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始まりました、志賀十五の壺。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
Powerpuff Girlsです。
お湯を沸かす。これ結構変わった表現なんですね、実はね。
水を沸かして、お湯にするはずなのに、
お湯をさらに沸かしてしまうと蒸発しちゃうんじゃないかとかね。
まあ細かいこと考えるとそんな気がします。
こういう風に、その動作や行為の結果、出来上がるものが、
先に目的語になっちゃってるっていうかね。
まあそういった動詞が日本語にはいくつかあります。
まあどういう風に呼んでもいいですけどね。
作成動詞とか創作動詞とか、
まあいろんな呼び方ができると思うんですけど、
まあいずれにせよそういう風に何か作るような動詞でよく見られる現象です。
まああるいはこういうのを結果目的語という言い方をすることもあります。
お湯を沸かす以外だと紙飛行機を折るとかね。
折るのは紙の方で、紙を折って紙飛行機を作るっていうかね、折るはずなんですけど、
紙飛行機を折っちゃうとせっかく完成したものがぐしゃっとなっちゃうわけですよね。
あとは穴を掘るとか、地面を掘って穴を作るはずなのに、
その何もない空間の穴を掘ったって仕方がないとかね。
まあ結構細かく見ていくといろんなものがあります。
まあぜひ皆さんもね考えてみたら面白いんじゃないかなと思います。
こういう作成動詞の中でも2つ大きくパターンがあると思います。
一つは今のお湯を沸かすっていうのと水を沸かすっていうのと両方言えるパターンですね。
まあ穴を掘ると地面を掘るっていうのも一応両方言えるんじゃないかなと思います。
一方その作品というか完成品の方しか目的語に取れないものもあって、
それが作るとか建てるというものです。
曲を作るとか家を建てるといった場合は、
なんというかな、その完成品の方しか目的語になれなくて、材料の方が目的語になることはできないんですね。
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まあいずれにせよ日本語の動詞の中にはその作る行為を表すものがあって、
そういったものは作品完成品の方を目的語に取るということなんですね。
ホームランを打つっていうのもそうかなと思います。
ボールを打って、でそれがホームランになるわけですけど、
まあ先に前もってっていうかね、ホームランを打つという言い方になってるんですね。
こういう作成動詞、創作動詞、呼び方は何でもいいですけど、
こういう何かを作る動詞っていうのは、
完成品が目的語になるっていう点でも面白いんですけど、
これが受け身文になると、また別の面白さが出てくるんですね。
作るにしろ建てるにしろ、こういう作成動詞は目的語が出てくるわけなので、
その目的語のものが主語になって、
れる、られるっていう言い方になれば受動体になれるんですよね。
例えば読むっていう動詞、これは作成動詞ではないですけど、
この動詞が受動体になると、生徒が本を読む。
この本の方が主語になって、本が生徒に読まれるとなります。
本来主語であった生徒っていうのが、2っていうのでマークされることになるんですね。
一方、作る形の動詞、例えば建てるなんかが受動体になったときどうなるかというと、
大工が家を建てた。
この家っていうのが目的語じゃないや、主語になるので、
家が大工に建てられた。
これ言えなくはないと思うんですけど、
おそらく大工によっての方が座りがいいんですね。
大工だとあれなので、例えばこれを山口に変えて、
山口がビルを建てた。
これは山口っていう人物がビルを建てたっていうふうに解釈されると思うんですね。
これを受動体にして、ビルが山口に建てられた。
こうなると、この山口っていうのはおそらく場所として解釈されると思います。
もし山口っていう人っていうふうに言うんだったら、
ビルが山口によって建てられた。
こう言わないとダメなんですよね。
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なんでこういうことになってしまうかというと、
そもそもこの作る形の動詞は、
動作の結果、完成したもの、目的語として現れるものですね。
それが存在する場所と関係が深いので、
にっていうのが現れると、どうしても場所として解釈されてしまうということだそうです。
そのために受動体となった場合は、
にではなくによってっていうふうにしないと、
自動的に場所と解釈されちゃうんだそうです。
これも動詞による気がしますけどね。
建てるなんかは相当場所と結びつきが強いので、
さっきみたいにビルが山口に建てられたっていうふうに言ったとしたら、
もう山口っていうのは場所としてしか解釈できないんじゃないかと思うんですけど、
まあ動詞によっては、他の作る形であれば、
受け身文の動作詞はにでマークしても平気かもしれません。
そういったものもあるかもしれません。
というわけで今回は、作成動詞というか創作動詞というか、
作る形の動詞っていうかね、そういったもののお話をしました。
こういったものは何が面白いかというと、
完成品の方が、作品の方が目的語になるということですね。
お湯を沸かす、紙飛行機を折る、穴を掘る、
まあなかなか気が早いっていうかね、せっかちな動詞っていうことができるかもしれません。
今回日本語の話しかしてないので、
他の言語でこれがどうなってるかは、
ちょっと今回触れてないですけど、調べてみても面白いんじゃないかなと思います。
最後に強調しておきたいことは、
お湯を沸かすみたいな言い方が間違ってるとか、
ちゃんと水を沸かすと言えとかね、まあそういったことを言いたいわけでは全くないです。
完成品の方を、つまりその行為の結果出来上がるものの方を目的語に取る動詞が日本語にはあって、
物によっては、その原材料っていうかね、水を沸かすとか紙を折るとか、
まあそういったものの方も、両方目的語に取ることができるものもあるっていう、
そういった話で、どっちが正しいとか良い悪いではないということですね。
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さらにそういった動詞は受動態にした時に、少し変わった振る舞いをするというお話もいたしました。
というわけで今回はここまでということで、最後まで聞いてくださってありがとうございました。
番組フォローも忘れずよろしくお願いします。
それではまたお会いいたしましょう。
お相手はシガ15でした。
またねー。