ポップアップウィンドウとフィクション
前回からの続き。
まだ自分のものになってなかったですね。
自分の中でこう、人に話す場でには噛み砕いて、噛み砕けてなかったですね。
ああ、いやいや、こっちの受け取り力の問題もあるんであれですけど。
まあでも、まだ自分のものになってないものが出ていくのも面白いなーっていうのを僕、ポッドキャストやりながら感じてて、ここにも多分にその気分を持ち込ませてもらっちゃってるもんで。
これはこれで、それが面白いかなとか思いながら喋ってるんですけど。
でも、ポップアップウィンドウの話になる手前ってどういう流れでしたっけ?
どういう流れでしょうね。結構流れてきちゃいましたもんね。
結構そうなっちゃうんですよね。
しゅらさんの、あれかな、ポッドキャストでどういうことを話していきたいか的な文脈でしたっけ?
そうですね。
確かあれですよ、しゅらさんが持っている知見とかっていうのを、僕らが感じる癒されたって体験とか、不安に思ってるみたいな体験に適応すると、どんな知見でどういう風に分析してくださるのかなーみたいな。
うんうん。さすが。
だったかなと思うんですよね。
そうでしたね。
そこでしゅらさんが、頭の中でスパム広告のポップアウトがバーって広がっちゃう時があって、
そういう時っていうのは、本来だったらウィンドウを閉じるとか、電源を落とすみたいな対処法があるのに、
それで頭が見尽くされてるんで、つまりスクリーンの画面が全部それにいっぱいになっちゃってるんで、そういう対処法が思い浮かばなくなっちゃうと。
開かなくてもいいポップアウトの完全なスパム広告に入り込んじゃって、どんどんドツボハマっていくっていうことがあるよねってことでしたね。
そうですね。
あとフィクションの話が出たのは、
僕が社会でも同じようなことが起きてますよねって話して、
学歴社会みたいなことっていうのは同じような構造になってるんじゃないかなって話したらしゅらさんが、
ティリコスの社会不安とか将来に対する不安というものは、せいぜいフィクションでしかないのに、
やっぱりそれを自分が不安の中にいる当事者だっていうふうに捉えてしまうことで、いろんなこんなことが起きてますよってことをおっしゃってくださったかなと思うんですけど。
なるほど。
すごいな。
ごめんなさいね。今メモを取ってたんで。
ちょっとそこでなんか思ったのは、さっきのしゅらさんがおばあちゃんの葬式のとき、
司会の大げさな演技にしらけちゃったっていう。
そうそう。
それも僕すごいわかるんですけど、その一方でそれがもう涙を決壊させた人もいるじゃないですか。
そうそう。
だから結局それはやっぱり距離とか距離感の問題だと思って。
さっき映画の、所詮は映画の中の出来事と同じでフィクションという話にも通じると思うんですけど。
例えば映画の中の登場人物が死んだ、ショックだった悲しいは、映画館でればどうにかある程度離れられるんですけど、
やっぱり社会負担とかってものはどうしてもやっぱり自分と地続きのもの。
自分の人生がどうしても続いていく。人生で必ず起き得る可能性が払拭できないっていうところで、
なかなか拭い切るのが難しいっていう点で違うのかなと思うんですよね。
それがさっきのしゅうさんのお話の中だと、おばあちゃんとの関わり方とか、
いうところともメタコアみたいにつながってると思ってて。
だからしゅうさんにとってはしらけたような演技でも、お母様とかおじさんにとっては、
本当に自分の心情にさまるものだったっていうような違いがあると思うんですよね。
しゅうさんの中のとってはフィクションでとしか捉えられなかったような、演技としか捉えられなかったんですけど、
お母さんたちにはその自分の心情をまさに表現してくれた。
ちょっと怪しいな。僕が言いたかったことと逆の捉えられ方しちゃったかなと思っちゃって。
逆でそれはどうしてもしょうがないことだと思って、やっぱりその関係性とか。
僕はそのフィクションじゃなくてリアルでしょって思ったっていう話なんですよね。
フィクションって言うと言い方悪いんですけど、自分の今の心の状態にどれぐらい形が合ってるかみたいな話だと思うんですよね。
だからその話とちょっと僕がしらけたっていうところが、2種類の話がちょっと、
僕が並行して話しちゃったのが良くなかったかもしれないんですけど、
フィクション的なセリフで入り込んじゃったっていうところに僕は今感じたんですよ。
だからこそ、その人が読み上げたことで入り込むっていうんじゃなくて、
あなたは本当に人生の中でそのおばあちゃん、僕のおじとか母親ですけどね、
に対して感じた感情でしょ、その大げさなセリフに対して感じることじゃないでしょって思っちゃったっていう話なんですよね。
だからそこはちょっとごめんなさい、僕が2つ織り混ぜて話しちゃったから、誤解生みやすい話だったかなと思っちゃって。
ちょっとそうですね、そうなった話。
プロセスワークとジョハリの窓
ただ、ちょっとやっぱり、映画の話ちょっと戻っちゃって申し訳ないんですけど、
なかなか僕らが脱しづらいというのは、どうしても自分の人生に置いたときに、
これはちょっと不安だけど起こらないだろうと思いつつも、
いやでもあるかもしれないよなっていうこと。
自分の人生でこれから受け入れる、
実績であり得るようなことに対する不安っていうのを、やっぱり払拭するのが難しいってことだと思うんですよね。
そうですね。
今まずシューさんが言ってたことを、
自分が今学んでいるプロセスワークっていう、経験調なんですけど、
プロセスワークっていうフレームの中で考えると、
シューさんは気になる人が2人出てきてるじゃないですか。
司会の女性、わざとらしい、いかにもわざとらしい、いやいや違うでしょっていう人と、
それに感動して、いや良かったよって言ってるおじさんが2人出てきてるじゃないですか。
それはシューさんにとって気になる人物なんで、
シューさんをアップデートしてくれる存在なのかもしれないですね。
気になるっていうことは自分の中にいるんですよ。そういうキャラクターが。
たぶんね、おじさんはね気になってないんですよ。
シューさんは気になってるけど、おじさん自体は別にそれに対して気になることなく、
逆に良かったとして気になってるかもしれないですけど、
なんでああいう語りができるんだろうって思ってるかもしれないですけど、
それは別としてシューさんは、わざとらしい語り口と、
おじさんの本当に?っていうところに気になったシューさんがいるんですよ。
それが、そういう自分がどういう自分なのかっていうのははっきり認識していって、
それを統合するというか、いないと思ってた自分を同居させていくと、
よりシューさんが強化されますよね。
自己開示と統合
なるほどー。統合されるのはどう?
自分の中にいるんだよねってことを強く意識したら割と統合を進んでいくっていう感じなんですかね。
そうですね。そこがね、一番最初は自覚がスタートなんで、そこが一つなんですけど、
そうだね、統合するには、一つはそれが自覚できたらそういうふうに振る舞ってみるとか、
でもそれ難しいと思うんですよ。いつもと違う自分なんで。
そういうふうに振る舞ってみるっていうのは?
その相手になってみる。
わざとらしく?
わざとらしくやってみる。
それ難しいじゃないですか、だって自分が嫌だっていうか、え?って思ってることをやってみるんですよ。
やりづらいですよね。
やりづらいっていうか、想像も虫塚って言うと言い過ぎなんですけど、今どんどん来たっていうぐらい。
今、ちょうどZoomね、3人だからなんですけど、例えば4人今出たとすると、4人今参加してるとしてZoomに、そうすると窓4つになるじゃないですか。
左上の窓は、ジョハリの窓って言うんですけど、心理学の用語で。
左上の窓は、自分も知ってるし相手も知ってる安全なところの窓なんですよ。
で、その下、左下の窓っていうのは、自分は知ってるけど誰かに隠してる窓なんですよ。
だから自分で開示すれば開いてくる窓なんですよね。
で、右上の窓っていうのは、自分は知らないけど相手から見たらなんとなくこんな感じじゃないっていう窓なんですね。
それは相手から、あなたこう見えるよっていうふうにフィードバックをしてもらわないと開かない窓なんですね。
だから話を聞くときに、プロセスワークで話を聞くときは、
シュウさんがまず自己開示をして下の、左下の窓を広げていく。
で、フィードバックすることによって右に窓を広げていく。
そうすると、右下の自分も知らないし他人も知らない窓が開いてくるんですよ。
安全域が拡大してくるので、この下と、
すぐ、ポッドキャストでこんな話もあるんですけど、
窓が拡大していくと、その4つ目の窓の方にだんだん影響が及んでいくじゃないですか。
で、そこの、そこに自分も知らない他人も知らない窓が開いてくるんで、
それを開いてくるには、そういう気になった人物とか出てきたら、逆にそれをやってもらって、
例えば1人だとやりづらいから、2人だったら、じゃあ僕がそういう話し方してみるからどう感じるかやみたいなのをやって、
で、まずその時の状況を今ここに戻して、じゃあ役割を交代してみようかみたいな感じでやって、
で、再度また戻すみたいな。
そしたら統合した状態で相手を見ると違うことがわかってきたりとか、もっとムカついたりとか、
別にそこはもういいんですよ、ムカついても。
感情が動いてもいいんですけど、ある意味即興の、本当に今ここですよ。
過去にもない、未来でもないことが起こってくるんです。
それに乗っかっていくと、さっき謎口さんが言ってた不安、
持続の不安っていうところから、違うところに一気に乗り換えができるんですよね。
本来ならあるはずのポテンシャルがあるんですよ。
とか言って、謎のこと言ってますけどね。
僕はワーカーでもなんでもないので、普段サラリーマンなんで。
お、また。
今、ジョハリの窓を探したんで、開きました。
記事ですね、またちょっと後で。
でもなんか図が描いてますね、今の。
wikipediaでは図がない。
なんかあれですね、キャプション欄に貼るように。
いやでも、今面白いなって思ったのが、
その内容はちょっとまだちゃんと理解できてない部分の方が多い気がしてるんですけど、
いやいやいや、全然それはいいんですけど、流れ的に、
シュラさんがその話に持っていったっていうことそのものが面白いなって思って、
いやいや、僕のその話、さっきのおばあちゃんの話っていうのは、
どっちかっていうと僕がメインで話したいことではなくて、
シュラさんの言いたいことを、なんかこう理解する、
その線引きみたいなことを、僕なんて言い方したっけな、境界線みたいな言い方したかな、
の例として出した話なんで、
まあまあ、それで深掘りできたら僕もまあ嬉しいかもしれないけど、
例として出したお話でしたみたいなところと、
今までのこのポッドキャストどうしていくかみたいな文脈のところを、
今日どういう話で進んできたっていうのをなぜぐるさんがお話ししてくれてた、
っていう一連の流れの割とピンポイントのところに、
しゅらさんの興味を引く具体的なエピソード
でもシュラさんの興味が惹かれたのは僕の出したその例の話だったっていうところが、
なんか面白いなと思って、
なんかそういうシュラさんが話したいことがやっぱり本当は確実にあるな、
みたいなのを僕感じたんですよね。
そうですね、ありますね。
なんとなくですけど。
そうですね。
僕は個人的にはそういうシュラさんがなるべく垣間見えると面白いなとは思ったんですけど、
本当にこれを…
はいはい、ごめんなさい。
ごめんなさい。
やっぱりこういう具体的なエピソードとかがあると、
今みたいなお話とかって出しやすいのかなと思うんですけど、
シュラさん的にどうですかね。
そうですね。出しやすいですね。
出しやすいし、なんか分かりやすいですよね。
ただ単に一人で今言ったようなことをただただ解説しているのは、
あんまり逆にね、分かりづらいんですけど、
具体的にシュラさんのこういう話があってっていうのがあって、
さらに分かりやすくなるっていうのはあるので、
こっちとしてもなんか話しやすいし。
だからシュラさんのそういうとこを生かすとしたらやっぱり、
具体的なエピソードとかを誰か、
メインがシュウさんとしても誰かから持ち寄ったりとかして、
それに応じて何かシュラさんが返してくださるっていうようなこと。
それうちまたどの話が広がっていいと思うんですけど、
なんかこれはちょっと一つ枠組みみたいにしておくと、
番組的に成り立ちやすいのかなとは思うんですよね。
別に何か同じ話繰り返してもいいと思うんですよ。
前も話したけど、今回もこういうケースだよねみたいな。
逆に全然関係ないと思ってたエピソード同士が、
実は同じ手法で分析できたりとかって面白いと思うんで。
そうですね。
なんかそういうたてつけに一旦してみるのはありかなって思いましたね。
なんとなくペースも負担がないのは1ヶ月に1回ぐらい収録させてもらって、
だいたい2時間ぐらい目安に話して、
30分に分けたら1ヶ月分になるみたいなのが、
道場15分とかでもそんな風にやってるから、
そんなんでいいかなと思うと、
この1ヶ月間、僕にあったこと、怒ったこととかを話してみて、
しらさんが感じたことを喋ってもらうみたいな。
なんか答え持ってますよみたいな、教えてしら先生みたいにしちゃうとちょっと大げさだから、
そこまでしなくていいと思うんですけど。
答えはないんで。
そうなんすよ。答えはないんでね、これは。
でも形としては一応それ意識して、別にそれ外れる時があってもいいし、
なんかもう下手した流れの中で、
僕は僕で感じたことを返すこともあるだろうしとか、
その辺ゆるーく自由にやれればいいかなとは思うんですけど、
俺これ話したい、今日はこれ話したいんですよみたいなね、
そういうのがあっても。
だからふわーっとした、
枠組みとしてはそんな感じでいいかなみたいに思うんですけどね。
じゃあなんか他にもエピソードが今日あるといいかな、どうかな、何があるかな。
逆すぎる。なんかこう、無理矢理引っ張り出してきたものだとあんまりうまくいかないかなって。
確かにね。
そっか。
確かに。
分かんないですけどね。
どうなんですかね。
食べすぎな。
しゅらさんの由来
食べすぎな。
食べすぎな。
食べすぎな。
食べすぎな。
食べすぎな。
食べすぎな。
なんか逆すぎしとかんとエピソード、じゃあ何話せばいいみたいなことになっちゃう。
そうですね。
今日、できたらタイトルだけなんとなく決めれるといいかなとは思ってるんですけど、
まあでも決めれないときもあるんだよな。
僕、しょうまさんとやってる別番組は第0回っていうんで、初回のこういう2時間ぐらい喋った回はタイトルすら決まらないで終わって、
ただそれを配信しようかってなったときにその直前までに2人でDMをやり取りしてタイトル決めたっていう感じのときもあったから別に決め気になくても大丈夫なんですけど。
ちなみに全然話変わっちゃうんですけど、
シュラさんのハンドルネームってどういう理由があってつけられたのかなって。
いいですね。
このシュラですね。
はいはい。
理由はですね、これも結構ちょっとスピリチュアル的な話になっちゃうんですけど、
ちょっとほんとごめんなさい、本当にぶつ切りなタイミングなんですけど、ちょっとおしっこしてきていいですか。
いいですよ。
このまま使ってもいいですけど。
僕は一応そのシュラさんのね、あれを知ってるからそのまま話してもらっても全然大丈夫なんですけど。
一応前お聞きしましたよね、シュラさんの名前のぐらい。
そうですねそうですね。
はい。
なのでちょっと僕だけおしっこを抜けさせてもらいます。申し訳ない。
はいすいませんお願いします。
了解でした。
なんか知り合いというか、個人のコンサルティングとかをやってる方がいらっしゃって、その人にお願いしたんですよ。
個人コンサルみたいなのお願いして。
はいはいはい。
それで自分のそのライフストーリーとか好きなものとか嫌いなものとかいろいろ振り返ってもらって、振り返ってキーワードをいろいろ出してもらったんですよね。
そしたら、見せた方が早いな。見えるかどうかわかんないですけど、こういうね、こういうキーワードが出てきて。
なるほど。
こういう感じで。
画面がちっちゃくしてたね。
で、なんか割とこっちがコーチングとか系帳とかで、こっちがなんか戦略とかインテリジェンスとかそういうのがあって、
あと上がなんか貫くとか、挑戦とかそういうのがあるんですけど、下はこう守るとかそういう感じのがあって、
真ん中に自分を大切にとか素直とかそういうのがあって、ある意味こう釣り合ってるというか矛盾してるというか。
そうですね、確かに。結構相反する特性みたいなのが造詣してる。
相反するのがあって、この並びは同じのでくくって並べてみたら、ちょうど数があったんですよね、たまたま。
で、それでこういうの出てきたねって話をしてた時に、なんかこれを、この感じを感じながらヨガをしてみてって言われたんですよ。
は?みたいな感じで。
えー?みたいな。
すごいですね。
すごいことをぶっこまれて。
無茶ぶりですね。
そう、無茶ぶりで。
ヨガってもうずっと何千年も前からポーズが受け継がれてきてて、新しいポーズを開発したとかそういうのはないんですよね、正直。
はいはいはい。
今のヨガってもう本当に何千年前のやつをずっとやってるので。
で、その方に言われたのは逆にもう、これで新しいポーズを作るイメージでやってくれみたいな。
しゅーさんこれ見てないっすよね?
見てないっすよね。
そうそう、これがキーワードだったんですけど。
なんすかなんすか。
ファットキャストでこれを見せるという。
なんかワークショップかなんかをやってっていう話ですか?
そうそう、個人のコンサルをやってもらって、自分のライブストーリー、人生史みたいなのとか、あと好きなもの嫌いなもの、好きな人嫌いな人。
例えば好きな人で言うと、僕は杉原千宇音とか。
あと。
わからない。杉原千宇音。