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  2. 071:集中力とは何か
2023-01-27 14:52

071:集中力とは何か

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こんにちは、はしです。
こんにちは、佐々木です。
えっと今日はですね、集中力についてね。
はい。
集中力ってさ、僕はほんとに集中力という言葉を聞くたびにね、ピンとこないんですよ。
僕もよくわからない。
ですよね。ですよねというのは、ピンとこな気味が一致してるかわからないけども、佐々木さんとね。
でも僕はね、あの、曰くまで言っちゃうとちょっとアレなんだけど。
全く何にも要るところがないわけじゃないけど、どっちでもいいよなっていう感じかな、私の感じ。
でね、佐々木さん、仕事の集中力で原作をすると、まず佐々木さんの基準が結構ヒットするんだけどね。
うん。
で、これはね、2021年、いつでも直ちに再集中する方法と、再が企画を入っていて、
集中力が続きませんというようなお見合いをいただきます。今回その対策を考えますと。
ということで、デビッド・アレンさんの言葉を引きながらですね。
仕事中に仕事と関係ないことが頭を揺ぎると、その瞬間に既に集中を欠いている。
それでは私の言う、不動者の心構えから離れてしまおうと。
なるほど。
いうアレンさんの言葉を引いて、で、そんなね、集中できなくなることを不安に思うのは、未来についての心配であると。
ということで、まあなんか佐紀さんとしてはあんまり集中力とかっていうのを、だから、高めたいとか発揮したいとかっていうことを意識しないわけですよね。
そうですね。こういう話をするのは、ある程度は何かを稼ぎたいと思って書く記事だね。
なるほどね。ああ、そっかそっか。その本音とは別に、こういう記事を書けばみんな読めやろうと。
難しいところは、本音ってなんかよくわかんないんだけれども、まあこういうのもあるよねみたいなノリではありますね。
仕事のかなりその僕が書くとき、僕は仕事の書くときは商用に、商用ビジネスに寄せるっていう、それはよしやしや関係なくっていう感じですね。
まあそういう方針であると。
そういう方針で書いてきたっていうことですね。そういう世界もあるしねっていう感じですね。
そうね。まあでもこの先のことを考えなくなれば、結果として現在のことに集中せざるを得なくなるっていうのは非常にこの、ここの一行はね、まあそうだなと思うんですね僕もね。
だから集中しようと、集中力を上げることに集中すると集中できないというこの矛盾というかね、気づいたら集中してるというのが集中力だと思うので。
一番いいでしょうねやっぱりね。
そうなんですよ。そういう意味ではその僕は中島恒之さんというね、この方もゴルファー、プロゴルファーの方でも引退してるのかなさすがに。
中島さんね、ジャンボ大崎の頃と近い。
そうそうそうそう。
引退してるんじゃないですかね。さすがに。
そうですね。この方の名言として、どこで見たか忘れましたけど、中島さんの名言としてね、集中力というのは裏返すと言い訳をしないということ、自分を忘れまで言い訳が多すぎたと。
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なんかこう、反省してるような名言があってですね。
そうだから結局、集中力は言い訳をしないつまりだから、それについて語るということをしないということなわけですよね。
まあそうなんでしょうね。
そう、だからね、結局僕はこの一言で、あそうだなという非常にそれまでもよめしていたことがね、すっきりしたという記憶があって。
真っ赤に書いてますけど、こう集中しようと思っても意図的に自分を集中状態にも仕込むことはできないと。
深く眠るっていうことも近いじゃないですか。
そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう
ということは、雨漕いの儀式みたいだね、これをすると雨が降ってくれるみたいなさ。
ああそうね、そういう言い方をするとそんな感じがしますね。
だから前回はこういうふうに祭壇を作ってね、ロウソクを立ててみたいなそういう儀式のセットアップをしたら、
ちゃんと雨が降ったから、次回もこの感じでいこうみたいなレシピ化するみたいな。
そういう関数的な世界ですよね。こうすればなるという理由は知らんけれども、こうするとなっていることが多いからこうしておこうみたいな。
そうそう、だからここでクラシックのこの曲を聴くとかね。
そうそう、まあそういうようなことですね。
そういうことというよりは、自分が集中していた時の感覚というのを一応覚えておいて、
少なくともそうじゃない時は集中してないんだなっていう感じを抱くっていう感じですね。
本当に。僕はね、この記事で言ってる通りっていうのを概要欄に書いておきますけれども、
集中力を高めなきゃとかね、それこそだからビジネス書で集中力の高め方みたいな本がたくさんありますけれども、
そういうのはね、全くいらんと思ってるんですよね。
そういう本を読めば読むほどね、集中力の罠というか、集中できなくなると思っていて。
だから一番は、その集中しなきゃということを忘れるぐらい、なんかやりたいと思ってるとかね、やんなきゃとかね、
そういうふうなことに向き合うことが一番なのかなと思うんですよね。
だからね、すごくこれは微妙な問題というか、すごくこう脆いというか、
つまり、この集中して荒れてる状態っていうのは非常にこの絵がたくて、
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しかもすぐにこの失われてしまう、いいそうなね、そういうこの儚いものだと思っているので、
だからあんまりそのことを考えずに気づいたらそうなってるっていうふうに持っていくように、
だから毎回ね、ルートが変わるんですよ。そこに至るための。
だからこの感覚がね、非常に正しく表現されているシーンがある映画があってね、
それはインセプションという映画があって、あれは夢の話なんだけれども、
レオナ・ドディカっぽい方ですね、カフェで女の子と一緒にいるんだけど、夢の話をしてるわけですよ。
で、今は実は夢の中にいるのと。で、なんでかっていうと、どうやってこのカフェに来たか覚えてないだろうっていうふうに言われたときにハッとするっていうね。
うん、ですね。
だからね、非常に集中している状態っていうのはね、夢を見ている状態に近いんだろうなと思うんですよね。
ということは、夢を見ているときにしかはっきりきない何かをはっきりできているときっていうのは、
集中できているときなんじゃないかなと思っていて。
なるほど。
だからね、集中力を高めようというときには、夢を見ようというふうに思っているのと同じなので、
だからね、それはあまり意味がないんじゃないかと思うわけですね。
うん、なるほどね。
毎回その夢に至るための入り口は変わるから。
まあ、あのなんか必死にその集中力を高めようと思っても意味ないぞっていうことを、
こうだかに主張してるみたいなんだけれども。
そう、なのでね、これはすごい好きだなとかね、若くするなと思うことに取り組むと。
かまわせずに取り組むというのが秘訣なのかなということですかね。
そういう意味では僕は、結局大橋さんと違いはないんですけれども、
難しいんですよね。これをうまく言える気がしないんだけど。
平板にやってるって感じですね。それはすごく僕は、特徴的なのか知らないんですけれども、
時々心がけてはいますね。
平板。
つまらなくやるっていうのが僕は結構意識してる気がしますね。
あまりこう起伏をつけずに淡々とやる。
そう、淡々とっていうか、結局それをやってる時はそれほど面白いことではなくて、
大橋さんが今言うような、自然と集中できる系のことはそれでいいと思うので、
だいたい放っておいてる感じなんだけど、
これをやるのは少なくとも漫画を読むようなわけにはいかないなというようなことで、
やらざるを得ない系のことをやる時には、
こう、つまらなくていいんだっていつも僕は思ってますね。
掃除とか、そういうやつ。
皿洗いとかで、すごくつまらなくやればいいんだみたいな、そういうのが僕はすごいありますね。
だからここをやるために、
えーっと、あーしたりこうしたりとか、あんまその辺が大橋さんと似てるっちゃ似てますね。
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似てるのかわかんないけど、工夫しないんですよ。
うんうんうん。
確かに、皿洗う時に、よし、じゃあ皿洗いのためのモードに入んなきゃって思わないですもんね。
もなんだけど、例えば僕音楽聴きながらとかしないんですよ。
うん。
なんか一人虚しくやる感じ。
あー。
なんかこう、このつまらない、やりたくもなくめんどくさい感情の、
抱え込みながらやりますみたいな感じ。
もう全然これを楽しむとか、高い、それこそその同比づけ高くやる気はないですっていう。
あのーだからね、この辺すごく僕はすごくグッドバイブス的じゃないなって思いますよね。
本気でやるとかも、全力でやるとかもないんですよね。
うん、なるほど。
プレーンな感じでね。
まあその、しょうがないからやるけど、やんないってこともないみたいな。
とにかくやるから、別にいいじゃんっていうような感じ。
あー、まさにそれ掃除するときとかも同じですね。
うん、なんかね、曇り空を眺めてつまんないなーって思ってるような感じ。
そういうメンタルであれば、何ら問題はない気がするんですよね、僕はね。
だけどこれは商用ビジネスショー向きじゃないんですよねっていうテーマとしてはね。
確かに。
でもほとんどの。
手にならないからね。
そうそう。
多分、ボットも絵にならないんじゃないかなっていう感じがしますね。
昔はまあちょっと違ったんだけど、これでもやれるからなーって思うようになったって感じですね。
あー、逆にいうとそれは、そこに至るために特別な手続きが必要ない状態にするってことじゃないですか。
そうそう、そうすることが一番簡単にできる気がするんですよね。
何の用意もいらないから。
ドレスコードがない状態ですね。
そうそうそう、そういうことですね。
物理的にもね、朝起きたまんまの格好で僕は仕事をしてますから。
まあそういうようなことですよ。
それをね、ちゃんと出かけられる服装に着替えてからやりましょうっていうのもちょっとの考え方なんだけれども。
まあそのね。
象にあったよね、そういう考え方ね。
夢を叶える?
象、そうそうそう。
あれもありましたよね、なんか服装を整えてやるみたいな。
あれがつまりライフワークだと思うんですよね。
でもあれをやることで一手間増える気がするんですよね。
だけど、手間をかけることが商業向きってことなんですよね。
そうですそうです。
絵になるからね。
絵になるし、なんかそうだと、それを言うとできる気がするからっていうことがあるんだと思うんだ。
それがね、あの言っても通り何もしなくてもできるよって言われたらなんか、あの、ね、何の摩擦もないから。
ここは絵ふったさんが好きなテーマなんだよね。
なんか彼はいつもこのことを言ってるなーって感じがするんですよね。
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めんどくさいけれどもやるときのなんとかみたいな。
多分彼はよっぽどなんか動き出すのにあるんだろうな、抵抗が。
っていうのはありますね。
それが、この前回この鍵で開いたからまた次回もこの鍵を使おう、この鍵を通って大事にしようっていうことなんでしょうね。
そうですね。それはやっぱりできることへのなんかこう不安はあるんでしょうね。
っていうのはありますね。
だからできるということ、集中できるということが特別なものとみなされてるんじゃないかな。
そうね。あ、そして、まあ集中できなければあんまりやりたくない。
若い頃の方が確かにそういう気はしましたね。あれはどうしてなのかわかんないんだけどね。今の方が体力ないんだけど。
いや、逆にだから若い頃はいろんなことができすぎてしまうがゆえに絞る必要があったからじゃないですか。
うーん、でもそんなにいろんなことはできなかったですけどね。
まあそんな気がしたんだろうな。できるようになったから。
あの、なんだろう、エネルギーがいろんなところに拡散するというか、最近の吉田さんのノートの記事にね、
集中できる状態っていうのは頭の中にいる10人の人が懐中電灯を持っていて。
あったね。
うん、でその10人の人の懐中電灯の指す光がね、あっちゃこっちゃに向いてる状態が集中できてない状態で、
あるきっかけでその10人の人がみんな同じ方向にね、懐中電灯の光を向けると、それがめっちゃ集中できる状態で、
非常にこのビジュアルもうかぶし分かりやすい例えだなと思ったんですけど。
そう、その人数が減ってくんじゃないかということなんですよ。
年をとるとね。
だからそうすると分散はしない代わりに人数が少ないから、1人当たりの光の強さが強いから、結果として集中しやすいというかね。
そうか、ってことはあれだな、この話は普遍性がなくて、年を取ったら集中できるっていう話になっちゃいそうですよ。
でもそんなこともない気もします。
だからね、まず。
そもそもこれは普遍性を持ちたいんですか。
多分これ聞いてる方、いろんな方がいるので、その時に、はまる人もいればはまらない人もいるっていうのは良くないかなという不安を覚えたんですね。
どっちにしてもはまる人もいればはまらない人もいそうな話ですけどね。
そうか、でもこの辺はそうか、若いから分散しがちとかっていうのも、それは一人に言えないかもしれないですから。
僕としては集中力ということは気にしなくてもいいことなんではないかという、気にしたら集中できなくなるんじゃないかという、あべこべなものなんじゃないかなと思ってますね。
はい、そんな感じで今日は終わりたいと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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