1. 志賀十五の壺【10分言語学】
  2. #305 所有表現の言語学 part 2..
2021-05-10 10:08

#305 所有表現の言語学 part 2 from Radiotalk

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始まりました、志賀十五の壺。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。志賀十五です。
さて、今回のトークは、 所有表現の言語学 part 2 ということでやっていこうと思います。
part 1 っていうかね、前回も似たようなトークは撮ってるんですよね。
そこでお話で聞いたのは、 所有表現のうちのちょうど半分ぐらいだったので、
今回、残りの半分をお話ししてしまおうと、 まあそういうことになってます。
で、こないだ、 その所有表現の言語学っていうトークでお話ししたのは、
例えば、私の目とか、私のお父さんとか、私の車みたいに、
名詞句の中で、 所有表現っていうのが、
まあ、所有表現というか、所有っていうのが、 どのように表されるかというお話でした。
で、日本語ののっていうのは、かなり守備範囲が広くて、 どういった所有表現でものっていうのを使うんですけど、
言語によっては、 例えば、私の目というのと、私の車っていうので、
違う私のっていうのを使うものもある、 みたいな話をしたんですね。
で、その時出てきた言葉として、 分離不可能所有と、分離可能所有と、
こういった区別がある、みたいなお話をしました。
もしですね、そちらのトークまだ聞いてないぞ、 っていう方がいらっしゃったら、
このトークを聞き終わった後で、かまいませんので、 ぜひ聞いていただけたらと思います。
で、今言ったように、その時お話したのは、 名詞句の中で、
所有っていうのが、どのように表されるか、 ということでした。
で、今回お話しするのは、動詞の方で、 所有というのが、どのように表されるか、ということです。
例えば、英語だと、haveとか使うでしょうね。
で、日本語は、この所有を表す語彙は、 まあまああるんじゃないかな、と思いますね。
持っているとか、所有しているとか、 っていう言い方も、もちろんありますし、
存在動詞の、いるとか、あるっていうのも、 使うことがありますよね。
まあ、彼には兄がいるとか、 家に大きな木があるとかね。
これも、所有表現の一つであると思います。
で、世界の言語を見回した時に、 まあいくつかタイプ分けができるんですよね。
で、一つは、英語のhave、 あるいは、日本語の持っているとか、 所有しているっていうのもそうなんですけど、
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他動詞を使って、所有を表す、というものです。
つまり、所有者が、主語として表れて、 所有物が、目的語として表れる、というものですね。
英語だったら、haveの前に、所有者が出てきて、 動詞の後に、目的語が出てくる、ということになってますよね。
で、日本語の、〇〇を持っている、というのも、 同様に、私がペンを持っている、ということで、
まあ、所有者が、が、ないし、は、で表されて、 所有物が、を、というので、表される、ということで、
まあ、他動詞を用いた、所有表現、 ということになっています。
一方ですね、いるとか、あるっていう、存在動詞を用いた、 所有表現、というのも、まあ、よくあることなんですね。
で、日本語も、そういう言語、ということです。
例えば、彼には兄がいる、と言った時に、 これは、所有物の方が、が、というね、格助詞で表されている、わけです。
一方、所有者の方、彼には、っていう方は、 に、っていうのが付いているので、
まあ、これはいろんな見方ができますけど、 この、いるとか、あるを使う時に、
日本語の場合は、所有者が、場所扱いになっている、 ということですね。
そういった意味で、日本語の、いるとか、あるを使う、 彼には兄がいる、みたいな、所有表現は、
存在文と連続している、ということになります。
まあ、存在動詞を使っているんだから、 そりゃそうだろう、っていう感じなんですけど、
これは、なかなか面白いと思いますね。
have みたいな、多動詞型の、所有表現を使うのか、
いる、あるみたいに、存在動詞型の、 所有表現を使うのか、っていうのは、
まあ、言語によるところもあると思うし、 まあ、日本語みたいに、両方持っている言語もあると思います。
どうですかね、まあ、日本語の場合は、 持つとか、所有するっていうのは、
親族名称には使えませんね。 彼には兄がいる、とは言えますけど、
彼は兄を持っている、兄を所有している、とは、 やっぱり言えないですよね。
まあ、そういうふうに、ある程度、使い分けがある、 といったこともあります。
ただ、このことを、 その、言語を話している、
話者の民族性とかね、国民性みたいなものと、 結びつけるのは、少し危険だと思いますね。
例えば、英語で、 I have a sister っていうふうに、
妹がいるっていうのを、そういう言い方ができる。 have っていうのを使える。
つまり、妹っていうのを、所有物として、 みなしているんだ、とかね。
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まあ、そういったふうに持っていくのは、 やや危険だと思いますね。
あくまで、言語は言語であって、
安易に、文化や民族性みたいなものと、 結びつけない方が、いいんじゃないかな、と思います。
先ほど言ったように、日本語っていうのは、 存在動詞を用いる所有表現、
つまり、いるあるを用いるようなものが、 使われているんですけど、
この、いるあるを使った所有表現の、 主語っていうのは、どっちなんだ、っていうのは、
結構、難しい問題なんですよね。
つまり、彼には兄がいる、と言った場合、 主語は、所有者の彼なのか、
所有物の兄なのか、 どっちなんだろう、ということですよね。
よく、安易な主語の定義の仕方として、 「ががつくものが主語だ」っていう言い方が あるんですよね。
その定義に従うと、彼には兄がいる。 兄が主語っていうことになるんですが、
まあ、これは、あまりよろしくないんですよね。
主語っていうのは、その名詞についている格助詞によって、 定義されるべきではないんですね。
見た目で判断すべきではないんですよ。
つまり、がないし、はがついたからといって、 必ずしも主語になるわけではありません。
で、ここでも、彼には兄がいる、と言った場合の主語は、 彼じゃないかなと思いますね。
結構、微妙なとこですけど。
で、その証拠っていうのが、 敬語によって確かめられるんですね。
で、ちょっと例文を変えますけど、 先生に知識がある、といった場合、尊敬語にして、
先生には知識が終わりになる、 みたいな言い方ができますよね。
で、このあるっていうのを、 終わりになるっていう形にしている。
つまり、尊敬語を引き起こしているのは何かというと、 知識ではなくて先生ですよね。
こういうふうに、動詞の形を変化させる、尊敬語にする名詞のことを、 日本語では主語ということがあります。
で、その定義に従うと、 先生に知識がある、の主語は先生ということになるので、
日本語の存在動詞、いるあるを用いた、 所有文の主語は、
まあ、所有者の方であるということですね。 だからさっきの例の、彼には兄がいる、もやはり彼が主語である、ということですね。
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いうことなんですけど、ちょっとこれは微妙で、 微妙でっていうのは、僕の実体験としてですね、
後輩と話している時に、その後輩の太田っていうのに、 太田はお兄さんがいらっしゃるよね、みたいな言い方をしたんですね。
で、この時に、後輩なのに敬語を使っているなぁとも思ったんですけど、
これはね、どちらかというと、所有物のお兄さんの方に敬意を払って、 動詞の形をいらっしゃるっていう言い方にしたんですよね。
なので、ちょっとうまく伝わってないと思うんですけど、 この所有文でどっちが主語かっていうのは、
かなり微妙なとこだなぁと個人的には感じております。 というわけで、今回のトークは、所有表現の言語学パート2ということでお送りいたしました。
ではまた次回お会いいたしましょう。 ごきげんよう。
10:08

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