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2024-10-25 11:54

第281回「5ちゃんの延長線上」

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【第281回】録って出しすぎて言いたいことまとまってないですが、最初の5秒だけに全部詰まってます。

たかがインターネットにカッカするなっていう話。

メルフォ→https://www.secure-cloud.jp/sf/1490894550QkHACedq

曲→https://www.nicovideo.jp/watch/sm43083649


END Music→SOUNDRAW(https://soundraw.io/ja/)

ハッシュタグ→ #SSステディ



#X #旧Twitter #SNS #火に油注ぐ #自己の防衛 #好きなこと書けばいい #たまには離れる #半年ROMれ



★☆ステディProduce ポッドキャスト☆★

・「日めくりナンタラ」(https://open.spotify.com/show/6qKafIZnCN5eeXoWGmiznq?si=ed20355dfba84246)

サマリー

SNS、特に旧ツイッターXは、昔の2ちゃんねるの延長線上にあると考えています。ネット上のやりとりや批判に対する見方や対処法について話します。

SNSの特徴と影響
冗談を冗談と見抜けない人は、SNSを使うのは難しい。
おはこんばんちは、ステディです。
とってたしです。
最近のSNSのやりとりとか見てて、ちょっと思うところがあったので、予定を変更して喋ります。
SNSって、特に旧ツイッターXは、昔のツイッター時代から思ってたことなんですけど、旧2チャンの延長線上だと思った方がいいのかなと思って私は扱ってきました。
批判や不愉快なことも含めて、SNSだと思って使っています。
誹謗中傷とかアンチが好きなように投稿していることが多いですけど、それもSNS自体が旧2チャンの延長線上だからなのかなっていう風にポジティブな考え方として納得して使っています。
ある作品のことを批判している投稿を見たっていうことを言う人がいまして、その作品が良かっただけに批判している投稿を見てしまうと心腐り、それは気持ちはわかります。
その心腐りという気持ちを投稿する、なんでそれは投稿するのっていう、逆にそれ、火に油注いでないかっていう、批判を盛り上げようとするフリになってないかっていう風に私、そういうお気持ち表明みたいなところはあって、逆で言っているのであれば全然いいんですけど、
でもややこしい冗談だなっていう風に思う、閲覧して見て思う気持ちは真っ先に浮かびますけども、苦しいという気持ちを投稿することで共感を得られたいのとかいう風に考えていて、
そういう時ってそっと閉じる、そっとアプリを終了させる、ブラウザーを終了させるとかすればいいんじゃないのっていう、本物の気持ち、本当の気持ちを伝えたいのであればスペースとかポッドキャストとかで声に発する媒体でそこで話せばいいんじゃないですかね。
文字面にされるとQ兄ちゃんでいうスレッドの感覚があって、匿名性の言葉のやり取りみたいに見えてしまって。
ツイッターの最初って結構何をつぶやいてもいいっていう、なんとかなうとかなんとかなうとかってご飯なうとかお風呂なうとかお風呂わずとかそういうのを言うツイッターだったんですけども、
Xに変わったあたりぐらい、ちょっとその前ぐらいからかな、やんやかやんやか言う人が多くなって、何のためにSAやってんだろうっていう。
それはQ兄ちゃんの延長線上だと思ってないから、日常のことをつぶやくブログ感覚で使ってるから思っちゃうのかなっていうふうに思いますと。
今はブログというかノートっていうSNSサービスもありますが、また自分に対する悪口の投稿を見たっていう人もいて、それが不愉快であるっていうことをポストする人もいますと。
悪口を投稿するのは十中八九よくないことなので、攻撃的な行為っていうのは当人に告げ口するんではなくて、速攻で通報制度を使ったほうがいいと思ってて。
通報したとしても自分の心についた傷は拭えないんで、2ちゃんの延長線上だと思えば少しは気が楽だったりしますが、それもあんまり良くないんで。
そうなった場合は見なければいいし、一旦ミュートブロックすればいいんじゃないかなっていうふうに考えますと。
他人の注意より事故の防衛をしたほうがいいんじゃないかなっていうのは私は思います。
それがSNSは九二ちゃんの延長線上だと思っているから、そういう考え方ができているんじゃないかなっていうふうに考えます。
3つ目、言わさらなことを問題提起している人が多いような気がします。
Xとかインスタグラムは誰でも見れる自由な場所でもあるから、開かれた場所なので好きなことを投稿していいんですけども、
自己責任って言ってしまえば全てなんですけども、傍観するのがしんどければ離れるのは手なのかなと思います。
個人の意見とネットラジオ
少し違う話になるんですけども、私はとあるネットラジオを毎週欠かさず聞いてたんですけども、
とある話題からそのネットラジオのパーソナリティが私の意見と合わなくなってしまって、
そのパーソナリティの意見が過激というか、過激ではないか、自分とは違うエゴだなという、客観的に見れてないというか、
自分勝手に喋ってるなという、このSSステディも自分勝手に喋ってるので、嫌な方はそっと停止ボタンを押して去って行っていただいても構わないんですけども。
毎週聞きたい気持ちを押し殺して、そのネットラジオは聞くのをやめてみたんですよ。
毎週聞いてた番組だけに聞けないのは辛いんですけども、逆にストレスは軽くなって、あんまり深く考えすぎてたなっていう。
別に聞けなくても、息と空気と人間生活はできてるし、息と空気と人間生活はできてる。昔そんなこと子供時代に言ってたんですけど、今言って口に出しておかしいな。
昔からのネットスラングに半年ロムレっていう言葉があって、このロムっていうのはリードオンリーメンバーとか、リードオンリーメモリーかっていう記憶媒体の話でよく言葉として使われるんですけども、
リードオンリーメンバーという閲覧だけする人のことをいう意味で使われていて、半年ロムレっていうのはネット上の掲示板やスレッドの上で空気を読まずに書き込みするユーザーに対して放されていたネットスラング。
当時は邪魔だから黙ってろ、消えろ、半年ぐらいは閲覧だけしとけというグサッとする、グサッとくる言葉だったんですけども、現在では自ら半年ロムることで救われることがあると思っていて、
それって今の旧TwitterXとかでも半年ロムるとかそういうことをすればいいんじゃないかなっていうのは最近思うようになってきました。
むやみに煽るような投稿をするんではなくて、一回ちょっと離れてみて、目をつむってみるとかいうのはどうだろうかっていうのはちょっと思うようになっていて。
そこは空気読めるまでSNSとは違う自然の世界と生きたほうがいいと思っています。
SNSの世界っていうのは、にーちゃんの延長線上のようにノリでやってるところがあったり、空気的に自己責任でさせてくれとかっていうところがあったり、
こう出したりすると半年ロムるとか言われたりする世界だと思っていて、SNSでの過ごし方の本質が大事なんじゃないかなっていうのはいろんな文章とかネットとかであったので、
そういうちょっと離れてみるっていうことをやるのはいいんじゃないかなと思います。
もうちょっとしゃべりすぎてるんでこの辺にしておきますけど、自分のことをメンタル激弱とか気にしとか思う人は、
このSNSの世界を受け入れられない人は、SNSで扱うことが難しいんじゃないかなっていうふうに思ってます。
ただSNSをやっちゃいけないとは言ってなくて、ちょっとアングラ的な存在って言っていいんじゃないかなっていう。
本当に自分のことだけポストするようにしたらどうでしょうかっていうお話でした。
曲です。
吉田ヤセフィーチャリング。
重ねてとシンセサイザーVでオーバーライド。
11:54

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