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どうも、ボブです。
最近ですね、口内炎ができて苦しんでいたんですけれども、ようやく治りました。
もうめちゃくちゃひどい口内炎だったので、思わずもう、歯医者さんに行ってお薬をもらって、もう暇があれば塗りたくってました。
そして、無遺産に教えてもらったスタイフでですね、無遺産という方がいるんですけど、生理食塩水、食塩水でうがいしたらいいよって教えてもらってですね、
これもうめちゃくちゃ痛いんじゃないのかなって思ったんですけど、思いのほか痛くなかったです。不思議ですね。
治りかけだったので、ひどいときにしたらどうなのか、まだわからないところですけど、今後は予防のために舌噛んだりしたときは、食塩水でぐじゅぐじゅ予防しようかなと思います。
ということで、ちゃんと喋れるようになったので、配信をしたいと思います。
今日はですね、先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学という岸見一郎さんの本です。
この本の全部の紹介じゃないんですけど、ちょっとこう気になった部分を抜き出してご紹介したいと思います。
この岸見一郎さんはですね、僕の大好きなアドラー心理学の嫌われる勇気、幸せになる勇気の著者の方です。
知らなかったんですけど、この方、ご自身のお父さんを介護されてたということで、認知症になってですね、認知症の介護をずっとされていたという話を
混ぜながら、ご自身の嫌われる勇気でも書いてたようなですね、アドラー心理学を駆使してどういうふうに乗り越えていったかということが書いてあるんですね。
これは読まなければと思って読ませてもらいました。
認知症になると大変なのは、物を忘れるっていうことよりも、それも十分大変なんですが、
周辺症状といって、物取られ妄想だったりですね、徘徊だったりとか、そういった周辺症状の悪化っていうのがすごく大変なんですよね。
この本で書いてたのは、やりたいこととやれることのギャップが大きければ大きいほどですね、それが劣等感になって、
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それが周辺症状を悪化させるって言ってます。
このやりたいこととやれることのギャップ、これ子供だったらですね、今日できないことは明日できるかもっていう希望とか報われることがありますよね。
でも高齢者の場合は、今日できることは明日できなくなるかも、で、出口が見えないんですね。
普通にしてたら、やりたいこととやれることのギャップなんて、どんどん開いていく一方じゃないかなって思ってしまうぐらい。
じゃあ、そのギャップを埋めようとしてやりがちなのがですね、
例えば、薬が全て悪いわけじゃないんですけど、この本で書いてたんですよ。
高精神薬を過剰に飲ませてしまうこと。
これでやりたい意欲を、やりたい意欲をなくしてしまえば、つまりはいいわけですよね。
やりたいこととやれることのギャップが問題であれば、やりたいことというものをそもそもなくしてしまえばいいという発想で、
これは過剰な高精神薬になるかなと。
で、あとは逆に、やれることを潰してしまえばいいということで、行動を制限する、つまりは身体拘束ですね。
もう動けなくするをすれば、やりたいこととやれることのギャップの片方も潰してしまう。
そういう方法もなくはないけれどもって言ってるんですが、
この本で言ってるギャップを埋める方法は、本人がやりたいと願うことをできるように行動に移すことと書いてます。
ん?なんかちょっとわかりにくいですね。
つまりはやりたいことさせるしかないんです。
もういやいやもうやらないでと言うんじゃなくて、もう本人がやりたい、徘徊して外に出たいならさせる。
それしかないということです。
で、それをちゃんとできるように周りが援助するということなんですね。
間違いがちなのが周囲、本人のやりたいことじゃなくて、周りが本人にしてほしいことをさせるっていう間違いを犯しがちです。
全然1ミリも本人望んでないのに、周りが良かれとデイサービス行きましょうね行きましょうねって無理やり引っ張っていく。
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まあこういったことは結局逆効果なんだ。
勇気づけの支援じゃなくて、勇気くじきと言います。
あと、試す質問はしない。
よくありますね。
お母さん今日何日?ほらすぐ新聞見ないで。
今日何日だった?言ってごらん。
試す質問はしない。
あと、ありがとうの一言も言わないのよって怒る。
ありがとうを期待しないっていうことです。
いやーでももうそれはもう、こっちは頑張って介護してるんだから、もうありがとうぐらい言ってもらわんと割に合わんよと思うかもしれないんですけど。
よく課題の分離の話をします。
ありがとうと言ってくれるかどうかは相手の課題で、こちらの課題ではないんです。
そこでストレスを感じるっていうことはもう、
介護者自身も精神的な自立に向けてもう一歩進まないといけない状況かもしれません。
そして、人は無視されるくらいなら相手を困らせてでも注目されたいっていう深層心理がある。
無意識にですね、周辺症状、物取られ妄想とか徘徊の目的というのは相手からの注目を得ることと言ってます。
例えば、高齢者が不安や恐れを訴えたり、あと外に徘徊で出て行ったり、そういうことをすれば介護者はそれを無視するわけにはいかないですよね。
ただ、不安や恐れに対処、それについて対処すればするほど、親の高齢者の不安は逆に止むことはありませんということです。
えー、じゃあもう徘徊して出て行って、でも探すしかないから探したのに、それをやったとしても止むことがありません。どういうことですか?
じゃあどうしたらいいんだよということですけど、この周辺症状の目的は注目を得ることと言いましたが、
注目を得る、これは自分の価値を確信できるようになれば、もはや注目を得ようとする必要はなくなると言ってます。
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何かしらの不安や恐れ、そういったものがあって満たされない気持ちがあるわけですね。
でもその気持ちが満たされてしまえば、このわざわざ注目を得ようっていう行動がなくなるはずだと言ってるんです。
この岸見一郎さんのお父様がですね、妊娠症で実際徘徊があったので、夜だけ外から鍵をかけて部屋から出られないようにしたそうです。
すると夜中窓を開けて助けを求めようとして、幸い窓から転落はしなかったんですけど、窓を開きようとして転んで、部屋の中でですね、転んで骨折、入院という形になってしまったそうです。
これに対しての100%な回答は書いてませんでした。
じゃあ徘徊でそのまま一人で徘徊させて、ずっとひたすら岸見さんがついていってっていうのを毎回毎回繰り返すのか、そうすればいいのかっていうふうに思っちゃいますよね。
でもでもそのもっともっと手前の段階でですね、そもそも親を問題、厄介な存在だというふうに思ってしまったりですね、できることできないことに注目しすぎてジャッジしちゃったり、
これからこうなるんじゃないか、もう歩くこともできなくなるんじゃないか、そうなったらどうしようっていう不安ばっかり介護者が考えてしまったり、そういうことはすべてアドラー心理学で言う縦の関係という上下関係ですね、そういう関係性で接してしまっているこの状況が非常に良くないんだと。
そしてそうなると、介護者側もですね、イライライライラしちゃってるんです。
何回も何回も電話をしてきて、それでイライラする家族もいますよね。
それって例えばその電話の件でですね、何回も電話をするからイライラするんだっていうのはアドラー心理学で言うと逆でですね、親の介護ができないことを正当化するためにイライラの感情を作り出してるんだっていうスタンスです。
もちろん無意識にですけど、そしてイライラして体調を崩して倒れてしまったりすることもあるかもしれません。
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でもそれってつまりは介護ができなくなったわけですよね。
無意識に脳はその介護ができないことを正当化するために自分の体調を崩してまでその目的を達成しようとするんです。
本で言ってます。脳はあくまで体であり、そしてあくまで心の道具だと。
もう一度言います。脳は体であり、あくまで心の道具だ。
子供はできるようになったことを喜ぶって一般的に思います。
ただ高齢者の場合は変わらないことを喜ぶようにした方がいいですよって書いてます。
確かにもう変わらないこと、それだけでも素晴らしいことなんですよね。
1日1日ちゃんと生きてる、ちゃんと歩ける、それを喜ぶ。
それが無条件にその存在価値を認めるっていうことになるんだ。
それが縦の関係から横の関係に切り替わっていくときだよって言ってます。
安心して認知症になれる社会っていうのはイコール生きていることがそれだけで無条件に肯定される社会だって言ってます。
これは認知症に限らずですね、障害のある人であろうとですね、あと精神的な病気だったりいろんな人がいます。
ただ本当生きている、それだけで無条件に肯定される世の中になりさえすればですね、こういった認知症の大きな問題もなくなってくるんじゃないかなということなんですね。
この横の関係を築くために、この認知症の親は自分に何を教えようとしているんだろうかって思うこと。
これが横の関係を築く最初の入り口になりやすいんじゃないかなと僕は思います。
認知症になってまで何か教えようとしてくれてるんだってなると、その親は自分に何か教えようとしてくれてるってだけで貢献してることになるんですね。
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横の関係を築く一番大事なのは貢献感。
認知症だけれども、それだけですごく子供に、子供が学ぶことがたくさんあるんだということなんですね。
十分それだけで存在価値がある。
はい、いろいろちょっとかいつまみながら話しましたけれども、最終的には横の関係を築くことが大事だよということが書いてありましたね。
はい、先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学でした。
補足が必要な部分はまたお話ししたいと思います。
ちょっと長くなったのでこれで一旦終わります。
ありがとうございました。