00:11
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、前回までソフィストですね、やってきたということで、今回はその雑談会、やっていきたいと思います。
はい、そうですね、ソフィスト結構面白かったなーって思いながらね、こう哲学とちょっとまた違う文脈で話してましたけど、なんかどうでした?兄貴の方は。
本編でもちょっと言ったかもしれないけれども、このそれ哲ラジオっていうのが哲学を扱うラジオである以上、基本的にやっぱり哲学いいよねとか、哲学面白いっていうようなスタンスだとは思うんだけれども、
意外とそのスタンスから離していると、哲学自体を相対化してみるとか、哲学自体を俯瞰してみるみたいな。
そうねー。
意外となかったかな?と思って。
なかったと思う。
哲学同士はね、あれを乗り越えたとかそういうのはあったと思うけど、哲学そのものの営み、真偽を、なんか絶対的な真偽がみたいな。
もちろんそれもね、「ないよー!」みたいな話はね、いろいろプラグマティズムだったりとかでやってきた人はいたんだけれども、
もう本当に外野から、「お前ら何やってんの?」みたいな感じ。
っていうの初めてだったなと思って、面白かったね。
前まで何か言ったと思うんですけど、哲学って同じテーブルの上で話すというか、テーブルをちゃんと揃えた上で一緒に話していきましょうっていう前提があるかなと思うんですけど、
やっぱりソフィストというか、今回やったように、ソフィストって別に真理がどうとかじゃなくて、
その時々タイミングで言葉で流れを作っていくというか、周囲の人に語りかけていくっていうのが大きいと思うから、
全然違う競技というかね、本当にテーブルにある種いるから、それが同じテーブルで話そうと思うとやっぱりそれはずれるよなとか、
それをやるしやろうとして、ずかずか相手もテーブルに入っていって、「いやわからんわからん、それ何ですか何ですか?」って言ってるソクラテスってやっぱり結構やべえ奴だったなとか。
逆にそういうのも感じたよね。
お互い様なのかもしれないですね。ソフィストは哲学者のテーブルで遊んでるトランプをバシャーってやってるのかもしれないし、お互い様なのかもしれない。
でもハエトはほら、もう一度だけ言うとさ、ソフィストっていう人たちはしょうもない人たちだから、別にあえて調べる必要もないしみたいな。
03:00
そういうイメージはあったのか?
しょうもない人っていうことではないけれども、
言い過ぎ。
言い過ぎ。そこまでは全然ないんだけど、やっぱり哲学者じゃないというか、
なんとなく哲学っぽいとか思想っぽいものを持ってるんだけど別にそうではないみたいな、そんな印象あったんだよね。
僕らはどうなんだろう、哲学とは全く違う営みみたいなイメージだったのか、そもそも土俵も違うみたいな。
なんとなく同じような引き出しには入っちゃってるけど、あまりに亜流というか暴流すぎて、ちょっと正統派の哲学には入ってこれないよね、みたいな。
地続きのイメージがあったのか、そこら辺ってどうだったの、ハエトと君は。
実はそういう枠組みすら持ってなかったっていうのは正しくて、
なんとなく同じ時代にソフィストっていう人たちと、ソクラテスとかプラトンとかっていう人たちがいたっていうことはもちろん知っておいたんだけど、
それ以上にどんなふうに関わってたのかとか、どんなふうにそれぞれ住み分けてたのかみたいな話って知らなかったから、
いたよねみたいな、同時代にいたよねってぐらいの哲学だったもんね。
ソクラテスとかプラトンから論破されてた人たちだなぐらいの。
そういう対話編とかプラトンで出てくる人たちだなぐらいの感じで。
負けてるとかも分かんないというか、ソクラテスも論破するわけじゃないからさ、一緒に分かんないねって言って、はい、おしまいになりましたみたいな、分かんなかったことが分かりましたみたいな。
っていう感じだと、あんまりソフィストっていうものにちゃんと焦点を当てたことがなかったんだよね、これまで。
なるほど、そもそもね。
でも今回、現代までガーってやってきて、もう一回古代に戻ろうってなったときに、
次回はもう一回古代の哲学者というか、ソクラテスより前の哲学者というのに触れようと思ったんだけど、
そこに行くよりも一回ちょっと斜めというか、そっちに戻ってみたら面白いんじゃないかっていう単純な直感というか。
そういうのがあって見てみたら、思った以上に面白かったって感じだね。
はいはいはい、なるほどなるほど。
下手したらあれだもんね、1回分というか、1時間ぐらいで終わるかもしれないと思ってたら、意外と1回ぐらいあったぞみたいな。
そうですそうです。だからさらっといくかなと思ったら意外とゴルギアスとか気づいたら2回分になっちゃってたし。
というぐらい自分がやっぱり分からなかったことを、今回改めて、別に毎回分かっているわけじゃないんだけど、
より分からないものをテーマにしてみましたっていう感じだね。
はいはい、なるほど。
06:00
でもソフィスとか、魅力的だったね、それはそれでというか。
やっぱり手伝くって役立たないじゃないかみたいな話はもう多分第1回からずっとしていて、
やっぱりそんな簡単に役立つものじゃないんだよとか、それこそが手伝くの面白みだよっていうのは簡単だし、僕はそう思ってはいるけれども、
やっぱりソフィス的なね、やっぱり弁論術で相手を説得するとか、裁判に勝つとかさ、
やっぱりそれはそれで一個便利なことだし、すごい気になるじゃん。
どうやったら自分に都合のいいようにって言われたけど、そういう流れを持っていけますかみたいな話ってあるし、
それ以上に今回プロトゴラスとかゴルギアスとかやったけれども、そもそも使っているロジックが違うというか、
マイクロ論法とかさ、いろいろやったと思うんですけど、そういう風に哲学的な考え方とは違う考え方だけど、
やっぱり役立つよねとかこれ便利だよねみたいな、とか興味深いよねってものがあるっていうこと自体がすごい面白かったなと思ってて、
変に哲学に凝り固まっちゃダメだなっていうのは思うよね。
なるほどね、確かに確かに。哲学の中でもどれが最高って言ってる時点で、その枠組みに実は囚われているというかね。
そうそうだし、哲学最高で他の弁論術とかなんちゃらがくは、結局さまつなことやってるだけだぜとかっていうことも言えたりするわけじゃない?言おうと思えばね。
やっぱりそういうことは言っちゃダメだなっていうことだよね。
はいはいはい。確かにそれがちゃんとわかったというかね。
うんうんうん、感じたっていう。
とにかく実際でもめちゃくちゃソフィストに共感というか、どっちかというと哲学の方がマイナーで、
やっぱり感覚としてはソフィスト側の方が現代においても意外とスタンダードなのかなみたいなのもちょっと思ったよね。
そうですね。途中でコーチングとかコンサルティングとかって話も出たけれども、
やっぱり第三者的に見て意見を言って軌道修正するみたいな話は、今ではやっぱり立派な職業、哲学者も立派なんだけど、
ビジネス的な職業としてやっぱり結構ね、いろんな人がやってるじゃない。
やっぱり哲学ってビジネスになりやすいかというと、最近そういうふうなことをしてる会社とかも出てきてるけれども、やっぱり本流ではないよね。
まあそうはね。だからポイントが違うんだよね。だからどっちも大事なんだけど、ソフィスト側の出の術的な方が即効性はあるんだろうね。
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最近で思うのは、ビジネスってどうしても、ウィンウィンとか言うけれども、基本的には正解を立ててそこに落とし込んでいくっていう作業じゃないですか。
仮説と検証だよね。
そうそう。やっぱり自分たちでこれだけ売り上げを上げようとか、これだけ成長しよう、あるいは維持しようというふうなも結構自分たちで立てるよね。
うん、そうはね。
ソフィストも例えば裁判に勝つってことに対してはそういう目標を立てるわけだけど、哲学ってその目標自体がそもそもないというか、自分で立てるものじゃない。
あー、そっかそっか。既にあるものの解明みたいな感じになっちゃうのか。
そうだね、発想としてはそうだと思う。もしこの世に根源があるとしたらそれは何かってことだから、別に自分で根源はこうだとかっていう、こうだを考えるけど根源があるってこと自体は別に自分に立てたものではないよね。
それはないでも一緒だよね。根源がないとしてもそれは世の中が染まってるからないということを主張するのではなくて、別に自分の思い込みであるとかないとか言ってるわけじゃないっていう、そういう本当にやっぱりゲームの違いというかテーブルの違いがやっぱりビジネスに親和性が高いというのもそういうことにあるだろうなと思ったりする。
なるほど、確かに。全然違う人並みなんだ確かに。
ね、そうそうそう。だからね、そういうこと考えるとね、やっぱり自分ビジネスが合わない。合わないなってあれだけど、ビジネスって世界観自体がちょっともう無理だなーみたいに思っちゃうんだよね。
そうなんだね、そこは。
そう。キャリア支援とかしてるのにね。
そこに興味がそもそも湧かないみたいな感じだろうかな。
まあそうね、興味が湧かない。もちろん生きる上で仕事をするのは大事だとか、仕事を通じて素敵な人との出会いとか、それが楽しいとかってあるんだけど、
もっと根源的に、でも仕事って結局、やっぱり人間が作った仕組みの中でその仕組みをどう動かすかの話だよなっていう風にしか思えなくて、
経済とかっていうね。
なんでその仕組みに乗っかってんだろうっていうな、興味感を感じちゃうっていうのは、まあまあね、台無しでは皆さんあるとは思うんだけれども、やっぱりどうしてもそこが抜けないっていう感じかな。
そこからなんとか抜け出してやろうっていう。
まあだしね、もっと言うとね、それはね、たぶん仕事が得意じゃないというか、ビジネスが上手い人はその仕組みに乗っかって自分の好きなことやってらっしゃるだろうから、
12:04
まあ単純に自分のビジネス力が足りないっていうことでもあるんだけど、そこはね結構悩ましいよね。
なるほどね。
はい。
ちょっとそこはね、また機会があれば、もうちょっとちゃんとお伝えしようと思う。
ちゃんとっていうかね、もし話せればと思うんですけど。
うん。
そうそう。で、昨日ちょっと雑談会ということで、ソフィストの話もしてきたんだけど、ちょっと最近ね、僕の中で面白いこと、面白いことっていうか、
ちょっと自分の中で新鮮な感覚があってですね。
ほうほうほうほう。
そう、あのせっかくだし話したいなと思ってたんだけど、なんか僕あれなんですよ、普段そんなに感情が動くっていうことってそんなないんですよね。
感動するもそうだし、いわゆる喜怒哀楽ってあるじゃないですか。
うん。
もうなんかあんまり感じることって少ないんですよ。
うーん、だからこれ表演技が出ないんじゃなくて、そもそも感じない。
そうね、そもそも感じない。
なんかあんまりその感情に左右されるのってよくないんじゃないかっていう思いもあって、なんかそういうちょっと薙の状態というか。
あー。
うん。
そこはちょっと意識して動かさないみたいなところもあるの?
それは自然とっていうよりは、なんかお祭りで棒踊りとかでめっちゃはしゃぎたいけど、
はいはいはい。
っていう気持ちはあるけど、ちょっと抑えちゃおうとか。
はいはいはい。
逆もまた近いんですよね。
そうね。
だから楽しもうと思ったときに、むしろその愛おした感情を覚えるっていうのが近いから、
だから棒踊りで楽しもうと思ったら楽しいっていうのを全力でやろうとするんだけど、
別に楽しむ必要がないというか、今楽しむ、楽しいだったら別にいいと思うんだけど、
まあ怒りとかはわかりやすいよね。
今は別に怒る場面じゃないよって思ったら、多少クッてそういう回のスイッチが入りそうになっても、
なんかそれを抑えるみたいな。
うんうんうん。
アンガーマネジメント的な話?
うん。
っていう感じで、自分が今感情を動かすべき時ではないと思ったら、
それを薙の状態にしておこうとするっていう感じが近いかな。
で、そんな中でも最近ね、意図せず喜怒哀楽感謝っていうのがあって、
そうそうそう。
それをちょっと面白いなと思ったんで話したかったんですけど、
喜びに関しては、これいっつもそうなんだけど、
久々にすごい読みたいって思って買った本があって、
宇宙の途上で出会うっていう本なんですけど、
これは2023年、去年かな、出た本で、
なんか、なんと値段が9900円もするんですよ、これ。
15:00
それはあれか、小説かなんかかと思ったけど、違うんだね。
違う、学術書のね、学術書ですね。
はいはいはい。
そう、学術書っていうか、その、
学者さんが自分の考えている哲学的な世界観とか、
そういったものを視聴しようと思って書いた500ページぐらいある本で、
そのうち100ページぐらいは注釈と引用、引用というか作品なんだよね。
へー、はいはいはい。
すごい、この論文参考しましたらバーって書いてるみたいな、
結構厚めの本、重めの本なんだけど、
なんかね、副題が、量子物理学から見る物質と意味のもつれっていう副題で、
もう何を意味してるのか分からない。
確かにね。
常々、僕、意味っていうものは結構テーマなんですとかって言ってるじゃないですか。
ただその意味ってね、そういう何だとかって思ったときに、
この本はなんかその、物質と意味っていうのはそもそも区別できないみたいなことを、
視聴をしていて、
かつそれを量子物理学っていう、いわゆる物理学の最先端だよね、
の理論から話してますみたいな本だったんですよ。
へー、そう、分野的には物理学なの?
哲学、分野的には。
へー、哲学なんだ。
そう、哲学なんだけど、この方が、もともと大学ではですね、
素粒子物理学で博士号を取っていて、
その後はポスト構造主義とか、
そういう哲学の本も学んで、両方に関して視聴をしてますみたいな方らしいんだよね。
なるほど、なるほど。
そういうバックグラウンドがあるので、
そういう正しい、そういう素粒子物理学的な考え方でもって、
その哲学的なことをやろうみたいな本らしくて、
まだね、ちょっと3分の1ぐらいしか読んでないんですけど、
やっぱすごい面白いんだよね。
ほうほうほうほう。
最近もちろん本は読むんだけど、結構最近は仕事で必要だからとか、
結構何々しなきゃっていうのを読む本が多かったんだけど、
久々に読みたいっていう本に出会って、
しかもなんでこの本に出会ったかもちょっと覚えてないんだよね。
なんか気づいたらこの本を見てて、
なんかちょっと表紙とかタイトルとかすごい面白そうと思ってAmazonで見て、
ちょっと9900円高すぎると思って一晩寝かせたんだよね、さすがに。
レビューとかついてた?
レビュー4件とかついてた。
やっぱりすごい評判も良さそうだったし、良かったんだけど、
さすがに趣味で一枚の本を買うのはちょっとなみたいな。
翌朝起きても絶対これ読みたいと思って買いましたっていう本なんだけど。
18:04
そしたら大当たりっぽいぞって。
大当たりそうだった。
そういう意味で、読みたい本とはこの作者が言ってることを知りたいみたいなことを
ちゃんと思って本を読むって結構久々だなと思って。
そういう意味で嬉しかったんですよっていう。
ちょっとそれは読書に絡める話なんだけど。
っていうような喜びがあって。
次、怒りね。
いろいろあるの?
そう、期待だけ1個1個言っておくって思ってたんだけど。
怒りなんだけど、これはね、本当に久々に自分今怒ってるって思ったのがあったんだけど。
めちゃめちゃくだらないことなんですけど、
Spotifyあるじゃないですか。
僕らももちろんPodcastをSpotifyでも発信してるからあれなんだけど、
結構ヘビーユーザーで音楽聴くの好きなんで、ずっと契約して結構いろいろ聴いてるんですよね。
聴くときにランダムに聴くっていうよりは、自分のお気に入りのリストみたいなのを作って、
みなさんも結構そういうのあると思うんですけど、好きな曲だけをリスト化して聴くっていうのをやってるんですよね。
それを仕事中とか集中した時に聴いてしまう人なんですけど、
Spotifyの、これは機能なのかわかんないんだけど、有料ユーザーでもおすすめみたいな感じで全然知らん曲を流してくるっていうのがあるんですよ。
え〜、それは再生リストを最後の曲まで行った後みたいな?
じゃない、途中に。
え〜、あ、そうなんだ。
これちょっとなんでそれしてるのかわかんないんだけど、前も一回あったんですよ、そうなった時が。
あ〜、そうなんだ。リストに行ってない曲流れ始めたってこと?
そうそうそうそう。で、無料版でさ、鳴るのはわかるけどさ、お金払ってるときに鳴るのってちょっと違和感っていうかあるじゃん。
で、前はちょっと違和感ぐらいだったんでしょうがないかなと思ってやってたんだけど、今回久々に好きな曲聴いてる時に知らん曲がバンって流れた瞬間に、すげえイラッとしたのね。
なんだこれはみたいな。
なんか、知らない曲が流れてるっていう予測しないことが起きたのもそうだし、それをもう一回やりやがったSpotifyのやつらみたいな、Spotifyに対する恨みみたいなものがバンって上がってきて。
なんかそれは、本当にちょっと自分でもあれだったんだけど、仕事中だったんだよ、それは。もう一回Spotify消して、仕事で戻ったんだけど、仕事終わった瞬間に解約したんだよね。
21:03
解約したんだ。
解約した。
カスタマーセンターとかで連絡したとかじゃなくて?
いろいろと思ったんだけど、たぶん連絡先ないんだよね、個人ユーザーから。大きいサービスはだいたいそうじゃん。
まあそうだね、わかりづらくなってたりとか。
わかりづらかったりとかもするんで、それやるぐらいだったらと思って解約をして、Amazon Musicに乗り越えますっていうメッセージだけ入れてAmazon Musicでも聞いてるんだけど。
あの解約理由を教えてくださいの。
解約理由ありますか?値段とか使わなくなったとかいろいろあったんだけど、その他で知らん曲流れたんでAmazon Musicに行きますって言って。
せめて抵抗じゃないと思ってこうやったんだけど。
自分がびっくりするのは嫌だったんだよね、知らない曲が流れるというか。
そういうのってあるっていうのも変な話だけど、わかる?この感覚。
いや、わかると思う。自分がそれで怒るかわかんない。
さっきのハヤトが言った経済っていうルールに乗っかるのが嫌だみたいなのに、ちょっと近いというか、似てると思うんだけど、
のに乗っかったサービス、ビジネスのルールに乗っかったサービスとして運営しているSpotifyが、お金を払っているユーザーにそんな体験させるかと。
いや、そうなんだよ。
たぶんハヤトのことだから、それのオンオフみたいな設定あるかなとかって見てもないわけでしょ、たぶん。
あって、しかもそれをオフにしてたはずなんだよね。
自動再生して、それこそ兄貴が言ってくれたみたいに、再生した後にちょっとオススメ曲を入れるとか、聞いたことない曲を推奨してみたりという機能があるらしくて。
それはオフにしてたんだよ。
それは良くないと思うが。
これ正当な怒りですかね、これは。
怒っていいんじゃないかな。だって、もちろんね、ハヤトの方で何か設定ミスがあったかもしれないけれども、
それがなかったとすれば。
ごめん、もしハヤトさんがミスですよとか言ってたら、もしわかる方がいたら、掃除会の方がいたら教えていただきたいんですけれども。
まあ、難しいね。
だから、よくあるクレームにしろ、不満にせよ、ある意味お客さんにそれを思わせた時点で終わりみたいなところもあるから、
ユーザーなんだろうな、アプリなりUX的なところの設計ミスでしょっていうね、
どこにも言えるからね、そこはもうある意味お互い様でもある。難しいんだけどね。
24:06
でもそれは残念だったな。
残念だったんじゃないですか。
やっぱりSpotify好きだし、全然ね、すごいヘビーユーザーだと自負してたから。
ちょっとこれを自分の反省というか振り返った時に、何が嫌だったのかなって思うと、
本当に今に兄貴が言ってくれて確かにって思ったのが、そういう、自分がやっぱり良いユーザーと思ってた時に、
そういうビジネス的な観点で、要は知らない曲聴かれた方が、やっぱり掃除会側としたら、いろんな、もしかしたら収益になるんじゃないかとかさ、
やっぱりそうやっていろんな曲を聴かせることが、多分、曲を提供してる側、要はサプライヤー側の理由とした時にユーザーがそれを求めるみたいな話って、
すごくビジネス的な話じゃない?
そうじゃなくて、しかも自分は結構、自分で調べていろんな曲を聴いてるんだよね。
同じ曲ばっかり聴いてるっていうよりは。
なんなら週に1回ぐらいSpotifyのオススメっていうものを見て、これ前も言ったかもしれないけど、30曲ぐらいだと全部聴いて、
これは好きだから入れようとか、これは好きじゃないっていうのを毎週やってるぐらいの感じなのよ。
それは初めて聞いた気がするな。
言ってないかもしれない。
それは30分くらいでできるから、金曜、夜とか土曜にそういうのが来るんだけど、
自分の楽しみとして30分間その曲を聴いて、好きな曲があれば追加するとかっていうのをやってたりしてるぐらいなんだよね。
なるほど、毎週新しいアーティストとの出会いがあるわけだね。
それは嬉しくて、それをやるときは新しい曲を聴けるのは楽しいんだけど、
やっぱり今は自分の知ってるこの曲だけしか聴きたくないっていう感じのときに、知らん人の声とか流れるとすごい気持ち悪かった。
その感覚はすごい新しかったというか、自分でもびっくりしたんだよな。こんなに自分気持ち悪いって感じるんだみたいな。
なるほどだし、有料サービスでやってると特にあんまり出会わないシチュエーションかもしれないね。
そうそう、そうなんだよね。
だからさ、動画サービスとかで見終わった後にこれどうですかって言われるとやっぱり違うじゃない?
1個の体験として続いてるからさ、そのリストの曲を聴いてる瞬間っていうのは、
やっぱりこの違和感って結構大事だなとか、それを教えてくれたことについてはありがとうみたいな。
そういう感じだったんですけど、ちょっと怒りでしたっていう感じですね。
でもそれで言うと、これまでの人生で怒るタイミングってあったと思うんだけど、
27:02
もちろん。
そういうのって、さっきアンガーマネジメント的な話したけど、割と押しつぶしてきたの?
それともそもそも湧き上がらないの?
そもそも感じにくい人ではあると思うっていうのが1つと、
あとは怒りって予測できない不利益とかさ、やっぱり思ってたよりもひどかった、マイナスだった時に感じたりするじゃない?
もちろんいろいろあると思うんだけど、期待と予測をあんまりそもそもしなくなったっていうのがあって。
今?
今、最近。ここ5年ぐらいなのかな、たぶん。期待は裏切られると悲しんだり怒ったりするじゃない?
でも期待しなければ、ある種そういう受け入れられるという話もあるし。
気持ちいいっぽいけど。
気持ちいいっぽいけどね。一個も諸誠実としてね、それは。
あと予測も、予測が外れるとショックだし、なんでだよってなるけど、別に何があってもそうだよねとか、
裏切られることもあれば予測よりもいいことをしてくれることもあるじゃんみたいな態度でいると、あんまりそこにがっかりするとか怒ったりすることがない。
なるほど、なるほど。
そういう意味での、たぶん諸誠実的な怒りのカバーし方をしてるんだと思うんだよね。
だからそういう意味で言うと、今喋ってたと思ったけど、やっぱSpotifyを信頼してたんだと思う。
裏切られた感が強かった。
裏切られた感があったのかもしれない。
サービスが悪いとかじゃなくて、かなり主観的な感情だよね。信じて。
そうそうそうそう。
信じたのにって。
確かに今喋ってた感じ、怒りっていうよりは確かに悲しみとか、裏切られたみたいな感じとか、そういうものが多分重なったからこそ、わーってこうなったんだなーって今話してて思ったね。
なるほど、はいはいはい。
例えば今のSpotifyの仕様が、もし本当に仕様だったとしたら、すごく多分怒っていいと思うんだけど。
そういうことじゃない。その仕様に対してめっちゃ怒りがあったとかっていうよりは、やっぱり裏切られた感みたいなのはそっちだもんね。
確かに確かに。執着ですね。Spotifyに執着したから、やっぱりそこからね、怒りとかを得るっていう。仏教ですね、これは本当に完全に。
ただね、やっぱり執着しない人生でも悲しい、寂しいよねってなると、そういうこと虚無主義っぽくなっちゃうと思うんで。
それはそれで大事かなとは思ってるんだけれどもっていう感じで、久々にそういう怒りを感じたんですよっていう話だったんですけど。
まだあるんでしょ。
これ長くなっちゃうね。どうしよう。やめる?
いいよ。いいよいいよ。でも多分ね、カタカナでの面白さみたいなものが伝わるような気持ちがするし。
30:07
どゆことどゆこと。カタカナでの面白さって何?
いや、なんだろうな。ある意味では当たり前だし、人によっては当たり前じゃないというか。
カヤト的には多分発見ではあるっていうところだから。
ちょっとそのNイコル1の話を聞いてみましょうかっていう。
ありがとうございます。すみませんね。本当に僕がこんなこと感じましたよっていう話だけなんですけど、本当に。
確かにね。ある意味。さっきほら、前提として昨日より感じにくいみたいな話もしてたけど、そこをね、実際のところをちゃんと比較してみないとね、ちゃんと検証して。
本当はそこを検証してみたいところなんだけど。
確かに。それも一人よがりだからね。自分が自分にそう思ってるだけだからね。
本当はそこは前提として。
そうですね。なかなかそういうふうに思っていただければ嬉しいんですけど。
次、哀、哀、悲しみですね。悲しみはですね、あれです。
知ってるかな?松岡聖吾さんっていう人って知ってます?
知らないかな。
知らないか。多分その有名人化ってそこでもないんだけれども、
それこそ本を結構読むとか、物事を学ぼうとするときに結構ぶっち当たる人の名前だったりするんですけど、この方が亡くなったんですよって話があって。
これはね、8月12日かなので、ちょっと今撮ってるところからすると2週間くらい前なんですけれども、
なんて言ったらいいんだろうな、この人は本当にいわゆる知能巨人みたいな人なんだよね。
もちろん僕はお会いしたこともないし、直接何かを学んだっていうことではないんだけれども、
この人が千や千冊っていうコンテンツを配信していて、
もし興味ある方がいたらぜひこの話を聞いて興味を持った方は検索してみてほしいんですけれども、
この人が読んだいろんな本の説明をしてるんだけど、説明っていうのはもう読書感想文ではないのよ。
この本でしたとかじゃなくて、この本を読むっていうときに対して、
自分はこんな体験がありますとか、この本に関連してこんなことをこの人と話したことがありますとか、
この本っていうのは前に取り上げたこの本かと関連すると面白いですみたいな、
そういうことをバーっていうふうに教えてくれるコンテンツがあるのね。
これが千や千冊だから千冊かと思うけど、千八百冊くらいもあって。
そうやってるんだ。
33:00
そうやってる。すごい本当にデータベースなんですよ。
僕も結構スパイスラジオで台本とか作るときに本を読むだけじゃなくて、
この本ってどんなふうに読まれてるんだろうとか、この本ってどんな解釈をしている人がいるんだろうとか、
自分のときだとわかんないときに検索したりするんだけど、
だいたいこの千や千冊のコンテンツが出てくるのね。
そういう哲学的な哲学書だよね、まさに。そういうのも出てくるんだ。
そういうのも出てくる、普通に出てくる。小説ももちろん出てくるし。
だからある種、僕が読んでた本は松岡さんはもうすでに読んでましたみたいな感じの基礎なわけよ。
あとはね、いわゆる編集みたいなことを彼の方法論の一つとして持ってて、編集工学みたいなことをやってたっていうこともあって、
結構情報と情報をどうつなぎ合わせるかみたいな。
松岡さんはめちゃめちゃ面白い人だったんだけど、この方が亡くなられましたと。
結構その後その人の追悼文とかそういうものを、
逆に亡くなられたからこそのリバイバルの過去こんなインタビューがありましたみたいなものとかの記事が結構載ってて、
それも読んでたんだけど、やっぱりまさに悲しさだよね。
もうこれ以上この千夜千夜札のコンテンツは増えないのかっていう悲しみ。
もちろん作家さんもあるじゃん。この人が亡くなったらこの人の作品を読めないのかとかってあると思うんだけど、
結構それに近い感覚があって。
別に本当にお会いしたこともないし、つながりもないしっていう感じなんだけど、
すごい大切な人を失ったというか、そういう感覚があったんだよね。
話見てみればそこまである意味感じるようなっていうのもあんまなかったわけか?
そうだね、なかった。もちろんいろんな芸能人の方が亡くなられたとかさ、
そういうのってあるときに、やっぱりそれってしょうがないって言うとあれだけれども、
もちろんご年齢とかであれば高齢ならしょうがないんだし、事故とか事件はもちろん痛ましいものはあるけれども、
そこに関して別に自分が何か関わってたわけではなかったっていう意味では、
それもしょうがないっていう感じなんだよね、感覚的には。
もちろん身内の死とかだともちろん全然違うけど、そういう意味では全く会ったことがない人とか、
別にその人の死に対して自分は別に責任を持ってるわけでもないし、関わってるわけでもないのに悲しいっていう意味では、
結構珍しいケースだったなと思う、ケースというかね。
36:03
それもさっきのソフトファイの感覚と一緒で、あんまりそういう悲しみって思ったことがなかったんだけれども、
感じだっていう意味では結構珍しかったんだよね、自分の中では。
一つをニュースとして読み流すんじゃなくて、残念とかじゃなくて、わりとしみじみとしたみたいな。
そうそう、なんか自分の中にやっぱり影響があったというか。
もちろんこれも人にとっては、好きなセリフとか作家さんとか、映画監督が亡くなった時にはそういう感じだよって思ってる方ってあるかなと思った時に、
それに近いとは思うんだけど、自分としては結構新鮮でしたっていう感じなんだよね。
なるほど、確かに。最近だとあんまり亡くなった人の話だからだけど、田中敦子さんも。
ああそうね、声優のね。
広角機動隊のあの男の。
原作の漫画か、あれに近いのでアニメ化するっていう話もあった中でだからね。
そうだよね。
近いというかね、もうあの声で新しいものが出てこないんだっていう。
っていうのはね、やっぱりあるからね、やっぱり表現者の方というかね。
やっぱり声優さんはね、表現者だし松岡さんもやっぱり何か表現している方だと思うんだけど。
やっぱりそれに触れられないっていう悲しさっていうのはね、感じましたっていうところがその愛の話で。
でも悲しい話するとね、悲しくなっちゃうからちょっとまあそれは一旦そこまでにしたと思うんだけど。
楽、楽しいですね。楽しいは楽しいでまたあって、
これはですね、第1回ソイテッドカフェをまた開催したんですよ。
はいはいはいはい。
第0回はね、やりますよって言って募集していただいてたんですけど、
第1回のソイテッドカフェに関してはソイテッドフォーラムっていうところでやりますよっていう風にしてて。
今回ソイテッドフォーラムに参加していただいている方が参加してくれて、みんなで話してたんですけど。
ごめんね、行けなくて。
そうそう、そうなんですよ。
兄貴がね、第0回前回参加できなかったから、じゃあ兄貴が行ける時間にしようって言って設定したんですけど、
もちろん事情とか言ってもらったから別にそれを責める勇気はないんだけど、
みんなすごいがっかりしてました、残念がってましたっていう。
やっぱりすごい楽しかったのが、今回は心回っていうのをちょっと前にやったじゃないですか。
ちょっとそのぐらいの時期で募集してたんで、心っていうのをテーマにやりますよっていう風な話をしてたんだけど、
すごい楽しかったのが、心って自分のどこにありますかっていう問いかけをしてくださった人がいたのね。
39:02
はいはいはいはい。
要は、いわゆる脳ですか、胸ですかみたいな。
それ以外でもどうですかみたいな話なんだけど、兄貴はどう思う?心って自分のどこにあると思いますかって言われたらどう思う?
考えてもいなかったね。
でもそうなんですよね。
順番は胸かな、でもね。
はいはいはい、そうそうそう。
胸とか頭とかってなるかと思いきやですね、結局それに対してちょっと前提変わっちゃうんですけど、
なんか外にあるってことないですかねみたいな話だったのよ。
確かにみたいな、心は外にあるって考えも面白いですねっていう時に、確かに心って言葉の話なんだけど、
心を奪われるとかさ、何か美しいものに心を奪われるとか、心配りとかっていう感じで、
心を配るみたいな話とかって言葉としてあったりするじゃない?
確かにそれって自分の中だけじゃなくて外にもありそうだよねって話になったのよ。
その後の時に、最初の心って自分のどこにあると思いますって言ってくれた人がすごい衝撃を受けてて、
人生で心は外にあるなんて思ってなかったけど、そう言われてみたらすごい納得するみたいな。
やっぱり例えばお子さんがいるんだけど、子供と対応する時の自分と、仕事の自分と旦那といる時の自分と違えてる時に、
自分の心がぐちゃぐちゃになるっていう感じがあったんだけど、
外にあるって言われたらそれぞれ違う心というか、子供に対する時の心っていうのがあって、
仕事の時の心があって、それは外に出てるって考えたら全然当たり前じゃんというか、
すっきりしたみたいな感じになってて。
30何年生きてきたけど、初めてそういうふうに捉えたんですとかっていう話が起きて、
すげえ面白えって思ったんだよね。
これ第0巻の時にもお伝えしたからちょっとだけお話したんですけど、
初めてこんなことが言えましたみたいなことを第0巻の時に言ってくださった人がいて、
だからそういう生まれて初めてっていうのが起きる1時間だって思ったら、
これすごいなって改めて思ったんだよね。
話し合いも楽しかったし、そういうことが起きた場であったっていうことも楽しかったし、
そういう意味ですごい楽というか楽しいっていうことが純粋に感じられた体験だったんですよね。
なるほど、確かにそうだよね。元々カフェだったりとかフォーラブっていうのも、
ハヤトが言ってた話だとは思うけれども、大人になると余計、
42:05
例えば心がとかさ、わざわざ話ししないじゃん。
しないんだよね。
する場もないしする人もいないし。
いない。仕事は当然だし飲み会とかに友達と行ってもそんな話はしないわけじゃない。
どこで話すんだって言うとやっぱりないんだよね。
だから逆に言うとそういう話ができる友達とか周りに知り合いがいたとしたら、
それはめちゃくちゃ幸せなことかもしれなくて。
だからめちゃくちゃエレアだからこそそうやってそういう場を設けるとすることが起きたっていうのは、
たぶん参加者の方にとってもかもしれないし、
今ハヤトにとってもその俯瞰で見ても一番面白い場なんだなみたいな。
あった。
それってラジオというかポッドキャスでは起きないことだと思ってて、
もちろん聞いていただいてすごくいろんなことを感じていただいたりとか、
こうじゃないかって考えていただいている方もいらっしゃると思うんですけど、
自分も参加するとか自分も話すっていう体験だよね。
中で自分の言ったことってこんな風に受け止めてもらえるんだとか、
意外と逆に受け止めてもらえなかったっていうフィードバックがあるからこそやっぱり気づけることもあるよなと思った時に、
やっぱりこの対話の力というか、そういう相互交流の場でめっちゃ楽しいなっていうのは思いましたっていう感じなんだよね。
なるほど。今回の話でいうとそれぐらいの楽しいみたいなのを心からだよね。
だから頭でじゃなくて心から思ったのも意外となかったなみたいな話だったと。
でもそれはあるかも。だから多分これは僕が最近結構小説とかも読んでて、
先日あの星の王子様とか読んでるんですよ。
そういうちょっと心で感じるって言ったら、ちょっともう一回ちゃんと取り戻さなきゃいけないなとか。
小っちゃい頃にやってたはずなんですよ。いわゆるファンタジー小説とか読んで、すごいワクワクするとかって小っちゃい頃はあったんだけど、
そういうことで社会人になってぐらいかな、そういうのがなかなかできなくなって。
もう一回ちょっと心で感じるみたいな話をやろうとした時期だったからこそ、そういうふうな捉え方ができたよって話もあるかもしれないんだけどね。
わかるっちゃわかるかな。
だからさっきハヤトが怒った話もあったけれども、
ああいうのアンガーマネジメントとかってやっぱりよく言う、うまいなというか、
心重視で言って言うと、結構怒りって強いパワーだから、結構気づいたことで湧き上がったりするじゃん。
45:05
湧き上がったりする。
センサーを緩めて言うと意外と大らかに消えたりするんだけど、
そのセンサーが強い時は結構、割と何でも、自分が関係してないことでも、
自分が別に被害をこむってない、ちょっとしたルールを守ってあっちで危ないことが起きてるみたいな赤信号じゃない、
小田斗じゃないところを渡っててめっちゃ危ないことが起きてるみたいなのを見た時に、
アンダーラインみたいなのが出てくる。
交通ルールみたいな。
そういうのもちゃんと抑えるじゃないけど、
最初からそこをセンサーを鈍くして生きるのと、
センサーをオンにした上でちゃんとコントロールしていくのが違いみたいなもので、
意外と面白いよなって思う。
面白い面白い。
たぶん今回ハエとか言ってるのも、そこをスイッチ切り替えたからこそ、
たぶん感じるようになった、波長の大きさみたいなものの反射をしてくれてるのかなって、今になって。
確かに確かに。
思い始めてる、40分以上。
ほんとすいません、ほんとそうですね。
おっしゃる通りで、兄貴ほんと今うまくまとめてくれたんですけど、
感じにくかったというよりは、スイッチをオフにして生きてましたよと。
アンガーマネジメントって別に怒りを感じなくすることではなくて、
感じるなら感じた上で、それをどう表に出すかとか、相手に伝えるかっていう話だから、
別に感じるのが悪いってことではないじゃないですか。
アンガーマネジメントもどっち側をオフにするかっていう話で、
入力側をオフにするのか、
出力側ね。
出てきたものを小さくするのかっていう。
ちょっと音楽の波形的な話みたいな。
でもね、ほんとそうだと思う。
確かにそういう意味で言うと、僕は入力を抑えてましたよ、これまではね。
だからなるべく自分の心を薙ぎにするっていう表現だったんだけど、
今は出力をオフにするというか、出力をコントロールするっていう風に確かに今変わってきていて、
むしろ感じるものはちょっと強くして、いろんなものを感じたいと思ってるんだけど、
それを出すときに感情のまま振る舞うんじゃなくて、
ある種、自分のちょうどいい心地よいように出すっていう、
あるいは自分の周囲の人が心地よいように出すっていうところに、
チャレンジしてますっていう方が近いかもしれない。
そこを意識して今やってますって話。
だとするとすごい分かるというか。
あ、オッケーオッケー分かった。
そのハヤトの元の起動哀楽状態の検証が必要だみたいな話もさっきしたんだけど、そこだね。
そこだね、そうだと思う。
その起動哀楽状態は元々入力オフの状態でしたと。
48:03
だから正しい、初生児としては正しいんだけど、
やっぱり生きてる感覚からすると、ちょっとそれで楽しいなみたいになるみたいな話だよね。
それをちょっと今変えようとしてるというか、変えたいっていう気持ちになってますって思いました。
その前提を最後に話すっていうね。
ちょっと僕も分かってなかったんですいません。
あ、そうなんだ。
そこまでは言語ができてなかったんで。
実際そういうのはあるのかもしれないね。
そこが無意識みたいなのもあるのかもしれない。
自分のなんか調子悪いなとか、なんか世の中くすんでるなっていう時に、
そのどっち側を挑戦しちゃってるのかっていうのは意外と無意識なのかもしれないね。
結構そう思うね。
上手い人ほどはそこを自分でバランス取ってるだろうし、
ちょっと今情報に触れないようにしようとかもあるし、ちょっと今抑えようっていう人も、
それがやっぱりできる人もいるとは思うんだけども、
逆にそういう意味で言うとね、僕、実は今ね、ちょっと感情弱いとかって言ったけど、
元々は多分そんなことなくて、
ちっちゃい頃とか思い返すと別に全然感情的な人間だとは普通に思うんですよ。
まあそうだね。
兄として見てても別になんか弱いとかじゃないから、そこ何の話をしてるんだろうなーみたいな。
弱いのをかっこいいと思ってるのかなーみたいな。
そうそうそう。
思ってた。思ってたんだと思う。
思ってたね。実際中学生の時に思ってたね。その感情に支配されるやつはダメだみたいな。
それはさ、ちょっと身内の恥で時々出すけどさ、やっぱちょっと父親がさ、やっぱ飲むと暴れるみたいなとこあったじゃない?
まあ暴れれば言いそうやけど、そうはね。飲むと性格が変わるというか。
ああそうそうそうね。
っていう時にやっぱりそういう感情に支配されるとか、感情のままやっぱ振る舞うっていうのが良くないことだって感覚があったんだよね、たぶん自分の中に。
まあそれはね、我々兄弟は思ってたかもしれない。
まあまあダイナミシャンにそれもね、たぶん皆さんあるとは思うんですけどね。
たぶんそれを社会人になった時に、やっぱりビジネス的にはその感情っていうものがある人邪魔をする時があるから、それを抑えようっていうふうなのはわかりやすいじゃないですか。
でもそれを今ちょっと超えた時に、むしろやっぱりそういうのを感じるとか、心っていうものもちゃんと使える方がやっぱり豊かな人生になるって当たり前のことなんだけど。
やっぱりそれに改めて取り組もうとしてるっていうふうな話ですね、今日は。
はいはい。最後の最後で。
まとめ。
ちゃんとまとめてから言えっていうね。
すいません、ちょっと無理だよ、全部まとめてなんて生きてられないよ、そんな。
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でも良いことだよね、それは。
ある意味余裕が出てきたのかもしれないしね、いろんな意味でね。
あると思う。
そっちの余裕、これまで目を向ける余裕がなかった方にちゃんと目を向けようと思ってますっていう、そっちの方が近いかもね。
だから今回喜怒哀楽っていう話はあえてしたんですけど、それもわざわざこれまでこんな話もしなかったと思いますし、それもただN1でこんなこと感じましたっていう話がどんなもんじゃいってあるとは思うんですけど、
なんか自分の中でやっぱそれを話したい、話すことが今ちょっとやっぱ自分にとって大事なんじゃなかろうかっていう、すいませんちょっと英語でまたこれも話させていただきましたっていう感じですよね。
雑談っていうかほぼ一人語りみたいな感じだったけどね。
ありがとうございます。
そんな感じで、ソフィストの方の話とはずれましたけれども、雑談ということでいろいろ話してきたんですが、
次回ですね、ちょっと冒頭でもお伝えしたんですけれども、ソフィストと同じ時代かちょっとそれより前ぐらいのですね、古代ギリシアのいわゆるソクラテス以前っていわゆる哲学者たちの話っていうところを今回ちょっとお伝えしたいなと思っておりますよと。
はいはいはい。まあそうだよね、この前のソフィストから見ると、そのソクラテス以前の哲学者がむしろちょっとお前ら何やってんのと、ちょっと悪役みたいになってたかもね。
そうそうそうね、っていうのがあったんで、ちょっとそれをある種、じゃあもう一回そのね、哲学者側のサイドに立った時に、結局何をしてた人たちなのかとかどういう流れがあって、もちろん哲学者っていう人たちもね、なんかポッと出てきたわけじゃないから、
どういう流れがある中で、そういうことをやっぱ考える人たちとか、そういうことにやっぱり目を向ける人たちが出てきたのかっていうところをちょっと次回からですね、一個テーマとして取り上げてお伝えしてみたいと思っておりますっていう感じですね。
いやー楽しみだね、確かに。あまりにも可哀想だもんね、秋ですとカフェとか全く意味ないじゃんみたいな、起こすじゃんみたいなこと言われても可哀想だから。
そうそうそうそう、ちょっとワンサイドになっちゃったんで、ちょっとやっぱり両サイドをね、拾っていこうと思いますっていう感じでございます。
はいはい、わかりました。では次回は古代の哲学者の前の人たちというところを楽しんでいきたいと思いますというところで、引き続きよろしくお願いします。
今回もありがとうございました。