2023-12-31 20:21

#176 page 179−180 今年の振り返りと音読長め、最後のオペ後

#176 page 179−180
On second thought, I left my books behind. They'd be of more use here.
On my way out to the parking lot, a fellow approached to ask me something, but his pager went off.
He looked at it, waved, turned, and ran back in to the hospital-"T'll catch you later!" he called over his shoulder. Tears welled up as I sat in the car, turned the key, and slowly pulled out into the street. I drove home, walked through the front door, hung up my white coat, and took off my ID badge. I pulled the battery out of my pager. I peeled off my scrubs and took a long shower.
Later that night, I called Victoria and told her I wouldn't be in on Monday, or possibly ever again, and wouldn't be setting the OR schedule.
"You know, I've been having this recurring nightmare that this day was coming," she said. "I don't know how you did this for so long.
Lucy and I met with Emma on Monday. She confirmed the plan we'd envisioned: bronchoscopic biopsy, look for targetable mutations, otherwise chemo. The real reason I was there, though, was for her guidance. I told her I was taking leave from neurosurgery.
"Okay," she said. "That's fine. You can stop neurosurgery if, say, you want to focus on something that matters more to you. But not because you are sick. You aren't any sicker than you were a week ago. This is a bump in the road, but you can keep your current trajectory. Neurosurgery was important to you."
Once again, I had traversed the line from doctor to patient, from actor to acted upon, from subject to direct object. My life up until my illness could be understood as the linear sum of my choices. As in most modern narra-tives, a character's fate depended on human actions, his and others. King Lear's Gloucester may complain about human fate as "flies to wanton boys," but it's Lear's vanity that sets in motion the dramatic arc of the play. From the Enlightenment onward, the individual occupied center stage. But now I lived in a different world, a more ancient one, where human action paled against superhuman forces, a world that was more Greek tragedy than Shakespeare. No amount of effort can help Oedipus and his parents escape their fates; their only access to the forces controlling their lives is through the oracles and seers, those given divine vision. What I had come for was not a treatment plan—I had read enough to know the medical ways forward-but the comfort of oracular wisdom.

#英語音読 #洋書音読 
#Whenbreathbecomesair
#いま希望を語ろう〜 「生きる意味」早川書房

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00:06
みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
この放送は、私まりぃが英語学習継続のために、幼少1日1ページ、音読しようと思って始めてみた放送です。
今では、声日記のように、その日の出来事や思いを、自由気ままに台本なしで話しています。
今日は12月31日、2023年最終日です。
私は、昨日、あ、一昨日、いや、ちょっと数日前からですね、ようやくこの1年間を、手帳をまず見返して、振り返ってました。
結構記録しているので、読むことが多くてですね、こんな日もあったなぁとか、この月はつらかったなぁとか、いろいろ思いを、その時を思い出しながら振り返ってました。
皆さんはどんな1年でしたでしょうか。
私は去年、自分の一文字漢字を年始めに決めて、ビジョンボードを書いているんですが、信じるという漢字の信、信用の信ですね、にしました。
まずは自分の、失った自信を取り戻して、自分の、まあね、を信じてみる。
それで、私は思春期の娘もいるんですが、娘にね、1から10まで口うるさく言わずに、何々したとか、これ大丈夫とかね、つい言いがちなんですけど、娘を信じて見守るという意味も込めて、信じるにしました。
振り返ってみるとですね、まあ自信、失った自信は取り戻すの難しいですね。まだ今でも自信ないことばかりです。
脳血管の難病がわかる前と今では、やっぱりまだ全然違うし、たぶん前の自分には戻れないし、同じような自信はなかなか持てないなというふうな気持ちです。
でもですね、その時にはなかった自分らしさだったり、脳の血流が少なかったことによって、私の場合は仕事をしだした後耳脳器の障害、軽度ではあるんですが、
短期記憶、ワーキングメモリーの低下が指摘されて、一気に自信を失って一度は臨床から離れました。
03:12
でもですね、また今今年は夏から復職の決断をして、苦戦しながら仕事を何とか半年続けることができました。
たぶんこの放送も発信のきっかけも、復職する直前に英語学習を継続しようと思って、きっと目の前の仕事だったりで余裕がなくなる自分が目に見えていたので、それでやってみようと思って始めました。
途中から音読だけじゃなくて、自分が自信なくて、辛くて、そんな思いばっかりをタラタラと喋っていた記憶があります。
喋りながらも何を言っていたかわからなくなったりとかして、忘れていたりしたりもしました。
今でもあるんですが、書き出せばいいんですけどね、ちょっと私めんどくさがりで、仕事のときは書きます。
でもね、もともとの性格、そこまで書くタイプでもなくて、パパパパって、これとこれにしとけばいいかなみたいな。
結構スピードと割り切りとか、そういうのが私の取り柄というか、仕事ではそんな感じでやっていたんですけど、それが一気に自信なくなって、覚えている時もあるんですけど、まだらなんですね。
だから常にメモがないと不安で仕方ない。自信がないし、不安がいっぱいな半年だったなと思います。
でも先ほども言っていたように、自信を持ってできることも徐々に増えてきたかなと思います。
例えば、私が対応したらこの患者さんはわかってくれるというか、うまく受け入れてくれるかなとか、
例えばリハビリ嫌がっている患者さんだったりとか、シャワーをどうしても嫌がるし、もういいとか断る。
結構みんなすぐ引き下がるんですけど、私はやっぱり次の、伸ばしたら明日の看護師がまたやらなきゃいけないし、
次の勤務だったり、次のちょっと一歩先だったり、その後困らないようにとか、
06:01
その患者さんにとって絶対気持ちよく感じてもらったり、リフレッシュしたり、ちょっと気分転換できることを、
私なりに考えてケアする、看護するという意味では、自信を取り戻せてきたような気がします。
これが私らしい看護なんだとか思って、そんな偉そうに言えるものでもないんですけど、
もっと笑ったりとか、患者さんの気持ちに寄り添って、かつ仕事もテキパキとリーダーもしながらやってた過去の自分には戻れないけど、
良かったところ、例えば寄り添って笑顔で対応するとか、そういったのも余裕なかったんですよ、腹食してからしばらく。
でもそういったのが取り戻せてこれたかなって自分で感じております。
うまいことまとまらないですけど、すいません。
でもこうやって振り返ったら、やっぱり仕事、また戻れて良かったなって本当に心から思っています。
戻る前は不安でしかなかったし、でも覚悟は決めたんで、そのマインドセットっていうのは絶対今、
身体の調子が良い時に、脳血管の細くなっていく進行具合が停滞している。
良いことなんですけど、進行していないのを脳のMRIで確認取れた4月に、
私は決心して、今働こうってグズグズしている場合じゃないし、脳の機能が完全に戻ることなんかないし、
年齢とともに退化していくところもあるし、
毎日英語の勉強をしたりとか運動をして、脳に良いことは食べ物だったりとかも心がけたりしても、
やっぱり仕事をすることが最大のリハビリだっていうのを本で読んだことがあって、
やっぱり働こうって心に決めて思い切って戻ったわけなんです。
だからあの時の決意、いつも辛くなった時にそれを思い出していたなとか、
その時の判断は正しかったなというふうに今思います。
今、こうやって半年働いて臨床の看護師としては、
09:08
人事にも言われたのが、やっぱり最終目標は夜勤ができる、リーダーができるとかそういったのが求められています。
しかし、それを目標にしているとすごく私はできる気がしない。
やっぱり停滞している。いくら頑張ってもキャパシティが、その許容量が限界を感じるんですよね、仕事をしていて。
だから確実に安全に仕事ができるという要領を自分で気づいて、それをちゃんと報告して、
やっぱり私は今では夜勤をするというのは危ない。
上司もそういうことが分かってくれたので、みんな周りの理解があって、私は今は日勤だけで仕事ができています。
本当に周りのサポートがあって仕事が継続できていること、
あと自分の体調管理、頑張ってきたこと、本当に感謝の思いでいっぱいです。
あと自分もいっぱい褒めたいと思います。
ということで、まとまりあんまりなかったですが、とりあえず2023年は信じて自信を取り戻して何とか頑張ってきましたということです。
はい、さて、じゃあ今日のところを読んでいこうと思います。
本はWhen Breath Becomes Air、ポール・カラネッシュさんの本、ページ179。
On second thought, I left my books behind. They'd be of more use here.
On my way out to the parking lot, a fellow approached to ask me something, but his pager went off.
He looked at it, waved, turned, and ran back into the hospital.
I'll catch you later, he called over his shoulder.
Tears swirled up as I sat in the car, turned the key, and slowly pulled out into the street.
I drove home, walked through the front door, hung up my white coat, and took off my ID badge.
I pulled the battery out of my pager. I peeled off my scrubs and took a long shower.
12:00
Later that night, I called Victoria and told her I wouldn't be in on Monday or possibly ever again.
And wouldn't be setting the award schedule.
You know, I've been having this recurring nightmare that this day was coming, she said.
I don't know how you did this for so long.
Lucy and I met with Emma on Monday.
She confirmed the plan we'd envisioned.
Bronchoscopic biopsy. Look for targetable mutations, otherwise chemo.
The real reason I was there was for her guidance.
I told her I was taking leave from neurosurgery.
I couldn't do it because my husband was sick.
I couldn't do it because I was sick.
I couldn't do it because my husband was sick.
I couldn't do it because I was sick.
I couldn't do it because I was sick.
I told her I was taking leave from neurosurgery.
OK, she said. That's fine. You can stop neurosurgery if, say, you want to focus on something that matters more to you, but not because you are sick.
You aren't any sicker than you were a week ago.
This is a bump in the road, but you can keep your current trajectory.
Trajectory? What does trajectory mean?
Trajectory? What does trajectory mean?
Trajectory? What does trajectory mean?
You can keep your current trajectory.
This is a bump in the road, but you can keep your current trajectory.
Neurosurgery was important to you.
Once again, I had traversed the line from doctor to patient, from actor to acted upon, from subject to direct object.
My life up until my illness could be understood as the linear sum of my choices.
As in most modern narratives, a character's fate depends on human actions, his and others'.
King Lear's Gloucester may complain about human fate as fries to wanton boys, but it's Lear's vanity that sets in motion the dramatic arc of the play.
15:01
From the English tentment onward, the individual occupied the central stage.
But now I lived in a different world, a more ancient one, where human action paled against superhuman forces, a world that was more Greek tragedy than Shakespeare.
No amount of effort can help Oedipus and his parents escape their fate.
Their only access to the forces controlling their lives is through the oracles and seers, those given divine vision.
What I had come for was not a treatment plan.
I had read enough to know the medical ways forward.
But the comfort of oracular wisdom.
なんか後半難しかったですね。日本語の訳もよくわかりません。
やっぱりポールさん、前半も多かったんですけど、文学者っていう背景もあるから文章が難しいです。
でも前半の今日読んだところの最後のオペが終わって、同僚はポケベルが鳴って急いでまた帰る間際で病院に戻っていくところを自分は帰ってユニフォーム脱いで、ポケベルも外してIDバッジも外してっていうところ。
もううるっときました。
なんか最後、こんだけオペも技術もあって、優秀な脳神経器が自分の糖尿のために痛みもつらいし、
そういうので自分で最後の手術ということで降りた。最後の時、涙が出たって書いてるときに、
Tears welled upって書いてましたね。
Tears welled up as I sat in the car。車に座ったときに。
なんか感慨深かったです。
私もいつか、みんなにとってもそうですけど、仕事の最終日とかって感慨深いものになるんだろうな。
でも私は議会とかそういうのではないので、体が動く限り看護という仕事には携わっているような気がします。
場所は違うと思いますが、60,70歳になっても、その時に私ができる看護っていうのがあるはずと思って信じています。
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得意不得意とかあるから、私はきっとね、なんか事務職系とかビジネスをするとか、
本当に考えたこともあったんですけど、やっぱりちょっと好きじゃないですよね、自分で。
どうせなら言われて、その人のために行動するとか、そっちの方が本当に好きです。
苦手なんですよ、発想とか。新たなことを生み出していくとか、整える。
いろいろわかりやすく資料を作ったりとか、説明したりとか。
それぐらいだったら体を動かしている方がいいし、なんか違うなと思っています。
わからないですけどね、この先どんなことになるか。
来年、明日からの1年間もどんな1年になるか。不安と期待でいっぱいです。
あと、来年の漢字一文字を今は迷い中です。
今は迷い中です。
今年は信じる、その前の年は守る。
ちょっとこれまた次の放送、今日中に撮れるかな。今から家族と集まるので。
また元旦の日に、明日ですね。
初詣に行って、帰ってきたらまた発信できたらしようと思います。
来年言うんでしたっけ。もうわかんないな言葉。
ということで、また明日また次回。バイバイ。
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