンが今お笑い芸人になってて、で、僕が副部キャプテンだったんで、なんかすごいこう、なんでしょうね、すごいボケてましたね。
ボケてましたね。
高校生時代とか。はい、そんな感じでした。
ちなみにあれですよね、その方から一緒にお笑い芸人やらないかみたいな打診もあったとか。
そうですね、おっしゃる通りで。ありがとうございます。
それが結構自分の中でエンターテイナーになるっていうふうな心づもりを決めたきっかけにもなってるんですけど、当時からすごい、なんでしょうね、割とふざけてたタイプというか、だったので、割とみんなが楽しいことや自分も楽しいみたいなタイプだったんですけど、そんなのもあって、本当にデパートの屋上に呼び出されてですね、告白かなみたいなドキドキしてたら、
お笑いやらへんって言われて、かっこいいみたいな、みたいな感じで、本当にめちゃめちゃ悩んだんですけど、そうですね、もうちょい違う角度、なんでしょう、せっかくこう頭を使うことも好きだったので、なんかこう人前で話すことだけじゃなくて、もっと仕掛ける側みたいになりたいなみたいなのもあって、また違うエンターテイナーとしてこうまた会おうやみたいな感じで、はい、なんかそれぞれ頑張ろうねってなったっていう感じでしたね。
なるほど。今のエピソードは高校生ぐらいの話。高校ですかね。その頃っていうのは、まだ特段企業とか自分でビジネスをやるぞみたいなところに目覚め始めてたわけではないって感じですか?
そうですね、全くそういう感じではなく、なんか面白いものを作れたらなーみたいなのを思い描いてた程度でしたね。
なんかそのあたりがより起業したい思いとかが強まっていったきっかけとかそういうのもありましたら、ぜひ教えてください。
そうですね、大学入学後、みんながエンジニアになるみたいな学科だったんですけど、当時僕もピクサーとかブラッディマンデーとか壊れて、プログラミングでゲームとか作ったら面白いんじゃないかみたいなのもあってこっちに行ったんですけど、
そこはやっぱりゴリゴリ小さい頃からエンジニアリングやってる方々がいる中で、そこではないなーみたいなところも思っている中で、大学の近くでビジネス職のインターみたいなのを始めまして、
そこが自分の中ではもう一つ転機になっていて、そこも学生起業してちょうど今の僕ぐらいの年齢28、29ぐらいの方が社長をやっていて、そこに学生起業した仲間みたいな方々がいらっしゃって、すごくキラキラ働いてまして、そこの方々が熱量も高く、しかも仕事が面白いっていう感じで働いていたっていうのが僕の中でもすごい印象的で、
なんかめちゃめちゃ企業家一族とかそういう感じでもなかったので、周りにすごい経営者の人が多いわけでもなかった中で、僕の中ではすごいそういう生き方がしっくりきたっていうところもあり、自分はすごい当時は無知がゆえのすごい自信家というか、
割とやればできるでしょうみたいなふうに思ってたところもあって、自分も会社を作ってやってみようかなっていうふうに思ったという形でした。
今おっしゃってたインターンは海外でインターンされて帰ってきた後に結構その会社さんで相当働かれたみたいなエピソードも見消したんですけど、時系列でいくとその海外行った後帰ってきてってそういう会社さん?
そうですね。
なるほど。
その海外の話だったりも少しいただいてもいいですか?よかったら。
ありがとうございます。それこそそのインターン行く前にですね、その時は大学3年生でプログラマーとかそっちから登っていく人たちが大半の学科周りがそういう感じだったので、自分ってエンジニアになるんだっけっていう問いをすごい大きく持ってまして、最終的にサービスを作れるような人とか何かしらコンテンツ作れるような人になりたいなって思ってたんですけど、
その登り方っていろいろある。デザイナーになるかプログラマーになるかみたいな感じだと自分の中で思ってて、プランナーとかっていうのはもうちょっとスキルセットがないのはどうなんだみたいなのも自分の中で腹落ちがなかったところではあったんですよね。
あったんですけど、ものざっくりですけど大きく、プランナーディレクターとかそういう職ポジションっていう側からどうやったら自分がサービスとかコンテンツとかに携われるんだっけっていうのを試してみたいなっていう思いで、ビジネスインターンみたいなのを海外でちょっとちっちゃく授業、体験をしてみようみたいなものに参加させてもらって、そこでの体験はコンテンツ作るとか大それたサービスを作るとかそういったものではなかったんですけど、
英会話学校とか集客プランニングとかそういったレベルのものだったんですけど、でもそこで自分の足使って頭で考えて外部の方が巻き込んだりしてみたいな経験自体はすごい自分の中で総合格闘技感があって、今まで自分がやってきたちっちゃくサークルとかで組織を作ったりとか、エンジニアリングをして何かちょっとものを形作ったりみたいなとか、それ以外のことも喋るってことだったりとか、
全てを使わないとやっていけないみたいなものが何かどっかに一つすごい特技を持っていなかった自分にとってはすごい刺さって、やっぱりそういう総合格闘技だったら誰にも負けないんじゃないかと思いましたし、その中でも大きなエンタメでそれをやれるんであれば、そこだったら自分の一番を取れるんじゃないかなっていうふうに思っていったような、それもあってエンジニアではない方向に進もうって決められたのはそこがあったからですね。
なるほど。そしてそのインターン先でまた修行されて、これは何年くらいやられてらっしゃる、そこから起業っていうプロセスはどんな感じだったんでしょうか。
インターンしたのは半年間くらいでめちゃめちゃ短かったんですけど、当時副社長にあたる方の下で働いてまして、その方もすごいよく面倒を見てくださりまして、僕が将来こういうことをやりたくてみたいなことを言っていた中で、その方とワンオンワンじゃないですけど、居酒屋で二人で差しでキャリア相談みたいなのをしている中で、僕こういうことをやりたいんですみたいな。
起業への道のり
自分でこういうコンテンツを作ってみたいな。当時はみんなをワクワクさせたいんですみたいなことをすごい言っていて、インターン先でワクワクさんって呼ばれてたんですけど、呼ばれてるぐらいみんなをワクワクさせたいんですよみたいな。でも、ハウツーは分かりませんみたいな。
そういう感じで、それもあってワクワクさせたいんですみたいなことを言ってて、でも自分には自信あるし何でもやれると思ってるんですみたいな話の中で、自分の中で起業するとかはもう一拍遠いとか、それこそ3年後とかってよく言うんじゃないですか。それぐらいで思ってたんですけど、その人と話してる中で、置くのはやっぱり起業するしかないねみたいな結論にその人と話してて。
取り付いて、より起業が自分の中で具体になったというか、確かにそうかもみたいな。そっから考え出して、別に起業してもし本当に大失敗したとしても、僕は浪人もしてなかったですし、当時は留年もギリギリしてなかったので、そっから仮に就活、就職ってなっても、そんなにこれは生じないし、なんならプラスになるはずだし。
一回学生のうちにそういった経験をしておくことで、未来の大成功に繋がる。将来また起業するときも絶対過程になるはずだしって思ったときに、学生で起業しない理由って一個もないなっていうふうにも思いまして、単身東京に出るみたいな仕切って繋がっていくっていう感じですね。
東京に出られてからはどんな日々だったんですか?今の事業領域にすぐ着地したわけではなかったんですよね?
そうですねそうですね。そのときが本当に一番辛くて、当時は本当にスタートアップに誰一人知り合いがいないっていうのがすごく滅ぼすかったです。高校の時代の友達を巻き込んで一緒にやって、それが今の取締役になったりしてるんですけど、そういったメンバーとも別れたりとかもあって、一人で格闘してる時期の方がすごく長くてですね。
本当に東京って街も、渋谷も人が多くて怖いなみたいな。田舎出身なんで、やっぱり東京に牙を剥かれてるみたいな感覚がすごいありまして、すごい辛かったんですけど、コンテンツ作っていくものも、始めはゲームとかドラマを作ったりとか、コント動画メディアみたいなのやってみたりとか、すごい色々やってたんですけど、なかなかすぐに結果も出るわけもなく、
それをやってるうちに色んな人とちょっとずつ知り合いになっていって、一緒にやる仲間みたいなのもちょっとずつちょっとずつ見つかっていったりとかして、もちろん一緒にやってみて微妙だったねみたいなのもあったんですけど、それはそれでスタートアップ業界の仲間が増えていって、自分たちの、自分の周りにいる人間の数がちょっとずつ増えていって、みたいなそんな時期でしたね。
そこから、自由料金のディフォートとかもしつつ、今のところで塊始めた、勝ち筋を見出してきたみたいなきっかけだったり、ここに挑戦しようと思ったところみたいなところもお伺いしてもいいですか。
はい、ありがとうございます。当時、東京XRスタートアップスっていうグミの国道さんが運営されたアクセラレーターに、今の自在の初期インターンだった北岡っていう人間がいたんですけど、自在って未来あかりちゃんとかもやってて、YouTubeの応援もやってて、みたいなことをショートドラマを作ってたんですよ、当時は。
全然打って変わって、ドラマ、短くしたものがショートドラマなんで、ラマっていう、メリーみたいにラマのアイコンを作ってですね、そういうのをやってまして、今振り返ったら今流行ってるんで、本当に8年ぐらい早かったって感じなんですけど、TikTok出てきたばっかりで、TikTok出てきたらやっぱりドラマも受けるんじゃないかってところもあって、そんなものをやってまして、
それを北岡とやっていて、それをグミの国道さんに統計クサルスタートアップスの面接みたいなのがありまして、そこでぶつけに行って、で、国道さんのリアクションとしては、若くて生意気でいいね、みたいな。
VTuberビジネスの可能性
でも、ドラママジでいけてないと思う、みたいなのをぶった斬られまして、なんかドラマよりも、今やっぱVTuberじゃない?みたいな。君らゲームも作ってたし、動画も作ってたし、みらいあかりちゃんの会社で北岡で働いてたし、VTuberのアセットは出来上がってるじゃん?みたいなのもあって、そこから本当に1ヶ月ぐらいで、
VTuberのライブ配信アプリ、ライブ2Dを配信するみたいなアプリを作り、簡単に配信する体制というか環境を構築して、それを経てVTuberにピボットしますっていうのを、それとセットで出して統計クサルスタートアップスに採択されるっていう風な。
そのプログラムだったり、あるいはなんかクリミスさんは結構いろんな影響をたくさん受けていらっしゃるみたいなところもありましたけど、そのあたりとかも何かありましたらもうちょっと教えてほしいです。
そうですね。クリミスさんからはいいとこは参考にして、参考にしたいとか参考にしないぞっていう、そういう感じでクリミスさんに対してはすごい見てるんですけど、
すごいいろんな影響を受けまして、やっぱりこう対局感を語るのがすごい得意な方で、当時は本当に2週間に1回とかでメンタリングがあって、割と上々企業経営されてる方と2週間に1回話せるのってすごいやっぱり僕にとってメリットが高いなと思っていて、
その中でやっぱりエンタメコンテンツのビジネスってこういう問題をみたいな、120点いきなり出そうとしても無理だけど、でも3、40点のコンテンツではエンタメコンテンツビジネスって言って完成された状態で出さないといけないから、
なんかこう70点80点は取る必要があるよねみたいな、いわゆるスタートアップって始めあってMVPとかって言ってミニマムで出してみたいな印象もあった中で、なんかその中でこれは70点に到達してないねみたいなとか、でも逆に120点30点狙うのももうちょい市場が盛り上がって成熟してきた時なんじゃないとか、
あとはVTuber事務所っていうビジネスモデルに対しても、なんかやっぱりこうどこが大事なポイントで、なんかどうやって組織を広げていくんだっけみたいなところとかをいろいろ株打ちしてもらったのはすごい良かったですし、どっちかっていうとプリミスさんから受けた影響もありつつ、そのTXSコミュニティだったりとかグミの投資先コミュニティから受けた影響はやっぱりものすごく大きくて、
やっぱり当時学生企業をしている若造がコンテンツビジネスのこともいろはも知らない中で、いろんなバックグラウンドの方々がVTuberビジネスをやられていて、ゲームのプロデューサーでヒット当ててましたとか、本当にSNSマーケティングの会社で結構売り上げ立ってますみたいな人が新規事業として参入されたりとか、
またまたコミケでめちゃめちゃ売り上げ立ててるサークルをやってましたとか、本当にいろんな方々がいらっしゃって、そういう方々からそういう人たちがどういうことを考えてVTuberビジネスに挑み、どういう体制でとか、どういうモデルを組んでやられてるかっていうことを学べたのはすごい良かったです。
ありがとうございます。一旦前編はここまでとさせていただきまして、後編でまたそんなおふくのさんが展開される事業を深掘りしながら、今後の展望を伺っていきたいなというふうに思っております。前編皆さんありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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